第318話 同じ装備
最初の五人が一層へ入ってから、二十分ほどが過ぎていた。
入口から続く石造りの通路には、帰還した探索者が残した泥と、水筒からこぼれた水の跡が乾きかけている。壁際では三人組が休憩しており、一人が靴紐を結び直し、残る二人は地図を広げていた。
教団の五人は、そこを足早に通り過ぎた。互いに必要以上の言葉を交わさない。外から見れば、目的地へ急ぐ固定パーティーにしか見えなかった。
先頭を歩く登録探索者が腕時計を確認する。他の班も、すでに一層へ入っているはずだった。
十五体の遺体は、半年近くをかけて三つの階層へ分散して運び込んだ。様子を確かめに戻った時には、遺体も、それを包んでいた物も残っていなかった。いつ、どのようにダンジョンへ取り込まれたのかは分からない。
それでも入口は変わらず、教団が待っていた現象も起きなかった。
今日は、内部にいる探索者と自分たちを新たな供物として加える。
曲がり角の先から、金属が床へ当たる音が聞こえた。
先頭の男が片手を上げ、五人は歩みを緩めて壁際へ寄った。
現れたのは、四人組の探索者だった。
前を歩く二人が盾と短槍を持ち、後ろの二人は荷物の大半を背負っている。防具には新しい傷が増えていたが、負傷している者はいない。二層から戻ってきたところらしく、全員の額に汗が残っていた。
「何かありましたか?」
四人組の先頭にいた男が尋ねた。教団側が通路の片側へ寄ったのを、道を譲るためだと思ったらしい。
「下で仲間が怪我をしました」
教団の男は、息を乱しているように肩を上下させた。
「脚を挟まれて動けません。こちらだけでは、瓦礫を上げられなくて」
四人組は顔を見合わせた。
「何人です?」
「二人残っています。一人は意識があります」
「場所は近い?」
「この先の階段を下りて、最初の分岐です」
盾を持った男が後ろへ手を出すと、荷物を背負った一人が救護用品を取り出した。もう一人は通路の奥を確認し、追ってくるモンスターがいないか尋ねる。
教団側の男は、いないと答えた。
嘘を疑われた様子はなかった。
四人組のうち二人が先に教団員の横を通り、残る二人も救護用品を手に続いた。盾を持つ者は、怪我人がいるという二層側へ意識を向けている。
教団員が短槍を抜いた。
最後尾の探索者が物音に気づいて振り返った時には、穂先が喉へ入っていた。同時に、別の二人が先頭の男へ飛びかかる。
男は盾を上げたが、前後から腕と肩を押さえられ、受ける方向を定められなかった。膝裏を蹴られて身体が傾いたところへ、横から刃が入る。
「何を――」
問いは最後まで続かなかった。
腹へ刃を受けながら、男は短槍を横へ振った。教団員の頬から耳までが裂ける。
救護用品を持っていた女は、袋を投げ捨てて腰のナイフを抜いた。目の前の教団員へ斬りかからず、通路の入口側へ走ろうとする。外へ知らせるつもりだと気づいた一人が、その背へ組みついた。
女は相手を背負ったまま壁へぶつかり、二度、三度と後頭部を石へ叩きつけた。教団員の力が緩み、振りほどこうとしたところへ、別の刃が脇腹へ入った。
戦闘は、教団側が考えていたより長く続いた。
人間相手の不意打ちが成功しても、ダンジョンへ継続的に入る探索者は簡単には動きを止めない。喉を刺された男さえ、倒れながら襲撃者の足首を掴んだ。
最後まで立っていた盾持ちは、教団員二人を倒した。
片膝をつき、盾の縁を床へ当てたまま荒い息を吐く。腹と肩から血が流れていた。
「……同じ探索者だろ」
返事はなかった。
「何で、こんなことをする」
教団員の一人が後ろから近づいた。
盾持ちは気配に反応して振り向いたが、動きが遅れた。首の横へ刃が入り、盾が床へ落ちる。
静かになった通路で、教団員たちは自分たちの損害を確認した。
二人が死亡している。一人は頭部を強く打ち、呼びかけにも反応しなかった。もう一人は胸を槍で貫かれている。頬を裂かれた男は血を押さえながら立っていたが、片耳の感覚がないと訴えた。
「運びますか」
先頭の登録探索者が尋ねる。
「必要ありません」
負傷した男は、倒れた仲間を見下ろした。
「ここで返します」
予定より早く、六人分が加わった。探索者四人と教団員二人の死体が、一層の通路へ残される。
教団員たちは武器の血を拭い、使えそうな救護用品だけを回収した。
彼らが通路を離れて間もなく、小型のモンスターが壁際から頭部を出した。
床の血と動かない人間を見たが、近づこうとはしなかった。通路の奥へ頭を向けた後、何かに追われるように入口側へ走り去った。
二つ目の班は、二層の崩れた横道へ入っていた。
通常の活動経路から外れ、入口は落石で半分塞がっている。中へ入るには身体を横へ向ける必要があり、大型のモンスターは通れない。
以前、そこへ五体の遺体を運び込んだ。
今は何もなかった。
遺体も衣服も、包んでいた資材も残っていない。臭いや染みもなく、壁も床も初めから何も置かれていなかったように乾いていた。
先頭の女は、奥まで歩いてから引き返した。
「受け取られている」
後ろにいた男が言った。
女は答えず、腕時計を確認した。
いつ消えたのかは分からない。十五体が内部へ何をもたらしたのかも、彼らには測れなかった。
確かなのは、人間を運び込めば、ダンジョンが跡形もなく取り込むということだけだった。それでも入口は開かなかったため、死んだ肉だけでは足りなかったという指導者の言葉を、彼らは疑わなかった。
「予定どおり進みます」
女が横道を出ると、二層の主経路から複数人の足音が近づいていた。男の笑い声と、金属製の留め具が揺れる音が重なり、やがて四人の探索者が姿を見せる。
探索者側も軽く手を上げた。
「奥はどうです?」
「水場の近くに二体いました。もう処理しています」
「助かります」
四人の警戒は、教団員たちではなく通路の奥へ向いていた。装備と登録章を一度見ただけで、互いの武器が届く距離まで近づいてくる。
すれ違う直前、先頭の女が足を止めた。
「ああ、一つだけ」
探索者の二人が振り返った。残る二人は、そのまま教団員の間へ入っている。
女が手斧を抜き、最も近くにいた男の首へ振り下ろした。他の教団員も同時に動き、前後から四人を挟む。
何が起きたのか理解するまでの数秒で、二人が倒れた。
残る二人のうち、一人は短槍を抜いて反撃した。教団員の肩を刺したものの、穂先を引き抜く前に横から腕を斬られる。最後の一人は入口側へ走ろうとしたが、横道から出てきた教団員に進路を塞がれた。
「待て、俺たちは――」
言葉を聞く者はいなかった。
四人が動かなくなった後、女は手斧についた血を探索者の衣服で拭った。
「一層側へ運びますか」
「ここでいい。次へ行きます」
死体を隠す必要はなかった。足を止めた者がいれば次の班が近づきやすくなり、その前にダンジョンへ取り込まれても、彼らの目的には変わりがない。
教団員たちは肩を刺された仲間へ応急処置を施し、三層側へ進んだ。
別の班は、二層の広間で探索者六人と鉢合わせた。
先頭の二人は盾と槍を構えていたが、教団員を敵として見ているわけではない。広間の中央に倒れた人間を見つけ、その周囲を警戒していた。
「そこで止まってください」
盾を持つ女が言った。
「人が倒れています。そちらの仲間ですか?」
教団側の登録探索者は、倒れている男を見た。
一つ前の班が処理した探索者だった。予定より通路を外れ、広間まで逃げたらしい。背中に短槍が刺さったままになっている。
「こちらの者ではありません」
「上から来ましたか?」
「そうです」
女の視線が、教団員の靴へ落ちた。
一層から下りてきたなら、乾いた石粉が多く付く。教団員の靴には、二層奥の水場にある黒い泥が残っていた。
槍を持つ男も同じことに気づいた。
「どこから来た」
その声で、教団側は不意打ちを諦めた。
登録探索者が短槍を構える。それを合図に、後ろの者たちが左右へ広がった。
探索者六人は、同じパーティーで何度も潜っている。正面からの戦闘になれば、誰が前へ出て、誰が空いた場所を埋めるのかを、声に出さずに決められた。
教団側には、複数人で役割を埋め合う戦い方が身についていない。
一人が槍で腿を貫かれ、別の一人は盾で床へ倒された。立て直そうとしたところへ、横から振られた手斧が脇腹へ食い込む。
「人を呼べ!」
探索者側の男が叫んだ。
後方の一人が、来た道へ走り出す。
教団の別班が、その通路から現れた。
逃げようとした探索者は、目の前に出てきた者たちを救援だと思った。声を上げ、襲撃者がいると伝える。
返事の代わりに、胸へ槍を受けた。
挟まれたと分かった時には、六人の隊列が崩れていた。
盾を持つ女は、教団員一人の顔を盾で打ち、槍を持つ男も一人を倒した。それでも正面と背後の両方から刃が入り、倒れた仲間を越えられずに足が止まる。
逃げ道を作ろうとした一人が背中を刺され、その身体へ別の探索者がつまずいた。
最後まで抵抗した二人は互いに背を預けていたが、一人が倒れると、残った男も武器を握れなくなるまで両腕を傷つけられた。
膝をついた男は、周囲に倒れた教団員を見回した。
「お前らも死んでるぞ」
教団側の死者は二人。負傷者もいたが、誰一人として退こうとしていなかった。
「何がしたい」
男の声には、怒りより困惑が残っていた。
装備を奪う様子もなく、回収品を探してもいない。死者を隠そうともせず、仲間が倒れても計画を変えない。
教団員の一人が腕時計を確認した。自分たちが死ぬ時刻までは、まだ時間がある。
男の問いには答えず、最後の一撃を加えた。
広間へ静けさが戻った後、三層側の通路から複数の足音が聞こえた。普段なら同じ場所に集まらない種類の小型個体が、人間の死体には目も向けず、一層側へ走り抜けていく。
教団員たちは、その動きを見ながら互いの顔を見た。
十五体は、すでにダンジョンへ取り込まれている。今度は新しい死体が、短い時間で一層と二層へ増えていた。探索者と教団員を合わせれば、すでに十人を大きく超えている。
目に見える変化は、入口ではなく内部から始まっていた。広間の奥からさらに重い足音が近づく中、教団員たちは残された時間で次の相手を探すため、三層へ続く道へ向かった。
同じ頃、三層では五人の探索者が帰還準備を始めていた。
ボス部屋の攻略を終えたばかりで、全員が疲れている。回収品を分けて背負い、負傷した一人の荷物を他の四人へ振り分けた。
先頭に立った男は、帰路へ向かう前に人数を数え直す。
「一層まで止まらない。二層で何かあっても、助けられる状態か見てから動くぞ」
「冷たいねえ」
後ろの若い男が言った。
「疲れてる時に良い人をやると死ぬんだよ」
先頭の男は歩き出した。
五人が三層の通路へ入って間もなく、前方から小型のモンスターが走ってきた。
全員が武器を上げたが、個体は襲ってこなかった。壁際へ寄った五人の間を抜け、そのまま二層へ続く道へ消えていく。
若い男が振り返った。
「今の、逃げてなかったか?」
先頭の男は答えず、個体が来た方角を見た。
もう一つ、足音が近づいている。
それも、三層の奥から二層へ向かっていた。




