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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第385話 知る範囲

 中国から届いた照会文は、国務省の担当者が最初に読んだ時より二ページ増えていた。国際機構側にも同じ趣旨の文書が回ったため、質問の重複を整理した結果として短くなるはずが、各部署が確認事項を書き足して逆に厚くなっている。


「出現条件、指揮主体、人間の識別方法、活動可能範囲、第三国での再現性。大型個体との未編集戦闘映像と撤収経路まで要求しています」


 東アジア担当者が最後のページを机へ置き、回答欄の横に付けた印を一つ消した。中国側へ出せる情報より、こちらが何を断定したと受け取られるかを気にしており、文章の修正は朝から三周目に入っている。


「最後の二つ以外は?」


「回答できる資料がありません」


 国務長官はもう一度文書を見た。


「中国は、我々が隠していると思っている?」


「少なくとも、公開していない情報があるとは考えています。それ自体は正しいです」


「質問への答えも持っている、と?」


「そこは中国側の期待です」


 国務省担当者が横から口を挟んだ。手元の回答案には赤字が多く、その大半は機密指定ではなく、断定できない文章を削った跡だった。


「公開していない映像はあります。州兵の交戦記録も、警察の映像も、ハウンドから聴取した内容もある。ただ、映像を増やしたところで、白い連中の呼び出し方は映っていません」


 国土安全保障省の分析官が、アメリカ国内で発生したスタンピードの映像を壁面へ出した。何度も確認した記録らしく、再生開始前から第三大型個体との接触時刻へ合わせてある。


「確認できている範囲なら説明できます。ホワイトスウォームは現場の人間を無差別に襲わず、複数種の個体が同じ方向へ行動しました。大型三個体への攻撃にも参加し、救助活動へ関与した個体もあります」


「誰が命令した?」


「確認できていません」


「白い人型は?」


「指揮していた可能性はあります。ただ、命令に相当する行動や通信を確認できる映像はありません」


「ハウンドは?」


「彼らも群体の運用方法は説明できません」


 国務長官が映像を止めた。報道でも繰り返し使われた場面で、白い個体のすぐ横を州兵が走り、その先では蜘蛛型が大型個体へ糸を掛けている。


「人間をどう区別した?」


「仮説は複数あります。こちらから識別方法として提示できるものはありません」


 分析官は画面の端に出していた区分を指した。確認済み、推定、未確認で表示を分けており、中国向けに使うなら最初の欄だけで足りるという顔をしている。


「中国へ何と返す」


「知っている範囲を返します」


 東アジア担当者は即答した。


「推測まで共有するか?」


「事故調査部門向けの非公開資料なら、推測であることを明記して出せます。政府間の正式回答では確認済み事実と分けた方がいいでしょう」


「第三国で使えるか、という質問は?」


「回答不能です」


 国務省担当者が回答案を一枚持ち上げた。


「『確認できていない』がもう五回あります。外交文書としては景気が悪いですね」


「知っていることにするよりはましだ」


「そこは同意します。後から六回訂正するより楽です」


 国務長官は回答案の一か所を指で叩いた。


「未編集映像は出せる範囲を選べ。現場部隊の配置や現在の装備体系まで渡す必要はない。代わりに、中国側の奪還作戦の資料を要求する」


「円盤型と跳躍型も?」


「当然だ。こちらへホワイトスウォームの情報を要求するなら、入口爆撃後に出た深層系の観測資料も同じ事故対策情報だろう」


 東アジア担当者は「交換」という単語を使いかけて消し、相互検証に必要な資料という表現へ置き換えた。書き終えてから画面を長官側へ向ける。


「中国は嫌がります」


「知っている」


「では、この形で出します。拒否するなら向こうから拒否してもらいましょう」


 担当者はそこで別紙を開いた。


「もう一つあります。ハウンドについてです」


「何だ」


「中国側は、四人本人にその意思があるなら、占拠区域を実際に見てもらいたいとしています。スタンピードで大型個体と戦った当事者として、現地資料を見た上で意見を聞きたいそうです」


 国務長官は資料から顔を上げた。


「戦わせたい、ではなく?」


「文面上は意見を聞きたい、です。現地へ入るかどうかも含め、本人たちの判断に任せるとしています」


「珍しく慎重だな」


「四人が軍人ではないことは向こうも理解しています。それに、政府経由で無理に動かせば断られるくらいは予想しているでしょう」


 国防総省側の担当者が、それまで読んでいた別資料から目を上げた。話がハウンドへ移るまで黙っていたが、四人の予定表はすでに手元へ出している。


「こちらからは伝えるだけでいいでしょう。行けと言う理由はありません」


「断ると思うか?」


 担当者は数秒考えた。


「グラントは今の六層を優先すると思います。コールは現地を見たがるかもしれませんが、四人で決めれば断る方に賭けます」


 国務省担当者が眉を上げた。


「ずいぶん具体的ですね」


「最近、報告書を読む量が増えたので」


 国務長官は東アジア担当者へ視線を移した。


「本人たちへ情報だけ渡せ。中国側には返事を約束するな」


「その扱いで進めます」


 中国案件はいったんそこで閉じられ、壁面からホワイトスウォームの映像が消えた。代わって表示されたのは、ハウンドが現在攻略している別ダンジョンの五層終点と六層地中湖を結ぶ行動記録だった。


 国防総省側の担当者は資料をめくる速度を上げた。先日の合同進入に参加した米陸軍特殊部隊ODA十二名について、帰還後の検査と装備確認まで追記されている。


「合同進入の事後評価です。十二名全員が五層側ワープを使用したため、次回から一層側の転移を利用できます」


「つまり五層の罠を毎回通らなくていい」


「はい。移動時間と装備消耗を減らせます。六層側で使える活動時間も増えます」


 前回はハウンド四人を合わせた十六名で、床の崩落や石槍、回転する部屋を抜けて五層を進んだ。装備ケースを抱えた人数が増えた分だけ罠を越える手間も増えたが、次回からはその区間を飛ばせる。


「素材回収は?」


「継続可能と評価しています。ただし、現段階では研究用の定期回収です」


 担当者が画面を切り替えると、六層で回収した試料が並んだ。白灰色の甲殻生物、発光する苔、湖水がそれぞれ別の管理番号を付けられている。


 研究施設から出席していた担当者は、外交関係の話にはほとんど口を挟まなかったが、甲殻生物の写真が出ると椅子を少し前へ寄せた。


「次回も同条件で回収できるなら、切断や加熱を伴う検査へ回せます。これまでは一体を使い切って、次がいつ手に入るか分からなくなる方を避けていました」


「大量に必要か?」


「同じ場所から同じ条件で少量ずつの方が助かります。六層の生態を荒らしてまで箱いっぱい持ち帰られても、比較条件が増えるだけです」


 研究担当者はそう言って、甲殻生物より発光苔の採取位置を拡大した。採取量より、前回と何メートルずれた場所から取るかを気にしている。


 国防総省担当者はその確認が終わるのを待って、次の資料へ移った。


「ODA側も順調です。十二名全員で身体強化がさらに進んでいます」


「どの程度だ」


「個人差はあります。荷重を掛けた移動、反復動作、回復までの時間は全員が以前の本人記録を更新しています」


 別のページには装備重量を揃えた訓練結果が並んでいた。六層へ初めて入った時より、同じ装備での移動速度が落ちにくくなった隊員もいれば、連続戦闘後の回復が早くなった隊員もいる。


「全員、まだ伸びている?」


「はい。頭打ちを示す数字は今のところ出ていません」


 国務長官は十二人分の推移を眺めた。


「六層へ行けるようになって、素材も持ち帰れて、人間の方も強くなる」


「今のところ、こちらが欲しかった流れになっています」


 国防総省担当者はそこでページを一つ戻した。


「ただ、次回から十二人だけで行かせるのは早いと思います」


「理由は?」


「一度うまくいっただけだからです」


 担当者は成功した数字を並べた直後ほど条件を緩めたがる空気を嫌っていた。過去の訓練でも、二度目を一度目と同じ扱いにして装備を壊した経験があり、次の計画には必ず比較条件を残す。


「次はODA側に判断を先行させます。ハウンドには後ろから見てもらう。同じ範囲を自分たちで進み、戦闘、採取、撤退判断まで成立するなら、その次から単独進入を検討します」


「ハウンドを教官にするのか」


「そう呼ぶと嫌がるでしょうね」


 国務省担当者が資料から目を上げた。


「中国へ行く話より、その呼び方の方を先に断りそうです」


 国防総省担当者が笑った。


「それは私もそう思います」


 再出現した五層ボスから得た大鉈と赤いポーションは、どちらもODA側が持ち帰っている。大鉈は材質と追加作用の有無を確認中で、赤い液体は既存品と外見が近いという理由だけで同一物として扱わず、隔離したまま比較試験へ回されていた。


「ハウンドは受け取らなかったのか」


「両方ともODAへ譲っています」


「理由は?」


「自分たちはもう六層へ入っている。後続が早く追いついた方が助かる、と」


 国務長官が資料から顔を上げた。


「政府が言わせた?」


「いいえ。現場でグラントが決めています」


「なら、そのまま報告書へ入れておけ」


 国防総省担当者が次へ進めると、ODA十二名の欄には五層ボス戦、六層での実戦経験、身体強化、ワープ利用、回収品の追加が一つの経過として並んでいた。まだハウンドと同じ位置にはいないが、前回より出来ることが増えているのは数字からも行動記録からも読み取れる。


「次回の目的は、六層での自立運用確認です。前回と同じ範囲で、ODA側に進行判断を持たせます」


「素材回収も続ける?」


「はい。研究側が指定する量だけです。採取を増やして戦闘訓練の時間を潰すつもりはありません」


 研究担当者がそこで顔を上げた。


「その方が助かります。こちらも毎回別の物を大量に頼む気はありません。同じ試料を同じ場所から取れることの方が、今は価値があります」


「五層ボスは?」


「再出現していればODA側を中心に対応させます。ハウンドが最初から答えを出す形にはしません」


「前回のやり方を覚えているなら、十二人だけでも処理できる可能性は高いか」


「可能性は高いと思います。ただ、再出現個体が前回と完全に同じ動きをする保証までは置きません」


 国務長官は承認欄へ目を通して署名した。


「それでいい。ハウンドが先へ進んだ時、政府側が五層で止まっている状況は避けたい」


「目標は六層の自立運用です。その先は、そこまで行ってから考えます」


 会議の終盤、中国への回答案がもう一度回された。出現条件や指揮主体には「確認できず」が並び、ハウンドについては中国側が現地確認を希望していることだけを四人へ伝え、判断は本人たちへ任せる扱いになっていた。


 その横では次回の六層進入に使う試料容器の数が調整され、ODA十二名の測定項目にも新しい欄が加えられていた。中国へ返せる答えは少なかったが、アメリカ側の六層運用については、次に何を確かめるかまで具体的な予定へ変わっていた。

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