第362話 そんなのありか
白い群体と寄生個体を揃え直し、小人に白鎧補装と短柄の戦斧を修理してもらってから、俺は九層の墳墓へ戻った。目的は、ボス広間の奥にあった一本道の確認だった。
墳墓の構造と転移罠の行き先は脳内地図へ残っている。前回のように全ての分岐へ個体を送り込む必要もなく、行きに六時間を使った道を大幅に縮めて巨大扉まで辿り着いた。
ボスを倒してから、まだ大して時間は経っていない。短期間で同じ相手が戻る例は少なく、広間に敵がいるとは考えていなかった。
白い群体を先に潜り込ませようにも扉の隙間はない。通常の確認を済ませただけで巨大扉を押し開き、青白い光の中へ入ると、白い群体と寄生個体も後ろから続いた。
最後尾が広間へ入った直後、背後で石が擦れた。振り向くと巨大扉が閉じており、押しても動かず、白い糸を差し込める隙間まで消えている。
ボス部屋へ入った時と同じだった。何かを終えるまで、外へは出られないらしい。
嫌な予感とともに広間の中央へ目を向けると、少女型が立っていた。その隣には老狼が伏せ、後ろには大きな口だけを持つ純白の人型が四体並んでいる。
前回と同じ姿だったが、少女型と老狼の遺体も、寄生個体の死骸も、回収し切れなかった白い残骸も消えていた。その代わりに、死んだはずの二体と四体が、何事もなかったように俺を待っている。
「そんなのありか」
考えてもいなかった言葉が、そのまま口から出た。
少女型が顔のない頭部をこちらへ向けた。細い腕を持ち上げて俺を指差し、人差し指を二度、三度と曲げる。
こちらへ来いという手招きにしか見えなかった。
少女型にも老狼にも、すぐ攻撃する様子はない。純白の四体も並んだまま動かず、前回のような圧力は感じなかった。
とはいえ、背後の扉はもう開かない。俺は一度深呼吸し、白い群体と寄生個体へ待機を伝えた。
個体たちが壁際へ離れるのを見届け、短柄の戦斧を持って中央へ進む。少女型は、その場へ座り込んだ。
白い人型四体のうち二体が老狼の左右へ進み、身体を無数の白い糸へ変える。糸は灰色の身体へ巻きつき、白い外殻と四本の蔓を作り上げた。
残った二体は少女型の傍へ座り、老狼だけが立ち上がった。頭を低くして前脚を一歩出すと、背中から伸びた蔓の先で小さな花がゆっくりと開いていく。
少女型は見ているだけだった。老狼も、俺が構える前から襲ってくる気配を見せず、前回のような殺し合いではなく、一対一で相手をするつもりらしい。
どれ、稽古をつけてやろう。そんな言葉が伝わったわけではないが、目の前の老狼はそう言っているようにしか見えなかった。
俺は白鎧を展開し、白鎧補装の溝へ白い糸を通した。寄生個体は参加させず、白い群体も壁際へ残す。
戦うのは、身体へ残した白い資源を使う俺一人だ。前回は相手の動きを知る余裕すらなかったが、今回は糸を空中の足場へ使うことも、蔓や花弁の反動で進行方向を変えることも分かっている。
同じようには負けないと戦斧を構えた。老狼の前脚が沈んだところまでは覚えている。
次に気づいた時、俺は白い群体に仰向けで運ばれていた。
墳墓の天井が、視界の上をゆっくりと流れていく。頭の下には、どこから持ってきたのか折り畳まれた布が敷かれ、身体の周囲を白い小型個体が囲んでいた。
白鎧は胸から右肩にかけて割れ、脇腹の硬質層も大きく削れている。白鎧補装の右腕部分は肘と手首の向きが噛み合わず、取り外された部品を蜥蜴人が短柄の戦斧と一緒に抱えていた。
頬の内側を切ったらしく、口の中には血の味が残っている。右肩と背中、両脚には鈍い痛みがあり、身体を起こそうと腹へ力を入れると、それぞれが強く脈打った。
俺はすぐに力を抜き、頭を布へ戻した。壁際へ待機させた白い群体と寄生個体は無傷で、被害を受けたのは俺と装備だけだった。
欠損も致命傷もない。
殺さない範囲で、きれいにボコボコにされている。
「やっぱくそつええ」
胸の奥から寄生体の反応が伝わった。意味までは判別できなかったが、少なくとも反論ではなさそうだった。
多少は動きを追えた気がする。空中の糸へ注意を向け、蔓にも備え、戦斧が白い外殻へ届いた瞬間もあったはずだ。
その後は、何をどの順番で食らったのかが怪しい。
最後に覚えているのは、戦斧が手を離れ、白鎧補装の右腕が逆方向へ捻られ、額の前で小さな花が開いていたことだった。俺が降参するように力を抜くと、老狼は何事もなかったように少女型の傍へ戻った。
老狼との勝負が終わっても、巨大扉は開かなかった。
少女型は立ち上がり、残っていた白い人型二体を身体へ纏った。床へ落ちた短柄の戦斧を白い髪で拾い上げる動きは、前回と同じだった。
止めようにも、俺の身体はまともに動かなかった。
少女型は戦斧で自らの首を落とし、老狼も四本の蔓先に咲いた花を自分へ向けた。二体を覆っていた白い四体分を含め、全ての反応が途絶えたところで、ようやく巨大扉が開いた。
宝箱は現れなかった。
戦闘へ参加しなかった個体たちが俺と装備を回収し、そのまま帰路へ入ったというのが現在の状況だった。手に入ったものは、全身の打撲と敗北感だけである。
まさか、次に来ても同じことをするつもりではないだろうな。嫌な予感は、そのまま当たった。
装備を直して再び九層へ向かうと、前回の遺体は消え、少女型たちは同じ場所で待っていた。俺が入れば扉が閉じ、少女型が手招きをして、老狼だけが前へ出る。
二度目は、最初の突進を受け流せた。三度目には蔓の一本を戦斧で切り、四度目には花弁の反動で移動する先へ回り込んで、白い外殻へ傷をつけた。
そこまでだった。同じ攻撃は次から通じず、老狼は違う手段で俺を崩した。
こちらが一つ覚えるたび、その先へもう一つ用意されているようだった。戦いが終われば少女型たちは毎回自ら命を絶ち、全員の反応が途絶えた後に扉が開いた。
宝箱は一度も増えず、次に来ると遺体は消えている。短期間で同じ姿の個体が戻り、老狼はこちらの対策へ対応してきた。
六層以降では死体が残るはずなのに、この広間だけは別の規則で動いている。前回と同じ個体なのか、新しく作られた個体が前の記憶まで持っているのか、それとも、この部屋自体が戦いを覚えているのか。
分からないことばかりだった。
ただ、老狼から学べるものが多いことも確かで、俺は何度もあの広間へ戻ることになった。そのうち、暗がりへ細い狼の輪郭が浮かぶだけで、身体が勝手に戦斧を構えようとするようになる。
六層で自分の狼型へまで反応しかけた時は、さすがにどうかと思った。




