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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第384話 八百メートルの先

 壁面の市街地図は、スタンピード直後のものとは形が変わっていた。北東側の住宅区画、幹線道路沿い、工場地帯の一部は警戒色から外れ、道路一本を境に中国側が維持している区域も増えているが、入口を中心とした内側だけは大きな塊のまま残っている。


 周立言は月次報告を途中で閉じ、地図の縮尺を一段上げさせた。奪還面積や避難区域解除の数字を並べた資料より、入口を中心に引かれた一・五キロの円の方が、ここ数か月の状況をよく表していた。


「この内側は、どれだけ変わった?」


 梁雪梅が操作端末へ手を伸ばし、過去の作戦線を現在の地図へ重ねた。最初の限定奪還で伸びた線、その後に別方向から食い込んだ線が何本か表示される。


「外縁を含めた警戒区域は縮小しています。入口から一・五キロ以内に限定すると、最初の限定奪還以降、大きな変化は確認できていません」


「外は取れている」


「はい。維持できている区画も増えています」


 梁はそこで評価を足さず、四回分の作戦区域を表示した。


 最初の限定奪還では高架下まで約八百メートル進み、病院に残っていた生存者の救助にも成功している。ところが灰色六腕大型個体が動き出すと、前進のために置いた固定陣地が短時間で崩され、救助部隊は確保した区域の大半を放棄して離脱した。


「この時は救助が目的だった」


 周が言う。


「はい。救助作戦としては成果があります」


 陳国梁は手元の資料から顔を上げずに答えた。彼が見ているのは地図よりも、作戦ごとの死傷者、装備損失、撤収に要した時間だった。


 二度目の作戦では、正面から入口へ向かわず北東側へ目標を変えた。無人機と遠隔操作車両で先に流出個体を減らし、探索経験者を含む部隊が複数の生活区画を確保した結果、その区域は現在まで維持されている。


「北東側の方式を、このまま中央へ伸ばせないか」


 周の問いに、軍側の担当者は少し間を置いた。


「実施すること自体は可能です。中央へ近づくほど遠隔装備だけで処理できる割合が下がるため、途中から有人部隊を前へ出す必要があります」


「どこで止まる?」


「六腕個体が以前と同じ範囲を動く場合、一・三から一・五キロ付近で撤退準備へ移ることになります」


 周は地図上の線を目で追った。


「北東側と同じことをやれば、途中までは取れる。そこから先は?」


 担当者は答えを濁さず、六腕個体の赤い印を拡大した。


「この個体への対処方法が増えなければ、維持は難しいと考えます」


 三度目の作戦では、その六腕個体そのものを外へ引き出そうとした。遠隔操作車両と無人火器で反応を誘い、以前に動作が鈍った地点へ誘導してから集中攻撃する計画だった。


 人員を危険区域へ入れなかったことまでは予定どおりだったが、六腕個体は途中で進路を変えた。車両を追っていたはずが別方向の音へ反応し、設定した殺傷区画へ入る前に空き店舗の並ぶ一角へ逸れ、遠隔操作車両二台と固定装備を失ったところで試験は打ち切られている。


「誘導方法を変える案は残っているな」


 周が梁へ訊いた。


「検証対象としては残しています。あの個体が銃撃へ反応した例はありますが、近くで別個体が動いた方向へ移った例もあり、何を優先して追うのかを整理できていません」


「次なら成功する、とは言えない?」


「現時点で確率を付ける方が危険です」


 周はそれ以上を求めず、四度目の作戦へ表示を切り替えさせた。


 国家管理下で訓練してきた探索経験者を、それまでより多く組み込んだ作戦だった。中小型個体への処理速度はそれ以前より明らかに上がり、盾と長柄、拘束を組み合わせた前衛は、過去に時間を使った交差点を短時間で抜けている。


 進出した位置も四回の中では最も入口に近かったが、そこで円盤型深層個体に移動の兆候が観測された。指揮側は作戦目標を切り上げ、確保した区画を放棄して全隊を下げている。


「撤退判断については適切だったと思います」


 陳は人員表を指で押さえたまま言った。


「以前なら、もう少し行けるという理由で続行していたかもしれません。今回は深層系の反応を停止条件に入れた意味がありました」


「部隊としては前進した」


「はい」


「奪還は?」


 陳はそこで周を見た。


「翌日まで維持した区域はありません」


 周が椅子へ背を預けると、梁が四本の作戦線だけを残して他の表示を消した。一本目は救助を達成して後退し、二本目は区域確保に成功、三本目は誘導に失敗し、四本目は過去より前へ出たものの土地を残していない。


「四回やって、二回は目に見える成果が残った。二回は目標を達成できていない」


「その整理で問題ありません」


 梁が答えた後、周は四本の線の終点を順番に見た。成否に差があっても、入口近くまで届いた線ほど維持できる時間が短くなっている。


「次の案を見せてくれ」


 軍側担当者が新しい作戦図を表示した。北側の生活道路を使い、無人機で周囲を確認しながら固定障害物を段階的に設置し、探索経験者を前衛として進ませる構成だった。


 周は説明を最後まで聞いた。使用する遠隔車両の数、交代要員、退路として確保する道路まで確認してから、六腕個体の印を指す。


「これが動いた場合は?」


「停止条件に従って撤収します」


「円盤型か跳躍型に変化が出た場合は?」


「同様に撤収します」


 周は今度は梁へ視線を移した。


「この案なら、前より先へ進める?」


「条件が揃えば可能です」


「何が必要だ」


「六腕個体がこちらへ接近せず、円盤型と跳躍型にも活動変化が出ないことです。どれか一つが崩れれば、確保区域を維持する難度は上がります」


 周は計画図をしばらく見た後、軍側担当者へ向き直った。


「道路を変えて、同じ条件が崩れたら帰る作戦になっているな」


「現在の装備と停止基準では、そうなります」


「有人部隊を入れる前に、無人系でもう一度反応を取れ。作戦案は残していい」


「承知しました」


 陳がそこで人員配置表を引き寄せた。


「有人作戦へ移す時は、損耗上限を先に決めてください」


「見積もりは出せるか」


「六腕個体との交戦を許可するかで変わります。接触した時点で撤退するなら今の数字で組めますが、そこで戦わせるなら別の計画として作る必要があります」


「どれくらい変わる?」


「兵士を何人投入するかより、何人失う可能性を許容するかから決める作戦になります」


 陳の声は変わらなかった。周もその言葉へ反論せず、新しい有人奪還作戦の実施だけを保留させた。


「国家管理側の探索者は?」


 別の担当者が訓練資料を開いた。通常個体への対応速度、盾班との連携、長柄武器の訓練時間は改善している一方で、大型個体を安定して止める手段の欄には空白が残っている。


「人数は増えています。実戦経験も蓄積していますが、入口側大型個体を主目標にするには、高階層由来の装備と経験が足りません」


「いつ追いつく」


「現状の伸びから時期を固定するのは難しいです。そのため、国外の育成状況も含めた資源配分の見直しを提案します」


 画面に日本政府が公表した自衛隊の六層到達資料が出た。続いてアメリカのハウンド・スリーを含む上位探索者の動向が並ぶ。


「日本は複数の自衛隊部隊を五層まで到達させ、一部は六層で継続調査へ入っています。アメリカでも、高階層経験を政府側戦力へ移す動きが進んでいます」


「日本の制度をそのまま持ち込む話なら必要ない」


「その提案ではありません」


 担当者は周の言葉を受けてから説明を続けた。


「高階層へ到達した人員へ、希少な回収品や実戦経験を集中させている点を参考にしたいと考えています。我々の国家管理制度の中で規模を上げる案です」


 周は資料を閉じず、そのまま次のページを表示させた。


「進めろ。ただ、育つまで占拠区域を眺めているわけにもいかない」


「承知しています」


 梁がそこで、資料一覧の端に置かれていた映像を中央へ出した。アメリカ国内で発生したスタンピードの映像で、白い小型個体や狼型、猪型、蜘蛛型が道路を埋め、その間を州兵とハウンドが動いている。


 映っているのは、戸張とともにアメリカのスタンピードへ介入した白い群体そのものだった。中国側は戸張との接続を把握しておらず、正体不明の白い人型とともに現れた個体群を、外部で定着した「ホワイトスウォーム」という呼称で分類している。


「これは前にも見た」


「はい。公開範囲が増えたので、複数映像を照合しました」


 梁は第三大型個体との戦闘へ映像を進め、別角度の記録を隣へ並べた。白い蜘蛛型の近くを州兵が通過し、その先では別の白い個体が大型の外殻へ取り付いている。


「米軍が指揮している形跡は?」


「確認できていません。逆に、軍側がホワイトスウォームの動きへ合わせて射線を取った場面があります」


「人間を避けている理由は」


「識別方法そのものが不明です。白い人型が制御している可能性、ハウンド側に何らかの手段がある可能性、群体自身が区別している可能性を残しています」


「順位は?」


「現在の資料だけでは付けられません」


 周は映像を少し巻き戻し、州兵と白い個体が同じ道路上にいる場面で止めた。


「大型三体は、これと一緒に処理した?」


「米軍だけの戦果とは見ていません」


 陳が先に訊き、梁が頷いた。


「ハウンド、ホワイトスウォーム、白い人型、現地部隊が同じ戦場で動いています。どこまで事前に連携していたかは確認できていませんが、大型三体の停止に白い個体群が関与したことは映像から確認できます」


 陳は中国側の市街地図を見た。六腕個体をどう誘導するかで三度目の作戦を使い、現在も同じ問題が次の計画に残っている。


「こちらは一体をどこへ動かすかで止まっている」


 周はその言葉には答えず、アメリカ側の資料を中央へ残した。


「これを中国で使えるのか」


「第三国で活動した事例は確認できていません」


「アメリカは呼べる?」


「アメリカが意図して出現させたという資料もありません」


「なら、その二つから確認する」


 国際担当の職員が端末を開いた。


「アメリカへの支援要請という形式でしょうか」


「情報共有要求だ」


 周の返答は早かった。


「重大スタンピードへの対処情報として求める。中国が外国の戦力を借りたいという文面にはするな」


「国際機構側にも同じ要求を出しますか」


「その方がいい。中国の事故資料を要求するなら、アメリカの対処資料も同じ基準で扱わせる」


 梁はすでに質問項目を作り始めていた。


「出現までの経緯、指揮主体の有無、人間の識別方法、活動範囲、大型個体との未編集戦闘映像を求めたいと思います。撤収条件と、戦闘後にどこへ移動したかも必要です」


「第三国で再現できるかを加えろ」


「アメリカ側でも判断できない可能性があります」


「判断できないなら、それを回答させればいい」


 梁は項目を残し、その下へ情報の確度を分ける欄を追加した。


「仮に、使えるという回答が来た場合は?」


 陳が訊くと、周はすぐには答えず、国際担当が開いている文案を先に見た。


「条件を確認してから決める。中国軍の管理下へ入るのか、国際監督が必要なのか、そもそも交渉できる相手が存在するのかも分かっていない」


「交渉相手から探すことになりますね」


「今よりは進んでいる」


 周はそこで市街地図へ画面を切り替えた。


「六腕個体の誘導試験は無人系で継続。探索者の育成は規模を上げる。有人奪還は、同じ停止条件で同じ場所まで行くだけなら急がなくていい」


 軍側、探索者管理側、国際担当から順に確認が返り、会議資料がそれぞれの部署へ送られていった。梁の端末にはホワイトスウォームに関する質問票が残り、壁面には数か月かけて縮めた警戒区域と、その中央で形をほとんど変えていない一・五キロの円が並んで表示されていた。

カクヨムの近況ノートに画像があります

幸子やポチのイメージなどなど

宜しければご覧ください

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