第355話 扉の前まで
第355話 扉の前まで
戸張は三度目の休憩に入ると、壁際へ背を預けた。
正面には、先行したホワイトスウォームによって安全が確認された通路が伸びている。青白い光、壁画、灰色の石床。曲がり角を越えても階段を下りても、見えるものに大きな変化はなかった。
たまにゴーレムや空の鎧が立ち塞がるが、現在の戸張を長く足止めできるほどではない。戦闘が終われば、また石造りの通路を進む時間が始まる。
「飽きたな」
食料を運んでいた蜥蜴人が荷を下ろし、壁際へ座った。甲冑を着けた狼型も腹を床へ付ける。金属板の隙間を小型虫が這い、緩んだ固定具や擦れた箇所を調べていた。
戸張は水を飲み、マッピングを開いた。
休んでいる間にも、墳墓の内部では探索が続いている。通路を進む虫型が霧を削り、行き止まりと判明した分岐では後続が別方向へ逸れていく。転移罠へ入った個体も、飛ばされた先から孤立した探索済み領域を広げていた。
地図は休む前より明らかに大きくなっている。
しかし、終点らしい場所は見えてこない。枝分かれした先でさらに道が増え、同じ高さを進んでいた経路が上下へ分かれ、転移した個体が離れた場所で新たな分岐を見つける。
スタンピードの現場から連れ帰った分を含め、投入した白い群体の規模は小さくない。少数の罠や守護者によって、簡単に全滅する数でもなかった。
それでも、地図の先端が増えていくほど、一つの経路へ割ける個体は薄くなる。
「これだけいて、まだ足りなく感じるのか」
大きな損耗が起きた場所には、後続を増やしている。反対に、何も見つからない通路は最低限の確認だけで済ませていた。寄生体側も数を無駄にしてはいないはずだが、墳墓の分岐はそれ以上の勢いで増えていた。
戸張は脳内の地図を縮小し、探索済みの範囲を眺める。
外から見た墳墓の輪郭へ重ねようとしても、内部の経路は素直に収まらない。階段や転移による高低差を考慮しても、石造りの建物一つに入る規模ではなかった。
壁を抜けて外へは出られず、地下や屋根から内部へ入ることもできない。外側と内側では、広さの基準そのものが違う可能性が高い。
答えの出ない地図を閉じ、身体の内側へ意識を向ける。
「何度も考えたけど、結局お前のことは分からないままだな」
寄生体から反応は届かなかった。
核が見つからなければ落胆し、壁画の白い人型を見れば僅かに揺れる。以前より感情らしきものは読み取りやすくなったが、その感覚がどこまで人間の言葉に近いのかは不明だった。
こちらが話した内容を理解しているのか。声の調子や身体の変化だけを拾っているのか。理解していても、戸張へ伝える方法を持たないのかもしれない。
考え始めれば候補はいくらでも出てくる。
寄生されてから長い時間が過ぎ、互いの変化を何度も見てきた。それでも、寄生体の始まりも目的も、戸張を選んだ理由も分からない。
壁画の白い人型との関係も、結局は考える材料が足りなかった。
「まあ、今さらか」
返事を期待していたわけでもない。
休憩を終え、蜥蜴人たちが荷を背負い直す。狼型も立ち上がり、調整された甲冑を身体へ馴染ませるように肩を動かした。
先行個体によって進行路は既に整えられており、このまま歩き続けても、また同じ景色を見る時間が続くだけだった。
「もう少し速く行くか」
戸張は歩幅を広げた。
最初は寄生個体が無理なく追従できる程度だったが、足元の状態と進行路を確認しながら速度を上げていく。岩影鳥の核から得た脚力と、アメリカの大型個体から得た全身強化が、長時間の移動でも身体を支えていた。
食料を背負った蜥蜴人には、白い糸を腰と荷へ絡ませる。荷重の一部を戸張側へ分散させれば、個体自身が受ける負担を減らせる。
狼型は先頭と側面へ分かれ、甲冑を鳴らしながら石床を駆けた。蜘蛛型は壁と天井を使い、寄生ゴブリンも後方から遅れずについてくる。
最初の一時間は、速度を抑えて進んだ。
罠の痕跡を通過し、崩れた鎧の部屋を抜け、下り階段を二つ越える。途中で待ち構えていた空の鎧は、白い虫によって胸の石の位置が示されていたため、足を止めてから一分もかからず処理できた。
休憩を取り、水と食料を少量ずつ口へ入れる。蜥蜴人の荷を確認し、甲冑の固定具に緩みがないことを確かめてから、再び速度を上げた。
それを繰り返した。
通路の形も壁画も変化しているが、移動へ必要な判断はホワイトスウォームが先に終えている。戸張は示された経路を選び、守護者のいる場所だけ立ち止まればよかった。
二時間を越えても、三時間を越えても、墳墓の終わりは見えてこない。
マッピング上では、戸張たちの経路が細長く伸びていた。実際には直進している時間ばかりではなく、階段を上り下りし、遠回りするような曲線も多い。それでも、強化された脚で進んだ距離としては異常だった。
四時間ほど経過した頃、地図の遠方に変化が現れた。
ホワイトスウォームが開いた大きな空間の先に、これまでの通路と異なる太い境界がある。複数の経路が同じ場所へ集まり、その先では霧が途切れていた。
扉らしい。
「やっと見えたか」
ただし、地図上で見えたからといって直ぐに到着するわけでもない。
正面へ続く経路は途中で壁に阻まれ、一度下の階へ降りなければならない。そこから別方向へ迂回し、転移罠によって開かれた区画の近くを通り、再び階段を上る必要があった。
戸張は呆れながらも、進行方向を変えた。
さらに一時間が過ぎたところで、四体の空鎧が広間を塞いでいた。虫型は既に全ての胸へ集まり、青白い石の位置を示している。
狼型と寄生ゴブリンを後ろへ残し、戸張だけが前へ出た。
一体目の盾を戦斧で弾き、胸当てを割る。二体目の槍を白い糸で逸らし、露出した動力石を槌側で砕いた。残る二体は左右から挟もうとしたが、足元へ張った糸を支点に身体を捻り、片方をもう片方へぶつける。
重なって倒れた鎧へ戦斧を二度振り下ろすと、広間は再び静かになった。
寄生体は砕けた石へ反応を向けたが、以前ほど長く調べようとはしなかった。
「やっと諦めたか」
微かな不満が届いた。完全に諦めたのではなく、期待する量を減らしただけらしい。
最後の休憩を取り、水と残りの食料を確かめてから再び進み始めた。
六時間目に入ってからは、地図上の扉が少しずつ近づいてきた。長い階段を上り、壁画の消えた無地の通路へ入り、最後の分岐を右へ曲がる。
その先で青白い照明が途切れたため、戸張は速度を落とした。
通路の先には広い踊り場があり、正面を巨大な扉が塞いでいる。左右の壁へ届くほど横幅があり、上端は暗がりの中へ消えていた。
走り始めてから四時間ほどで存在を確認し、そこからさらに二時間を使って辿り着いた場所だった。戸張と寄生体だからこそ、無駄な分岐へ入り込まず、罠を止め、ほぼ一本の経路として進んでこられた。
普通の探索者が同じ場所を目指すなら、先行班、罠の解除役、地図の作成者、食料や水を運ぶ人員、負傷者を搬送する人員が要る。転移罠で分断された者を探す班まで考えれば、何人必要になるか想像もつかなかった。
それだけの人間を投入しても、食料が尽きる前に正しい道へ辿り着ける保証はなく、外から見た墳墓の大きさとも、やはり一致していなかった。
「空間が歪んでるとしか思えないな」
巨大な扉の前には、ホワイトスウォームが集まっている。
虫型が扉の継ぎ目や周囲の床へ入り込もうとしていたが、その先には進めていない。扉を迂回する経路も見つからず、ここが現在確認できる探索の終点だった。
戸張は扉の正面へ立ち、長時間の移動で僅かに乱れた呼吸を整えた。
「やっと着いた」
後ろでは蜥蜴人たちが荷を下ろし、狼型が石床へ腹を付けている。ホワイトスウォームはまだ迷宮の各所で探索を続けていたが、目の前の扉より先へ進んだ反応は一つもなかった。
戸張は扉へ手を触れず、まずその大きさを見上げた。




