第345話 断る仕事
ANVILの四層攻略班から届いた報告書には、戸張の名前が一度だけ出ていた。同行者として記録され、戦闘介入の欄は空白のままになっている。
六人が挑んだのは、先日のユニークが現れた場所とは別の管理ダンジョンだった。出現した四層ボスは過去の攻略記録と外見、武器、行動が一致しており、六人は前衛を交代させながら足を削り、最後は胸部を破壊して撃破している。
戸張は壁際から戦闘を見届け、負傷者の搬送にも手を貸していなかった。軽傷者は出たが、自力で歩いて帰還している。
映像を二度見終えた槙野は、報告書の確認欄へ承認を入れた。
事前確認の報告が後回しになっていた件については、次から順番を守るよう注意を返す。現場の安全を削った話ではなく、処分まで広げる理由もなかった。
「これで四層攻略班として正式に動かしますか?」
向かいの机から、事務担当が顔を上げた。
「まだです。別の四層でも同じように帰ってこられるか、装備を変えた場合にどうなるか、その辺を見てからですね」
「厳しい」
「一回勝っただけで仕事を増やす方が厳しいですよ」
槙野が報告書を閉じると、入れ替わるように新しい通知が入った。
差出人はABYSS LINEの運営窓口。件名は、先日の救助に関する報告と礼だった。
黒瀬たち五人は治療と装備の再調整を終え、全員が活動へ復帰している。救助と赤いポーションの使用に対する謝意があり、黒い個体の映像や損傷記録についても、ANVIL側へ共有する用意があるという。
文章は最後まで穏当だった。
同様の個体が別のダンジョンへ出現する可能性を考え、ユニーク候補への対策を国へ相談することも検討している。その際には、救助に入った人物が確認した情報について、開示可能な範囲で協力を求めたい。
そして末尾に、今後の情報交換を兼ねた合同探索の提案が添えられていた。
「普通ですね」
事務担当も横から文面を読み、そう言った。
「普通ですね。礼も本気だと思います」
「では、受けます?」
「断ります」
事務担当の指が、画面をスクロールする途中で止まった。
「早くないですか?」
「ユニークの情報共有は受けます。国へ相談するなら、こちらが持っている記録も出しましょう。合同探索は別です」
アビス・ラインが何を考えているか、槙野にはおおよその見当がついた。
救助された五人は、戸張が黒い個体を一撃で倒すところを見ている。合同探索へ呼び、別の敵を相手にした時の動きも確認する。能力や活動方針を聞き、アビスの攻略班へ組み込めると判断すれば、次の階層へ進める環境と条件を提示する。
引き抜きという言葉を使うかはともかく、アビスならそこまで考える。あのギルドは、強い探索者を見つけて眺めるための組織ではない。到達線を先へ押すために、班も役割も組み替える。
それ自体を槙野は悪いと思っていなかった。
ANVILが育成を優先するように、アビスは攻略を優先する。所属者へ何を与え、何を求めるかが違うだけで、どちらも自分たちの目的に沿って動いている。
「本人へ確認くらいはしませんか?」
「んー不要ですね」
「一応、うちの所属者ですよね」
「所属と動員は別です」
槙野は返信欄を開いたまま、椅子の背へ体重を預けた。
戸張が最初に互助会へ入った理由は、おそらく隠れ蓑と情報収集だった。
表示名は見学中。自分から目立とうとせず、撤退報告や装備相談を読み、必要なところだけ話へ加わった。制度や他の探索者の動きを知りながら、自分もその中の一人として扱われる場所が欲しかったのだろう。
戸張本人から、そう聞いたわけではない。槙野がこれまでの行動を並べて考えた結果に過ぎなかった。
それでも、亀山が巻き込まれた一件から先は少し違う。
戸張は、亀山に起きたことを今も気にしている。槙野が安全装置という役目を頼んだ時も、引き受けてくれた。今回の四層攻略にも同行し、六人が自力で倒し切るまで壁際に立っていた。
あの一件がなければ、戸張はもっと伸び伸びと自分の探索を楽しんでいたかもしれない。誰かの後ろについて四層ボスを見る時間を、知らない場所を歩くことへ使っていた可能性もある。
槙野の帳簿では、戸張の同行は毎回、本人が引き受けた一件の協力として別に置かれていた。同じギルドの章は居場所を示すものであり、その時間や力までANVILへ預ける印ではない。
義理だけで残っているとも思えなかった。
戸張は嫌なことまで黙って引き受ける性格ではない。今でも槙野からの連絡に返事をし、時々本部へ顔を出し、装備班の試作品を眺めている。
単純に、このギルドを気に入ってくれている部分もあるのだと思う。
たぶん。
「アビスの方が、深く潜る環境はありますよね」
「ありますね」
「条件も良くすると思います」
「するでしょうね」
「それでも聞かないんですか?」
槙野は、合同探索へ参加した戸張を想像した。
前回の一撃について聞かれ、同じ攻撃を再現できるか確認される。現在の到達階層や装備、能力を探られ、アビスへ移ればどんな攻略へ参加できるか説明を受ける。
戸張は相手を怒らせるような断り方はしないだろう。その代わり、話が続くほど返事が短くなり、最後には槙野へ、どうして取り次いだのかと目だけで聞いてくる。
「あぁ、彼ならめんどくさがるだろうな、と」
「それで断るんですか」
「確認するだけでも、断る仕事を一つ増やしますから」
事務担当はしばらく槙野を見ていたが、やがて小さく笑って自分の机へ戻った。
槙野は返信欄へ文章を入れた。
五人の復帰を喜び、救助の件については気にしなくてよいと伝える。ユニーク候補の記録共有には応じ、国への相談が具体化した場合も、必要な資料を提供する。
合同探索については、同行者の活動方針と合致しないため辞退する。本人への取り次ぎも見送る。
それ以上の理由は書かなかった。
送信後、画面にはANVIL四層攻略班の報告書が残った。槙野は介入欄の空白をもう一度確認し、次回予定の同行者欄から戸張の名前を外す。
代わりに「必要性を再検討」と入力して、報告書を保存した。




