第383話 英雄に続く
新ダンジョンの入口前に十二人が加わったことで、ハウンドの出発前確認は普段より長くなった。米陸軍特殊部隊から派遣されたODA一個分隊で、全員がこのダンジョンの五層まで入った経験を持つが、五層ボスの撃破と六層進入はまだ経験していない。
グラントは黒い槍の固定を確かめながら、十二人が持ち込んだ装備を順に見た。盾と長柄武器を中心に、斧や打撃武器、拘束用の索も混じっており、五層以降で使う装備を改めて説明する必要はなさそうだった。
「六層での主目的は素材の回収。甲殻生物、発光苔、湖水、その他、安全に持ち帰れるものを優先する」
政府側の担当者が、採取対象と保存方法を全員の端末へ送った。
「ODA側には、それと並行して六層での活動経験を積んでもらいます。ハウンドの補助要員として終わるつもりはありません。今回得た情報を使って、次は自分たちで動けるところまで持っていってください」
「了解」
ODA隊長の返答を聞いてから、コールが資料の端を指で叩いた。
「湖の奥も見るんだろ?」
「反応の再確認までは行います。追跡は要求しません。先の探索では、あなたが水魔術を使った後に大型反応が出ていますから、今回は条件を変えずに比較してください」
「今日は水遊び禁止か」
「そういうことになるわね」
エレナが横から返すと、コールは肩をすくめた。
ハウンド四人に残っていた負傷はすでに治っていた。グラントの左肩にも制限はなく、エレナの手首と腰も検査を通過しており、コールが水魔術を封じる理由は身体ではなく大型反応との関係を切り分けるためだった。
「六層で俺たちが止める時は理由を言う。そっちが先に危険を拾った時も同じで頼む」
グラントがODA隊長へ向けて言う。
「異論はない。現場で見えたものを優先する」
それで話は終わった。十六人は隊列を組み、新ダンジョンへ入った。
四層までは大きく速度を落とさず進めたが、五層に入ると別の問題が出た。敵への対処よりも、十六人と運搬用のケースをまとめて罠群の向こうへ通す方が面倒だった。
床が抜ける区画では数人ずつ渡り、壁から石槍が突き出す通路では一度作動させた後の停止時間を使った。先頭が安全地帯へ着いても、最後尾はまだ一つ前の罠を越えている途中ということが何度もあり、そのたびに人数と装備を数え直す。
回転する部屋では、十二人を通し終えるより先に出口の位置がずれた。ケイレブは壁際へ寄り、以前の攻略で目印にした石材の欠けを探しながら手を上げた。
「次の一周を待つ。今入ると半分向こうへ持っていかれる」
「四人の時も待ったのか?」
近くにいたODA隊員が訊く。
「四人なら一回で抜けた」
「人数が増えれば楽になるとは限らんな」
「敵が出てくる場所なら楽なんだがな」
後ろからコールが口を挟んだ。
罠の位置そのものはハウンドが把握しているので、危険度は初見時より低い。それでも通過、再集合、ケースの受け渡しを繰り返せば、四人で進んだ時より明らかに時間を食った。
長い石槍の区画を抜けたところで、コールが最後尾まで揃ったのを見てODA隊長へ顔を向ける。
「今度はそっちのダンジョンを案内してくれよ」
「十二人連れて行っても同じことを言える場所ならな」
「そっちも面倒なのか」
「案内する時まで楽しみにしてろ」
コールは笑って前を向いた。五層終盤まで来ると、先行していたケイレブが今度は会話ではなく拳を上げた。
後続が止まるのを待ってから、ケイレブが扉の先を確認する。数秒で顔を戻した時には、短槍を持つ手が戦闘用の位置へ変わっていた。
「ボスが戻ってる。前に倒したやつと同じだ」
最初の攻略から時間が空いていたため、再出現そのものは想定内だった。ハウンド四人が扉前から配置を変えるのとほぼ同時に、ODA側も長柄を振れる間隔を取り、盾役を前へ出していく。
扉の奥で待っていたのは、黒鉄色の四脚獣だった。肩まででも人の背丈を越え、背中から側面へ厚い板状の外皮が何層も重なり、前脚だけが後脚より太く発達している。
頭を低くしたままでは、正面から狙える場所は限られる。首を持ち上げた時に顎の下が覗き、脚の付け根や関節にも外皮の途切れる場所があった。
「映像では前脚の内側と後脚の関節、顎下に攻撃が通っていた」
ODA隊長が言う。
「その認識でいい」
グラントは黒い槍を構えたまま四脚獣の左後脚を見る。
「ただ、最初はあそこを狙う」
「左後脚?」
「右へ回る時に深く踏む。潰せば前脚で無理に向きを変えるから、右肩が開く」
ODA隊長は一度だけ四脚獣の立ち方を確認し、部下へ手で合図を送った。
「聞いた通りだ。通る場所を叩きながら左後脚へ寄せる」
戦闘が始まっても、ODA側が厚い背面へ攻撃を浪費することはなかった。正面から来る四脚獣の進路を盾が外し、その横から長槍が前脚の内側へ入り、別方向では斧と槍が後脚の関節を狙う。
十二人とも、何を攻撃すれば傷になるかは分かっていた。ハウンドが持っている差は、その傷をどの順番で作れば次の動きを奪えるかという部分だった。
「左後脚、寄せろ!」
グラントの声に合わせ、ODAの二人が角度を変えた。一本目の槍が関節内側へ入り、四脚獣が脚を引いたところへケイレブの短槍が潜り込み、外皮の下にある筋を深く傷つける。
四脚獣が身体を振って正面を変えようとすると、コールが盾を合わせた。受け止めて押し返すのではなく、頭部の動きへ沿わせながら突進線を横へずらし、右側へ回りやすい空間だけを残す。
「右へ来る!」
今度はODA隊長の声が先に飛び、右側にいた数人が間隔を開けた。四脚獣は空いた方向へ身体を回し、傷ついた左後脚へ深く体重を掛ける。
そこへグラントが入った。
狙いは左後脚ではなく、身体を回すために持ち上がった右肩だった。板状の外皮がずれた一瞬に黒い槍が内側へ突き込み、ODA側の長槍二本も同じ隙間へ続いた。
「右肩、開いたまま押せ!」
一人が斧の嘴を外皮の端へ掛け、別の二人が前脚の内側へ長柄を入れる。左後脚と右肩を同時に傷めた四脚獣は、前へ出ようとしても身体の向きを揃えられず、巨体だけが何度も床を削った。
「負傷なし。右側、近すぎる。二人下がって」
戦列の外から見ていたエレナが声を出す。ODA隊長の手もほとんど同時に上がり、右側の二人が間隔を取り直したところへコールが盾を滑り込ませた。
四脚獣が太い前脚を振り上げる。コールは真正面で受けず、落ちてくる直前に盾を傾けて接触位置を外へずらした。
右前脚が床を捉え損ね、傷んだ左後脚まで沈む。巨体が前へ傾くのを見たODA側から、すぐに声が飛んだ。
「顎下が開いた!」
二本の長柄が顎の下へ入り、そのまま頭部を押し上げた。選んだ場所は間違っておらず、四脚獣の首がさらに持ち上がる。
グラントはそこへ黒い槍を重ねなかった。
「そのまま押さえろ。胸が開く」
頭を上げられたことで、顎の下から胸へ続く外皮の継ぎ目が縦に広がっていた。グラントの槍がそこへ深く入り、反対側からODAの長槍が続き、ケイレブも別角度から短槍を傷口へ差し込む。
四脚獣が暴れようとしても、左後脚は支えにならず、右肩もまともに動かせない。前へ出れば盾に進路をずらされ、横へ回ろうとすれば残った長柄が脚へ集まるため、四人で戦った時のように攻撃役が足りなくなる瞬間もなかった。
黒鉄色の巨体は、ほどなく床へ伏した。
全員が距離を保ったまま待ち、エレナとODA側の衛生担当が反応の消失を確認する。その間にグラントは黒い槍から組織を拭い、ODA隊長も負傷者が出ていないことを確認していた。
「停止。こっちは全員動ける」
「こっちも問題なし」
グラントが答えると、ODA隊長は倒れた四脚獣を見た。
「有効部位までは映像で拾えていた。右肩と胸は、実際にやらないと分かりにくいな」
「一回目で肩をやられた分だ」
グラントが自分の左肩を軽く叩くと、コールが横から口を挟んだ。
「授業料としては高かったな」
「払ったのは俺だ」
「だから覚えてたんだろ」
そのやり取りの途中で、部屋の奥に変化が起きた。床の上に宝箱が現れ、五層ボスの死体から十分に距離を取ったまま、全員の視線がそちらへ向く。
罠の有無を確認した後、ODA側の一人が蓋を開けた。
中に入っていたのは大鉈が一本と、赤いポーションが一本だった。以前この五層ボスを倒した時に出たウォーハンマーとは、まったく違う組み合わせだった。
エレナは先に赤い瓶を確認し、触れずに外見を見比べる。
「赤い方は持ち帰って確認するまで使用しないで。見た目が同じでも、同じ物だと決める必要はないから」
「了解」
ODA隊長が答えてから、大鉈とポーションを見た。
「分配は?」
「両方そっちで持っていけ」
グラントが迷わず言う。
「共同で倒した。ハウンド側にも権利はある」
「俺たちはもう六層へ入ってる。そっちが早く追いついてくれた方が助かる」
グラントは黒い槍を肩へ戻し、宝箱から視線を外した。
「四人でその先を全部やる気はない。使える物なら使ってくれ」
ODA隊長は数秒だけ黙った後、大鉈を部下へ預けた。
「借りを作ったとは考えないぞ」
「次に先を案内してくれればいい」
コールが答えると、ODA隊長の口元がわずかに動いた。
「さっきからそればかりだな」
「楽しみにしてるんだよ」
赤いポーションも専用ケースへ収められ、五層ボス報酬はODA側の管理に入った。大鉈の材質や能力は持ち帰ってから調べることになり、その場で試し振りを始める者もいなかった。
五層終点まで進んだ十六人は、六層へ続く扉の前で装備を点検し直した。ボスを人数で押し切った直後でも、グラントは扉に触れる前に全員を一度見渡す。
「ここから先は別物だ。敵を見つけても追うな。湖へ入らない。コールも水は使わない。知らないものを見つけたら、一度止まって情報を回す」
「素材回収は?」
ODA隊長が訊く。
「安全を確認してからだ」
「了解」
扉の先には、青白い発光苔と黒い水面が広がっていた。ハウンドには見覚えのある景色でも、初めて六層へ入った十二人は上方、水面、岸の順に視線を散らし、足を止める場所まで互いに確認している。
ケイレブが先頭へ出ると、ODA側の斥候役も隣へ入った。二人で砂地と岩の間を見ながら、ハウンドが最初の探索で使った湖岸沿いの経路を進む。
最初の白灰色甲殻生物は、濡れた岩陰から姿を見せた。
ODA側はすぐに盾と長槍を前へ出し、硬い背中ではなく脚の付け根と腹側へ狙いを定めた。一人が前脚内側へ槍を入れ、別の隊員が腹を取れる位置へ回り込む。
「左前脚、もっと根元だ」
ケイレブが短く位置を直した。
槍先がわずかに移動し、付け根へ深く入る。甲殻生物の身体が片側へ沈んだことで、腹側へ回っていた隊員の正面へ柔らかい部分が大きく露出した。
そこへ二本目が入り、接触は短時間で終わった。
「最初から腹を取るより、脚を落とした方が早いのか」
「回り込んでる間に水へ逃げる。脚を崩せば、向こうから腹を見せる」
ケイレブは答えながら、すでに先の砂地へ視線を移していた。
回収班が死体をケースへ収める。次に出てきた同種の個体ではODA側が最初から脚の付け根を狙い、ハウンドが指示を出す前に腹側まで繋げて処理した。
六層へ入ってからは、人数が増えた利点もはっきりした。四人だけなら採取中にも周囲の警戒へ人手を割かなければならなかったが、今回は外周をODA側が維持している間に、エレナと採取訓練を受けた隊員が湖水と発光苔を別々に集められる。
ケイレブも採取から外れ、地面の痕跡を見ることに集中できた。湖岸の砂地へ伸びる太い溝を見つけると、隣にいたODA側の斥候も屈み、深さを確かめる。
「これ、新しいな」
「ああ」
「湖の大型反応と関係あると思うか?」
「分からん。水から上がった跡には見えない」
ケイレブは幅を測って端末へ入力した。
「ここを通った何かがいる。それだけ持って帰ればいい」
素材の最低回収量を満たした頃、グラントは湖岸の一角で全体を止めた。そこは最初の六層探索で、湖奥の大型反応を確認した場所とほぼ同じ位置だった。
「ここから比較する。水は動かすな」
コールは盾を持ったまま湖側へ立ち、水魔術を使わず周囲を警戒する。ODAの十二人も測定、警戒、退路確保に分かれ、エレナが到着時刻を以前の記録と照合した。
「位置はほぼ同じ。到着は四分遅れ」
「五層で使った分か?」
「罠でそれ以上使ってるわよ。途中が速かった分で縮んだだけ」
コールは湖を見たまま鼻を鳴らした。
「次からあれを全部飛ばせるなら助かるな」
指定していた滞在時間を過ぎても、水面には発光苔の青白い光が揺れていた。グラントはすぐに打ち切らず、もう少しだけ同じ位置を維持させる。
「経過した」
「あと少し見る」
数十秒も経たないうちに、ODA側の一人が湖の奥へ顔を向けた。
「反射が消えた。二時方向」
発光苔が水面へ映していた線の一部が、横に長く欠けていた。ケイレブが測距器を向け、エレナも記録装置の時刻を確認する。
「最初に見た位置より右だ」
「コール、水は?」
「使ってない。見てただろ」
返答の直後、湖の奥で広い範囲の水面が盛り上がった。岸へ向かう波とは違い、長い膨らみが横方向へ移動しており、水面の下を何か大きなものが通っているように見える。
ODA側でも複数の測定機器が同じ場所へ向いた。コールが盾から手を離していないことは周囲の隊員も見ており、水魔術を使わない条件でも反応が起きたことだけは確定した。
「距離は?」
「正確には取れない」
「大きさは出せるか?」
「水面だけじゃ無理だ」
質問に答えながらも、誰も湖へ近づかなかった。採取ケースはすでにまとめられ、退路も確保されている。
グラントは盛り上がりが沈んだ場所をしばらく見た後、ODA隊長へ顔を向けた。
「ここまでだ。撤収する」
「同意する。目的は終わってる」
隊列はすぐに組み直された。ケイレブとODA側の斥候が先頭へ入り、採取ケースを中央へ集め、コールは湖側の最後尾へ回る。
グラントも大型反応が追ってこないことを確かめながら後退した。十六人になったことで五層の移動は面倒になったが、六層では警戒、採取、測定、運搬、痕跡確認を同時に進められ、四人だけで一つずつ片付けていた仕事を分担できている。
途中からは、白灰色甲殻生物への指示もほとんど要らなくなっていた。特殊部隊側は最初から有効な部位を選べており、一度ケイレブがより早い崩し方を見せれば、次の接触には自分たちで使ってくる。
今はハウンドの経験が先にある。
その差がいつまでも残る必要はないと、グラントは考えていた。六層の先へ進めば、四人で抱えきれない仕事が増えることくらい、地中湖へ一度入った時点でもう分かっている。
十六人が六層から五層へ戻ると、帰路では終点にあるワープを使った。ハウンド四人にとっては既に使える設備だが、ODAの十二人は今回初めて五層側から青白い円を踏む。
一人ずつ姿が消え、一層側で人数確認を受ける。十二人全員が転移を終えたことで、このダンジョンでは次回から彼らも一層側のワープを利用できるようになった。
「これで次は、あの罠を全部飛ばせるのか」
ODA隊長が最後の装備数を確認しながら言う。
「ああ。次からは五層の終わりから始められる」
グラントが答えると、横でコールが盾を肩へ掛け直した。
「じゃあ、次は本当に六層からが仕事だな」
受け入れ班の方では、六層素材のケースに加えて、ODAへ渡った大鉈と赤いポーションも別々に運ばれていく。十二人は六層への道と、次に使える装備を同じ日に持ち帰った。




