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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第364話 返事を残す

 警察署へ向かう途中にも、弟のスマートフォンは二度震えた。どちらも誘ってきた同級生からで、通知欄には短い文面が並んでいる。


『まだ分かんない?』


『無理なら別の奴に聞くけど』


 弟は助手席で画面を確認したが、メッセージは開かなかった。


「既読ついてないよな」


「通知で見ただけ」


「そのまま触るなよ」


「分かってるって。さっきから何回目だよ」


「お前、友達のことになると勝手に動きそうだから」


「兄ちゃんよりは考えて動くよ」


「自分からダンジョン案件を後出しした奴が言う?」


「親に黙って探索者になったくせに」


 言い返す声にはまだ棘があったが、自宅にいた時ほど強くはなかった。


 草色ジャケットは車を駐車場へ入れ、弟と一緒に警察署へ向かう。受付で電話した件を伝えると、名前と連絡先を確認され、待合の椅子へ案内された。


 弟は背もたれを使わず、スマートフォンを膝の上へ置いている。


「緊張してんのか」


「するだろ。警察署なんて来たことないし」


「まあそうだよなあ」


「兄ちゃんはあるもんな」


「助けてもらった時だけな」


「銃持った奴と一緒にダンジョンへ入って」


「その言い方だと共犯みたいになるからやめろ」


 弟が僅かに笑ったものの、すぐに正面へ顔を戻した。


「学校に連絡行くかな」


「まだ分からん」


「親には言うんだよな」


「未成年だし、たぶんな」


「兄ちゃんから言って」


「一緒に言う」


「相談相手の意味ないじゃん」


「いいじゃん、お前悪くないし。俺の時は何故か怒られたけど」


 やがて奥から、スーツ姿の男性と女性警察官が現れた。


「お待たせしました。先ほど、お電話をいただいた方ですね」


「はい。私です」


「弟さんも、ご本人で間違いありませんか」


「はい」


 弟の声が、普段より僅かに高くなる。


 二人は待合から小さな面談室へ案内された。机を挟んで椅子が四脚置かれ、壁際には記録用らしい端末がある。


 男性警察官が所属と名前を告げ、女性警察官は弟と正面から向き合わない位置へ座った。


「最初に確認します。弟さんは、その仕事には参加していませんね」


「行ってないです。今日、学校で誘われただけです」


「今日ですか」


「昼休みに少し言われて、放課後からメッセージが来ました」


「集合場所へ行ったこともありませんか」


「ありません」


「相手には、参加すると伝えましたか」


「家の予定があるかもしれないって言いました」


 男性警察官は頷いた。


「分かりました。今の段階で、弟さんが何か犯罪をしたという話ではありません。まずは落ち着いて、覚えていることを教えてください」


 弟の肩から僅かに力が抜けるのを待ち、男性警察官は草色ジャケットへ視線を移した。


「電話で伺った内容を、最初からお願いできますか」


「弟から、アルバイトの断り方を相談されました。内容を聞いていくうちに、未申告のダンジョンへ人を入れている可能性があると思いまして」


 草色ジャケットは、弟が学校で誘われたところから順番に説明した。


 半日働けば、高校生の通常のアルバイトを大きく上回る報酬が出る。大人が先に敵を倒すため、学生は後ろから荷物を運ぶだけでいいと説明され、必要な装備も貸し出される。参加者は集合場所から車で送迎されるという話だった。


 場所の住所は参加を決めるまで教えられず、スマートフォンは集合後に預ける。怪我をしても薬があるため、病院へ行く必要はないとも言われていた。


「親御さんには、何と説明するよう言われていますか」


 女性警察官の問いに、弟が答える。


「普通の荷物運びって言えばいいって。会社の名前を聞いたら、まだ教えられないって言われました」


「その話は、学校で直接聞きましたか」


「最初は口で。細かいのはメッセージです」


「相手は、普段から使っているアカウントですか」


「はい。クラスの連絡とかでも使ってるやつです」


「メッセージが時間で消える設定には?」


「なってないです」


 女性警察官は弟の許可を取り、スマートフォンの画面を確認した。相手のアカウントと、今日届いたやり取りを最初から読み進める。


 報酬額、作業時間、装備の貸し出し、スマートフォンを預けるという説明が、短い文章で残されていた。


「外国人の方が奥を片づける、という文面はどれですか」


「ここです」


 弟が画面を示す。


 次回は人数が多いため、大人と外国人の作業員が先に奥を処理する。学生は後ろから荷物を三往復すればいい。初回でも現金を渡す。


「この外国人の方について、他に何か聞きましたか」


「前から働いてる人だって、それだけです」


「何人いるかは?」


「知らないです」


「誘ってきた同級生は、いつ参加したと言っていましたか」


「先週です。今日、学校で金を見せてきました」


「現金を持っているところを、直接見たんですね」


「はい。封筒に入ってて、中も見せられました」


「負傷していた様子は?」


「片手に包帯してました。本人は、荷物で擦っただけだって」


「以前から、その金額を持っているような生徒でしたか」


「そこまでは分かりません。でも、普段のバイトよりは多いって自分で言ってました」


 警察官は弟の答えを急かさず、途中で言葉に詰まれば質問を変えた。


 同級生は年上の知人から誘われ、次へ参加する際には誰か一人を連れてくるよう求められているらしい。仕事は近日中に行われるが、集合場所も正確な時刻もまだ送られていなかった。


 草色ジャケットが自宅で聞いた時よりも、弟は細かいところまで覚えていた。


「他に誘われた生徒をご存じですか」


「聞いてないです」


「学校で確認しようとはしないでください。相手へ警戒される可能性があります」


「はい」


 女性警察官がスマートフォンを弟へ戻す。


「メッセージは、そのまま残してください。スクリーンショットを取ったり、別の人へ転送したりもしないでください」


「兄ちゃん以外には見せてないです」


「それで構いません」


 男性警察官は記録を見直した後、弟へ向き直った。


「今後、相手へ返信してもらう可能性があります」


「俺が返すんですか」


「まだ決定ではありません。返信するとしても、内容と送る時間はこちらで相談します」


「集合場所へ行くのは?」


「現時点で、弟さんを現地へ向かわせることは考えていません」


 草色ジャケットが口を挟む。


「今後も、弟を送迎車へ乗せるようなことはありませんよね」


「安全を最優先にします。少なくとも、所在の分からない場所へ未成年者をそのまま向かわせることはしません」


「それなら分かりました」


「ただ、相手との連絡を完全に切ると、別の生徒へ声をかけたり、警戒して連絡手段を変えたりする可能性があります」


 男性警察官は弟のスマートフォンへ目を向けた。


「今ある連絡経路は残したいと考えています。ただし、協力を強制することはありません」


 弟が少し考えてから尋ねる。


「返事をしたら、友達の方も助けられますか」


「約束はできません」


 草色ジャケットが自宅で答えた時と、同じ言葉だった。


「誘ったことについては話を聞く必要があります。ただ、その同級生自身が誰かから指示されたり、断れない状況へ追い込まれたりしている可能性も調べます」


「いきなり捕まえるわけじゃないんですか」


「分かっている事情が少なすぎます。今の段階で決めつけることはできません」


「外国人の人たちは?」


「実際に働いている人がいるなら、安全を確認する必要があります。ただ、場所が分からないため、すぐ助けに行けるとは言えません」


 弟はスマートフォンを見下ろした。


「俺が返事を残しておけば、場所まで分かるかもしれない?」


「可能性はあります」


「じゃあ、協力します」


 草色ジャケットは弟の横顔を見た。机の下で組んだ指が何度も動いており、緊張を隠せてはいなかった。


「学校には、俺が言ったって分からないようにしてほしいです」


「最大限配慮します。ただ、相手が少人数だけへ声をかけている場合、誰が話したのか推測される可能性までは消せません」


「それは兄ちゃんにも言われました」


「それでも大丈夫ですか」


 弟は一度、草色ジャケットを見た。


「大丈夫じゃないですけど、黙ってたら別の奴が誘われるかもしれないんですよね」


「その可能性はあります」


「だったら、やります。無理だと思ったら途中でやめてもいいんですよね」


「もちろんです。協力すると決めた後でも、危険があると判断すれば中止します」


「分かりました」


 草色ジャケットは口を挟まずに聞いていた。


 弟が自分で考えて決めたことまで、横から奪う必要はない。ただ、現場へ行かせるような話になれば、その時は止めるつもりだった。


 面談室の扉が軽く叩かれ、別の警察官が男性警察官を呼び出した。短い会話の後、男性警察官は席へ戻る。


「担当部署にも、この件を共有します。今来ているメッセージは、開かずに通知のまま見せてもらえますか」


 弟がスマートフォンを机へ置いた。


『まだ分かんない?』


『無理なら別の奴に聞くけど』


 男性警察官は文面を確認し、少し考えてから弟へ尋ねた。


「普段、この同級生へ返信する時は、どのくらいの長さで送りますか」


「短いです。こんな感じで」


「敬語は使いませんね」


「同級生なんで」


「分かりました。少し席を外します。このまま返信せずに待っていてください」


 警察官二人が面談室を出ると、弟は椅子の背へ身体を預けた。


「何か、思ってたより普通に話すんだな」


「警察が?」


「もっと怒られるかと思った」


「何もしてないって最初に言われただろ」


「でも、友達は誘ってるし」


「そっちは本人に聞かないと分からん」


「兄ちゃんも同じこと言ってたな」


「もっと褒めてもいいぞ」


「今のは別に褒めてない」


 弟は通知画面を見た。


「別の奴に聞くって、本当にやるかな」


「人数が必要ならな」


「今日中に誰か見つける気なのかな」


「分からん。だから勝手に友達へ聞くなよ」


「分かってる」


 返事は素直だったが、弟の表情は沈んでいる。


「人数の一人として見られてたのが嫌か」


「それもある」


「他には?」


「あいつが困ってるなら助けたいけど、誰か連れていけば自分は怒られないって考えてたなら、それも嫌だ」


「両方かもしれないぞ」


「だから余計に嫌なんだよ」


 草色ジャケットは、それ以上答えなかった。


 同級生を悪人と決めつければ話は簡単になるが、弟が引っかかっているのは、そんな分かりやすい部分ではない。友人とまでは言い切れなくても、毎日顔を合わせて話す相手が、誰かに使われながら自分も他人を差し出そうとしている。


 戻ってきた男性警察官は、短い返信文を口頭で伝えた。


「普段どおりの言葉で、『まだ家の予定が分からない。いつまでに決めればいい?』と送ってもらえますか」


「それだけでいいんですか」


「はい。参加するとも、断るとも書かないでください」


 弟はメッセージを開いた。


 既読が付き、相手が入力している表示が一瞬現れる。弟は伝えられた文面を打ち込み、送信ボタンの上で指を止めた。


「送ります」


「お願いします」


 メッセージを送ると、十秒ほどで相手から返事が届いた。


『明日の朝まで』


 続けて、もう一つ表示される。


『行けるなら集合場所送る』


 弟が男性警察官を見る。


「どうします?」


「今夜は、これ以上返信しないでください」


「明日の朝までに決めるって言ってるけど」


「それまでに、こちらで対応を検討します」


「何をするんですか」


「今は詳しくお話しできません。ただ、弟さんを一人で動かすことはありません」


 弟は納得し切れない顔をしたが、スマートフォンを机へ置いた。


 男性警察官は草色ジャケットへ向き直る。


「今夜は、端末を持ち帰って構いません。新しい連絡が来ても返信せず、すぐこちらへ知らせてください。電源も切らないようお願いします」


「分かりました」


「それと、以前の異常空間事件で一緒だった、地図の整理が得意な方がいると伺いました」


「地図読みです」


「今は、その方へ情報を送らないでください。必要になれば、こちらから改めて協力をお願いすることがあります」


「槙野さんからも、同じように言われています」


「それなら問題ありません」


 聞き取りを終え、二人は面談室を出た。


 弟は廊下を歩きながら、何度もポケットへ手を触れている。スマートフォンが入っていることを確かめているらしい。


「もう送ってこないな」


「十分も経ってないだろ」


「何か、待ってる方が落ち着かない」


「だからって自分から送るなよ」


「分かってるって」


 玄関へ近づいたところで、奥の階段から複数の足音が聞こえた。


 先ほどの男性警察官が、別の三人と一緒に上階へ向かっている。一人は制服姿で、残る二人は作業着に近い服を着ており、肩には異常空間管理部門の標章が付いていた。弟もそれに気づき、歩みを緩める。


「もう来たんだ」


「警察だけで終わらないかもしれないって、槙野さんも言ってただろ」


「自衛隊も来る?」


「そこまで行かないことを祈れ」


 外へ出ると、夜の空気が火照った頬へ触れた。駐車場へ向かう途中、弟が隣から草色ジャケットを見る。


「相談しなきゃよかったって言ったの、半分取り消す」


「半分だけ?」


「まだどうなるか分かんねえし」


「残り半分も、早めに頼む」


「調子乗んな」


 弟はポケットの上からスマートフォンを押さえた。断るための返事はまだ送っておらず、代わりに残した短い繋がりを警察がどこまで辿れるのかは、誰にも分からなかった。


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