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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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311/435

第311話 奪還作戦 第二目標

 高架下の固定陣地が形になったのは、第一目標の達成から五時間後だった。


 装甲車を斜めに置いた遮蔽線の後ろへ、弾薬箱、医療資材、予備の拘束索が運び込まれ、損傷した鋼製柵は工兵がその場で継ぎ直した。道路の血液は吸着材ごと回収され、残ったモンスターの死体には無人機が張りついている。


 病院六階の熱源は、まだ二つあった。


 一つは窓際からほとんど動かず、もう一つは廊下と病室の間を短く往復している。人間だと断定できる映像は得られていないが、一定の間隔で窓へ白い布が現れた。


 梁雪梅は映像を三度見直し、病棟の平面図へ印を付けた。


「南病棟六階、六〇八号室付近。二つ目は廊下を挟んだ処置室か、隣室です」


 臨時指揮所の壁面には、第一段階で確保した道路が細い青線で表示されていた。高架下から病院正門までは、およそ七百六十メートル。その間に灰白色甲殻型九体、暗赤色四脚獣四体、黒い小型滑空種の反応多数。


 病院敷地内では、さらに別の熱源が観測されている。


 地下駐車場に大型反応が一つ。西棟屋上には、白い長大節足生物の一部と思われる反応が断続的に現れる。入口側にいた灰色六腕大型個体は、道路へ腕を向けた姿勢のまま静止していた。


 周立言は画面を見たまま、梁雪梅へ尋ねた。


「外縁部の戦闘に反応したと見ているのか」


「可能性はあります。ただし、腕一本の角度が変わっただけです。こちらを認識したのか、別の刺激へ反応したのかは判断できません」


「第二段階で、さらに動く可能性は」


「あります」


 梁雪梅は余計な言葉を足さなかった。


 作戦開始を遅らせても、病院側の熱源が弱くなる可能性がある。急げば、入口側の大型個体や、その奥に残る深層系を外縁へ引き出すかもしれない。どちらを選んでも、危険は残る。


 陳国梁が病院の映像を指した。


「救助対象を二名と仮定する。奪還ではなく救出だ。救出後、高架下まで戻れば第二段階終了。病院を占拠する必要はない」


 現場指揮官から提示された部隊は、第一段階より小さかった。先頭へ探索経験者十二名を置き、盾班、長柄班、拘束班に四名ずつ配する。後方には射撃班二個分隊と工兵班、救護班が続き、装甲車三両と遠隔操作車両二両が支援する編成だった。


 負傷者を出した第一段階の班は外された。


 代わりに入った兵士の中には、管理ダンジョンで二層までの活動経験しかない者もいる。身体能力の増強は見込めても、現地のモンスターと戦った経験はなかった。


「停止条件は前回より厳しくする」


 現場指揮官は作戦説明の冒頭で告げた。


「死者三名、重傷者六名、装甲車一両の喪失、入口側大型個体または深層系の移動開始。このいずれかで撤退する。病院へ到達していても同じだ」


 兵士たちの視線が、病院の航空写真へ集まった。


「救助対象を確認しても、搬送不能なら位置を記録して退く。地下へは入らない。屋上へも上がらない。六階以外の捜索は許可しない」


 第一段階と同じ言葉が繰り返された。目的を増やすな。その命令を残したまま、午前四時四十分、第二段階が始まった。


 先頭部隊は高架下を出て、工兵車両が前日に作った狭い通路へ入った。


 灰白色甲殻型は、道路の中央ではなく、倒れた車両と建物の陰へ散っていた。前日の戦闘で配置を学習したのか、偶然そこへ移動したのかは分からない。


 遠隔操作車両が先行し、車体上部の音響装置を鳴らす。


 路地から二体、商店跡から三体の甲殻型が現れた。正面へ集まったところで、道路脇に埋め込んだ拘束索が跳ね上がる。


 一体の脚へ絡み、残る四体の進路を狭めた。


 盾班は横一列を作らず、二枚ずつ前後へずらして構えた。先頭の甲殻型が中央へ飛び込むと、右側が衝撃を受け、左側の盾が甲殻の縁を押した。


 突進が道路脇へ流れ、長柄班が前脚を払ったところへ側面から射撃が集中した。最初の五体は、負傷者を出さずに処理できた。


「前進」


 短い命令で部隊が動く。


 百五十メートル先の交差点で、黒い小型滑空種が現れた。


 前日と違い、防護網は盾班の上ではなく、二本の伸縮支柱で斜め前方へ張られていた。滑空種の大半が網へ落ち、散弾班が地面へ着く前に処理する。


 三体が左右へ抜けた。


 一体は防護服へ取りつく前に叩き落とされ、もう一体は装甲車の側面へ針状口器を突き立てた。最後の一体だけが射撃班員の顎下へ潜り込んだ。


 兵士は自分で襟元を押さえ、その場へ膝をついた。


 救護員が外側から防護服を切り、黒い小型個体を鉗子で引き抜く。出血は少なかったが、本人は呼吸の苦しさを訴えた。


「一名後送、隊列維持」


 暗赤色四脚獣の反応は出なかった。


 血液処理班が路面へ吸着材を撒き、後送車両が負傷者を高架下へ運ぶ。前線は五分停止した後、再び動き始めた。


 病院まで残り四百メートル。


 梁雪梅は無人機映像の端に、動く白色反応を見つけた。


「西棟屋上、長体が南側へ移動」


 白い長大節足生物は、病院の外壁をゆっくりと下り始めていた。黒い小型滑空種を運んでいる様子は見えない。途中で身体を曲げ、正面玄関の屋根へ回り込む。


 現場指揮官は進路を西側へ寄せた。


「正面玄関を避ける。救急搬入口から入る」


 予定経路が変更され、遠隔操作車両が先に曲がる。


 その車両が救急搬入口へ近づいた瞬間、地下駐車場の大型反応が動いた。


 シャッターが内側から膨らみ、金属板が一枚ずつ外へ押し出される。


「大型反応、地上へ出ます」


 梁雪梅の声と同時に、病院地下から黒褐色の角が現れた。


 一角大型獣がシャッターを押し上げ、前脚を道路へ置く。二メートルを超える胴体へ重なった装甲板が、遠隔車両の照明を鈍く反射した。


 現場指揮官は部隊を止めた。


「大型獣一。迂回不能」


 救急搬入口へ入るには、その前を通る必要がある。正面玄関側には白い長体が張りついていた。


 戻る選択も残っている。


 病院六階の窓に、白い布が出た。


 今度は一度だけではなかった。短く振られ、引っ込み、また現れる。


 現場指揮官は大型獣の位置を確認した。


「処理する。車両で受けるな。足を止めて、角度を崩せ」


 装甲車二両が左右へ開き、中央に遠隔操作車両を残した。車両上の音響装置が最大出力で鳴ると、一角大型獣は頭を下げた。


 湾曲した角の先が遠隔車両へ向く。次の瞬間、アスファルトを削りながら突進した。


 遠隔車両は直前で後退したが、速度が足りなかった。


 角が車体中央を持ち上げ、遠隔車両は半回転して病院の壁へ叩きつけられる。大型獣はそのまま前へ出ようとしたが、左右から撃ち込まれた拘束索が前脚へ巻きついた。


 工兵車両が索を引く。


 片側の脚だけが後ろへ取られ、巨体の軸が崩れた。


「左側面!」


 射撃班が装甲板の隙間へ集中射撃を浴びせる。


 大型獣は脚を引かれたまま身体をひねり、角で一本目の拘束索を切った。前脚が自由になり、近くにいた盾班へ踏み込む。


 二枚の盾が角を受けた。


 兵士たちは正面から耐えず、接触と同時に左右へ開く。角は盾の間を抜け、病院の外壁へ突き刺さった。


 長柄班が後脚の関節へ鉤を掛ける。


 装甲車の機関砲が、露出した脇腹を撃った。


 一角大型獣は壁から角を抜き、後方へ振り回した。長柄班の一人が柄ごと吹き飛ばされ、救急搬入口の柱へ背中から激突する。


「重傷一!」


 救護班が動こうとしたが、大型獣がその間へ入った。


 盾班の一人が前へ出て、盾を角へ滑らせる。衝撃で腕が下がり、次の押し込みに耐えられず膝をついた。


 二本目の拘束索が後脚へ掛かった。


 工兵車両が一気に巻き上げる。


 大型獣の尻が落ち、前脚へ体重が集中した。機関砲が同じ隙間を撃ち続け、装甲板の下から黒い液体が噴き出した。


 大型獣は前脚だけで立ち上がろうとしたが、長柄班が残った前脚へ武器を差し込み、関節を外側へ押し広げた。倒れた巨体へ射撃が続く。


 完全に沈黙した時、盾班の二名が腕を動かせず、長柄班の一名が柱際で意識を失っていた。重傷一名、負傷二名。停止条件には達していない。


「搬入口を確保。救護を先に入れろ」


 大型獣の死体を迂回して救護班が柱際の兵士を回収する間に、先頭部隊は病院へ入った。内部は停電しており、非常灯も切れていた。


 床には倒れたストレッチャー、乾いた血痕、靴、医療用手袋が散らばっている。救急受付の奥で何かが動いたが、赤外線照準には小さな反応しか出なかった。


 黒い小型滑空種が、天井付近の配管へ集まっている。


「発砲は最小限。網を先に使え」


 防護網を前へ張り、散弾班が低い位置から撃つ。天井裏へ逃げた個体は追わず、階段へ向かう経路だけを確保した。


 エレベーターは停止していた。


 部隊は階段を使い、二階ずつ区切って上がった。


 三階で灰白色甲殻型一体と接触。狭い踊り場では盾を横へ並べられず、先頭が一枚で受け、後方の長柄が脚を階段下へ落とした。


 五階では暗赤色四脚獣が病室から飛び出した。


 前列の兵士が盾を斜めに当て、四脚獣を壁へ滑らせる。射撃班が撃てる距離を作る前に、長柄班が口の内側へ武器を差し込んだ。


 一人が前脚で肩を裂かれたが、四脚獣はその場で処理された。


 六階へ上がった時点で、負傷者は四名になっていた。


「六〇八号室まで二十七メートル」


 廊下の奥に白い布が見えた。


 扉の隙間から伸びた腕が、点滴スタンドへ結んだシーツを振っている。


「中国人民解放軍だ! 動けるか!」


 返事はすぐにはなかった。


 扉の向こうで、何かを引きずる音がする。


「二人います!」


 女性の声だった。


「一人は動けません! 水も、もう――」


「扉から離れろ!」


 盾班が前へ出て、病室の扉を開いた。


 中にいたのは、五十代ほどの女性と、高齢の男性だった。女性は病院職員の上着を着ており、男性の腕には点滴の管が残っていた。


 二人とも衰弱している。男性は自力で立てず、呼びかけへの反応も鈍かった。


「担架を入れろ」


 救護員が男性を確認して女性へ水を渡したところで、廊下の奥から金属音が響いた。西棟側の非常扉が外側から押され、板面が内側へ軋んでいる。


 梁雪梅の画面では、屋上から下りた白い長大節足生物が六階外壁へ回り込んでいた。身体の一部が窓枠を覆い、前端が非常扉の外側へ伸びている。


「白色長体、六階へ接触」


 前線へ警告が飛ぶ。


「救助対象を搬送、即時離脱!」


 男性を担架へ固定し、女性を二人の兵士が支える。部隊が階段へ向かったところで、非常扉が内側へ膨らんだ。


 蝶番が一つ飛ぶ。


 白い節が廊下へ入り、壁と天井へ身体を押しつけながら進んできた。先端部には明確な目も口も見えない。


 盾班が廊下を塞ぎ、射撃班が後方から撃つ。


 弾丸で表面が裂けても、白い長体は止まらず、盾へ巻きついた。


「切り離せ!」


 長柄の刃が白い節へ食い込み、二人が同時に引く。切断された先端部が床へ落ち、残った胴体は非常扉の外側へ引いた。


 床へ落ちた先端部は盾へ巻きつこうと動き続けたが、兵士が踏み止めて散弾を撃ち込んだ。その間に担架と女性が階段へ入り、部隊は六階から四階へ下りる。


 同じ頃、入口側の監視映像にも変化が出ていた。灰色六腕大型個体が瓦礫の山から身体を引き出し、一本目の腕に続いて、二本目を地面へ置いた。


「灰色六腕大型個体、移動開始」


 梁雪梅の報告で、臨時指揮所の全員が画面を見た。


 個体の後部はまだ入口奥へ続いている。それでも前端は、確保した幹線道路の方向へ向いていた。


 現場指揮官へ即時撤退命令が出る。


「第二目標達成。全隊撤収。病院内の追加捜索を中止する」


 部隊は来た経路を逆に下った。


 一階では天井裏から滑空種が落ち、最後尾の兵士二人へ取りついた。一人は防護服の外側で処理できたが、もう一人は耳の後ろを刺された。


 担架を止める余裕はなかった。


 救護員が歩きながら傷口を圧迫し、そのまま救急搬入口を抜ける。


 病院外では、倒した一角大型獣の死体へ灰白色甲殻型が集まり始めていた。後部甲殻の一つが膨らみ、内側から割れかけている。


「右側を開ける! 担架を先へ!」


 盾班が甲殻型の接近を遮り、射撃班が死体ごと火力を集中した。小型個体が生まれる前に後部甲殻を砕き、高架下まで残り二百メートルの道路を駆け抜ける。


 入口側の灰色六腕大型個体は、ゆっくりと道路へ進んでいる。速くはない。それでも、前回の姿勢変化とは違い、距離が縮まり始めていた。


「高架下陣地、撤収準備。固定火器は残せ」


 第一段階で築いた拠点をすべて持ち帰る時間は残っていなかった。弾薬、医療品、負傷者を優先し、鋼製柵と一部の固定火器を遠隔作動へ切り替える。


 先頭部隊が高架下へ入ると、救護班は担架を止めずに後送車両へ向かった。女性は運ばれる男性の手を握り続けていた。


「この人の家族に連絡できますか」


 救護員は男性の状態を確認しながら答えた。


「身元確認後に行います。あなたも診察を受けてください」


「病院には、ほかにもいました」


 女性の声が掠れた。


「最初は、もっといました」


 現場指揮官はその言葉を聞いたが、追加捜索の命令は出さなかった。


 後送車両が封鎖線へ向かう。


 第二段階の損害は、重傷二名、軽傷六名。遠隔操作車両一両、防護盾四枚、拘束索六本。死者は出なかった。


 救助した男性は搬送中も意識を取り戻さず、女性は点滴を受けながら、病院に残った人間の名前を一人ずつ話した。


 高架下では最後の部隊が固定陣地から退き、遠隔カメラだけが取り残された。映像の奥から灰色六腕大型個体が幹線道路へ姿を現し、第一目標で取り戻した八百メートルの先へ、六本の腕を順番に置いていく。


 救助した二人を乗せた車両は封鎖線を越えたが、人間側へ戻った道路は、もう一度試されようとしていた。

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