第371話 伝説
装備と白い群体を整え直してから、俺は再び九層の墳墓へ向かった。前回、少女型が作った〇が本当に合格を意味していたのか、その確認も少しだけ兼ねている。
巨大扉を開けた先に、二体の姿はなかった。老狼も少女型も、純白の人型も見当たらず、広間の中央は空いたままだった。
しばらく待ってみても変化は起きない。少女型が手招きをすることも、老狼が前へ出てくることもなかった。
「本当に終わりだったのか」
答える相手はもういない。
広間の奥には、以前確認した扉が残っていた。おそらく十層へ続くもので、一度だけ開けた時には、その先へ真っすぐな石造通路が伸びていた。
前回は先行させられる個体が足りず、そこで引き返した。今回は白い群体も寄生個体も揃っており、前へ出せる数にも余裕がある。
扉を押し開け、白い小型個体を先頭へ流した。
石造りの通路は記憶にある姿のままだった。左右に分岐はなく、扉や窪みも見当たらない。天井は九層の墳墓より低く、青白い光が一定の間隔で奥まで続いている。
罠を探す個体を先行させ、壁や床も白い糸で確かめながら進んだが、しばらく歩いても何も見つからなかった。
その代わり、遠くから低い音が聞こえてきた。
長く空気を吐き出し、少し間を置いて、また同じ音が響く。風が抜ける音にも似ているが、始まりと終わりが規則的だった。
「……呼吸か?」
一度足を止める。
音も途切れ、少ししてから再び響いた。吸っているのか吐いているのかまでは分からないが、生き物が眠っている時の呼吸に近い。
進むにつれて音は少しずつ大きくなり、それに合わせるように嫌な予感も増していった。
通路にはモンスターも罠もなく、足を止めるような障害物さえ出てこない。九層であれだけの相手が待っていたことを考えると、その先まで何もないとは思えなかった。
やがて先行していた白い小型個体が通路の終端へ到達すると、脳内地図の先が一気に広がった。かなり大きな空間らしい。
俺は群体を止め、壁際へ身体を寄せながら出口へ近づく。規則的な呼吸音は、今では空気そのものを震わせるほど大きくなっていた。
通路を抜けると、最初に目へ入ったのは金色の光だった。
床一面へ硬貨や装飾品が積み上げられ、青白い光を反射している。宝石らしい色の付いた石や、何に使うのか分からない器、武器、防具まで混ざっていた。
その中心で、巨大な生物が眠っている。
長い首の先には角を備えた頭部があり、太い四本脚と巨大な翼を持っていた。尾は宝の山を半周するように巻かれ、全身を暗い赤色の鱗が覆っている。
どう見ても、ドラゴンだった。
「うわあ」
思わず声が漏れたが、目の前にいるのはファンタジーのド定番であり、象徴であり、伝説そのものとしか言いようがない生き物だった。
ここまで分かりやすいと逆に困る。九層では少女型も老狼も最後まで正体が分からなかったのに、その先で出てきたのが説明不要のドラゴンである。
大きさも笑えず、伏せた状態でも大型トラックよりはるかに大きかった。頭を上げればどこまで届くのか想像しづらく、翼まで広げれば、この空間のかなりの部分を使うはずだった。
後方には、通路を埋めるほどの白い群体と寄生個体が控えている。ここまで連れてきた分を全部合わせれば、九層で少女型と老狼へ挑んだ時より多い。
しかも、今の俺には花弁の攻撃がある。
九層の二体を越えた先にいる生物だ。見た目が分かりやすいからといって、弱いと考える理由にはならなかった。
「やれるだけやっとくか」
寝ている相手へ正面から近づく趣味はない。
白い群体へ指示を送り、身体へ必要な量を集める。背中から太い白い触手を伸ばし、その先端を幾つにも分けていった。
花の形へ整える動作は、以前より速くなっている。白い群体からさらに資源を引き込み、寄生個体側からも使える分を集めた。
触手が太くなり、先端で開く花弁も増えていく。その中心へ力を集めながら、さらに後方から白い資源を引き込んだ。
それでもまだ足りない気がした。相手はドラゴンなのだから、伝説を相手にする準備として、このくらいやっても文句は言われないだろう。
後方の白い群体が薄くなるほど資源を集め、撃った後に最低限動ける量だけを残した。白鎧も必要な部分以外を削り、浮いた分まで触手へ回す。
花の中心を、眠っているドラゴンの上半身へ向けた。
「最初から全力でいいよな」
反対意見は出なかったので、準備を終えて一歩前へ出た。その瞬間、それまで続いていた規則的な呼吸音が止まる。
ドラゴンの瞼が開き、縦に細い瞳孔がこちらを捉えた。巨大な頭部が持ち上がるにつれて、宝の山から硬貨や装飾品が音を立てて流れ落ちる。
ドラゴンがこちらを正面から睥睨し、巨大な顎を開いた。空間全体を震わせる咆哮が響くのと同時に俺も花弁を開き、白い奔流を正面から叩き込む。
ドラゴンは避けず、巨体と鱗で真正面から受け止めたように見えたが、耐えられたのは一瞬だけだった。
「……あれ?」
最初に頭部の輪郭が崩れ、続いて首から胸部までが一気に細かく砕けていく。巨大な身体の上半分が、ミキサーへ放り込まれたように肉片へ変わった。
赤黒い鱗や肉、砕けた骨と血が一度だけ空中へ広がったが、その肉片さえ花弁の攻撃へ触れた端から消えていった。
白い奔流が途切れた時には、ドラゴンの胴体より上が丸ごとなくなっていた。残った下半身が宝の山へ沈み、大量の硬貨と金属がぶつかり合う音が広い空間へ響く。
俺は開いたままの花を見てから頭のなくなったドラゴンへ視線を移し、少し間を置いてもう一度花を見た。
「……強くしすぎた?」
返事をするものは、やはりいなかった。




