第381話 六層到達
岩影鳥戦の映像が止まったところで、会議室の照明が少しだけ戻された。
正面の大型画面には、横倒しになった黒灰色の巨体と、その周囲で距離を取る二十一名が映っている。各人の位置、負傷発生時刻、大型弩の射撃位置、スキル使用箇所は別画面へ分けられ、戦闘中の通信記録と対応していた。
「最終確認です。死亡者なし。骨折一名、肩関節損傷一名、その他は打撲、捻挫を中心とした軽傷。全員帰還しています」
報告担当者が資料を送り、次の欄を開く。
「フツミハシラ対象三名については、予定された能力以外の使用なし。現場での新規運用もありません」
「能力取得後の初回実戦としては?」
防衛省側から問いが出た。
「運用可能と評価します。ただし、三名を一括して同じ評価にはできません」
大型画面がカグラ一の映像へ切り替わり、岩影鳥の右脚へ槍を入れる直前で止まった。停止位置から強突までの動作が、訓練時の映像と並べて表示される。
「カグラ一。瞬間前進と強突を使用。両方とも既に訓練済みの手順に限定しています。瞬間前進から強突を直接連続使用する案は採用せず、一度姿勢を作り直した上で攻撃しました」
続いて映ったのは、カグラ二の飛斬が右脚の傷へ入る場面だった。
「カグラ二。飛斬二回。いずれも既存損傷部へ使用しています。無傷の羽毛へ単独使用した場合より明確に損傷が拡大しました」
最後に映像はカグラ三へ移る。双眼機器を構えた姿の横へ、跳躍準備、支持脚の変化、右翼接地を報告した時刻が並んだ。
「カグラ三は付与能力を使用していません。跳躍準備、支持脚の変化、右翼接地を事前に報告し、大型弩の射撃位置変更へ繋げています」
「スクロール五本は?」
「今回の戦闘評価には直接加点していません。元の観測技能で任務を遂行しています」
担当者はそこで言葉を足さなかった。
「フツミハシラとしては、それで問題ない?」
「問題ありません。取得した能力を使うこと自体が目的ではありません」
防衛省側の責任者が答え、三名の評価欄を順に見た。
「使えるなら使う。既存技能の方が適しているならそちらを使う。その判断まで含めて対象者を選んでいます」
会議室の端で資料が一枚めくられた。
「スクロール集中投入そのものは成功と評価していいですか」
「現段階では、機能し始めた、とします」
言葉を選んだのは計画担当だった。
「十五本を使って、三名とも同じ方向へ強くなったわけではありません。取得内容にはかなり偏りがあります。ただ、既存の六名編成を崩さず、能力を追加して実戦へ投入できた。そこまでは確認できました」
「今後も一人五本を基準に?」
「基準にはしません」
政府管理下にある未使用スクロール、使用済み件数、回収元となったダンジョン、保管状況が画面に表示される。
「今回の十五本はフツミハシラ計画への集中投入です。同じ量を全国の部隊へ配れる状況ではありません。次に何本使うかも、取得能力と訓練進捗を見て決めます」
そこで議題は、三名だけの評価から今回の合同隊全体へ移った。参加者のうち十五名は別の攻略班から選抜され、元の六名と組んで初めて岩影鳥と交戦している。
「増員十五名の評価は?」
「交代、拘束、射線確保については想定以上です。特に負傷者発生後も前衛密度が落ちなかった点は、人数を増やした効果が出ています」
「六名だけで再戦する案は?」
「現時点では実施しません。今回の目的は人数を削ることではなく、六層大型個体へ自衛隊だけで対応する手順を増やすことです」
画面に水門ダンジョンの攻略状況が出た。
一層から五層までの各段階を越えた班の数、その先へ進んだ隊員数、六層で活動経験を持つ人員がまとめられている。数か月前と比べれば、五層突破も六層到達も珍しい一件として扱うには数が増えていた。
「五層突破については?」
「選抜された攻略班であれば、現在は特別な到達記録として扱う段階を越えています。事故要因が消えた意味ではありませんが、手順はかなり固まりました」
「六層到達班も増えている」
「はい。水門以外を含め、継続的に増加しています」
その返答を聞いて、内閣側の出席者が手元の資料を閉じた。
「では、別件ですが。そろそろ、自衛隊が六層へ到達していること自体は公表してもいいのでは?」
何人かが画面から目を離した。
これまで、日本側の六層到達は公開してこなかった。最初に到達した六名の存在、水門六層での戦闘、そこから始まったフツミハシラ計画も機密側へ置いたまま運用している。
「理由をお願いします」
「隠す理由が以前より減っています」
内閣側の担当者は、国内探索者の平均到達階層、主要ギルドの攻略実績、海外で確認されている深層到達例を画面へ並べた。
「最初の六名が到達した時点では、六層へ行ける自衛隊員がいること自体に情報価値がありました。現在は民間でも攻略線が上がり、自衛隊内でも五層突破班と六層経験者が増えている」
「能力者の存在まで推測されます」
「六層へ入った、という情報だけなら既に時間の問題です」
別の出席者も資料を開く。
「六層由来素材を研究へ回せば、共同研究先も増える。予算説明でも、いつまでも『高階層由来』で処理し続けるのは難しくなります」
「海外向けには?」
「同じです。日本だけが何も進んでいないように見せる必要もありません」
防衛省側から慎重な声が出た。
「公開範囲を先に決める必要があります。六層へ到達した事実と、六層で何をしているかは分けるべきです」
「同意します」
公開候補について、担当者が一つの文章として読み上げた。
「複数の自衛隊攻略班が五層を突破し、一部の班が六層へ到達して継続的な調査活動を開始している。六層については、それ以前の階層とは異なる生態圏型の環境が確認されている――公開するなら、この程度まででしょう」
「ボス撃破は?」
「出しません」
防衛省側の責任者は即答し、機密側の戦闘映像を示した。
「岩影鳥の存在、今回の討伐、二十一名の編成、フツミハシラ、スクロール十五本の集中投入。すべて非公表を維持します」
「理由は?」
「戦力構成が見えすぎます。大型弩、拘束索、能力使用の順序、交代人数まで含めて推測材料になります」
「到達人数も伏せる?」
「具体数は出さない方がいいでしょう。六層で継続活動中、まででいい」
内閣側の担当者は文案を開いたまま、表示されている語句を順に削っていく。
「『複数の攻略班が』は?」
「そこまでは問題ありません」
「五層突破者の増加も出す?」
「人数を付けなければ」
修正後の文面は短くなった。
「では、『自衛隊による異常空間攻略は継続しており、複数の攻略班が第五層を突破。一部の班は第六層へ到達し、環境、生態、資源、安全性に関する継続調査を開始している』。この形で回します」
「戸張透との関係は?」
「触れません」
「過去の共同戦闘も?」
「出さない」
そこに異論は出ず、公開資料と機密資料の境界がその場で確定していった。今回の発表はフツミハシラの公表ではなく、自衛隊による攻略進捗の更新として扱われる。
「時期は?」
「次回の異常空間政策に関する定例説明に合わせます」
「防衛省単独発表ではなく?」
「政府全体の進捗の一項目として出した方がいいでしょう。探索者制度、研究、企業利用と並べます」
公表文案には六層という数字だけが残り、岩影鳥の名称、撃破実績、二十一名という編成、十五本のスクロール投入は機密側へ置かれたままになった。会議が終わる直前、防衛省側の担当者はその線引きをもう一度確認してから、戦闘映像へ視線を戻した。
「フツミハシラの次回評価は予定どおり?」
「予定どおりです。三名の能力訓練と六名での連携を継続。今回参加した十五名は、それぞれの所属班へ戻します」
「六層活動も?」
「続けます」
担当者は公表文案を閉じたあと、同じ端末で機密側の戦闘記録を開き直した。画面には、公表資料には載らない岩影鳥の巨体が残っていた。




