第344話 アビスライン 報告
アビス・ラインの打ち合わせ室には、スクロールより先に、榊と八木の壊れた装備が持ち込まれていた。
榊の肩当ては固定具ごと裂け、八木の胸当てには中央から脇腹へ深いへこみが残っている。二人の身体は赤いポーションで治っていたが、装備だけを見れば、どちらもその場で死んでいておかしくない。
机の中央には、透明な保護ケースへ入れられたスクロールが置かれていた。
黒瀬たち五人の向かいに、別の攻略班を率いる御厨と、回収品の管理を担当する佐倉が座っている。上座らしい席は空いたままだった。アビス・ラインでは、会議でどこへ座ったかより、どこまで潜ったかの方が後まで残る。
「で、ユニークだった根拠は?」
御厨が映像端末を指で叩いた。
黒瀬は手元の報告書へ目を落としたものの、読み上げはしなかった。
「通常記録と外見が一致しない。動きも装備も別物だった。こっちの攻撃がほぼ通らなくて、榊と八木が潰された。最後に出た宝箱の中身も通常より明らかに多い」
「それでユニーク扱いか」
「確定とは書いてない。推定だ」
「そこは分けてるのね」
佐倉がスクロールのケースを自分側へ寄せた。黒瀬が頷く横で、榊は裂けた肩当てを机へ押し出す。
「推定でも何でもいいだろ。俺の斧が弾かれた。片瀬の剣も通らなかった。普通の四層個体で、こんな壊れ方するか?」
「お前の斧でも通らない奴なら、ユニークじゃなくても困るけどな」
御厨が装備の裂け目を覗き込み、今度は八木の胸当てへ目を移した。
「八木は?」
「俺は相手の腕を見たところまでは覚えてる。次に気づいた時は、知らないフルフェイスが俺へポーションを突っ込んでた」
「フルフェイスじゃなくて、先に潰されたお前の問題を聞いてる」
「硬かった。速かった。痛かった。以上」
「雑だなあ」
「死にかけた本人に精度を求めるなよ」
八木は胸当てのへこみへ指を入れようとして、途中で諦めた。
長谷がその装備を自分の方へ引き寄せる。救護中に一度見ているはずだが、へこんだ箇所を改めて確かめる顔は明るくなかった。
「八木は胸部をまともに受けてる。防具がなければ、その場で終わってたと思う。榊も右肩から腕にかけて壊されてた。赤いポーションがなかったら、二人とも連れて出られなかった」
「そこは疑ってないよ」
御厨は黒瀬たちを順番に見た。
「ユニークがいることも疑ってない。ハウンドの記録がある。日本国内でも、それらしい報告は片手に届くかどうかだ。実際にはもう少しいるかもしれないけど、遭遇した奴が帰ってこなきゃ記録には増えない」
片瀬が腕を組んだ。
「じゃあ何が引っかかってる?」
「一撃」
御厨が端末を操作し、フルフェイスの人物が斧を振り下ろす直前で映像を止めた。
「お前ら五人が抑えられなかった個体を、知らない奴が一撃で倒した。ユニークより、そっちの方が珍しい」
「珍しいから事実じゃないって?」
「珍しいから、他の可能性も潰すって話。お前らが気づいてない損傷があった。事前に何か仕込んだ。映像に出にくい能力を併用した。そいつがユニークでも、攻撃が通る弱点だけ知ってた。いくらでも考えられる」
「考えるだけならな」
榊が椅子へ深く座り直した。
「俺は胴へ三回入れた。傷にもならなかった。そいつは一発で胴を断った。あれを見て、弱ってただけでしたで済ませるなら、次に同じ奴が出た時も俺を前に出せよ」
「出すよ」
御厨は即答した。
「そこまで言うなら、次もお前が前だ。アビスで自分の評価を口にしたなら、その分は潜って証明しろ」
榊は黙った。怒った様子はなく、むしろ納得したように顎を引く。
ここでは、強いと言った者が前へ出る。結果を出せば発言が重くなり、失敗すれば次の席を別の人間へ譲る。それだけの話だった。
「映像では一撃に見える」
片瀬が停止画面を拡大する。
「魔術を使った痕跡は分からない。でも、介入してから終わるまでが早すぎる。少なくとも、こっちが削って最後だけ持っていかれた戦いじゃない」
「そもそも、持っていかれたって言い方は違うだろ」
長谷の声は大きくなかったが、片瀬はすぐにそちらを見た。
「俺たちが倒す前に全滅しかけた。助けられたんだよ」
「分かってる。戦果の話だ」
「戦果に数えられるところまで届いてない」
「長谷」
黒瀬が止めようとしたが、長谷は視線を下げなかった。
「俺は榊たちを連れて出る方法を考えてた。片瀬も黒瀬も、戦闘を続けられる状態じゃなかった。あの人が来なかったら、スクロールの話もユニークの分類もしてないよ」
「だから救助は疑ってないって」
御厨は面倒そうに眉を寄せたものの、長谷の発言自体は切らなかった。
「ただ、助けられたことと、そいつがハウンドより強いかは別だ」
「ハウンドより強いなんて言ってない」
黒瀬が映像端末へ視線を移す。
「総合力は何も分からない。見たのは、四層で俺たちが止められなかった個体を短時間で撃破したことだけだ」
「俺は言うけどな」
榊が口元を歪めた。
「あの一撃だけなら、ハウンドの公開映像より上だ」
「公開映像に出てる範囲では、だろ」
「そうだよ。だから実際に見たい」
片瀬は榊の発言へ被せるように言った。
「ここで映像を何十回見ても、あの人が何をしたかまでは分からない。一緒に潜ればいい。次も同じことができるか確かめる」
御厨は片瀬を見たまま、机を指で二度叩いた。
「ANVIL所属だぞ」
「所属を名乗っただけ。正会員か協力員かも分からない。ボイスチェンジャーまで使ってたんだから、普通の所属者じゃない可能性もある」
黒瀬の補足に、八木が小さく笑った。
「普通の所属者が、顔隠して他所のパーティーを見張りに来るか?」
「ANVILならやるんじゃない?」
佐倉がケース越しにスクロールを眺めながら言う。
「あそこ、勝つことより死なない仕組みを先に作るし」
「こっちは勝てる奴を前へ出すけどね」
八木が口にすると、御厨は否定しなかった。
「方針が違うだけだ。ANVILは帰れる人間を増やす。うちは次へ届く人間を選ぶ。今回、お前らが帰れたのは向こうの方針のおかげ。それで、次に潜る力まで向こうへ預ける理由にはならない」
「話がそっちへ行く前に、これを決めようよ」
佐倉がスクロールのケースを軽く持ち上げた。
「いつまで保管しておくの?」
「俺が使う」
榊の言葉へ、片瀬が間を置かず反応した。
「攻撃役へ攻撃を重ねてどうする。榊が倒れたら、また班の攻撃が止まる」
「攻撃魔術と決まってないだろ」
「決まってない物を自分に寄こせって言ってるのは誰だ」
「俺なら外れでも使う」
「その自信だけで回復役を失ったら笑えない」
片瀬が長谷へ目を向ける。
「回復や防御なら長谷、索敵なら八木の方がいい。黒瀬に指揮補助系が入るなら、それでも班全体が伸びる」
「俺に振るのやめてくれない?」
八木は椅子ごと少し離れた。
「掃除魔術だったら、俺が四層の床を磨く係になるじゃん」
「安全になるかもよ」
「ANVILみたいなこと言い始めたな」
八木の言葉に、長谷が思わず笑いかけたものの、すぐにスクロールへ目を戻した。
「五人で取った物だから、五人で使う人を決める。それはいいと思う。でも、助けてもらった直後で全員まともな判断ができてるかは怪しいよ」
「俺はまともだ」
「榊はさっきから自分に使うしか言ってない」
「迷ってる奴よりいいだろ」
「アビスでは、先に手を挙げた奴が貰えるわけじゃないから」
佐倉がケースを机へ置く。
「誰が欲しいかより、誰へ使えば次へ進めるかで決める。能力が出た後の班編成も込み。榊が取って五層候補へ行くなら、今の五人を崩す可能性もある」
長谷の顔が強張ったが、榊は驚かなかった。
「強くなるなら、それでいい」
「榊はそう言うと思った」
八木が呟く。
アビス・ラインでは、固定パーティーも絶対ではない。より深く潜れる組み合わせが見つかれば、昨日までの仲間と別れることもある。実績のある者が上へ進み、追いつけない者は別の班へ移る。
それを冷たいと呼ぶ者は、そもそも長く残らなかった。
「黒瀬は?」
御厨に聞かれ、黒瀬は少し考えた。
「スクロールの使用は保留でいい。能力の種類が分からない以上、今の役割だけで選ぶと偏る。全員の適性と、取得後の再編案を出してから決める」
「長谷は?」
「俺は……回復か防御なら使う。でも、攻撃系を引いたら榊か片瀬の方が活かせると思う」
「使った後に譲れないけどな」
「分かってるよ」
「八木」
「じゃんけん」
御厨と佐倉が同時に八木を見た。
「冗談だって。そんな顔するなよ」
「アビスでそれを言うと、本当に勝った奴へ使わせようとする馬鹿が出る」
「誰とは言わないけど榊かな」
「勝てば文句ないだろ」
「ほら出た」
長谷が額を押さえ、片瀬は本気でじゃんけんを始めそうな榊からスクロールのケースを遠ざけた。
御厨は五人のやり取りを眺めた後、停止中の映像へ指を向けた。
「スクロールは次回まで保留。候補は五人全員、アビス全体へ広げるかは所有権と条件を決めてから。それとは別に、ANVILへ話を通す」
「ユニークの情報共有?」
黒瀬が聞く。
「それと合同探索。あと、こいつへ声をかける」
御厨の指先には、フルフェイスの人物が映っていた。
「引き抜くの?」
八木が身を乗り出す。
「名前も顔も分からないのに?」
「だから会うんだよ」
「助けてもらった次が引き抜きって、さすがにどうなの」
長谷が嫌そうな顔をする。
「礼を言って、その後に誘う。何がおかしい」
「おかしくはないけど、普通もう少し間を空けるだろ」
「強い奴がいると分かったのに、他が声をかけるまで待つ方がおかしい」
御厨は長谷の反応を気にした様子もなかった。
「四層のユニークを一人で処理できる。赤いポーションを二本持ち込み、初対面の奴へ迷わず使った。戦利品もスクロールをこっちへ譲ってる。報告が多少盛られていても、誘う価値はある」
「盛ってない」
榊が即座に言う。
「じゃあ、なおさらだ」
片瀬が映像を再生した。フルフェイスの人物は黒い個体を倒したあと、戦利品へ執着せず、負傷者と周囲を確かめている。
「いきなり移籍を持ちかけても断られる。先に合同探索がいい。向こうの戦い方も見られるし、こっちの実力も見せられる」
「見るだけで終わるかもよ」
八木が言うと、榊は鼻で笑った。
「実力で黙らせればいい」
「救われた側が言うと格好つかないな」
「次は救われなきゃいいだろ」
「それはそう」
八木はあっさり納得した。
黒瀬は御厨へ顔を向ける。
「ANVILへ送る内容は、救助への礼、ユニーク情報の共有、合同探索の提案。その三つでいい。引き抜きは本人と会ってからだ」
「文面に書く気はないよ」
御厨は椅子から立ち上がった。
「本人が強ければ誘う。こっちの方が先へ行けると思わせれば来る。ANVILの方が合うなら残る。それだけだ」
長谷は納得していなかったが、それ以上は言わなかった。アビス・ラインで所属を決めるのは恩義でも付き合いでもなく、本人がどこまで行きたいかだった。
佐倉がスクロールのケースを抱え、部屋を出ようとする。
「じゃあ、これは預かるね」
「俺が使う話は?」
「次回」
「次回も同じことを言うぞ」
「実績を増やしてきたら、今日より発言が重くなるよ」
榊はそれを聞いて立ち上がった。
「分かった。次の予定を入れろ」
「装備が先」
長谷が裂けた肩当てを持ち上げる。
「それで潜ったら、今度はポーションがあっても助けないからな」
「治せばいいだろ」
「誰が治すと思ってるんだよ」
榊と長谷の言い合いを背に、黒瀬はANVILへ送る連絡文を開いた。
救助への謝意を書き、その下へ合同探索の提案を加える。送信前の文面には、フルフェイスの人物を出してほしいという一文だけ、まだ入れていなかった。
お仕事なのですが、昼も夜もありpc使えず不便
という事で
負担が少ない本筋から離れた掲示板回や周辺回などを更新していく流れにしようかなと考えてます
本筋派の方には大変申し訳ない
世界観補完が結構好きなので、遠回りになりますが、どうかご寛恕頂ければ幸いです。
豆腐メンタルなんで本当に許して下さい。




