第338話 役に立たないもの
森から戻った戸張が採取袋を開くと、小人たちは夕食の支度を止めなかった。
こちらを見た者は何人かいたが、すぐ手元へ視線を戻す。肉を切る者、火を見ている者、器を並べる者。戸張が森から何か持ち帰ること自体は、もう珍しくもないらしい。
「今日は大した物じゃないぞ」
誰へ向けたともつかない前置きをしながら、戸張は作業台の空いている場所へ袋の中身を並べた。
音の鳴る黄緑色の実。赤紫色の茸が二本。薄く剥がれた樹皮。小瓶へ入れた琥珀色の樹液と、途中で拾った色の濃い羽が一枚。
最初に寄ってきた小人は、羽を持っていった。
「そっちか」
食べられるか聞こうとしていた実には目もくれず、羽を両手で持ち、光へ透かしている。濃い青から緑へ変わる部分を何度か傾けて確かめたあと、自分の肩へ当てた。
近くで肉を切っていた小人が、それを見て何か短く鳴くと、羽を持った小人もすぐに鳴き返した。
言葉の意味は分からなかったが、褒めた声には聞こえなかった。
「似合わないって言われたか?」
小人はこちらを見たが、羽は手放さなかった。
次に集まってきた三人は、音の鳴る実を囲んだ。
一人が持ち上げ、もう一人が表面の筋へ爪を立てる。残った一人は戸張が山刀でつけた傷へ鼻先を近づけ、滲んだ粘液の匂いを嗅いだ。
「それは食えるか知りたいんだけど」
戸張が腹へ手を当ててから口を指すと、傷を嗅いでいた小人が実を受け取り、軽く振った。中で硬い物が転がって乾いた音が鳴り、小人は同じ動きをもう一度繰り返す。
横にいた小人が手を出し、今度はそちらが振った。最初の一人も取り返そうとする。三人の間で実が渡り、そのたびに違う向きから音が鳴った。
「いや、食えるかどうかをだな」
誰も戸張を見ていない。
夕食を作っていた者の中から、少し背の曲がった小人が歩いてきた。実を振っている三人の間へ入り、手を出す。三人は素直に実を渡した。
背の曲がった小人は傷口の粘液へ細い木片を触れさせ、舌先へ近づけた。
「待て待て」
戸張が止めるより早く、小人は木片を舐めた。
しばらく口を動かし、次に顔をしかめる。舌を出し、近くの水で口を濯いだ。
「甘い匂いだったんだけどな」
小人は実を戸張へ押し返した。
口元を指し、それから両手を横へ振る。食べ物としては駄目らしい。毒なのか、味が悪いだけなのかまでは分からなかった。
受け取ろうとしたところで、先ほど実を振っていた一人が横から奪った。
背の曲がった小人が強い声で鳴く。
奪った小人は実を食べず、胸元へ抱えたまま後ろへ下がった。
「食べないなら何に使うんだ?」
問いかけても、その小人は答えず、実を持って作業場の奥へ走っていった。
戸張は追わなかった。
赤紫色の茸には、別の反応があった。
肉を焼いていた小人が茸を見るなり、火の側から離れ、戸張の腕を叩く。次に茸を指し、火を指してから、激しく首を横へ振った。
「焼くなってことか?」
今度は通じたらしい。小人は何度も頷いた。
茸へ直接触れず、平たい木片を差し込んで持ち上げる。そのまま食料置き場から離れた棚へ運び、陶器の蓋を被せた。
「毒か、薬か、毒なら毒を抜けばチャンスあるか?」
尋ねても、小人は蓋を押さえただけだった。
食べられるかどうかを確かめに戻ったはずが、結果として食卓から遠ざける物ばかり増えている。
樹皮は、細工をしていた二人が持っていった。曲げ、裂き、火へ近づけ、繊維の向きを確かめている。樹液の小瓶には、食事を作る者と道具を作る者の両方が集まった。
甘い匂いを嗅いで食料へ使えると考えた者と、固めて接着へ使えると考えた者がいるらしい。
小瓶を挟んで、二人が違う方向を指して鳴き合っている。
戸張は作業台の端へ腰を預け、その様子を眺めた。
小人たちは、何かを見つければ同じ反応をするわけではなかった。
食べ物として見る者がいる。道具の材料として見る者もいれば、音を鳴らして遊ぶ者もいる。危険だと知っている物には触れず、知らない物へ先に手を出す者もいた。
当たり前のことを、今まで戸張がまとめて見すぎていただけなのだろう。
小人は器用だ。
解体ができる。保存ができる。罠を作り、拠点を整え、素材の性質を見て道具へ変える。現代の道具を渡せば構造を覚え、自分たちの材料で別の物を作る。
その評価に間違いはない。
ただ、誰が何を得意とし、何を嫌がり、何を面白がるのかまでは見ていなかった。
断骨刀を作った時も、白鎧補装を受け取った時も、戸張が見たのは出来上がった物だった。そこへ至るまで、誰が最初の形を考え、誰が反対し、誰が失敗したのか。作業を眺めたことはあっても、個々の違いまで拾ってはいない。
結局、作ってくれたという一言で済ませていた。
小人の一人が、夕食用の肉を切り分けている。
脂の多い端を避け、赤身の部分を自分の器へ入れた。隣にいた小人は、残された脂身を取って焼き網へ置く。別の一人は焦げた端を選び、硬そうな部分から食べていた。
戸張には、小人が好き嫌いをしているところを見た記憶がなかった。食事をするという大きな動きだけを捉え、誰がどの器を選び、どの焼き加減を好むかまでは気にしていなかったのだろう。
「俺、結構雑に見てたな」
寄生体へ話しかけたつもりではなかったが、内側から静かな感覚が返った。
何かを指摘された気はしない。
ただ、戸張が立ち止まったため、一緒に止まったような反応だった。
羽を持っていった小人が戻ってきた。
肩の布へ青緑色の羽を差している。固定には細い紐を使い、抜けないよう根元を二重に巻いていた。先ほど何か言った小人の前へ立ち、胸を張る。
相手は羽と顔を交互に見たあと、短く鳴いた。周囲の何人かもそちらを見ており、羽をつけた小人は明らかに機嫌が良さそうだった。
似合っていると言われたのか、最初から相手の評価など気にしていなかったのか。戸張には判断がつかない。
ただ、実用性は薄い。
羽を肩へ差しても防御力は上がらず、素材を運べる量も増えない。作業中に引っ掛かれば邪魔になる可能性まである。
それでも、小人はわざわざ紐を使って羽をつけた。
戸張が拾ってこなければ、今夜は存在しなかった装飾だった。
「そういうのも作るんだな」
羽をつけた小人が、戸張の声へ顔を向ける。
羽を軽く叩き、また胸を張った。
「うん、まあ、似合ってるんじゃないか」
正直、似合っているかどうかは分からない。
小人は納得したらしく、夕食の輪へ戻っていった。
しばらくすると、作業場の奥から硬い物の割れる音がした。
音の鳴る実を持ち去った小人が、殻を二つに割っていた。中の粘液と種らしき物は綺麗に取り除かれ、空洞になった殻だけが残っている。
食べるつもりではなかったようだ。
小人は殻の端へ穴を開け、細い紐を通し始めた。作業を見ていた別の一人が、同じ実を探しに外へ出ようとする。
「まだある場所は分かるけど、今日はもう暗くなるぞ」
戸張が言うと、小人は入口の外を見て足を止めた。
代わりに、最初の殻を加工している者の側へ座る。
二人で紐を通し、殻の内側へ小さな石を入れた。片方を閉じて振ると、森で聞いた音より高く軽い響きが鳴る。
戸張は、何を作っているのか考えた。
警報器なら、もっと大きな音が必要だ。獣避けとして使うなら、外へ設置するはずである。作業時の合図かもしれないが、二人の様子には切迫感がない。
完成した物を持った小人は、拠点の中を歩き、風が通る場所を探し始めた。
入口近くで一度首を傾げ、作業場の上も違うと判断したらしい。最後に、食事をする場所の少し外れ、屋根を支える横木へ紐を結んだ。
風が入るたび、殻の中で小石が転がり、乾いた音が時々一つ鳴った。
小人たちは作業を止めない。
振り返る者はいても、危険を警戒する様子はなかった。音を作った本人も、吊るした物を見上げたあと、別の作業へ戻っていく。
「何に使うんだ?」
戸張が尋ねると、小人は一度だけ殻を指し、それから手首を振って音を鳴らした。
説明はそこで終わり、戸張には、鳴るから作ったとしか見えなかった。
道具として役立つかもしれない。後で警報や合図へ使い始める可能性もある。それでも、今作った理由まで実用性で説明する必要はないのかもしれない。
森で戸張が実を振った時に音を面白いと感じたように、小人も同じだったのではないか。
食事の支度が終わり、戸張にも器が渡された。
焼いた肉と、柔らかく煮た根菜に似た物。味つけは薄いが、肉から出た脂が全体へ絡んでいる。
戸張は食べながら、小人たちを見る。
食事中も、道具の修理を続ける者がいる。隣の器から肉を取ろうとして手を叩かれる者もいた。羽をつけた小人は、汚さないよう肩を少し上げて食べている。
戸張が小人たちへ抱いていた印象は、どれも間違ってはいなかった。
器用で、働き者で、環境へ馴染むのが早い。素材の扱いに長け、必要な物を自分たちで作る。
その中には、音を面白がって実を振る者も、羽を飾る者も、肉の脂身を押しつけ合う者もいる。
政府へ話せば、技術を持つ知的種族として分類されるだろう。
研究者なら、社会構造、役割分担、学習能力、言語、加工技術を調べる。企業が知れば、装備製造へ目を向ける。どれも小人を理解するために必要な情報ではある。
ただ、その分類の中では、横木に吊られた殻の音は消えてしまいそうだった。
役に立つ物を作る種族とまとめれば、間違いではないまま何かを見落とす。
戸張自身も同じ見方をしていた。
小人を守っているのは、道具を作ってくれるからではない。そう考えていたはずなのに、彼らを見る時には、作った物や整えた拠点ばかり数えていた。
言葉が通じれば、もっと分かるのだろうか。
何を考えて音の鳴る殻を吊るしたのか。羽をつけた小人は、似合うと思って選んだのか。赤紫色の茸を知っていた者は、どこで覚えたのか。
聞けたところで全てを理解できるとも思えず、人間同士でさえ、分かったつもりで外すことはある。
戸張は器に残った肉を口へ入れ、横木を見上げた。
風が通り、殻の中で石が転がる。
小人の一人が顔を上げた。音を聞いたあと、また自分の器へ戻る。
それだけだった。
「明日も、少し見てみるか」
誰かへ提案したわけではない。
小人たちは食事を続け、寄生体からも目立った反応は返らなかった。
戸張は煮た根を噛みながら、今度は誰がどの器を使っているのかを眺めた。




