第353話 デストラップ
ゴーレムの拳が振り下ろされるより先に、戸張は横へ踏み込んだ。
三メートルの巨体が生む風圧を肩で受けながら、短柄の片刃戦斧を右膝の継ぎ目へ叩き込む。岩同士の隙間に刃が食い込み、砕けた石片が床を跳ねた。
ゴーレムは痛みを感じた様子もなく、沈んだ右脚をそのまま支点にして左腕を振るう。戸張は戦斧を引き抜きながら身体を沈め、頭上を通過した岩腕の下へ入り込んだ。
腹に当たる場所も、大小の岩塊を組み合わせた構造になっている。
白い虫が割れ目へ集まっていたが、その奥へは進めていない。岩と岩を繋いでいる暗い部分へ触れても、生物へ寄生する時の反応が返らなかった。
「本当に石しかないな」
戦斧の槌側を構え直し、胴体の下部へ打ち込む。
鈍い衝撃が腕から肩へ抜けた。表面の岩が割れ、その内側にあった細い石材まで折れる。上半身の重さを支えきれなくなったゴーレムが前へ傾き、両腕を床へ突いた。
戸張は倒れ込む巨体の脇へ抜け、露出した背面へ戦斧の刃を振り下ろした。
岩塊を繋いでいた部分が崩れ、胴体が左右へ分かれる。床へ転がった頭部は一度だけ向きを変えようとしたが、残った石が擦れる音もすぐに止まった。
ゴーレムだった岩の山へ、寄生体が白い糸を伸ばす。
隙間を調べ、砕けた胴体の内側を探り、頭部に相当する岩まで覆っていく。しばらくすると、何も得られないまま糸が戻ってきた。
「核もなし、と」
魔石らしい物も残っていない。
倒せば何か出るという低層の仕組みとも違い、九層ではゴーレムの残骸がそのまま床へ散らばっていた。六層以降の生物と同じく死体が残るというより、最初から石材で作られた物が壊れただけに見える。
寄生体から、僅かな不満が返ってきた。
「仕方ないだろ。石なんだから」
納得した様子はなかった。
戸張は戦斧へ付いた石粉を払い、待機させていた個体たちへ進行を伝えた。先行していた白い虫も岩の残骸から離れ、まだ霧に覆われている通路へ散っていく。
それから先も、ホワイトスウォームが止まった地点には非生物の守護者がいた。
二体目のゴーレムは最初の個体より小さかったが、両腕が長く、狭い通路を塞ぐように振り回してきた。三体目は壁の一部に紛れており、白い虫が近づいた瞬間に身体を起こした。
どちらも寄生は通らなかった。
戸張が岩の接続部分を砕き、動けなくなったところへ残った一撃を入れる。戦闘そのものは長引かず、寄生個体へ前へ出てもらう必要もなかった。
倒すたびに寄生体が残骸を調べたが、何も見つからなかった。
三体目を倒した後には、明らかに探す時間が長くなっていた。割れた岩の裏側まで白い糸を回し、一度確かめた隙間を別方向から探っている。
「ないって言ってるだろ」
白い糸はゆっくり戻り、期待していた物がどこにもないことを受け入れきれていないような感覚を伝えてきた。
次に現れたのは岩ではなかった。
先行する虫型の反応が、細い通路の先で立て続けに途切れた。戸張が現場へ向かうと、青白い光の下に一体の騎士が立っていた。
全身を古びた金属鎧で覆い、右手に長剣、左手に円盾を持っている。兜の隙間は暗く、その奥に人の顔や目は見えない。
騎士は戸張を認識すると、人間に近い足運びで剣を正面へ構えた。
踏み込みと同時に長剣が伸び、戸張の首へ向かって横へ振られる。戸張は上体を引いて刃を避け、戦斧で盾の縁を叩いた。
金属音が通路へ響く。
騎士は衝撃を受けても腕を下げず、盾で戦斧を押し返しながら剣を引いた。動きに迷いがなく、疲労も感じていない。
「中身は?」
白い糸を兜の隙間へ伸ばす。
暗い空洞を通り、首元から胸の内側へ入った糸は、人間の身体へ触れることなく反対側へ抜けた。籠手にも脚甲にも何も入っておらず、鎧だけが人の形を保って動いている。
騎士の盾が戸張の腕へぶつかった。
押し込まれる前に足を踏み替え、盾ごと相手を壁へ押し返す。金属鎧が石へ衝突し、背面が大きくへこんだ。
それでも騎士は剣を離さなかった。
胸当てへ戦斧の槌側を打ち込むと、留め具が弾けて鎧の前面が開いた。内部には肉も骨もなく、青白い光を帯びた小さな石が空中へ浮かんでいる。
魔石に似ている。
ただ、これまで見てきた魔石とは色も反応も違った。寄生体も回収物としてではなく、鎧の動きと繋がっている物として警戒している。
騎士が剣を振り上げたところへ、戸張は戦斧の先端を胸の空洞へ差し込み、青白い石を叩き割った。硬い物が砕ける音と同時に鎧から力が抜ける。
長剣が床へ落ち、続いて兜と胸当てがばらばらに崩れた。戸張が足元へ転がった破片を拾うと、光は既に消えている。
「魔石……とは違うか」
魔石なら、モンスターの生命維持と直接繋がってはいない。こちらは壊した瞬間に鎧が停止した。
核に近い役割とも考えられるが、寄生体は核として認識していなかった。砕けた破片へ白い糸を触れさせても、新しい身体特性が流れ込む気配はない。
寄生体から、先ほどより強い落胆が返ってきた。
「お前、そろそろいじけてないか?」
否定の反応は来なかった。
ゴーレムにも核がなく、鎧にも核がない。今までなら強そうな個体を倒すたびに、何か得られる可能性があった。九層では、倒しても寄生体にとって価値のある物が見つからない。
「別に損してるわけじゃないだろ」
そう伝えても、納得は薄かった。
戸張は砕けた石の一部を袋へ入れ、空になった鎧を壁際へ寄せた。次に遭遇した鎧型も、胴体内部の石を壊すと停止したため、撃破条件は同じと考えてよさそうだった。
その後はホワイトスウォームも鎧の隙間へ入り、胸の内部を探るようになった。
虫型だけで石を砕くには力が足りないが、位置を把握する役には立つ。鎧型のいる場所では複数の虫が胴体へ集まり、戸張へ戦うべき相手を知らせてきた。
墳墓の通路には、壁画が続いていた。
岩肌へ直接刻まれたものではなく、薄く削った石板を壁へ嵌め込んでいる。色はほとんど失われていたが、人に近い姿が並んでいることだけは分かった。
両手を頭上へ掲げた人影が多い。
正面を向いている者もいれば、横一列に並び、同じ方向へ手を伸ばしている者もいる。その先には何か大きな物が描かれていたようだが、中心部分は摩耗して輪郭が残っていなかった。
「拝んでる……のか?」
戸張に壁画の知識はない。
両手を上げているからといって、崇拝とは限らない。何かを支えているようにも、降参しているようにも見える。
別の通路では、人影が箱のような物を運んでいた。さらに進むと、地面へ伏せた人々の上に大きな影が描かれている場面へ変わる。
内容の繋がりは分からなかった。
文字らしき記号も刻まれているが、入口の石板と同じく読めない。戸張は立ち止まってまで調べようとはせず、通り過ぎながら目に入る範囲だけを確認した。
マッピング上では、墳墓の霧が少しずつ減り続けている。
ホワイトスウォームが行き止まりを塞ぎ、罠を止め、非生物の守護者に遭遇した地点だけ進行を鈍らせる。戸張たちは、その後ろを整備された経路に沿って進んでいた。
それでも終わりは見えなかった。
進行方向には、未踏破の霧が広く残っている。上下へ続く経路も増え、階段を下りた先から、別の階段で元と近い高さへ戻る道まであった。
蜥蜴人が背負う食料には、まだ余裕がある。
戸張は歩きながら一度だけ荷物を確認し、地図を縮小した。探索済みの領域が増えたことで墳墓全体の形が見えてくるかと思ったが、外周らしい線は一部しか現れていない。
「本当に終わるんだろうな」
返事の代わりに、遠くへ送り出した虫型の反応が途切れた。
また守護者か罠だろうと考え、その地点を地図上で確認する。少し待てば、同じ場所へ後続の群れが集まり始めるはずだった。
しかし今回は、消えた地点から離れた未踏破区画に、新しい反応が突然現れた。
そこはマッピング上でも霧に覆われ、探索済みの通路とは繋がっておらず、近くまで到達した個体もいない。
現れた虫型がその場から動き始めると、孤立した点を中心に未踏破だった霧が晴れていった。
「何だ?」
戸張は足を止め、表示範囲をその周辺へ絞った。
離れた地点へ現れた虫型は数体。先ほど反応が消えた数とほぼ同じだった。両地点を繋ぐ通路はなく、地図上の高さにも差がある。
隠し通路を通ったなら、その移動範囲がマッピングへ加わるはずだが、間の空間は霧のまま残っていた。少し後には別の経路でも同じことが起きる。
床を進んでいた虫型の反応が途切れ、次の瞬間には全く別の未踏破区画へ現れる。そこからまた新しい経路が伸び始めた。
戸張は最初の消失地点と、個体が現れた場所を見比べた。
「まさか……転移トラップか」
何を踏んだのか、どの範囲が対象になるのかは判別できない。
少なくとも、通路を進んでいた個体が、離れた場所へ直接移動させられた。先行する群れが小さく分かれていたため、飛ばされたのは一部だけで済んでいる。
これが人間のパーティーだった場合を考える。
先頭だけが飛ばされる。荷物を持った者だけが消える。負傷者や救護役が別の場所へ送られ、残った側も飛ばされた側も、自分が迷宮のどこにいるか分からなくなる。
地図を作っていても、転移先が未踏破なら現在地を照合できない。
食料や水を分担していれば、片側へ偏った時点で探索どころではなくなる。合流しようにも、転移先まで道が繋がっている保証さえなかった。
想像しただけで背中が冷えた。
迷路と罠で体力と食料を削った上に、最後は仲間までばらばらにする。
「そこまでするのか」
九層の墳墓は、人間へ攻略させる気がほとんどないらしい。
特殊な転移魔術を使えるか、自分の位置を把握できる能力でも持っていなければ、飛ばされた時点で生還が運任せになる。複数人で入ったとしても、人数の多さが安全へ繋がるとは限らない。
戸張はしばらく地図を見た後、転移させられた虫型の現在地を確認した。
孤立した個体は、既に新しい区画の探索を続けている。
別の場所へ飛ばされた群れも、周囲へ散って霧を晴らし始めていた。現在地はマッピング上に表示され、戸張との繋がりも切れていない。
「まあ、俺には関係ないか」
むしろ遠くの未踏破区画へ、向こうから送り込んでくれている。
転移先に守護者がいれば反応が途切れるし、道があればそのまま地図へ加わる。合流できなくても、小型のホワイトスウォームなら食料を必要とせず、探索を続けられる。
デストラップが、戸張にとっては探索範囲を増やす装置になっていた。
何度目かの転移が起こり、地図の離れた場所へ小さな探索済み領域が増える。戸張はそれを確認してから表示範囲を現在地へ戻した。
前方の通路は、先行した群れによって既に調べられている。
動かなくなった床を越え、壁から突き出した刃の脇を通り、空の鎧が崩れた部屋を抜ける。行き止まりには白い糸が張られ、進むべき道だけが残されていた。
戸張は蜥蜴人たちと寄生個体を連れ、その道を進んでいった。




