第327話 無言の比較
長い脚を持つ大型個体は、倒れた黒緑色の巨体を跨ぐように前へ出てきた。
胴は細く、地上から持ち上がった位置にある。そこから節の多い脚が八本伸び、住宅や車両の間へ先端を突き立てていた。脚を一本動かすたびに別の三本が身体を支え、瓦礫の上でも歩調が崩れない。
白い人型を乗せた狼型が、その正面へ向かって走る。
「待て、待て! 今度のは下を走ったら踏まれるぞ!」
コールがバイクで追いながら叫んだが、狼型は速度を落とさなかった。
大型個体の脚が持ち上がる。節が一度縮んだあと、一気に伸び、先端が狼型の進路へ突き刺された。
狼型は横へ跳んだ。
舗装路が砕け、飛び散った破片の間を白い虫が走り抜ける。白い人型は狼型の背から降りず、次に動く脚へ顔を向けていた。
大型個体の腹側には、細長い器官が何十本も垂れている。先端は地面へ届かず、互いに絡まりながら開閉していた。
州兵の機関銃が脚へ集中する。
弾丸が節の表面を削り、黒い破片を散らした。それでも一本を折るまでには至らず、大型個体は銃撃を受けた側へ身体を傾けた。
「撃った部隊へ向くぞ!」
ケイレブの声に、前方の州兵が車両から離れた。
大型個体の腹から、垂れていた器官が伸びる。十本近い先端が一斉に開き、中から透明な液体を噴き出した。
液体が道路へ当たると、白煙が上がった。
「酸性!」
エレナが叫ぶ。
州兵がさらに後退し、白い狼型や猪型も左右へ散った。液体を浴びた車両の塗装が浮き、タイヤの表面が崩れていく。
白い人型を乗せた狼型は、噴射範囲の外側を回った。
大型個体もそれを追い、細長い器官を向け直す。今度は白い人型だけを狙うように、噴射口が中央へ集まった。
「まずい!」
コールがバイクを捨てるように降りた時、大量の液体が放たれる直前に、白い人型が狼型の背で片腕を上げた。
道路脇の消火栓が根元から弾け、水が高く噴き上がる。その流れは途中から横へ引かれ、白い人型と大型個体の間へ厚い水幕を作った。
酸性液が水へぶつかり、白い濁りとなって道路へ落ちる。
水幕は一度大きく揺れたが、途切れなかった。白い人型が腕を払うと、混ざり合った液体が進路を変え、無人の路地側へ押し流されていく。
グラントは黒い槍を構えたまま、その流れを目で追った。
コールの水球より大きい。それだけなら、使い手の差で済ませられたかもしれない。
白い人型は水幕を捨てなかった。
残った水を道路へ落とし、流れの先を二つに分ける。片方が大型個体の前脚へ絡み、もう片方は、その隣で身体を支えていた脚の根元へ回った。
水だけで八本脚を引き倒すほどの力はない。
蜘蛛型の糸が一方の脚へ巻きつき、白い猪型が反対側から体当たりする。大型個体が体勢を立て直そうと脚を踏み替えたところで、濡れた舗装路を足先が滑った。
長い胴が大きく傾く。
「今だ!」
ケイレブの声と同時に、州兵の対装甲火器が発射された。
弾頭は支えを失った脚の節へ命中し、表面を砕く。狼型が傷ついた脚へ飛びつき、蜥蜴人たちが槍を差し込んで節を押し広げた。
大型個体は残る脚を振り回しながら、倒れる代わりに住宅の壁へ身体を預け、腹側の器官を再び開いた。
白い人型は消火栓から続く水を噴射口へ叩きつけた。酸性液は押し返せなかったものの、勢いを削られ、狙いを外して道路の中央へ散る。
白い虫が濡れた路面を避けて左右へ分かれ、その間を狼型が走った。白い人型は背から跳ぶと、空中で断骨刀を引き抜く。
傷ついた脚の付け根へ振り下ろされた刃は、水を吸った外皮へ深く入り、節を途中から折った。
大型個体の身体が住宅から外れ、道路へ横倒しになる。
長い脚が周囲の車両を薙ぎ、州兵たちは瓦礫の陰へ伏せた。白い狼型や猪型も押し出されたが、倒れた胴の周囲へすぐに集まり直す。
白い人型が着地して消火栓から引いていた水を切ると、噴き上がった水は本来の勢いへ戻り、周囲へ降りかかった。
白い人型は断骨刀を両手で構え、倒れた大型個体へ踏み込んだ。白い糸が肩、背中、腰へ張り、刃へ力を集めていく。
大型個体は腹側の器官を白い人型へ伸ばした。
狼型が一本へ噛みつき、蜘蛛型の糸が別の二本を引く。それでも残った器官が左右から迫り、逃げ道を塞いだ。
白い人型の背後へ、小さな雷球が浮かんだ。
白く弾けた雷撃が、濡れた器官の一本へ落ちる。電光が水滴を伝い、隣接した器官へ広がった。
大型個体の腹側が大きく痙攣する。
白い人型は止まらず、動きの鈍った器官の間へ入った。断骨刀が胴の外皮へ食い込み、一撃で深い裂け目を作る。
白い虫が傷口へ殺到した。
大型個体は残る脚で身体を起こそうとするが、折れた脚と蜘蛛型の糸が邪魔をする。白い猪型が胴へぶつかり、狼型が脚の節へ食らいついた。
雷球が再び光り、二度目の雷撃が傷口の近くへ落ちた。内部で液体が弾ける音がした直後、白い人型は同じ場所へ断骨刀を振り下ろす。
刃が外皮を割り、その奥へ沈む。八本の脚がばらばらに動いたあと、順番に力を失っていった。
細長い器官も地面へ落ち、酸性液を吐くことなく動かなくなった。白い人型が断骨刀を引き抜くと雷球は消え、残った水だけが道路の傾斜に沿って、折れた消火栓の周囲へ広がっていく。
グラントは倒れた大型個体を見たあと、コールへ目を向けた。エレナも続き、ケイレブは何も言わないまま同じ方向を見る。近くにいた州兵まで加わると、コールは最初の二人までは無視していたものの、次第に表情を険しくした。
「言いてえ事があるんだったら言えよ」
全員が肩をすくめ、その反応へコールが噛みつくより先に、入口跡の瓦礫が押し上がった。
倒した二体より背は低い。しかし、横幅のある別の影が地上へ這い出し、その周囲から小型個体が途切れず溢れている。
白い人型は断骨刀を担ぎ、次の敵へ顔を向けた。




