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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第347話 同じ二十六度

「この分け方なら、来月から三つ動かせます」


 三田が画面上の表を拡大した。台湾側へ渡す欄には、薄膜加工、微細配線、光学部品が並んでいる。


 日本側に残るのは構造材、耐熱部品、磁性材料、大型装置への組み込み試験。危険性評価と基礎分析は両方で続けるが、同じ素材を同じ方法で二度測る回数は減らせる。


 画面の向こうで許文哲が何かを言った。中国語の音声に一拍遅れ、会議システムが抑揚の薄い日本語を重ねる。


『来月からでは遅いです。候補一覧は今日送ってください。現物が必要なものだけ、こちらで選びます』


 専門用語については、会議前に両国の研究班が対訳を登録している。それでも固有の素材名や装置名は時折取り違えるため、原文と翻訳文が画面下へ並んで表示されていた。


「話が早い」


 三田は上機嫌で、未処理試料の一覧を台湾側へ移し始めた。


 有馬は自分の担当欄から半導体の文字が消えたのを確認し、会議終了までの残り時間を見た。あと十一分。昼食を温かいまま食べられる可能性が、かなり高くなっている。


「有馬先生、腱状素材は日本側でいいですよね」


「どうぞ」


「もう少し関心を持ってくださいよ」


「今まで半導体も腱もこちらにありました。一つ引き取ってもらえて、一つだけ残る。良い話です」


 日本側が蓄積してきたのは、素材だけではなかった。


 どの入口の何層で、何に似たモンスターを倒し、どの部位を残した状態で、何がドロップしたか。初期の記録には抜けもあったが、管理ダンジョンでは同じ条件の回収を繰り返せる。


 台湾側は、その大量の記録から手を付ける順番を選べる。日本側も、装置の空きを待つだけだった分野を丸ごと渡せた。


「これで新元素の薄膜試験も回せます。透明片もお願いします。複眼型と単眼型で反応が似ていたやつ」


 三田の発言が中国語へ変換されるまで、許は画面上の試料番号を確認していた。


『確認済みです。こちらで引き取ります』


「甲殻型の内層材も」


『先に画像を送ってください』


「内翅膜は日本で続けます。空調メーカーまで試験に入っていますから」


『結果が出た時点で共有を』


「今日出ますよ」


 有馬が三田を見る。


「今日出る予定です、でしょう」


「出ます」


「出なかった場合、空調メーカーへの説明は任せます」


「その時は謝ります。出るので謝りませんけど」


 その時、三田の端末が鳴った。


 会議中は切っておくべき通知音だったが、本人は謝るより先に画面を開いた。短い文面を読み、椅子を蹴るように立ち上がる。


「ほら、来た」


「何がです」


「空調試験。差が固定されました」


 許は翻訳が終わる前に表情を変えた。画面へ表示された原文から、空調試験と固定という語を拾ったらしい。


『数値を共有してください』


「試験棟に行きます」


『電力計は映像でも確認できます』


「実機を前にした方が分かりやすいです」


『数字は場所を選びません』


 三田は聞かず、端末を抱えて会議室を出た。有馬は残り九分になった時計と、開いたままの昼食注文画面を見比べる。


「有馬先生!」


 廊下から声が飛んできた。


「私はここで見ます」


「メーカーへの説明役が要ります」


「あなたがいるでしょう」


「俺だけだと、すぐ次の試験に進めると思われて止めてもらえません」


 自覚はあるらしい。


 試験棟には、同じ大きさの断熱室が二つ並んでいた。中には同型の家庭用エアコンが取り付けられ、照明、加湿量、室内へ加える熱まで揃えてある。


 外気条件は三十八度に設定され、室温は二十六度を維持する。左側には市販機と同じモーターが組み込まれ、右側では、内翅膜由来の処理材を加えた磁石を使う試作モーターが回っていた。


「両方とも二十六度を維持しています」


 空調メーカーの技術者が室温表示を指した。


「冷却速度と設定温度へ到達するまでの時間も、差は測定誤差内です」


 三田は右側の電力計まで行き、表示と手元の端末を交互に見た。


「七・八?」


「室外機全体で七・八パーセント低下しています。モーター単体の効率改善は九・一パーセントです」


 三田は何も言わず、口元だけで笑った。さきほど有馬に向けていた自信より、数値を実際に見た時の方が静かだった。


 有馬も電力計を覗き込む。


 二つの部屋は同じ温度に冷えている。試作側だけが、少ない電力でその状態を維持していた。


「これ、誤差では押し戻せませんね」


「三回目の連続運転でも、ほぼ同じ差です」


 端末の向こうから許の中国語が聞こえ、会議システムが質問を日本語へ置き換えた。


『使用したレアアース量は、従来品と比較してどの程度ですか』


 技術者が資料を画面共有する。


「四割減です。磁石の体積とモーター出力は同じ条件にしています」


 その返答を聞いた全員の視線が、右側の室外機へ集まった。外見は市販機と変わらず、運転音にも目立った差はない。電力計だけが低い値を積み上げている。


 三田は端末のメモ欄へ何かを書き始めた。


「家庭用でこれなら、業務用は?」


「まだ試していません」


「EVの駆動モーターにも入る」


 翻訳を待っていた許が、短く中国語で返した。


『候補には入ります』


「ロボットの関節も」


『候補です』


「風力発電機もいけますよね」


『寸法も負荷も違います。今ある数字を、そのまま移さないでください』


「候補欄には入れておきます」


『欄を作るのは自由です』


 三田は許可を得たつもりで用途を増やしていく。


 内翅膜そのものを磁石へ貼り付けたわけではない。二層のバッタ型、別の二層に出るカマキリ型、三層の甲虫型から、内側の膜状後翅に対応する部位ドロップを処理し、磁石を焼き固める前に少量加えている。


 形も色も成分も揃わない。それでも、同じ役割を持つ部位から得た素材は、レアアースを減らした磁石の性能低下を補う方向へ働いた。


 最初に数字が出たのはバッタ型だった。続いて甲虫型でも再現し、別の管理ダンジョンにいたカマキリ型が三例目になった。


 世界中で同一種を探す必要はない。同じ部位構造を持つ別種のドロップも、供給源になり得る。


「一個のドロップで、エアコン何台分になります?」


 研究支援員が尋ねると、空調メーカーの技術者は素材の処理記録を開いた。


「二層産なら、現在の添加量で家庭用数台分です。三層産は一個から取れる量が多い。ただし、選別で落ちる割合も高いです」


「少ないですね」


「昨日までは、その数台も作れませんでした」


 有馬が答えると、研究支援員は保管量の一覧を開いた。


 現在ある分を全て使っても、全国のエアコンを置き換えるような数には届かない。品質が揃わず、磁石用の基準から外れる素材もある。


 一方で、一台へ必要な量は少なかった。


 磁石の主原料ではなく、製造時に加える補助材である。二層と三層から継続して回収し、使える物を選別すれば、研究室内の試作品だけで終わる量でもなかった。


「同じ物を、毎月出せますか」


 空調メーカー側の担当者が尋ねた。


「同じ量は約束できません」


 回収品管理側の職員が答える。


「対象個体の出現数、部位ドロップの有無、戦闘中の損傷で変動します。二層は回収機会を増やせますが、工場の発注量に合わせてモンスターを出現させることはできません」


「では、月によって作れる台数も変わる」


「原料側だけを見れば、そうなります」


「量産品には厳しくありませんか」


 三田が話へ入った。


「一種類だけで数を揃える必要はありません。バッタ型が少ないなら甲虫型を使う。別の入口にはカマキリ型もいます。似た構造の飛翔昆虫型は、まだ――」


「保管試料を確認してからです」


 有馬が止めると、三田は端末を伏せた。会議前に作っていた追加回収の依頼文を思い出したのだろう。


 翻訳を通した許の声が割って入る。


『供給量が安定しない素材を、一種類の製品だけへ集中させる必要もありません』


「というと?」


『品質の高い素材は、小さく高出力なモーターへ回せます。中間の等級は家庭用空調。磁石用途の基準へ届かない物も、別用途があるか検証する価値はあります』


「全部使い切れますか」


『全部使えるとは言っていません』


 翻訳音声は平板だったが、許本人はわずかに眉を上げていた。


『捨てる判断をする前に、等級ごとの行き先を調べます』


 三田は嬉しそうに頷いた。追加回収の許可が出たわけではないが、その違いを今は気にしていない。


「台湾側はどこを持ちます?」


 有馬が尋ねる。


『小型モーターと制御部品です。日本側では磁石製造と大型機器の試験を続けてください。空調の長期運転、暖房条件、素材劣化のデータも共有をお願いします』


「これで、止まっていた分野が動きますね」


 三田が言った。


「こちらの仕事が減る話ではありませんよ」


「向こうでも増えるなら、全体では進みます」


「他国の仕事まで増やして喜ぶんですか」


 三田は二つの断熱室を指した。


「同じ二十六度です。それで片方は電気を食わない。喜ぶでしょう、これは」


 有馬も室温表示を見た。


 家庭へ届くまでには時間がかかる。冬の暖房試験、長期劣化、品質差、供給量。解決していない項目はいくつも残っていた。


 それでも、何が作れるようになるかは、研究者以外にも伝わる。


 冷房を動かす。同じ温度まで冷やして、電気代を下げる。輸入に頼るレアアースの量も減らせる。


「先生、昼飯は?」


 三田がようやく聞いた。


「もう冷めているでしょう」


「ここのエアコンはよく冷えてますよ」


「弁当を冷やす試験ではありません」


 会議室へ戻る途中、有馬の端末へ台湾側から小型モーターの試作条件が届いた。日本語訳の下に、中国語の原文と用語確認欄が付いている。


 続いて、国内の別研究班から、甲殻型の内層材を金属加工用の刃へ使った試験結果も届いた。交換までの時間が延びたという件名を見た有馬は、中身を開かず通知ごと三田へ転送した。

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