第380話 フツミハシラ実地運用
水門ダンジョンの攻略に限れば、自衛隊側の基準はかなり変わっていた。
一層から五層までの地形、敵、ボス、撤退経路は繰り返し更新され、装備もそれに合わせて組み直されている。初期には一つの階層を越えるだけで報告書が何十枚も増えたが、現在では選抜された攻略班が五層を突破すること自体は珍しい成果ではなくなり、六層へ到達した隊員も少しずつ増えていた。
そこからが問題なのだが。
草原と巨大な浮石、さらにその上へ草木まで載せた浮島が広がる六層では、生物の種類も行動範囲も一気に増える。死体が残り、食うものと食われるものがあり、その先に七、八メートル級の岩影鳥がいる。
今回、そのボスへ二十一名が投入された。
以前、戸張透とともに岩影鳥を倒した六名。そのうち三名はフツミハシラ計画の優先対象となり、残る三名も同じ六名として訓練を続けている。
能力付与を受けた三名には、カグラ一、カグラ二、カグラ三のコールサインが使われていた。
さらに別の攻略班から、六層到達経験者十五名が選ばれている。五名ずつ三班へ分け、元の六名と合わせて一個の合同隊を編成した。
人数だけなら、前回の三倍だ。
「第一班、携行品確認完了」
「第二班、同じく完了」
「第三班、大型弩二基を含め異常なし」
六層へ入る前の準備区画で、各班から報告が上がる。
小銃も携行しているが、作戦手順に組み込まれた射撃は二回だけだった。左右へ分けた射撃位置と発砲時間まで事前に指定され、それ以降は使用しない。
壁際では、カグラ一から三が能力使用に関する最終確認を受けている。
全国から集められたスクロールのうち、十五本がこの三名へ使用された。
一人五本。
計画開始時には能力付与品を優先するとしか決まっていなかったが、各地の攻略が進むにつれて未使用スクロールの保有数も増えた。国側は保管を続けるより、選抜済みの三名へ集中させ、取得能力を戦術へ落とし込む段階へ進んでいた。
ただし、中身まで選べたわけではない。
「カグラ一。火魔術、瞬間前進、強突、発光、投擲した武器の呼び戻し。今回の使用許可は火魔術、瞬間前進、強突。武器回収は状況次第」
「了解」
カグラ一が槍の固定具を確かめる。
確認役は隣へ移った。
「カグラ二。水魔術、飛斬、打撃強化、投擲強化、二段跳躍。飛斬は既存損傷部への追加攻撃に限定」
「了解。初撃には使いません」
三人目の欄へ移る。
「カグラ三。水面歩行、発光、投擲武器の呼び戻し、小型物体の引き寄せ、二段跳躍。今回は観測を優先」
「了解」
確認役はそのまま次の項目へ進み、装備、通信、撤退条件の確認を続けた。
研究側では、取得能力を魔術とスキルに分けて整理し始めている。
火や水のように外部へ現象を発生させるものが魔術。一回の斬撃を飛ばす、突きの威力だけを増す、通常では成立しない移動を行うといった能力がスキルに当たる。
名称が付いても、運用法まで一緒についてきたわけではなかった。
「瞬間前進から強突へ、そのまま繋げる手順は?」
確認役に問われ、カグラ一が答える。
「使いません。前進終了後に姿勢を作り直します。停止位置がずれた状態で突けば、離脱経路までずれます」
「了解。現行手順を維持」
カグラ二も続けた。
「飛斬は裂け目が確認できてから使います。無傷の羽毛では損傷が浅すぎます」
「そのままで」
訓練開始以降、こうした検討が続いていた。
既存の戦闘教範には、斬撃を飛ばす人間も、一歩だけ異常な加速を行う人間も存在しない。本人たちはまず、これまで身につけてきた戦闘技術へ能力を追加する方法を試した。
研究班は漫画、アニメ、ゲーム、映画に描かれた特殊戦闘も資料として集めた。
使えそうな発想はあった。
空中の敵へ追撃する方法、特殊移動で間合いを詰める方法、複数能力を続けて使う攻撃。今まで人間には不可能だった動きが、取得したスキルによって実行可能になる例も確認されている。
問題は、実戦へそのまま持ち込めなかったことだった。
瞬間前進だけなら成功する。そこから強突へ繋げると停止位置の誤差がそのまま攻撃位置へ乗る。二段跳躍も高さを得るだけなら容易だが、空中で敵に接近した後の回避経路まで含めると使える場面が急に減った。
飛斬を複数方向から同時に入れる案も試されたが、味方の位置が変わる集団戦では射線管理の負担が増えた。能力そのものには効果があっても、その前後まで含めて二十人規模の動きへ組み込むには、まだ検証が足りていない。
訓練を重ねるほど、使える能力と、使える状況は別に考える必要が出ていた。
元の六名を指揮する隊員が、三人へ最後の指示を出した。
「現場で新しい組み合わせは試さない。作戦を優先する」
「了解」
三人の返答が重なった。
六層への扉が開いた。
乾いた風と草の匂いが準備区画まで流れ込む。
第一班が先行し、その後ろから主力が続いた。カグラ一から三を一か所へ固める配置は取らず、盾、長柄、大型弩、拘束索をそれぞれ予定位置へ分散させる。
途中で岩滑りが接近した時には、先頭の盾が突進線から外れ、左右から長柄が入った。二体目は浮石の陰から飛び込んできたが、後続が拘束索を胴へ掛け、前衛二人が側面へ回る。
隊列を止めた時間は短かった。
予定地点へ着くまでに一時間以上を使った。
岩影鳥は巨大な浮石の陰にいた。
黒灰色の羽毛が重なり、遠目には鳥というより岩塊が立っているように見える。太い二本脚が草を踏むたび、七、八メートルの体格から予測するより短い時間で位置が変わった。
「対象確認」
指揮役に呼ばれ、双眼機器を覗いていたカグラ三が答える。
「前回個体と外見上の大差なし。右翼、左翼、両脚とも動作異常なし」
「全班、配置へ」
二十一名が広がった。
岩影鳥の頭が動く。
「右射撃、一回目。開始」
草原の右側で小銃が一斉に鳴った。
黒灰色の羽毛へ弾丸が当たり、硬質な音が散る。岩影鳥が首を持ち上げ、発砲位置へ頭を振った。
「頭部、右へ追従」
「第二班、進入準備」
「了解」
第二班長の返答と同時に、盾と長柄を持った隊員が間隔を広げる。
岩影鳥が踏み込んだ。
巨体が最初の一歩で距離を潰す。
「前列、分離!」
第二班長の指示で盾役が散った。
巨大な脚が直前まで一人のいた場所へ落ち、草と土を高く跳ね上げる。外へ抜けた二人が長柄を脚の側面へ当て、次の踏み込みに使える幅を狭めた。
「弩一、射撃」
後方の大型弩が鳴る。
太い大槍が左翼へ当たり、岩のような羽毛を何枚も砕いて途中で止まった。
「左翼命中。浅い、動作継続」
岩影鳥が翼を振るった。
風圧を受けた前衛の一人が姿勢を崩し、隣の隊員が装具を掴んで引く。直後に嘴が通過した。
「左射撃、二回目。三秒」
「了解、開始」
左側の班長が答え、銃声が続いた。
岩影鳥が一度そちらへ頭を振る。
前衛が嘴の前から抜け、第一班が反対側へ距離を取った。
三秒後、銃声が消えた。
「射撃終了」
発砲した隊員たちは小銃を下げ、その後の手順へ移った。
「弩二、待機」
「脚が先です」
カグラ三が岩影鳥の傾きを追う。
「左翼を庇っています。次の踏み込みは右脚への荷重が増える」
「第一班、右を空けろ。第二班、交代準備」
「了解」
二つの班がそれぞれ動き始める。
十五名を増やした理由の一つが、ここで表れた。
岩影鳥が一方向へ踏み込めば、そこから抜けた者に代わって次の隊員が入る。追われた一人が戦線全体を引っ張る前に、別方向から盾と長柄が接触して進路を狭める。
接敵時間を一人へ集中させず、二十一名で短く分けていく。
「沈み込み確認。跳躍に入ります」
「全班、上方警戒。第三班は着地点から退避」
「了解、退避する」
第三班長が班員を下げる。
岩影鳥が地面を蹴った。
巨大な翼を使った継続飛行ではなく、強靭な二本脚が身体そのものを空中へ投げ上げる。
予測された着地点から人が消えた。
岩影鳥が落ち、草原が揺れる。
「カグラ一、進入」
「了解」
瞬間前進が発動した。
通常の走行とは明らかに違う加速で数歩分の距離を詰める。訓練で決めた手順どおり、そのまま攻撃へ移らず、予定位置で一度足を入れ替えた。
「攻撃点を」
「右脚内側。前回接触位置より下」
カグラ三の声を受け、カグラ一が槍を構え直す。
岩影鳥が身体を起こそうとした。
通常の踏み込みから槍が出る。
「強突」
穂先が硬い表層を抜け、深く入り込んだ。
「離脱!」
指示を待つまでもなく、カグラ一は槍を手放して予定経路へ退いた。岩影鳥が暴れ、刺さった槍ごと脚を振り回す。
「全班、距離を取れ」
二十一名が間を開けた。
前回なら、この崩れへ戸張が入っていた。
岩影鳥の動きが鈍る短い時間へ踏み込み、短柄の片刃戦斧で損傷を広げる。前回を経験した六名は、その速度も攻撃位置も現場で見ている。
今回はその位置を誰か一人へ任せる手順を作っていなかった。
「第一班、右翼へ。第二班は右脚外側へ拘束索。第三班、両弩の射線を作れ」
三方向から返答が入り、隊員が動く。
第一班の盾が嘴の進行範囲を狭め、二本の長柄が右脚へ入る。傷を負った脚が外へ逃げる側には、第二班が拘束索を展開していた。
「カグラ二、飛斬。右脚の傷へ」
「射線を確認したい」
カグラ三が一度だけ顔を上げる。
「通っています」
「了解」
カグラ二が小銃を背へ回し、腰の刃物を抜いた。
一振りから離れた斬撃が、右脚に刺さった槍の周囲を横切った。
無傷の羽毛へ当てた試験では、表面を削る程度で終わっている。今回は強突で表層が破られていた。
「損傷拡大。右脚が沈みます」
「弩一、射撃。弩二は二秒遅らせろ」
「了解」
第三班長が手で合図を出す。
一発目が右翼付け根へ入り、岩影鳥が傾いた。
二秒後、二発目がさらに内側へ食い込む。
右翼の動きが大きく狭まった。
そこから二十一名を使った交代戦へ移った。
第一班が嘴の進行範囲を削り、第二班が脚と右翼へ拘束索を入れる。岩影鳥が第一班側へ踏み込めば、前衛が抜け、その間に第三班から予備が入った。
右翼の大槍へ最初の拘束索が掛かる。
「第一索、固定」
「第二索を後ろへ回す」
「許可する」
岩影鳥が翼を引いた。
「正面で耐えるな。動きに合わせて左へ流せ」
索を保持した隊員たちが一斉に足を運ぶ。
翼を完全に止めようとはしない。振り切るために必要な幅を削り、その間に別方向から次の索を追加する。
「第一班、負傷一。左肩」
「第三班から一名回す。後送準備」
「了解」
負傷者が抜けた位置へ、予備の隊員が入った。
岩影鳥は何度も立ち直った。
もう銃声は響いていない。
盾と長柄、大型弩、拘束索を入れる位置だけが変わり続ける。
「右脚、支持能力低下」
カグラ三は脚の沈み方を追っている。
「次の大動作、跳躍の可能性は低い。右翼を接地して支えると見ます」
「弩一を右翼へ。第一、第二班は射線を空けろ」
「了解」
二班が射線から下がるのを待って、第三班が大型弩をわずかに振った。岩影鳥は身体を沈めたものの跳躍には移らず、傷ついた右脚の代わりに右翼を大きく開いて地面へ当てる。
「右翼接地」
「弩一、射撃!」
待機していた大槍が右翼の付け根へ入った。
岩影鳥の巨体が横へ倒れる。
「第二班、拘束。第一班は頭部側の離脱路を確保」
「了解、入る」
「第一班、頭部側へ展開する」
長柄と拘束索を持つ隊員が距離を詰めた。
翼を地面へ押さえ、脚へ複数方向から索を掛ける。盾は頭部の直前へ密集させず、嘴が振られた際に逃げられる間隔を残した。
「カグラ一、予備槍」
「受領」
「カグラ二、首を開けたら飛斬」
「了解」
第一班の長柄が首元の硬い羽毛の重なりへ差し込まれる。
「開いた。維持する」
「飛斬」
カグラ二が刃を振った。
飛んだ斬撃が首元を横切り、押し開かれていた羽毛の内側へ裂け目を広げる。
「損傷確認」
「そのまま開口を維持。カグラ一、進入」
「了解」
今回は瞬間前進を使わなかった。
カグラ一が走って入り、前衛の作った隙間へ槍を合わせる。
「強突」
穂先が首の下へ深く入り、その直後に岩影鳥が身体を大きく震わせた。拘束索を保持していた隊員数名が引きずられ、地面に踵を滑らせる。
「第一索、限界! 一人放せ!」
「離脱!」
一本の索が外れても、反対方向の拘束は残った。
「カグラ一、下がれ」
「了解」
「第二槍、入れろ」
「第一班、二名進入」
一本目の横へ別の槍が入る。
さらに長柄が羽毛の重なりを押し広げ、倒れた巨体が頭を持ち上げるたび、別の隊員が圧力を掛けた。
数分後、岩影鳥の動きが止まった。
「全班、その場で待機。対象へ近づくな」
各班が距離を取り、カグラ三が双眼機器と測定機器で胸部、脚、翼の反応を順に確認する。
交戦開始から停止まで、カグラ三は位置を変えながら岩影鳥の荷重、跳躍準備、翼の使い方を追い続けていた。
「大きな動作なし。呼吸様運動も確認できません」
「第一班、確認員二名を出せ」
「了解。二名、接近」
長柄を前へ出した二人が岩影鳥へ近づく。
一定時間を置き、脚と首周辺へ接触して反応を調べた。
「接触反応なし。岩影鳥、停止を確認」
「了解。全班、警戒継続」
後方指揮所では戦闘映像と二十一名分の位置情報が保存され、使用能力、負傷、交代回数、大型弩の命中位置について整理が始まっていた。
前回は戸張を含む七名で撃破した。
今回は二十一名だった。
十五本のスクロール、専用装備、過去の交戦映像、六層へ到達できるまで育った別部隊の隊員十五名を投入している。
戸張が担った位置を誰か一人で埋めるのではなく、誘導、拘束、損傷の蓄積、決定打までを二十一名へ分けた。
現場では負傷者の処置が始まっていた。
「骨折疑い一、打撲複数。左肩の一名は後送します」
第一班長からの報告を受け、指揮役が第三班へ二名の補助を求めた。
「了解。二名出します」
カグラ一は交換した槍を点検し、カグラ二は飛斬に使った刃物を回収袋へ収める。
カグラ三は停止した岩影鳥へ双眼機器を向けたまま、経過時間と周囲の反応を確認していた。
「停止後五分。周辺に接近反応なし」
「了解。全班、現配置を維持。解体班が入るまで警戒継続」
それぞれの班から短い復唱が返り、二十一名は配置を崩さず次の作業へ移った。




