表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

349/425

第349話 署名欄

 武器整備室には、洗浄剤と焼けた金属の臭いが残っていた。


 スタンピードから戻った装備は、現場で一度洗浄された後、部隊ごとに再点検へ回されている。四人が使った小銃も例外ではなく、机の上には外された部品と、交換予定の弾倉が並んでいた。


 ネイサン・クロウは銃身の内側を確認し、布を引き抜いた。


「コールは、あの盾を持ったまま俺より速かった」


 正面で弾倉を点検していたマーカス・ベルが、手を止めた。


「今さら何だ」


「感想だよ。俺は精鋭部隊に入ったつもりだった。盾を持った民間人の後ろ姿を見る仕事だとは聞いてなかった」


「民間人扱いは無理がある」


 ダニエル・キーンは、洗浄を終えた部品を順番に布の上へ置いた。汚れた物と済んだ物を混ぜないため、置く位置まで決めている。


「少なくとも、今のハウンドを通常の民間人と比べても意味がない。ダンジョンの影響を受けている」


「分かってる。だから気分が悪いんだ」


 ネイサンは銃身を覗き直した。先ほど見た時と状態が変わるはずもない。


「俺たちは昨日まで、選ばれた側だった」


「今もそうだ」


 マーカスの返事に迷いはなかった。


「大型への射撃は効いていた。州兵も俺たちも、撃つべき時に撃った。あの連中だけで全部片づけたわけじゃない」


「誰もそこまでは言ってない」


 部屋の端で防弾プレートを確認していたエリック・ヴォーンが、二人へ視線を向けた。


「だが、見ただろう。第二の大型が酸を撒いた時、俺たちは建物の陰へ移った。グラントは黒い槍を持って、開けた道路を横切った」


「あれは白い人型が水を使った後だ」


「水があっても、俺はあそこを横切らない」


 エリックはプレートを机へ戻した。


「命令が出ても、部下には行かせない」


 マーカスが椅子を引き、背もたれへ腕を載せた。


「それで次もハウンドを待つのか?」


「そういう話はしていない」


「じゃあ何の話だ」


「兵士をダンジョンへ入れて身体を変えるなら、先に決めることがある」


 マーカスは鼻から息を吐いた。反論を急がず、エリックの続きを待つ。


「長期的に何が起きるか。外へ出た後にどこまで残るか。辞めた兵士をどう扱うか。訓練を拒否した者の配置や昇進はどうなるか。家族への説明も要る」


「敵は待ってくれない」


「妻も待ってくれない。帰宅してから、身体を変える訓練へ志願したと報告するつもりか?」


 マーカスは答えず、机に置いた携帯端末を見た。待受画面には、笑っている妻と娘が映っている。


 ネイサンが小さく口笛を吹いた。


「正しい質問は卑怯だな」


「お前にも息子がいるだろう」


「月に二度しか会わない。父親が少しくらい強くなっても、気づかないかもしれん」


「その言い方を本人の前でやるなよ」


「やらないさ。嫌われたくはない」


 ネイサンは笑ったが、目は銃から離れなかった。


 大型三体が出た時、彼らの班は対装甲火器を扱う部隊の射線確保に回っていた。建物の角を使い、白い群れとハウンドが敵の姿勢を崩すのを待ち、通せる瞬間に撃った。


 弾は外殻を砕いた。脚部にも損傷を与えた。第三の大型が止まった時、軍の火力が役に立ったことを現場にいた全員が知っている。


 その一方で、軍人が進めなかった場所へハウンドは入っていた。


「ケイレブも見た」


 ダニエルが言った。


「装備を持って、崩れた壁を越えたところか?」


 マーカスが聞く。


「その後だ。頭部を殴った直後に、北側の建物へ向き次の個体が出ると考え、もう確認を始めていた」


「斥候だからな」


「装備を持ったまま走って、攻撃を入れ、姿勢を戻して周囲を見る。地上で同じことをやらせたら、あの速度は出ない」


「数字で見たのか?」


「現場映像で距離と時間は出せる。本人たちの検査記録があれば比較もできる」


 ネイサンが苦い顔をした。


「お前は何でも測りたがる」


「測らずに訓練計画を作る方が怖い」


「測った結果、俺たちが旧式だと分かったら?」


「訓練を変える」


「簡単に言うな」


 ダニエルは手を止め、ネイサンを見た。


「簡単だとは思っていない」


 その返事には、普段の説明口調がなかった。


「俺の父は、俺が軍に残っているから治療を続けられる。母も一人では支えられない。訓練で何か起きて任務を外れれば、家の収入が変わる。逆に受けなければ、今の任務へ残れなくなるかもしれない」


 ネイサンは布を畳み直した。


「お前まで家庭の話を始めるのか」


「数字だけで決める人間だと思っていたか?」


「半分くらいは」


「残り半分で家賃を払っている」


 マーカスが笑った。声は大きかったが、すぐに止まった。


「俺は入る」


 三人の視線が集まる。


「次にあれが出た時、妻と娘が避難区域にいるかもしれない。ハウンドや白い群れが来るまで待つ気はない。軍が訓練を始めるなら、俺は最初に行く」


「身体への影響が不明でも?」


 エリックが聞いた。


「検査は受ける。医者の説明も聞く。それで志願できるなら行く」


「娘を抱く時の力加減が変わるかもしれない」


 マーカスの顔から勢いが消えた。


 腕力が上がることを、彼は戦場の中だけで考えていた。帰宅後に娘が走ってきて、いつものように抱き上げる場面まで繋げてはいなかったらしい。


「覚え直す」


「可能ならな」


「可能にする」


 エリックはそれ以上止めなかった。代わりに、自分の装備袋から一枚の書類を取り出した。


 軍が作成した、ダンジョン内適応訓練の志願意思確認書だった。正式な訓練開始は決まっておらず、参加候補者の人数と条件を調べるためのものと説明されている。


 同じ書類が、四人分用意されていた。


「もう来ていたのか」


 ネイサンが言う。


「部隊長から預かった。今日中に出す必要はない」


 マーカスは書類を受け取り、最初のページを読み始めた。エリックは自分の分を畳み、装備袋の内側へ入れる。


「持ち帰るのか?」


「妻と話す」


「許可をもらう?」


「意見を聞く。俺が任務へ出ている間、家を守っているのは妻だ」


 ネイサンは書類を取らず、目の前の小銃を組み始めた。


「お前はどうする」


 マーカスが聞く。


「これを組み終えてから考える」


「それは五分で終わる」


「丁寧にやれば二十分かかる」


「二十分で人生を決めるのか?」


「今までだって似たようなものだっただろ。入隊の署名も、再志願も、紙を渡された時には半分決まっていた」


 ネイサンはボルトを戻し、作動を確認した。


「俺は軍以外の仕事を知らない。ダンジョン訓練を受けた連中が次の標準になれば、俺も行く。行かずに後ろへ回されるのは御免だ」


「それは志願と言えるか?」


 エリックの問いに、ネイサンは肩をすくめた。


「軍が得意なやつだ。選べる形にして、選ぶ先を一つにする」


 マーカスが何か言いかけたが、ダニエルが先に書類を取った。


 署名欄には触れず、裏面の空白へ項目を書き始める。


「何を書いている」


「訓練前に必要な検査。地上と内部の比較、負荷をかけた後の回復、睡眠、痛覚、精神面。家族への説明項目も要る」


「志願書に書くことじゃない」


「書く場所がここしかない」


「分析班へ移ったらどうだ」


 ネイサンが言うと、ダニエルは首を横へ振った。


「現場を知らない人間に、現場用の基準を全部任せたくない」


 マーカスは最後まで書類を読み、署名欄へ名前を書いた。


 ペンを置いてから、娘の写真をもう一度見る。先ほどより長く眺めたが、署名を消す様子はなかった。


 エリックの書類は装備袋の中にある。ダニエルの用紙は、裏面だけが文字で埋まり始めていた。


 ネイサンは小銃を組み終え、頬を銃床へ当てた。照準器の向こうには壁しかなく、その先にダンジョン訓練区画がある。


「こいつは昨日も働いた」


 誰に言うでもなく、ネイサンが口にした。


「次も持っていく。ただ、持っていく俺の方は、今のままでいいのか分からん」


 しばらく照準器を覗いた後、小銃を机へ置いた。


 志願書を手に取り、署名欄を親指で隠したまま折り畳む。捨てずに胸ポケットへ入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そりゃ命を捧げている兵士として民間人(立場的には)に付いていけない、後ろに隠れなきゃいけない、なんてちょっと簡単には納得できないですよね。 今はまだ黎明期ですけど、今後ダンジョン外でも探索者と非探索者…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ