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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第321話 休暇の終わり

 衝突音の直後、入口施設の窓がまとめて白くなった。


 大型車両の前部が壁を押し込み、その奥で爆発が起きる。炎より先に圧力が走り、駐車場へいた者たちを地面へ叩きつけた。


 マークは救急車の側面へ肩からぶつかった。


 酸素マスクが外れ、耳鳴りの中で何かが割れる音だけが続く。顔を上げると、入口施設の屋根が中央から持ち上がり、鉄骨と外壁材を駐車場へ撒き散らしていた。


 救急隊員がマークの頭を押さえ、車両の陰へ引きずる。


「伏せて! 顔を上げないで!」


「入口は」


「今は見ない!」


 二度目の爆発はなかった。


 代わりに、燃料と焼けた樹脂の臭いが風へ混じった。破損した警察車両の警報が鳴り続け、どこかでクラクションが途切れず響いている。


 現場指揮官は片耳を押さえながら立ち上がった。額から血が流れていたが、手で拭っただけで無線を探す。


「全員、応答しろ! 入口前の人員から!」


『こちら北側、二名負傷!』


『救護区域、爆風を受けた! 重傷一、軽傷複数!』


『入口前、聞こえますか――』


 最後の応答は途中で切れた。


 入口施設があった場所には、車両の後部と潰れた外壁が重なっている。爆発で建物の正面が崩れ、ダンジョンへ続く通路まで見通せなくなっていた。


 指揮官は瓦礫へ走ろうとする警察官を止めた。


「近づくな! 二次装置を確認する!」


「中に人がいます!」


「分かってる。だから確認しろ!」


 爆発物処理班は到着していない。現場の警察官が車両の残骸を遠巻きに確認し、消防隊員は水を出す前に、入口構造へ影響が及ぶ範囲を指揮官へ聞いた。


「延焼を止めます。通路側まで放水していいですか」


「入口内部へは入れるな。建物側だけだ」


「火が回れば同じことになります」


「分かってる。見える範囲に絞れ」


 消防隊員は返事をせず、別の隊員へ放水位置を指示した。今すぐ火を消したい者と、入口へ余計な刺激を与えたくない者の判断が噛み合わない。


 瓦礫の隙間から、黒い前脚が突き出した。


 爆発前に入口へ押し出されていた大型甲殻個体だった。片側の甲殻が割れ、前脚も一本失っている。それでも瓦礫を押し退けようと身体を動かしていた。


「大型、生存!」


 盾を持った探索者が前へ出ようとしたが、現場指揮官が怒鳴った。


「下がれ! 建物が落ちる!」


 大型個体の動きに合わせ、崩れた壁が傾いた。探索者たちは距離を取り、警察官が射線を確保する。


 最初の一斉射撃で、割れた甲殻の内側へ弾が集中した。大型個体は身体を沈めたものの、動きを止めない。残った前脚を振り、瓦礫を駐車場へ飛ばす。


「右から回れ!」


「瓦礫の陰に小型がいる!」


「大型だけ見てるな!」


 爆発で崩れた施設の横から、小型個体が現れ始めた。


 それまで入口正面へ集まっていた流れが、破損した壁や床の隙間へ分かれている。人間を避けていた個体も混じっていたが、どれが襲うかを見分ける余裕はなかった。


 探索者の一人が長槍で小型個体の進路を変え、警察官の射線へ押し出す。別の個体が車両の下から救護区域へ向かい、消防隊員が消火器を投げつけて足を止めた。


 マークは救急車の陰から、その光景を見ていた。


「入口、壊された」


 救急隊員は返事をせず、額へライトを当てた。瞳孔を確認しながら、マークの顎を動かさないよう手で支える。


「気持ち悪さは?」


「ない」


「音は聞こえますか」


「ずっと鳴ってる」


「耳鳴りですね。立たないでください」


 マークは救急隊員の肩越しに、崩れた施設を見た。


 アーロンたちが残った通路と、地上の間にあった建物が消えている。閉じ込められたのか、出口が広がったのかも分からなかった。


 瓦礫の奥で、低い振動が続いていた。


 大型甲殻個体が動くたびに伝わる揺れとは違う。間隔が揃わず、床の下を複数の重いものが動いているようだった。


 現場指揮官も気づき、片膝をついて地面へ手を当てた。近くの探索者は、指揮官が顔を向けるより先に首を振った。


「これ、さっきからですか」


「爆発の後です。大型だけじゃない」


「入口周辺の部隊を下げる。駐車場中央を空けろ!」


 命令が伝わる前に、崩れた施設の奥から鳴き声が上がった。


 一体の声ではなかった。低い音に甲高い音が重なり、瓦礫の下で押し合うように近づいてくる。


 黒い甲殻個体が急に前へ押し出された。


 自分で踏み込んだ動きではない。後方から何かに押され、割れた身体ごと瓦礫の外へ転がり出る。


 その背後へ、赤黒い脚が見えた。


 入口近くで確認されていた個体とは体つきが違う。細い胴に対して後脚だけが太く、折り畳まれた関節が瓦礫の奥でゆっくり伸びている。


 現場指揮官の口から罵声が漏れた。


「映像を回せ。州と連邦へ送れ。中国の爆撃後に出た型と照合させろ」


「断定しますか」


「するな。似ているとだけ送れ!」


 赤黒い個体は、瓦礫へ前脚をかけた。


 警察官が撃った弾は胴へ当たったが、個体は反応しただけで止まらない。次の瞬間、太い後脚が伸び、身体が駐車場の半ばまで飛んだ。


 着地地点にいた警察官二人が左右へ逃げる。片方は避けきれず、跳ねた瓦礫を脚へ受けて倒れた。


「跳躍型! 間隔を空けろ!」


 探索者たちが散ると、即席の防衛線が崩れた。


 入口から出る小型個体へ使っていた盾と長柄が、跳躍してくる相手には間に合わない。警察官も射線を取ろうとしたが、人員が散ったことで互いの位置を確認する時間が増えた。


 州警察の増援が到着した頃には、駐車場の東側が放棄されていた。


 入口近くへ残ったのは、射撃位置を確保する警察官と、瓦礫の隙間から出る小型個体を押し戻す探索者だけだった。消防は火災を抑えながら負傷者を運び、救急車は一台ずつ規制線の外へ下がっていく。


 現場の映像は州の緊急対策室を経由して連邦側へ送られ、爆発から間もなく、ハウンド・スリーへの緊急連絡が実施された。


     ◇


 コールは、州道沿いのガソリンスタンドで自分のバイクを眺めていた。


 給油は終わっている。空気圧も朝に確認した。急ぐ予定もないのに、後輪へしゃがみ込み、溝へ小石が挟まっていないか指でなぞっている。


 休日に装備の手入れを始めると、グラントから休めと言われる。だから今日はバイクで出た。それでも結局、車体を磨き、チェーンの音を聞き、走り方を考えている。


 ヘルメットの内側で着信音が鳴り、表示された名前を見たコールは立ち上がった。


「休暇中だぞ」


『終わった』


 グラントの声は、挨拶を省く時ほど悪い。


「何があった」


『民間開放ダンジョンで襲撃。人間が探索者を殺した。直後にモンスターが流出して、入口へ爆薬を積んだ車が突っ込んだ。あっという間に第二の中国だ』


 コールはバイクの横へ置いていた手袋を取った。


「場所を送れ。今から行く」


『お前は現場へ来るな』


 手袋へ入れかけた指が止まり、コールは表示された通話相手の名前を見直した。


「何でだよ」


『例の六層へ向かえ』


 コールは給油機の向こうにある道路を見た。


 ハウンドが六層まで進み、白い人型と会ったダンジョン。現在は政府が封鎖し、一般の探索者は近づけない場所だった。


「契約を使うのか」


『使う。現場映像に深層系らしい個体が出た。確定はしていないが、入口を壊した後に敵の種類が変わった』


「なるほど。最高の休暇だな」


『楽しそうに言うな』


「そうでもしないと足が震えてな」


『住所と許可番号を送る。現地の封鎖担当には連絡済みだ』


 コールはヘルメットを被り、顎紐を引いた。


「六層にいなかったら?」


『そこで待て』


「来るまで?」


『来ない場合も含めて、状況を伝える方法を探せ。こちらが知っているのは、六層で会える可能性があるということだけだ』


「了解」


『お前は扉を開けた後で、半歩を一歩にしがちだ』


「今回だけは三歩分進んでやるさ」


 グラントの後ろで、何か重い物を車へ載せる音がした。


「そっちは誰と行く」


『エレナとケイレブ。現場へは俺たち三人で向かう』


「政府へは話したのか」


『今からだ。約束を使うことだけ先に伝える』


「一度きりだぞ」


『いいから行け、時間がない』


 グラントの返事に迷いはなかった。


 コールはバイクへ跨がり、エンジンをかけた。


「グラント」


『何だ』


「死ぬなよ」


『誰に言ってる、ウォーターサーバー』


 通話が切れた。


 コールは送られてきた住所を確認し、バイクを道路へ出した。現場とは反対方向だった。


 速度を上げるにつれ、休日用の薄い上着が背中へ張りつく。戦闘装備は自宅にあるが、取りに戻れば時間を失う。旧ダンジョンへ入るだけなら、封鎖施設に予備装備が保管されていた。


 最初の交差点を曲がったところで空の一部が白く光り、遅れて遠くから低い音が届いた。方角は、これから向かう旧ダンジョンとは逆だった。


「三歩分だ。すぐに追いつくさ」


 誰に向けるでもなく呟き、コールはさらにアクセルを開けた。


     ◇


 グラントは通話を切ると、黒い槍を車の固定具へ押し込んだ。


 後部座席では、エレナが救護用のケースを開けたまま、中身を一つずつ確かめている。止血材、固定具、注射器、呼吸補助器具。最後に赤いポーションの保護容器を見て、蓋を閉じた。


「持っていくの?」


 運転席へ乗り込んだケイレブが、バックミラー越しに尋ねた。


「当然だ」


「連邦は嫌がるだろうな」


「死にかけた人間より容器を優先するなら、この関係もそれまでだ」


 エレナがケースを足元へ固定する間に、グラントは助手席へ乗り込んだ。ドアが閉まるのを待たず、ケイレブは車を出した。


「住所は」


「共有した。現場周辺の住宅地まで避難が始まってる」


「入口からの距離は?」


「最初の封鎖線が一・八キロ。広がる可能性もあるな。いや、広がるつもりでいた方がいい」


 ケイレブは地図を拡大し、幹線道路を避ける経路を選んだ。


「正面から行くと救急車に詰まる。西側から入る。帰りの道も二本取れる」


「帰る話が早い」


 エレナが言う。


「遠足は帰るまでが遠足だ」


 グラントが連邦側の担当番号へ発信すると、数回の呼出音の後、聞き慣れた担当官が出た。


『ヘイルさん、状況は――』


「映像は見た。旧ダンジョン六層で結んだ一度限りの取引を使う」


 相手が黙った。


『それは、政府間の正式な合意ではありません』


「政府の目の前で記録した。こちらが危険な時に、一度助けを求められる。それで十分だ」


『相手が応じる保証は』


「ない。だからコールを向かわせた」


『すでに?』


「許可番号も送った。封鎖担当へ通してくれ」


 担当官の声が低くなる。


『現場には州警察と州兵が入っています。ハウンドの参加は、まだ正式承認されていません』


「承認を待っている間に住宅地へ入り込むぞ。探索者をありったけ呼び寄せろ。アメリカの力を見せてやろうじゃないか」


『勝手に突入されると指揮系統が――』


「指揮系統は確かに重要だな。ただ、指揮系統が保てばの話だ。中国のあれを見ただろう。俺たちは現場指揮に従う。救助と、外へ出た個体の処理に回る」


『旧ダンジョン側へ向かわせたマーサーさんについては、封鎖担当へ確認します』


「頼む。相手が誰なのかも、今どこにいるのかも分からない。六層へ行けば接触できる可能性がある。それだけだ。向こうから接触すると言っていた。今はそれに期待するしかない」


『接触できた場合、こちらへ報告を』


「余裕があればな。返事が得られたらすぐ回す」


 担当官は即答せず、何かを確認するように短く黙った。


 ケイレブが前方の渋滞を見つけ、細い側道へ車を入れる。車体が大きく揺れ、エレナの救護ケースが固定具の中で鳴った。


『現場指揮官へ、外部協力者へ救援を求めていると伝えます。ただし、到着の保証も、戦力の内容も不明です』


「余計な期待をさせるな。それでいい」


『ヘイルさん』


「何だ」


『今回使えば、あの約束は終わります。いいんですか?』


 グラントはフロントガラスの先に上がる黒煙を見た。


「探索のために残すか? 探索者ってのは、基本的に自分たちで道を作るんだよ」


『この会話は録音されています。お楽しみに』


 通話が切られた直後、前方の建物の間が一瞬だけ明るくなり、数秒遅れて車の窓が低く震えた。エレナは救護ケースから顔を上げ、煙の方角を見た。


「もう一度?」


「最初の爆発の音が遅れて届いたか、それとも別の物が爆発したか」


 ケイレブは速度を落とさず答えた。ハンドルを握る手へ力が入るのを見て、グラントは黒い槍の固定をもう一度確かめた。


「現場まで何分だ」


「この道が塞がれてなければ十二分。塞がれていたら、分からない」


「十二分で行け」


「無茶言いやがる」


 ケイレブは次の角を曲がり、煙の上がる住宅地へ車を向けた。


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