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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第348話 地上よりまし

 連邦医療施設の正門前には、報道車両が二列できていた。道路の反対側では脚立が並び、上空には取材ヘリが二機、許可区域の外を回り続けている。


 施設裏手の搬入口も状況は変わらない。配信者が近隣ビルの屋上を借り、教会関係者を名乗る一団が白い人型の写真を掲げて祈り、スポンサー企業の代理人まで面会許可を求めていた。


「ホテルを三か所押さえましたが、全部ばれています」


 警備担当者が配置図を机へ置いた。映像には、ホテル前で待機する記者と、搬入口を見張る望遠レンズが映っている。


「軍施設へ移せば?」


「軍が白い人型を保有している、という記事が明朝には出ます」


「本人たちの自宅は」


「グラントの家は通りの両端を塞がれています。ケイレブの旧住所には、もう巡礼者が来ました」


 国土安全保障省長官は、四人を運ぶために用意された経路図を一枚ずつ裏返した。どの案にも記者、信者、企業、野次馬のどれかが付いてくる。


 末席にいたハウンド担当官が、ためらいながら手を挙げた。


「管理ダンジョンへ移す案があります」


「施設の名前ではなく、行き先を聞いています」


「ダンジョンです」


 何人かが顔を上げた。


 担当官は旧ダンジョン周辺の管理図を表示した。入口施設には医療区画、装備保管庫、休憩室があり、一般人の立ち入りは規制されている。外周を封鎖しても、普段の管理と説明できた。


「四人には休養が必要です。深層へ送る案ではありません。医療班を付け、入口施設か一層で過ごしてもらいます」


「本人たちは何と?」


「地上の記者より、ダンジョンの方が話が通じるそうです」


 国務省の担当者が書類から目を離さずに言った。


「記者は噛みついても、倒せませんからね」


「今のは記録から外してください」


 議事録担当者の声に、軽い笑いが起きた。長官は管理図へ丸を付け、移送用の偽装車列と、報道陣を引きつけるホテル側の予定を組ませた。


「浅層活動も医師の許可を通す。休養の名目で六層へ行かせたら、担当ごと替えます」


「四人にも伝えます」


「エレナには先に伝えてください。残り三人を止める役まで政府が引き受ける余裕はありません」


 警備担当者が退出すると、壁面の画面が中国政府の声明要旨へ切り替わった。発表から二時間で、各国メディアはすでに「重大な背信」という一節を見出しへ使っている。


 東アジア担当者が声明の英訳を開いた。


「中国側は、ホワイトスウォームが米軍とハウンドを攻撃せず、流出個体だけを選んで排除した点を根拠にしています。偶然の共闘では説明がつかず、過去の接触、協力関係、識別手段の存在を疑う、と」


「疑いでは済ませていない書き方だな」


「断定は避けています。事前情報を保有しながら、自国の危機でのみ利用したのであれば、国際社会への重大な背信に当たる。条件文ですが、切り取る場所は用意されています」


 要求項目には、白い人型と群れの正体、管理主体、出現条件、活動範囲、人間と敵性個体を区別する方法が並んでいた。ハウンドとの過去の接触記録、未編集映像、軍の分析資料、日本を含む他国と共有した情報まで対象に入っている。


 さらに、中国や第三国でスタンピードが発生した場合、同じ戦力を派遣する意思があるか回答を求めていた。国際ダンジョン管理機構が設立された後は、監督と情報共有の対象へ含めるべきだとも主張している。


「日本にも同じ文面が?」


「名宛ては別ですが、強さは同程度です。東京へは、アメリカとの情報共有へ加担した疑いまで書いてあります」


 長官はハウンドの過去記録を開かせた。


 旧ダンジョン六層で、四人が白い人型と接触した記録。会話、交換条件、森林内の個体群。公開されていない情報は多い。


「中国の推測は外れている部分もあります。ただし、ハウンドが初対面だったとは言えません」


 国務長官が指先で机を二度叩いた。


「現場の軍は?」


「コールから、入口から出る白いものへ発砲するなと連絡を受けました。その後の行動を見て、攻撃を控えています。正式な味方認定も、指揮下への編入もありません」


「それをそのまま出せば、事前の識別情報があったと受け取られる」


「隠して後から映像が出れば、もっと悪い」


 室内の視線が国務長官へ集まった。彼は声明の要求項目を読み直し、ハウンドの旧接触記録から公開可能な範囲へ印を付けた。


「所有も指揮もしていない。出現を要請した事実もない。現場ではハウンドからの警告と、白い群れの行動を根拠に交戦を避けた。過去の偶発的接触は認めるが、位置、階層、取引内容は安全保障上の理由で保留する」


「中国は納得しません」


「こちらも、彼らを呼び出す方法を知りたいところです」


 乾いた返答の後、国務長官は日本への事前連絡を指示した。日本政府が何を知っているか、アメリカ側には測り切れない。声明へ共同で反発するか、別々に回答するかも、まだ決まっていなかった。


 次に研究部門の責任者が立った。大型モニターへ表示されたのは、占拠区域から回収された素材の一覧である。


「完全な個体は一体も確保できていません」


 第一大型個体からは樹皮状の外皮、太い脚の関節部、荷重を支えていたとみられる繊維束が残った。第二大型個体では、酸性液を保持していた腹側器官の一部と、腐食を受けにくい外皮片が回収されている。


 第三大型個体の積層外殻は、崩落した建物の下に挟まれた区画が比較的まとまっていた。射出前の棘が残る層と、前端に並んでいた円形器官の破片も保管施設へ移されている。


「中小型は?」


「まとまった死体は、ほぼ残っていません。白い群れに取り込まれた個体が多く、残った物も戦闘と救助作業で損傷しています」


 現場映像には、灰色四足型や細長い個体へ白いものが群がり、後には形の変わった白い個体が動き出す様子が残っていた。倒された個体を補修資源にしたのか、新しい宿主にしたのか、研究側も線を引けていない。


「大型の内部も欠損が多いです。心臓や脳に相当する中枢器官を探していますが、現状では候補を確定できていません」


 長官は大型三体の回収図を見た。どの個体も、白い人型と白い群れが集中攻撃した部分から大きく欠けている。戦闘で失われたのか、撤収前に持ち去られたのかを判断できる映像はなかった。


「素材を取られた、という言い方は避けてください」


「研究者の間では、もう使われています」


「研究者の愚痴を記者会見へ出す予定は?」


「今のところありません。予算が削られれば分かりませんが」


 研究責任者は、回収量が少ない一方で、分析対象としては過剰だと付け加えた。酸性器官の安全な解体だけで複数の設備が占有され、積層外殻は切断方法から作る必要がある。完全な死体がないことを嘆きながら、保管庫はすでに埋まり始めていた。


 占拠区域では、素材回収と並行して捜索が続いている。白い虫が集まっていた地点から新たな生存者が見つかった例もあり、救助隊は虫の反応を無条件に信用せず、一か所ずつ人間の機材で確認していた。


 酸性液に汚染された道路と建材は区画ごと撤去され、入口跡の直下には無人機だけを入れている。封鎖解除の見通しを出す段階には届かず、住民の帰宅時期も決められない。


「次です」


 連邦捜査局の代表が、資料を机へ置いた。最初に表示されたのは、スタンピードを起こした宗教集団の関係図だった。


 推定20人前後の実行犯だけで終わる組織ではなかった。資金提供者、遺体の調達へ関わった者、未申告入口を探していた協力者、オンライン上で教義を広げた者が残っている。


 その横へ、新しい関係図が追加された。


「ホワイトスウォームを信仰する集団です。現時点では統一組織ではありませんが、捜査上はまとめて追跡しています」


 白い人型を救世主と呼ぶ者、生存者を見つけた白い虫を使徒と呼ぶ者、ハウンドの旧ダンジョンを聖地とする者。それぞれの主張は揃っていない。


 共通しているのは、スタンピードを起こした教団を敵と見なしていることだった。


「両者の間で、個人情報の暴露、寄付口座への妨害、集会場所の通報が続いています。偽の内部文書を流し、相手側の過激発言として拡散する例も確認しました」


「ネット上の喧嘩か?」


「昨日、旧教団関係者の倉庫へ白い覆面を着けた四人が向かいました。現地警察が手前で止めています。反対側も、巡礼予定地への爆破予告を出しました」


「予告の実行能力は」


「調査中です。ただし、旧教団側には遺体調達と殺人の実績があります。新しい側は、自分たちを救助者の代理と考え始めています」


 長官は二つの関係図を見比べた。


「一つ潰したら、二つになったのか」


「元の一つも残っています」


 連邦捜査局代表は、双方が捜査機関へ虚偽通報を送り合っていることも報告した。相手の拠点に遺体がある、爆発物を運んでいる、未申告入口を隠している。全件を無視できず、確認へ人員を取られている。


「ホワイトスウォーム側だから安全、という扱いはしません。救助への感謝と、私刑を許すことは別です」


「白い人型本人が見たら、どう思うでしょうね」


 国務省の担当者が呟いた。


「所在が分かったら、直接聞いてください」


 長官の返答へ笑う者はいなかった。


 会議の終盤、ハウンド担当官の端末へ移送完了の通知が届いた。偽装車列はホテルへ入り、正面玄関には記者が集まっている。四人は別経路から管理ダンジョンへ移され、医療班とともに入口施設へ入った。


「休んでいますか」


「グラントとコールは一層の退路を確認中。ケイレブは外周の足跡を見ています。エレナは医療用品の在庫を数えています」


「それを休養と呼ぶのか?」


「本人たちは、記者会見より休めると言っています」


 長官は移送完了欄へ署名した。


 その直後、連邦捜査局代表の端末が震えた。ホワイトスウォーム信奉者が、旧教団の資金管理者とみられる人物の住所を公開したという。


 捜査員が現地へ向かう間にも、その投稿は複製され続けていた。

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