第366話 入口まで
駅前を出た白いワゴン車は、二度の右折を挟んで幹線道路へ入った。後方では一般車両に見える警察車両が距離と順番を入れ替え、別の班が前方の交差点や道路沿いの映像を確認している。
車内には運転手と助手席の男、それに高校生が四人乗っていた。片手へ包帯を巻いた同級生も、その中で隣の生徒へ何度か話しかけている。
『対象、県道へ入りました。速度に変化ありません』
『了解。前方班は距離を維持してください。倉庫周辺の配置も完了しています』
草色ジャケットの弟が集合場所へ現れなかったため、ワゴン車は予定より十二分遅れて出発した。それでも仕事を中止する様子はなく、住宅地を抜けて小規模な工場や倉庫の増える地域へ進んでいく。
やがて車両は、錆びた金網に囲まれた古い倉庫の敷地へ入った。門には廃業した運送会社の名が残り、事務所の窓は内側から板で塞がれている。
敷地には小型トラックと黒いミニバンが止まっていた。白いワゴン車から降りた高校生たちは、裏口で待っていた作業服の男に促され、建物内へ入っていく。
追跡車両は倉庫の前を通過し、周辺へ配置済みの班が監視を引き継いだ。異常空間管理部門の職員も別車両から土地情報と申告記録を照合していたが、周辺に登録された入口は存在しなかった。
現在の借主は外国人材紹介会社だった。登記上の従業員は二人しかいない一方、電気と水道の使用量は小規模な事業所の範囲を大きく超えている。
職員は調査結果を現場責任者へ渡した。
「建物内に入口がある可能性は残ります。ただ、人と装備を集める中継地点として使っているだけかもしれません」
「今入れば、高校生は確保できます」
「入口へ繋がる動線は切れますね」
現場責任者は倉庫の裏口を映す画面から目を離さなかった。高校生を長く泳がせるつもりはなかったが、入った直後に踏み込めば、未申告入口へ向かう別の班へ警戒が伝わる。
「乗せ替えが始まるまでは待ちます。高校生と、それ以外の班へ追跡車両を分けてください」
「了解しました」
倉庫へ入ってから三十分ほど経った頃、裏口が開いた。
最初に現れたのは、作業服を着た外国人労働者七人だった。年齢も体格も揃っておらず、二十代に見える者の後ろを、五十代ほどの男性が右脚を庇いながら歩いている。
全員が同じ灰色の袋を背負い、片手にはヘルメットや盾を持っていた。装備の形はある程度統一されていたが、登録番号やギルドの標章は付いていない。
負傷した男性が遅れると、後ろから出てきた日本人の男が地面に置かれた槍を指差した。男性は何かを言いかけたものの、男に再び急かされると、槍を持ち上げて列へ戻った。
『外国人七名を確認。右脚を負傷している者が一名います』
『高校生は』
『まだ建物内です』
外国人労働者たちは小型トラックへ装備を積み始めた。荷台には簡素な長椅子が左右へ固定され、幌を下ろせば乗っている者から外の景色が見えなくなる。
別の男が透明な袋を持って現れ、一人ずつ顔を確認しながらスマートフォンを回収していった。端末の入った袋は小型トラックの助手席へ置かれ、労働者たちの手元には連絡手段が残されていない。
現場責任者は端末を回収した男の姿を記録させたが、介入の指示は保留した。この時点で止めれば七人を保護できる一方、入口までの経路は彼ら自身にも説明できない可能性が高かった。
続いて、高校生四人が裏口から出てきた。
全員が私服の上から灰色の作業着を着せられ、貸与品らしい靴へ履き替えている。弟を誘った同級生は、包帯を巻いた手で小さな回収袋を抱えていた。
駅へ迎えに来た男が高校生たちを黒いミニバンへ乗せ、外国人労働者は小型トラックの荷台へ入っていく。倉庫へ残った男が幌を下ろし、外から留め具を締めた。
『高校生四名、黒色ミニバンへ乗車。外国人七名は小型トラックです』
『両車両へ追跡班を配置します。倉庫の固定監視も継続してください』
黒いミニバンが先に敷地を出た。数分後には小型トラックも反対方向へ進み始め、それぞれの後方へ別の追跡班がついた。
高校生を乗せたミニバンは市街地へ戻り、駅から離れた立体駐車場へ入った。二階では濃紺の乗用車と銀色の小型車が待っており、四人を二人ずつに分けて乗せる準備が進んでいる。
『乗り換えを確認しました。高校生を二台へ分けます』
『保護を優先してください』
出入口へ警察車両が入り、私服警察官が乗り換えを進めていた男たちへ接近した。若い送迎役の一人は階段へ逃げようとしたが、途中で取り押さえられ、残る男たちも車両の前後を塞がれて動けなくなった。
高校生四人に新しい怪我はなかった。弟を誘った同級生は、警察手帳を見せられても状況を理解できず、包帯を巻いた手を胸元へ抱えたまま立っている。
「俺、捕まるんですか」
「まずは安全な場所で話を聞きます」
「友達を一人連れてくればいいって言われただけで」
「誰に言われましたか」
同級生は周囲を見回し、声を落とした。
「俺が喋ったって、向こうに言わないでください」
警察官はその場での質問を止め、高校生たちを警察車両へ移した。送迎役から押収した端末には、名前の代わりに数字と記号が並び、倉庫を出た後の履歴も大半が削除されていた。
一方、小型トラックは山側へ向かう県道を進んでいた。
追跡は一台の車両だけに任されていない。道路沿いへ先回りした班が交代で位置を確認し、カメラの減る山間部へ入る前には、警察航空隊も上空待機へ移っていた。
小型トラックは、閉鎖された資材置き場へ入った。敷地内には窓を黒い板で塞いだマイクロバスが止まり、別の運転手が到着を待っている。
外国人労働者たちはトラックから降ろされ、装備と一緒にマイクロバスへ移された。二人の運転手は紙を一枚交換しただけで、長く話すこともなかった。
『第二中継地点を確認しました。乗り換え後も追跡を継続します』
警察は資材置き場へすぐ踏み込まず、残った車両と運転手を監視下へ置いた。入口まで辿るには、ここでも追跡を切らない方がよい。
マイクロバスは採石場跡が点在する山道へ入り、途中から舗装の荒れた私道へ曲がった。道の先には閉鎖された建設資材会社の施設があり、錆びた重機とコンクリート片の奥に、古い作業棟が残っている。
マイクロバスが作業棟の裏へ止まると、建物から日本人の男が三人出てきた。そのうち二人は剣や盾を持ち、装備には削り切られていない正規探索者の登録番号が残っている。
もう一人は名簿を持ち、降りてきた労働者を番号で確認していた。右脚を負傷した男性が身振りを交えて訴えると、男は列の最後を指差し、休ませる様子も見せなかった。
確認を終えた男が作業棟へ合図を送り、シャッターが上がった。建物内には資材置き場を装った空間が広がり、積み上げられた合板の裏から地下へ続く斜路が伸びている。
離れた車両で待機していた異常空間管理部門の観測員が、計器の変化を確認した。
『入口反応を確認しました。位置を確定します』
報告を受け、周辺へ展開していた各班が同時に動いた。
正面の私道を警察車両が塞ぎ、裏手からは異常空間対処班が作業棟へ近づく。最初の倉庫と第二中継地点でも、同じ時刻に踏み込みが始められた。
入口側の男たちは警察車両へ気づき、外国人労働者を地下へ進ませようとした。
「その場から動かないでください」
複数の方向から警告が響く。
正規登録探索者の一人が剣の柄へ手をかけたが、対処班の装備と人数を見て動きを止めた。もう一人も盾を床へ置き、両手を見える位置まで上げる。
外国人労働者の反応は分かれた。警察を見て作業棟の奥へ下がる者がいる一方、地下へ逃げようとする者もおり、名簿を持った男は捕まれば在留資格を失うと別の言語で叫び続けている。
通訳を伴った警察官が前へ出た。
「仕事は中止です。怪我をしている人から確認します。今は在留資格の話をしません」
同じ内容が複数の言語で伝えられると、右脚を庇っていた男性が最初に荷物を下ろした。それを見た周囲の労働者も、盾や回収袋を一つずつ床へ置いていく。
七人はダンジョンへ入る前に保護され、負傷者にはその場で応急処置が始められた。入口は異常空間管理部門が封鎖し、内部の安全確認は待機していた別班へ引き継がれる。
作業棟にいた現場管理者と正規登録探索者二人、マイクロバスの運転手も確保された。第二中継地点では乗り換えを担当していた運転手と端末が押収され、最初の倉庫でも管理者、送迎役、装備担当者が身柄を押さえられた。
その日のうちに、関係先への捜索も始まった。
倉庫を借りていた外国人材紹介会社からは、複数の名義で作られた雇用記録が見つかった。送迎車を用意していた運送会社には、実際の走行先を記録しない運行表が残されている。
正規登録探索者二人が所属する小規模ギルドでは、申告された探索回数と回収品の量が一致しなかった。由来の説明できない素材を扱った買い取り業者からも、同じ形式の梱包や、複数の会社を経由した支払い記録が押収される。
外国人労働者を集めていた仲介者と、同国人を管理して手数料を取っていた班長も確認された。班長は三人を勧誘し、逃げようとした者を脅していたが、本人も日本人管理者へ旅券を預け、宿舎費と紹介料の名目で借金を負わされている。
警察は、班長が受けていた強制と、ほかの労働者へ行った脅迫を分けて調べることにした。
保護された七人の在留状況も揃っていなかった。正規の就労資格を持つ者がいる一方、以前の職場から失踪した者、資格外活動の制限を超えていた留学生、在留期限を過ぎた者も含まれている。
管理側は在留状況に関係なく、警察へ行けば全員が即座に送還されると説明していた。日本語を十分に読めない者だけでなく、正規在留者にも同じ脅しを使っていたことが、保護後の聴取で判明した。
入口と現場の運用網は、その日のうちに押さえられた。送迎担当、現場管理者、登録探索者、仲介者、班長、買い取り業者の間にあった横方向の繋がりも、端末や契約、資金移動から確認されていく。
ただし、それぞれが接触していたのは隣の役割までだった。
送迎担当は現場管理者から時間と場所だけを受け取り、現場管理者は探索者と仲介者を別々に使っている。回収品は複数の業者へ分けられ、代金も運送会社、人材紹介会社、個人口座を経由していた。
押収された資料には、入口を最初に発見した人物も、仕組みを作った者の名前も記されていない。全体の利益が最終的にどこへ集められていたかも、現時点では特定できなかった。
夜になり、草色ジャケットの家へ警察から連絡が入った。
弟は草色ジャケットが通話をスピーカーへ切り替えるのを待ち、椅子を近くへ寄せた。
『高校生四人と、外国人労働者七人を保護しました』
弟は息を吐き、膝へ置いていた手を緩めた。
「友達も無事ですか」
『はい。新しい怪我はありません』
「外国人の人たちも?」
『全員、ダンジョンへ入る前に保護しています。負傷していた方は治療を受けています』
「入口は見つかったんですか」
『見つかりました。現在は管理部門が封鎖し、内部の安全を確認しています』
弟は草色ジャケットを見た。
「じゃあ、終わったんですか」
『現場で動いていた人間と、関係する業者までは調べが進んでいます。ただ、全体を指示していた人物はまだ特定できていません』
「友達は捕まるんですか」
『本人から事情を聞いています。弟さんを誘ったことは事実ですが、本人も装備代の請求や学校への連絡を使って脅されていました』
「俺が警察に言ったって、分かってますか」
『こちらから弟さんの名前は伝えていません』
弟は少し迷い、両手を膝の上で組み直した。
「俺が協力したの、意味ありましたか」
『弟さんから相談がなければ、高校生四人と外国人七人を同時に保護し、入口まで押さえることはできませんでした』
「……そうですか」
草色ジャケットが礼を告げ、通話を終えた。
弟は同級生とのトーク画面を開いたが、新しいメッセージは届いていなかった。
「入口も止まったんだよな」
「ああ」
「外国人の人たちも助かった」
「ああ」
「でも、上の奴はまだいる」
「そこから先は警察の仕事だ」
「また別の場所でやるかもしれないじゃん」
「だから捜査が続くんだろ」
弟は入力欄へ指を置き、「大丈夫か」と打った。送信ボタンの上でしばらく止まった後、文字を全て消してスマートフォンを伏せる。
草色ジャケットは冷蔵庫から飲み物を二本取り出し、そのうち一つを弟の前へ置いた。




