第328話 反転して
入口跡から這い出してきた最後の大型個体は、先の二体ほど背が高くなかった。
代わりに横幅があった。幾重にも重なった灰褐色の外殻が道路の両端へ届き、前方へ進むたび、瓦礫と放置車両を腹の下へ巻き込んでいく。
脚らしいものは見えない。外殻の下から短く太い突起が何十本も出入りし、地面を掻いて巨体を押し進めていた。
「最後の一体だと信じたいな」
グラントは黒い槍を持ち直した。
「信じる根拠は?」
ケイレブが入口跡へ目を向けたまま聞く。
「俺の希望だ」
「無いって事だな」
白い人型は二人の会話へ反応せず、断骨刀を担いだまま大型個体を見ていた。
灰褐色の外殻には、対装甲火器を受けた跡がいくつもある。表面は割れているが、亀裂の下から別の殻が覗き、致命部まで届いていなかった。
大型個体の前端が持ち上がる。
外殻の下に、円形の穴が並んでいた。穴の内側で薄い膜が震え、低い音が住宅街へ広がっていく。
近くの窓ガラスが一斉に割れた。
州兵の一人が耳を押さえて膝をつき、別の兵士が肩を掴んで車両の陰へ引く。白い狼型も頭を振り、鳥型の何体かが高度を落とした。
「音を止めろ!」
現場指揮官の声が無線と生声で重なった。
州兵が円形の穴へ射撃を集中する。弾丸は膜を破ったものの、その奥で硬い組織に止められた。
大型個体は二度目の音を放つため、前端をさらに持ち上げた。その動きに合わせるように、白い人型の背後へ雷球が現れる。
雷撃が外殻へ落ちても、表面を走るだけで内部へ入らない。白い人型は雷球を消さず、狼型の背へ片足をかけた。
「行く気だぞ」
コールがバイクを倒れた車両へ立てかける。
「お次はなんだ?」
「俺に聞くな。さっさとこっちも動くぞ」
狼型が走り出した。
大型個体の前方では、白い猪型が外殻へ体当たりを繰り返している。動きを止めるほどの力はないが、進路がわずかに右へずれ、道路脇の崩れかけた建物から離れた。
蜘蛛型の糸が、地面を掻く突起へ絡んでいく。
引き抜かれた糸は次々と切れた。それでも突起が出入りする間隔が乱れ、巨体の右側だけ進みが鈍る。
白い人型を乗せた狼型が、その遅れた側へ回ったところで、大型個体の外殻が横へ開いた。
重なっていた板状の殻が持ち上がり、その隙間から短い棘が一斉に飛び出した。
狼型は急に進路を変えたが、すべては避けきれない。一本が後脚を掠め、白い外皮を裂いた。
白い人型は背から跳び、飛んできた棘を断骨刀の腹で受けた。衝撃で身体を横へ流されながら、白い糸を外殻の亀裂へ突き刺す。
縮んだ糸が白い人型の身体を巨体へ引き寄せ、外殻の上へ足を着かせた。
板状の殻が閉じ、白い人型の脚を挟もうとした。白い糸が膝と腰へ張り、身体を浮かせて隣の殻へ移る。
「上へ行かせるな! 穴を狙え!」
グラントが州兵へ叫び、黒い槍を持って巨体の側面へ走った。
ケイレブは外殻から飛び出す棘の間隔を見ていた。
「閉じてから二秒! 次が開く前に入れ!」
グラントは持ち上がった殻の下へ黒い槍を差し込み、閉じる動きを止める。柄が軋み、両腕へ重さがかかった。
「長くは持たんぞ!」
白い狼型が側面へ飛びつき、外殻の縁を噛む。蜥蜴人たちも槍を差し込み、グラントの黒い槍へ集中していた重みを分けた。
開いた隙間へ白い虫が流れ込む。
巨体の動きが乱れた。
左側の突起が一斉に縮み、外殻の下で何かが大きく痙攣する。白い虫が内部へ入った場所を中心に、灰褐色の表面が細かく盛り上がった。
大型個体が低い音を鳴らす。
今度は一つの穴からではなかった。前端に並んだ穴のすべてが震え始め、空気が押し縮められるような音が増していく。
白い人型は外殻の上を走った。
円形の穴へ向かうのではなく、その後方へ回る。穴が並ぶ部分と胴を繋ぐ境目に、他より薄い亀裂が横へ続いていた。
白い人型が断骨刀を両手で持ち上げると、背後の雷球が先に光った。
雷撃は白い人型ではなく、グラントが差し込んだ黒い槍へ落ちた。電光が金属を走り、開いた外殻の内側へ入る。
「おい!」
グラントは槍から手を離した。
内部で連続して何かが弾け、外殻の隙間から煙が上がる。白い虫が入り込んだ組織を伝い、雷撃が奥へ広がっていた。
大型個体の音が途切れた直後、白い人型は横へ伸びる亀裂へ断骨刀を振り下ろした。刃は深く食い込んだものの、一撃では抜けない。
白い糸が両腕と背中へ集まり、刃を押し込む。外殻の下で硬いものが割れ、前端が地面へ落ちた。
グラントは黒い槍を引き抜き、開いた傷へ突き込んだ。ケイレブがその横へ短槍を入れ、蜥蜴人たちも同じ箇所へ刃を集める。
白い人型が断骨刀を引き抜き、二度目を振った。
亀裂が繋がった。
円形の穴が並んだ前端が胴から半ば外れ、灰褐色の巨体は地面を掻く動きを止めた。残った突起が数度だけ出入りしたあと、外殻の下へ引き込まれる。
入口跡の周辺から大型個体の立てる音が消えたが、小型個体はまだ残っていた。
瓦礫の隙間や崩れた建物の中から現れ、白い群れと州兵へ襲いかかっていた。しかし、背後から押し出していた大型個体は、もう見えない。
「入口周辺、大型反応なし!」
無線の報告へ別の観測班が応じる。
『上空からも確認。新たな大型反応なし。小型の流出は継続中』
グラントは黒い槍を抜き、付着した組織を路面へ落とした。
「希望が当たったな」
「偶然だ」
ケイレブは周囲の建物へ目を向けた。
「戦いは終わってない」
白い人型も倒れた大型個体へ留まらなかった。
白い虫は外殻の隙間から内部へ入り、利用できる組織を分解し始めている。狼型や猪型は小型個体の多い通りへ分かれ、鳥型が屋根の上を進んだ。
州兵も防衛線を作り直した。
白い群れが敵を建物から追い出し、兵士が射線を取る。倒れた個体へ白い虫が集まり、寄生可能なものは時間を置いて立ち上がり、破損が大きいものは白い流れの中へ崩れていった。
戦闘は、それからも続いた。
◇
入口跡から新しい個体が出なくなったあとも、確認作業には時間がかかった。
白い虫が道路の亀裂へ入り、車両の下を通り、側溝の蓋の隙間から地下へ降りていく。人間が身体を入れられない場所にも入り込み、何かを見つけるたび、周囲の流れが一方向へ集まった。
最初に見つかったのは、横転した車の下に残っていた小型個体だった。
車体の隙間から白い虫が溢れ、近くにいた州兵の前で何度も同じ場所へ集まる。兵士が車両の下を覗き込み、動く影を見つけて仲間を呼んだ。
二件目は、生存者だった。
崩れた民家の前で白い虫が人間の靴を避けず、瓦礫の隙間へ出入りしていた。エレナが耳を寄せると、奥から弱い声が聞こえた。
「生存者! 救助器具を持ってきて!」
白い虫は瓦礫を持ち上げなかった。
その代わり、人間が触れるべき隙間へ集まり、別の場所から入ろうとすると散った。救助隊が梁を固定し、壁の一部を除けると、中から母親と十代ほどの少年が引き出された。
エレナが二人の状態を確かめる間、白い虫はすでに次の家へ流れていた。
地下室、排水管、屋根裏、車のトランク。人間が一つずつ開ければ何時間もかかる場所へ、小さな身体が先に入っていく。
映像を返しているわけではない。
内部で敵に触れれば流れが乱れ、生きた人間がいれば周囲を避け、何もなければそのまま抜ける。兵士や救助隊は白い虫の動きから当たりをつけ、最後は自分たちの目と耳で確認した。
「便利とかいう範囲じゃないわね」
エレナは救護ケースを閉じ、次の家へ向かった。
グラントは返事をせず、到着した時より厚くなった白い流れを見た。
地上へ出たモンスターの死体は消えない。白い虫はその組織を取り込み、損傷した個体を補修し、新しい小さな身体へ分かれていた。
戦闘で狼型や猪型を何体も失っている。それでも道路を覆う白い流れは、行軍してきた時より明らかに厚かった。
州兵の一人が同じことに気づいたらしい。
「……増えてないか?」
隣の兵士は答えず、銃を持つ手を下げた。
白い虫は二人の靴を避け、側溝と崩れた塀の隙間へ分かれていく。その動きに敵意はなく、今も取り残されたものを探している。
だからこそ、兵士は何も言えなかった。
コールがバイクを押して歩いてくる。前輪へ瓦礫が噛み、走れる状態ではなくなっていた。
「こいつら、帰る時どうすんだ?」
グラントは道路の先まで続く白い流れを見た。
「案内は任せたぞ」
「嘘だといってくれ、いや、ほんとまじで、せめて一緒にきて」
白い人型は、倒れた最後の大型個体の前に立っていた。
周囲では白い虫が外殻の下へ入り込み、灰褐色の巨体を内側から崩している。白い人型はその様子を眺めたあと、入口跡へ顔を向けた。
瓦礫の下で何かが動くと、白い虫が一か所へ集まり、近くの兵士が反射的に銃を構えようとした。白い人型はその前で片手を上げる。
兵士は動きを止め、白い流れの先を見た。瓦礫の隙間から出てきたのはモンスターではなく、泥と血に汚れた人間の手だった。
「救助班!」
呼び声を受け、白い虫が瓦礫の周囲から退いた。
人間の手が入る場所だけを残し、次の隙間を探すように散っていった。
今日はここまで、明日はお仕事なので、おやすみなさい




