第351話 森の墳墓
砂漠の隠し区画から持ち帰った宝箱は、武器箱というより装備品の詰め合わせだった。
剣や籠手のように、人間でも扱えそうな物は入っている。ただし、それらは全体の半分にも届かない。四本脚の胴体へ沿わせる分割甲冑や、長い尾へ巻きつける細身の金具、鳥の脚へ取り付ける鉤爪じみた部品まで混ざっていた。
誰が使うのかと考え、すぐ近くにいる連中を見る。
「宝箱って、人間向けとは限らないのか」
小人たちは既に作業を始めていた。
四足用らしい甲冑は狼型の一体へ載せられ、首の付け根から胸、背中、前脚の上部までを覆っている。灰褐色の金属板は細かく分かれ、身体を曲げても互いにぶつからないよう重なっていた。
狼型が身体を振ると、金属板が低い音を立てる。嫌がって脱ごうとする様子はなく、そのまま数歩進んでから大きく身を捻った。少し動きづらそうだったが、小人が腹側の固定具を緩めると落ち着いた。
別の場所では、蜥蜴人が尾に針状の装具を取り付けられていた。尾の半ばから先を金属で覆い、先端だけが槍の穂先のように細く伸びている。
蜥蜴人が尾を左右へ動かし、床へ軽く当てると、石の表面へ小さな傷が入った。
「家の中で試すなよ」
止めるよう求められたことは察したらしく、蜥蜴人は尾を持ち上げた。背後で見ていた小人が、今度は付け根側の固定具を確認し始める。
四本腕の猿型には、二対の腕当てが配られていた。他にも、蜘蛛型の腹部へ被せるには小さすぎ、鳥型へ使うには重そうな装甲が残っている。どの生物を想定した品なのか、見ただけでは判断がつかない。
砂漠の宝箱から出てきた以上、砂漠の生物へ合わせた装備とも考えられる。ただ、そこへ生息する種だけを想定したにしては、形状の幅が広すぎた。
小人たちも最初から用途を理解している様子ではなく、実際の身体へ合わせながら使い道を探している。自分が口を出すより、そちらへ任せた方が早そうだった。
「使えるやつは使ってくれ。変に動きづらくなるなら外していいから」
甲冑を着けた狼型が横を通り過ぎた。普段より少し横幅が増えており、並んで歩く分には問題なさそうだが、狭い場所へ入れば壁へ擦るかもしれない。
そんなことを考えていると、寄生体を通じて別の反応が届いた。八層へ出していた個体の一部が、一箇所へ集まり始めている。
マッピングを開くと、巨大植物が支配していた範囲は、撃破後の探索でかなり埋まっていた。その端に細く伸びた経路が新しく加わり、狼型と小型生物が別々の方向から近づいて、同じ地点で止まっている。鳥型も上空から周囲を確認していたが、その先へ経路は伸びていなかった。
「扉か?」
装備を整え、八層へ向かった。
現地まで進むと、巨大植物の枯れた根と崩れた土の間に、石造りの構造が見えていた。寄生個体が周囲の土を掻いたらしく、縦に延びる継ぎ目が露出している。石の表面には見覚えのある段差があり、中央付近には両開きの扉らしい合わせ目が通っていた。
根を避けながら正面へ立ち、表面を確かめる。これまで見てきた階層扉と、造りはよく似ている。
「ようやくか」
八層の先へ続くものを探し、巨大植物を倒した後も探索範囲を広げ、隠し場所まで調べた。その端で、ようやく見つけた扉だった。
周囲へ狼型と蜥蜴人を配置し、扉の縁へ手を掛ける。押し込むと石同士が擦れる重い音が鳴り、開いた隙間から湿った冷気が流れ込んできた。
砂と乾いた根に囲まれていた八層の空気とは、匂いからして違う。濡れた土と腐葉土、それに苔の混じった臭いがした。
人一人が通れる幅まで扉を開き、その先へ出る。
頭上を覆う枝葉が日差しを遮り、周囲は昼間とは思えないほど暗かった。太い木々が間隔を詰めて立ち、幹には苔が張りついている。足元の土は湿り、落ち葉を踏むたびに柔らかく沈んだ。
目が暗さへ慣れるのを待ちながら正面を見上げると、森の中に石造りの建造物が立っていた。建物と呼ぶには、規模が大きすぎる。
幅の広い石段が正面へ伸び、その先には複数人が並んで通れそうな入口がある。外壁は左右の木々の向こうまで続き、上部も枝葉に隠れて見通せない。石材の隙間には苔と蔓が入り込み、ところどころで根が壁面へ食い込んでいた。
正面からでは奥行きさえ判断できず、森の中へ一棟が建っているというより、森の大部分を石造りの施設が占めているように見えた。
石段の両脇には、形の崩れた石像らしき物が並んでいる。顔や身体の輪郭は摩耗しており、何を象った物かまでは読み取れない。入口の上には長方形の石板が嵌め込まれ、文字らしきものが刻まれていた。
内容は読めない。それでも建物の形と石段、正面へ並ぶ像を見れば、おおよその用途は想像できた。
「墓荒らしとか嫌なんだが」
戸張は嫌そうに言った。
遺跡へ入り、置かれている物を持ち出すことは今までにもやっている。宝箱を開け、武器や薬を回収し、モンスターの素材も持ち帰ってきた。
それでも、正面から墳墓らしい物を見せられると話が変わる。誰が葬られているのかも知らず、勝手に入り込んで奥を探る。やることだけ聞けば、完全に墓荒らしだった。
寄生体からは、墳墓へ向けた薄い警戒が伝わってくる。入りたがっているというより、危険が潜んでいるかもしれない場所として捉えているらしい。
「他に道があるなら、そっちから行こう」
正面の石段を避け、まず建物の右側へ向かった。
甲冑を着けた狼型を先へ出し、小型生物を木の根元へ散らす。鳥型は枝の隙間を抜けて上へ向かったが、木々が密集しており、八層ほど自由には飛べなかった。
墳墓の外壁に沿って進むと、湿った森はしばらく続いた。壁面には窓らしい開口部がなく、石材は一枚ごとに大きい。継ぎ目へ蔓が入り込んでいる場所もあったが、人間が通れそうな隙間は見つからなかった。
根元の土を探らせても、建物の下へ続く穴は出てこない。そのまま外壁から距離を取り、森の奥へ向きを変えた。
数十メートル進んだところで、先行していた狼型の動きが鈍った。さらに先へ出ていた小型生物も、同じ辺りで経路を曲げている。
戸張自身の足にも重さが加わった。ダンジョンの影響範囲から外れようとした時に感じる抵抗で、透明な壁へぶつかるわけではない。進むほど身体が重くなり、自然と別方向へ足を向けたくなる。
「近いな」
マッピングを開いて確認する。
階層扉から墳墓までの距離も短かったが、墳墓から森側の限界までも広くない。外壁に沿って左右へ探索範囲を伸ばしても、一定のところで個体たちの経路が止まっていた。
鳥型は木々の上で限界へ達し、地下へ潜らせたワーム型からも、ほぼ同じ範囲で抵抗が伝わってくる。
一度墳墓の正面へ引き返し、今度は左側を確認したものの、こちらにも別の入口は見つからなかった。外壁は森の奥へ続いているが、建物の裏側へ回り込む前に行動限界へ当たる。全体を外から確かめるだけの広ささえ、用意されていないらしい。
マッピング上では、墳墓を囲む森が細い帯のように記録され、その中心を探索できていない巨大な石造空間が占めていた。
「中を通れってことか」
正面入口を見上げる。
階層の大半が、この墳墓そのものなのかもしれない。外側をいくら調べても、先へ続く道は出てこなかった。
石段の前まで近づいて入口周辺を確認すると、左右へ分かれた石扉には、人の姿にも獣の姿にも見える浅い彫刻が施されていた。表面へ白い糸を触れさせても、生体らしい反応は返ってこない。
足元には落ち葉が溜まっているが、動物の足跡はほとんど残っていなかった。森の小型生物も、石段へ近づこうとしない。
扉の継ぎ目へ顔を寄せても、内部から風は流れておらず、物音も聞こえない。湿った森の臭いだけが周囲へ留まっていた。
手を掛ければ、開く可能性はある。
しばらく石面を眺めたものの、このまま押し込む気にはなれず、指を離した。
「今日はここまでにするか」
森の外側を調べるだけのつもりが、思ったより時間を使っていた。墳墓の内部へ入るなら、連れてくる個体も装備も選び直した方がいい。入口から先が狭いのか広いのかも分からず、大型個体を連れてきても動けない可能性がある。
墓へ踏み込むことへの抵抗も、まだ消えていなかった。
階層扉へ戻る途中、甲冑を着けた狼型へ目を向ける。湿った地面でも動きに問題はなさそうで、途中で一度だけ木へ肩の装甲を擦った程度だった。小人に調整してもらえば、それも改善できるだろう。
蜥蜴人は尾の針を地面から浮かせたまま、森の中を歩いている。墳墓へ持ち込む装備として適切かどうかはさておき、少なくとも動きを邪魔してはいなかった。
八層側へ移った後、九層の地図をもう一度開いた。
探索済みの範囲は、墳墓の周囲へ薄く広がっただけで、その中央には霧に覆われた巨大な塊が残っている。次に進む場所は、考えるまでもなかった。
地図を閉じると、甲冑の狼型を連れ、小人たちのいる場所へ向かった。翌日の探索前に、装備の固定具をもう一度見てもらうつもりだった。




