第376話 寄生虫と行く現代ダンジョン
『知りたいことはある?』
「あり過ぎて出てこない」
『はは、まあそうだろうねえ』
聞きたいことなら幾らでもあるはずなのに、いざ自由に聞けと言われると何から手を付ければいいのか分からない。ダンジョンの正体も、寄生体のことも、目の前の存在が何者なのかも、さっきまでの話だけで頭の中はかなり混雑していた。
少し考えて、最初に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「貴方は、もしかして元人間ですか?」
『いい質問だ』
返ってきた声は少し嬉しそうだった。
『遥か昔はそうだよ。しかも日本人』
「……日本人?」
『そうそう。いやあ、異世界転生なんて本当にあるんだなって、当時は私も驚いたよ。寄生虫スタートはなかなかハードだったけどね』
さらっと出てきた内容が重い。俺の中にいる寄生体と同じものから始まり、世界中へ浸透して神として崇められるまでになった存在が、元を辿れば日本人の異世界転生者だったらしい。
『君がポチと戦っている間も、日本語を思い出そうとはしてたんだよ。随分昔のことだから細かいところが抜けててね。途中から面倒になったから、今は翻訳の方に頼ってるけど』
「ポチ……」
大樹のそばで伏せていた老狼を見ると、向こうもこちらへ視線を返してきた。
「まさか、あの狼の名前ですか」
『そう。ポチ』
老狼から威厳のようなものが少しだけ減った気がした。
「ちなみに、女の子は?」
『幸子』
「サチコ……」
少女型がこちらを向いた瞬間、頭へ浮かんだのはネーミングセンスという言葉だった。
いや、この話題は危険だ。
『一から了まで、幸せであれって意味なんだけどね。昔のあの子は色々苦労が多かったから』
「……ああ」
理由を聞いて安心した。幸子を見ると、本人は名前について特に気にした様子もなく、大樹の幹へ寄りかかっている。
他にも聞きたいことはいくらでもあったが、一度に全部を聞いたところで覚えきれる気がしない。何より今は、身体のあちこちが痛みを訴えていた。
「また貴方と話すことはできますか?」
『もちろんできるよ。私はしばらくこの空間から出る気もないしね』
それなら急ぐ必要もない。
『ああ、そうだ。幸子とポチは連れていっていいよ』
「……いいんですか?」
『本人たちが行く気満々だからね』
少女型と老狼へ視線を向けると、いつの間にやったのか、二体の中にはそれぞれ寄生体の反応があった。
「もう済んでるし」
『早いでしょう?』
「そこ褒めるところかな」
幸子は楽しそうに笑い、ポチは既に立ち上がっていた。こちらの意思を確認する気配はほとんどなく、帰る準備まで終わっているように見える。
『その子の力があれば、二人ともダンジョンの外へ出られるはずだから』
「そんなこともできるんですか」
『できるさ。じゃないと、その子も君と一緒に外へ出られないじゃない』
「あ」
最初から寄生体は俺と一緒に外へ出ている。
「そうでしたね」
『まあ、聞きたいことを思いついたらまた来なよ。私も久しぶりに人と話せて楽しかったし』
「今度は殺し合い抜きでお願いします」
『善処するよ』
信用していい返事なのか判断に困っていると、ふと横手の白い空間へ扉が現れた。ここへ来た時に通ったものと同じ形をしている。
もう先へ進む必要はなく、後は帰ればいい。
「じゃあ、また来ます」
『うん。またね』
刀剣を拾って立ち上がろうとしたが、脚に力が入らなかった。少し間を置いてもう一度試しても、腰が僅かに浮いただけで終わる。
「…………」
『無理しない方がいいよ。さっきまで散々殴られてたんだから』
「誰のせいだと思ってるんですか」
『私だねえ』
悪びれる様子すらなく答えられ、どうやって帰ろうかと考える。するとポチが俺の横まで歩いてきて、身体を低くしながら背中を向けた。
「乗れって?」
大きな耳が一度動いたので、それを返事として受け取った。遠慮する体力も残っておらず、そのまま背中へ身体を預ける。
ポチは俺を落とさないようゆっくり立ち上がった。幸子もその横へ並び、白い扉へ向かって歩き始める。
扉を抜けると、さっきまでいたダンジョンへ戻った。そこから先は、俺自身が歩かなくて済む分だけ随分楽だった。
俺を背負ったポチは、何度も通った道を迷う様子もなく進んでいく。幸子も隣を歩き、ときどき周囲へ目を向ける程度で、こちらへ合わせて速度を落としていた。
やがて石造りの場所を抜けると、湿った土と木の匂いが戻ってきた。葉が擦れる音に混じり、少し遠くから生き物の声も聞こえてくる。
ついさっきまでいた真っ白な空間に比べれば、随分騒がしい。
それが今は心地よかった。
小人たちの集落へ到着した頃には、空はすっかり暗くなっていた。
突然現れた幸子とポチを見て、小人たちがどんな反応をしたのかは途中からよく覚えていない。何人かが集まり、俺をポチの背中から降ろしたところまでは分かった。
その後はいつもの場所へ寝かされたらしく、気が付いた時には身体を起こす気力も残っていなかった。そのまま視線だけを上へ向けると、木々の隙間から夜空と星が見える。
今日一日のことだけでも、考える材料はいくらでもあった。寄生体の正体やあの大樹、ダンジョンを複製している何者かに加え、幸子とポチを外へ連れていったらどう説明するのかという、かなり現実的な問題まで残っている。
それでも、今一番強く残っているのは別の感情だった。
まだ先がある。
森の向こうにも、次のダンジョンにも、そのさらに先にも、俺が一度も見たことのない景色が残っている。会社を辞める頃には消えかけていたものが、今では胸の中で当たり前のように燃えていた。
もう少し見たい。
できるなら、ずっと先まで。
頭の奥で何かが蠢き、そこにいることを確かめるような感触が伝わってきた。もう何度感じたか分からないものだった。
「……これからも一緒に行こうか」
小さく呟いても寄生体から言葉の返事はない。それでも、脳の奥を這う感触が僅かに動いた。
まだまだ、見たことのないものがある。
ならこれからも一緒に、寄生虫と現代のダンジョンを見ていけばいい。
そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。
物語はここで完結です。
長い話をここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。
ここまで読んで頂けるとは当初思ってもいませんでした。
応援やコメント、レビューを頂いて感謝感激であります。皆様のお力でここまで書ききる事ができました。本当にありがとうございました。
この後の話は本当に好き勝手作成していくと思います。
そんな感じでもお楽しみ頂ければ幸いです。




