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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第367話 救助の順番

 未申告ダンジョンの入口が封鎖されてから十四時間後、関係省庁の担当者が一つの会議室へ集められた。警察庁、出入国在留管理庁、厚生労働省、消防庁、異常空間管理部門に加え、内閣官房からも調整役が入っている。


 各席へ配られた資料には、入口と二つの中継地点、送迎会社、人材紹介会社、小規模ギルド、買い取り業者が線で結ばれていた。高校生四人と外国人労働者七人は保護され、現場を横へ繋いでいた関係者も相当数が捜査対象となったが、組織図の最上段だけは空白のままだった。


「現場を管理していた人物までは押さえています。ただ、その上から全体へ指示を出していた者は特定できていません」


 警察側の担当者が、押収端末の連絡関係を画面へ表示した。


「送迎、装備、内部探索、回収品の売却、労働者の募集が別系統です。各担当者には、次に接触する相手と必要な時間だけが伝えられていました」


「入口の土地は誰のものですか」


 内閣官房の職員が尋ねる。


「休眠会社の名義です。代表者は高齢で、数年前から施設管理へ関与していません。実際の賃貸契約には別の法人が二つ挟まっています」


「回収品の代金は?」


「複数の買い取り業者から、運送会社や人材紹介会社を経由して分散しています。資金が最終的に集まる口座は、まだ確認できていません」


 入口と現場網を押さえても、黒幕へ続く縦の線は途中で切れていた。警察側の説明が終わると、異常空間管理部門の担当者が内部調査の速報へ画面を切り替える。


「二層までを反復採取に使っていた形跡があります。通常敵の再出現周期、班ごとの回収量、負傷者数も記録されていました」


「スタンピードの兆候は?」


「内部の個体数は正常範囲です。入口や階層構造を破壊した痕跡もありません。人体や危険物を投入していた可能性については、引き続き確認します」


 最悪の事態は避けられていた。だが、違法運用が長期間続き、複数の人間が負傷しながら働かされていた事実は残る。


 厚生労働省の担当者が、保護された七人の資料を開いた。


「在留状況は全員異なります。正規の就労資格を持つ者が二人、留学生が一人、以前の勤務先から失踪した者が一人、在留期限を過ぎた者が一人です。残る二人は、旅券と在留カードを管理者へ預けていたため、現在照会しています」


「留学生は、資格外活動の範囲を超えていますか」


「その可能性が高い。ただ、本人は実際の勤務時間も、報酬から何を差し引かれていたかも把握できていません」


 出入国在留管理庁の担当者は、供述概要のページをめくった。


「在留期限を過ぎた者には、法に基づく手続が必要です」


「救助した直後に身柄を拘束するのですか」


 警察側の担当者が問い返す。


「現場では医療を優先したと聞いています。その判断を問題にしているのではなく、治療後に何を説明するかを決めたいのです」


「警察へ協力すれば在留問題を免除すると約束はできません。ただ、通報した瞬間に収容されると思われれば、別の被害者は入口情報を持ったまま姿を隠します」


 厚生労働省の担当者が、多言語の指示書を机へ出した。


「七人全員が、警察へ行けば強制送還されると教えられていました。正規在留者にも同じ脅しを使っています。管理側が利用したのは、実際の制度ではなく本人たちの恐怖です」


「不法残留者と正規在留者を同じ扱いにはできません」


「同じ扱いにする話ではありません」


 内閣官房の職員が、両者の間へ言葉を挟んだ。


「救助と医療、入口情報の確認、事件の聴取、在留資格の確認。その順番を決めます。全てを一度に始めれば、助けを求めにくい者から黙ることになります」


 警察側の担当者は、外国人班長に関する資料を開いた。


「この人物は、同国人三人を勧誘し、報酬から手数料を取っていました。逃げようとした労働者を脅したという供述もあります」


「管理側の一員ですね」


「一方で、本人も旅券を日本人管理者へ預け、宿舎費と紹介料の名目で借金を負わされています。受けた強制と、他人へ行った脅迫は分けて調べる必要があります」


「被害者か加害者か、どちらかへ分類する発想では足りないということですか」


「各行為を個別に見ます。日本人の管理者にも、外国人の班長にも同じ基準を使います」


 異常空間管理部門の担当者が、倉庫から押収された品の画像を映した。泥と血が残る作業着の隣には登録番号を削った盾が並び、番号で管理された回収袋や、多言語の注意書きも保管されていた。


 注意書きの内容は、使われる言語によって異なっている。日本語版には装備の扱いと荷物運びの手順しか記載されていないが、一部の外国語版には、警察へ相談すれば在留資格を失う、逃げれば母国の家族へ連絡する、装備代は本人の債務になるという警告が追加されていた。


「高校生へは、これらの文面を見せていません」


 警察側の担当者が説明を引き継ぐ。


「学生には半日の荷物運びと伝え、外国人労働者には政府許可済みの仕事だと説明していました。正規登録探索者は、労働者が自分の意思で参加していると聞かされていたと供述しています」


「立場ごとに、別の嘘を用意したわけですね」


「班同士を接触させなかった理由でもあります。互いの説明を照合されれば、運用が成立しません」


 内閣官房の職員は資料へ短く書き込んだ。


「この事件を外国人による犯罪として発表すれば、次に同じ場所で働かされている者は、さらに行政を避けます」


「外国人班長が関与した事実を伏せるのですか」


 入管側の問いに、職員は首を横へ振った。


「伏せません。日本人の現場管理者、登録探索者、送迎役、買い取り業者が関与した事実も同じように出します。国籍ではなく、誰が何を行ったかを公表します」


「不法残留者を保護する制度だと受け取られれば、反発が出ます」


「入口情報を得られず、周辺住民を危険へ晒す方が行政上の損失は大きい」


「その説明が世論へ通るでしょうか」


「通す必要があります」


 内閣官房の職員は、封鎖された入口の地図を指した。


「この入口が暴走すれば、在留資格に関係なく被害が出ます。最初に身分を問い詰め、入口情報を失う運用では順序が逆です」


 暫定方針は、現場が最初に確認する事項から整えられた。


 未申告ダンジョンで働かされた者から通報や救助要請を受けた場合、まず本人と周囲の安全を確保し、必要な治療を行う。同時に入口の位置、内部人数、武装した管理者の有無を確認し、在留資格については緊急対応が終わった後に個別の手続へ移す。


「勧誘や暴力へ関与した通報者は、どう扱いますか」


「救助要請を理由に、その場で見捨てることはしません。ただし、他者へ行った脅迫や賃金の着服は別に捜査します」


「旅券を雇用側が持っていた場合は?」


「本人へ返して終わりにはしません。監禁、脅迫、不当な賃金控除との関係まで確認します」


 買い取り業者には由来記録の緊急点検を求め、違法運用へ関与した正規登録探索者は、捜査と並行して資格停止の対象とする方針も加えられた。


 学校への注意喚起については、内部で戦う仕事だけを対象にすると抜け道が残るという意見が出た。荷物運び、装備洗浄、回収品の仕分け、車両への積み込み、外での見張りも、ダンジョン関連の闇バイトに含めて周知することが決まる。


「相談窓口は何語から始めますか」


 厚生労働省の担当者が尋ねた。


「今回の押収文書で使われていた言語を優先します。対応外の言語は通訳へ繋ぎます」


「匿名でも受け付けますか」


「受け付けます。ただし、救助に必要な場合は、連絡を取り直す方法を残してもらいます」


「警察と入管のどちらを表へ出しますか」


 警察側の担当者が少し考え、異常空間管理部門の席へ視線を向けた。


「異常空間管理窓口を入口にする方がよいでしょう。相談者へ最初から警察か入管かを選ばせると、その時点で離脱する可能性があります」


 入管の担当者も、資料へ目を落としたまま応じた。


「在留資格の確認を放棄する制度ではないと、内部運用には明記してください」


「救助と入口対応より先へ出さないことも明記します」


 会議が終わる頃には、窓の外が暗くなっていた。警察は確保した現場網から通信と資金の分析を続け、入管は七人の事情を個別に確認する。厚生労働省では関係会社の雇用記録と賃金控除の調査が始まり、異常空間管理部門にも、入口内部から未確認の作業員番号が見つかったという速報が届いていた。


 会議室へ残った職員は、完成した暫定通知を各機関へ送信した。続けて多言語相談窓口の受付画面を開くと、公開から数分しか経っていないにもかかわらず、新着を示す表示が一件入っていた。


 自動翻訳された相談文には、夫が三日前から仕事より戻らず、警察へ行けば家族も日本へいられなくなると脅された旨が書かれていた。


 職員は相談者へ返す定型文を閉じ、通訳の手配画面から該当する言語を選んだ。

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