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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第319話 一人でいい

 先頭のアーロンが手を上げると、五人は通路の端へ寄った。


 三層の奥から、硬い爪が床を叩く音が近づいていた。間に重いものを引きずるような音も混じっている。ボス部屋へ向かう時には聞かなかった。


 マークが槍を構えたまま、後ろを確かめた。


「一体じゃないな」


「追わない。壁に寄れ」


 アーロンは盾を持つベンを前へ出さず、自分たちを通路の片側へまとめた。


 曲がり角から飛び出したのは、背の低い四足型だった。前脚の片方を傷めているらしく、身体を傾けながら走っている。五人を見ても速度を落とさず、反対側の壁へ身体を擦りながら二層へ向かった。


 続いて現れた二体も、こちらへ顔を向けただけで通り過ぎる。最後の一体は後ろ脚に爪痕を残し、血を落としながら前の個体を追っていった。


「でかいのに追われたか?」


 ベンが盾の脇から奥を覗いた。


「今の、全部違う種類だったぞ」


 リサは、負傷したノアの肩へ回していた腕を持ち替えた。ボス戦で左脚を傷めたノアは歩けるものの、走れる状態ではない。


 アーロンは奥を見に行こうとはしなかった。


「何でもいい。帰るぞ」


 来た道を進むと、階段の近くにも小型個体がいた。壁の窪みに身体を押し込み、三層の奥を見ながら低く鳴いている。五人が近づくと一度だけ牙を見せたものの、襲いかかってはこなかった。


 五人が先に通ると、その個体も二層側へ走り出した。階段を下り始めたアーロンは、石段の端に付いた血を見つけて足を止める。


 モンスターのものより赤く、まだ乾いていなかった。数段下には幅の広い靴跡があり、片足だけで血を踏んだ跡が続いている。


 マークがしゃがみかけると、アーロンが肩を掴んだ。


「後だ。まず下を見る」


 ベンが盾を構えて階段の出口へ進むと、二層の通路に人が倒れていた。


 胸当てと膝当てを着けた女性で、傍らには短い斧が落ちている。首の横に深い傷があり、壁へ伸ばした右手は何も掴めないまま止まっていた。


 リサが膝をつき、首筋へ触れる。


「駄目。死んでる」


 指を離した後、女性の頬にも触れた。


「まだ温かい。そんなに経ってない」


 落ちている斧には血が付いていなかった。


 周囲の壁にも、モンスターが暴れた跡は見当たらない。首の傷は一つだけで、背後から刃を入れられたように見えた。


 マークは通路の奥へ槍を向けた。


「人間にやられたのか?」


「まだ決めるな」


 アーロンはそう言いながら、自分も短槍を抜いていた。


 倒れた女性の先にも血が続いている。角の手前で途切れていたが、その近くには布製の救護袋が落ち、中から包帯と止血材が引き出されていた。


 ノアが壁へ背を預け、痛む脚を浮かせる。


「仲間が運ばれていったとか」


「だったら、斧まで置いていかない」


 リサが短い斧を拾わずに立ち上がったところで、通路の奥から呻く声が聞こえた。


「……助けてくれ」


 五人の視線がそちらへ向く。


 角の向こうから男が姿を見せた。胸当てを着け、片手を腹へ押し当てている。指の間から血が流れ、足元へ落ちていた。


 男は五人を見て表情を緩めた。


「良かった……仲間が急に襲われた。まだ近くにいる」


 アーロンは動かなかった。


「武器を捨てろ」


「そんなことしてる場合じゃ――」


「捨てろ。話はそれからだ」


 男は一瞬だけ黙り、腰に下げていたナイフを抜いた。床へ落とし、両手を胸の高さまで上げる。


 腹を押さえていた手が離れても、そこに傷はなかった。リサは目を細め、男の腹と血に濡れた手を見比べた。


「その血、あんたのじゃない」


 男の右手が胸当ての内側へ入った直後、アーロンが盾を上げるより早く銃声が通路へ響いた。


 リサの身体が後ろへ回り、右肩から壁へぶつかる。二発目はベンの盾に当たり、金属板を激しく鳴らした。


 アーロンの短槍が男の胸へ入る。


 男は拳銃を落としながらも退かず、槍の柄を両手で掴んだ。その間に、角の奥から二人が飛び出してくる。


「後ろだ!」


 マークが振り向くと、階段側にも三人いた。


 全員が胸当てを着け、ライトを肩へ留めている。入口施設ですれ違っても、他の探索者と区別できない格好だった。


 ベンが盾を回し、階段側から突き出された短槍を受ける。ノアも壁から身体を離し、傷めた脚を庇いながら剣を抜いた。


 リサは右肩を押さえて床へ座り込んでいた。


「弾、残ってる」


「立てるか」


「脚は無事。右腕は当てにしないで」


「十分だ」


 アーロンはすぐに前へ出た。


 正面の男が振った手斧を盾で受け、下から短槍を突き上げる。相手は脇腹を貫かれても柄を掴み、後ろにいる仲間が近づく時間を作ろうとした。


 マークが横から槍を入れて倒す。


 もう一人がリサへ向かった。ノアが体当たりで進路を変え、二人まとめて壁へぶつかる。


 男は倒れながらもナイフを離さず、ノアの腿へ突き立てようとした。リサが左手で拳銃を拾い、床近くから一発撃つ。


 弾は男の肩を抜いた。


「左で撃ったのか?」


 マークが声を上げた。


「文句なら右肩に言って!」


 リサは顔を歪めたまま、拳銃を床へ滑らせた。次の弾を確かめる余裕はなかった。


 階段側ではベンが二人を盾で止めていたが、残る一人が壁際を抜けようとしている。アーロンは短槍を手放して腰の手斧を抜き、接近した男の腕へ打ち込んで肩から押し倒した。


 マークも、もう一人の胸を槍で突く。最後に残った男は逃げず、仲間が倒れても武器を捨てないまま、ベンの盾へ身体ごとぶつかってきた。


 ベンが押し返し、ノアが横から剣を入れると、ようやく膝をついた。男は倒れる直前に腕時計へ目を落とし、その表情がマークの目に残った。助けを待っている者の顔には見えなかった。


「点呼」


 アーロンが周囲を見回した。


「いる」


「俺も」


「死んでない」


 返事が重なった。


 五人とも生きている。リサは右肩を撃たれ、ノアは左脚の傷を深くしていた。ベンの盾には弾痕と槍傷が増え、アーロンの短槍は最初の男の胸へ残っている。


 マークは倒れた男たちを見下ろした。


「何なんだ、こいつら」


「考えるのは外に出てからだ。上へ行くぞ」


 アーロンが最初の男から短槍を引き抜いた時、通路の奥から別の足音が近づいてきた。人間の歩き方とは違い、複数の爪が床を細かく叩いている。


 低い姿勢で走る個体が角を曲がり、倒れた人間も、立っている五人も避けて階段へ向かった。続いて二体が現れ、その後ろを別種の細い個体が追ってくる。


 アーロンたちは壁へ寄ったが、最後の一体はベンの盾へ肩をぶつけた。それでも襲わず、身体を立て直して一層側へ走り去った。


「さっきより多いぞ」


 ベンが盾を構え直した。


「奥から追い出されてる」


 ノアは壁に手をつき、左脚を引きずった。


 アーロンは一層側と三層側を見比べた。入口へ向かう通路には、今の個体たちが走り込んでいる。後方からは、さらに重い振動が近づいていた。


 通信端末を操作したが、入口施設への回線は繋がらない。内部用の短距離通信には反応があるものの、地上側の中継器までは届いていなかった。


「動くぞ。マークが先。リサとノアを真ん中、ベンは後ろだ」


「了解」


 リサは左手で右腕を胸へ固定し、五人は一層へ向かった。途中の通路には二人の人間が倒れていた。


 一人は通路の中央に倒れ、もう一人は壁際まで這った跡を残している。どちらも探索者装備を着けていた。少し先には襲撃者らしい男も倒れていたが、装備だけでは区別できない。


 マークが足を止める。


「生きてるかも」


「前を見ろ。リサが確認する」


 アーロンの声が強くなる中、リサは倒れた二人へ順に触れ、首筋を確かめるとすぐ立ち上がった。


「二人とも駄目。行って」


 次の分岐へ入ったところで、前方から声がした。


「こっちです! 襲われました!」


 若い女が一人、槍を持って立っている。胸当てには血が付いていたが、怪我をしている様子はない。


 マークは槍を向けたまま止まった。


「武器を置け」


「待って、私たちも襲われて――」


「じゃあ置け!」


 女は槍を手放さずに背後へ手を振り、その合図で左右の通路から同じ装備の男たちが現れた。


 数を確かめる前に、アーロンは来た道へ向きを変えた。負傷者を抱えたまま正面から抜けるのは難しい。


「広間まで戻る!」


 ベンが最後尾で盾を構え、追ってくる短槍を弾いた。


 広間の手前には、片側の壁が崩れた狭い通路がある。並んで通れるのは二人までで、入口側には倒れた石柱が残っていた。


 アーロンはそこまで戻ると、ノアとリサを奥へ押し込んだ。


「マーク、荷物を捨てろ」


「何でだよ」


「お前だけ先に出る」


 マークはアーロンの顔を見た。


 教団員が通路の先へ姿を見せている。その後ろでは、三層から逃げてきた小型個体が壁際をすり抜け、一層へ向かおうとしていた。人間とモンスターが狭い場所へ入り込み、互いの動きを邪魔し始めている。


「五人で行けるだろ」


 リサが片手で救護袋を締め直した。


「その相談、あと何分するつもり?」


「でも、置いていけるかよ」


「置いていくんじゃない。知らせに行くの」


 ノアは壁へ座り込み、傷めた脚を伸ばした。


「俺を担いで走りたいなら止めないけど、たぶん二人とも死ぬぞ」


 ベンが倒れた石柱の隙間へ盾を入れた。


「人間だけなら、しばらく持つ。奥の奴らまで来たら終わりだ」


 アーロンはマークの胸元にある記録端末を掴み、表示灯が点いていることを確認した。


「一人でいい。外へ出ろ」


 マークは首を振った。


「四人を残して?」


「全員残るよりいい」


 アーロンは手を離し、通路へ向き直った。


「中で人間が探索者を襲ってる。死体は一層と二層。モンスターも奥から入口へ動いてる。救助を入れる前に、それを伝えろ」


「アーロン――」


「覚えたな」


 教団員の一人が、倒れた石柱を越えようとした。


 ベンの盾が正面からぶつかり、男を通路へ押し戻す。後ろにいた教団員と小型個体が巻き込まれ、狭い場所で動きを止めた。


「行け、マーク!」


 アーロンが怒鳴った。


 マークは背負っていた荷物を床へ落とした。槍も置き、腰のナイフと記録端末だけを残す。


 リサが視線を向けた。


「外まで走りきって。倒れるのは、ちゃんと喋った後」


 その言葉を最後に、マークは一層へ向かって走った。


 背後で盾が石へぶつかり、誰かが短く指示を出した。銃声が一度響いたが、リサが撃ったのか、教団側のものかは分からない。


 走りながら通信端末を握る。


「聞こえるか」


 しばらく返事はなく、金属音に混じって、やがてベンの声が入った。


『右、来るぞ!』


 ノアが何かを叫び、アーロンの声も重なったが、言葉までは拾えなかった。


 マークは振り返らなかった。


 二層の主経路には、さっきより多くの小型個体がいた。どれも奥から来ており、同じ方向へ走っている。


 マークは壁へ身体を押しつけ、最初の群れを通した。


 最後尾の個体が肩へ触れ、体勢を崩しかける。ナイフを抜いたが、個体はそのまま先へ走った。


 人間の死体が通路にあっても、足を止めるものはいない。床を塞ぐ身体を跳び越え、避けきれなければ踏みつけて進んでいく。


 分岐の先に教団員が二人いた。


 一人は腕を負傷し、もう一人に支えられている。マークを見ると、支えていた男が短槍を向けた。


 マークは正面から行かなかった。


 走ってきた小型個体の進路へ寄り、衝突する直前で横へ飛ぶ。教団員が短槍を突き出した時には、灰色の四足型が男の脚へぶつかっていた。


 三人が重なった隙に、マークは倒れた男の腕を踏んで分岐を抜けた。背後で怒鳴り声が聞こえたが、追ってくる足音はなかった。


 階段へ着く前に、通信からリサの声が入った。


『マーク』


「いる。もうすぐ一層だ」


『なら走って』


 返事をする前に通信が途切れ、雑音の中で盾の割れる音がした。それ以降、誰の声も戻らなかった。


 一層へ上がると、入口から来た探索者が二人、通路の途中で立っていた。奥から走ってくるモンスターを見て、何が起きているのか判断できずにいる。


「戻れ!」


 マークは叫んだ。


「外へ戻れ! 人間が襲ってくる!」


 二人はすぐには動かなかった。


 マークの顔と、血の付いた防具を見ている。遅れて現れた小型個体が三人の間を抜けたところで、ようやく入口へ走り出した。


 出口の光が見えた。


 そこまでの通路にも血が落ちていたが、倒れている者はいない。先へ出た小型個体が何体いるのか、マークには分からなかった。


 最後の直線で脚がもつれた。


 壁へ手をつき、転倒だけは避ける。喉が焼けるように痛み、吸い込んだ空気が胸の奥まで入らない。


 入口施設へ飛び出すと、係員が二人駆け寄ってきた。


「どうしました?」


「入るな!」


 マークは差し出された手を掴み、息を整えようとした。


「中で……探索者が、人を殺してる。探索者に偽装してる! 何人いるか分からない」


 係員の一人が緊急端末を手に取った。


「一緒に入った方は?」


「四人、残った。二層に死体がある。一層にも……襲ってる奴らも死んでる。モンスターが奥から、全部こっちへ来てる」


 言葉を切るたびに咳が出た。係員が入口側へ顔を向けると、マークの後から出てきた二人の探索者も、何度も後ろを確認しながら施設内へ駆け込んできた。


「入口を閉めてくれ」


 マークは係員の腕を強く握った。


「でも、すぐ中へ入るな。装備じゃ見分けられない」


 警報が鳴り始めた。


 入口施設の扉が開かれ、駐車場にいる探索者と職員へ退避指示が飛ぶ。マークが通ってきた暗い通路の奥には、複数の低い影が重なっていた。


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