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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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312/425

第312話 奪還作戦 守る距離

 灰色六腕大型個体の移動開始が確認された時、高架下に残っていた部隊は撤収の途中だった。


 固定陣地には、遠隔操作へ切り替えた機関銃二基と、道路を塞ぐ鋼製柵が残されている。弾薬箱の一部は運び切れず、工兵が火災を起こさない処理だけを施して置いてきた。


 第一目標で確保した道路の奥から、灰色の腕が一本ずつ現れる。


 一本が地面を掴み、身体を引く。その横へ次の腕が置かれ、瓦礫と放置車両を押し退ける。六本すべてが映像へ収まっても、後部は入口側の建物に隠れたままだった。


 梁雪梅は複数の監視画面を並べ、移動速度を計測した。


「毎分二十一メートル。道路上の障害物で前後しますが、速度自体は上がっていません」


 臨時指揮所では、第二段階の部隊が封鎖線へ戻るまでの時間が表示されていた。


 残り十一分。


 後送車両はすでに高架下を離れている。最後尾には、滑空種へ刺された兵士と、病院内で肩を裂かれた兵士が残っていた。自力で歩ける状態でも、追いつかれれば戦力として数えられない。


 周立言は高架下の固定カメラを指した。


「遠隔火器で止められるか」


「停止は期待できません」


 梁雪梅は答えながら、灰色六腕大型個体が戦車砲を受けた過去映像を別画面へ出した。


「前回は複数発を受けても前進しました。今回残した火器は、速度低下と挙動確認が目的です」


「なら、撃たせる意味はあるのか」


「あります。どの距離から反応し、どこまで追うかを確認できます」


 陳国梁は、撤収中の部隊表示を見ていた。


「兵士を観測の餌にする話ではないな」


「遠隔操作だけです。最後尾が封鎖線側へ退いた後に作動させます」


 高架下から二百メートル離れた地点で、後衛班が道路へ吸着材を撒いていた。負傷者の血液を残せば、灰白色甲殻型や暗赤色四脚獣まで引き寄せる。大型個体だけに集中したい状況で、小型種を重ねる理由はなかった。


「処理終了、後衛班離脱」


 報告とともに、最後の兵士が装甲車へ乗り込む。


 灰色六腕大型個体は、高架下まで四百六十メートルへ迫っていた。


 その前方には、病院から撤退する際に倒した一角大型獣の死体が残っている。周囲へ集まっていた灰白色甲殻型は、地面から伝わる振動を察したのか、道路脇へ散り始めた。


 大型個体の一本目の腕が、一角大型獣へ届く。


 梁雪梅は映像を拡大した。


 灰色の指が装甲板を掴み、死体を持ち上げる。口に運ぶ動作はなく、そのまま道路脇の建物へ投げつけた。


 黒褐色の巨体が一階部分へ衝突し、壁と窓枠がまとめて崩れた。


「摂食行動ではありません」


「進路上の障害物として処理したか」


「その可能性が高いです」


 六腕大型個体は、散った甲殻型へ反応を示さなかった。足元を動く小型個体を押し潰しながら、幹線道路を進み続ける。


 高架下まで、残り三百メートル。


 現場指揮官から通信が入った。


「全人員、第二防衛線へ到達。後衛車両一両に機関不調、牽引へ移行します」


「負傷者は」


「全員収容済みです」


 陳国梁はそこで初めて、椅子の背へ身体を預けた。


「遠隔火器を作動させろ」


 高架下に残された機関銃が、灰色六腕大型個体へ火線を伸ばした。


 弾丸は腕と前面へ集中し、濡れたような灰色の皮膚を削る。着弾した部分が裂け、黒ずんだ液体が散った。


 大型個体は腕の一本を上げた。


 顔らしい部位は見えない。それでも、火器の位置を特定したように腕を振るう。


 高架の支柱へ固定されていた一基が、銃架ごと道路へ落ちた。


 残る一基は射撃を継続する。


 大型個体は身体を低くし、三本の腕を地面へ突いた。次の移動で速度が上がり、梁雪梅の計測表示が毎分三十四メートルへ跳ねる。


「射撃に反応して加速」


「停止させろ」


「射撃停止」


 火線が消えても、大型個体の速度はすぐには落ちなかった。


 高架下へ入った六本の腕が、鋼製柵を掴む。固定具が軋み、コンクリートごと持ち上げられた。一本の腕が高架の床板へ触れ、表面を撫でるように横へ動く。


 梁雪梅は身を乗り出した。


「攻撃対象を探している可能性があります」


「火器は止まっている」


「発射位置か、人間の痕跡を追っているのかもしれません」


 大型個体は落下した機関銃を掴み、握り潰した。


 弾薬が内部で破裂し、小さな爆発が灰色の指を包む。腕は一度引かれたが、損傷した箇所を別の指で探るように触れた後、再び道路へ置かれた。


 高架下の固定陣地は、三分も持たなかった。


 鋼製柵が外され、残された弾薬箱が潰され、装甲車で作った遮蔽の隙間へ六本の腕が入り込む。第一段階で兵士たちが五時間かけて築いたものが、順番に道路脇へ退けられていった。


 周立言は破壊される陣地を見ながら尋ねた。


「第二防衛線までは、あと何メートルだ」


「一・四キロです」


「現在の速度なら四十分ほどか」


「同じ速度を維持すれば、です」


 梁雪梅は入口から大型個体までの距離を表示した。


 すでに一キロを超えている。


 これまでの流出個体には、大型になるほど入口から遠くへ出にくい傾向が見られた。ただし境界は円形でも明確な線でもなく、個体差も大きい。


 この灰色六腕大型個体がどこまで進めるかは、まだ誰も知らない。


 高架下を越えて百メートル進んだところで、移動速度が落ちた。


「毎分十五メートル」


 梁雪梅は数値を読み上げ、別の無人機へ切り替えた。


 大型個体の腕は先ほどと同じように道路を掴んでいる。しかし、身体を引く距離が短くなっていた。地面へ置いた腕が滑り、何度か同じ位置を掴み直している。


 さらに五十メートル進むまでに、速度は毎分八メートルまで下がった。


「損傷の影響か」


「可能性は低いです。高架下へ入る前より、腕の動きそのものが鈍っています」


「影響圏か」


「断定はできません。入口との距離は一・二キロ。灰色六腕大型個体の活動限界に近づいた可能性があります」


 大型個体は、それでも前へ進もうとした。


 六本の腕を道路へ広げ、身体を引きずる。一本が車体を掴み、支えに使おうとして側面を潰した。次の腕は地面を掴み損ね、アスファルトへ爪痕だけを残す。


 やがて、前方の三本が同時に止まった。


 後方の腕が身体を押す。


 わずかに進み、また止まる。


 大型個体はその場で腕を振り回し始めた。道路脇の街路樹が折れ、乗用車が建物へ飛ばされる。前方へ進む代わりに、周囲の物を掴み、引き裂き、投げ捨てていた。


「第二防衛線への到達予測を更新」


 梁雪梅は画面上の線を引き直した。


「現在の挙動が続く場合、到達は困難です」


 指揮所に安堵の声は上がらなかった。


 進めないから安全だとは限らない。活動可能な範囲が突然広がる可能性も、別の個体が押し出される可能性も残っている。入口周辺には、円盤型と赤黒い跳躍型も留まっていた。


 周立言は、道路上で暴れる大型個体を見た。


「高架下は放棄するのか」


 現場指揮官が通信越しに答えた。


「現在の位置へ戻れば、大型個体の活動圏内です。再占拠は推奨しません」


「病院への救助線は」


「別経路の調査が必要です」


 陳国梁は救助された女性の証言記録を開いた。


 病院には、少なくとも十七名が取り残されていた。職員、患者、患者家族。最初の数日で何人かは別の棟へ移り、その後は連絡が途切れている。


 六階から救助できた二人は、そのうちの一部にすぎない。


「高架下を失えば、また最初からか」


「道路を失ったわけではありません」


 梁雪梅が言った。


「大型個体は高架を越えた先で停止に近い状態です。高架下そのものは使えませんが、それまでに排除した浅層個体、整備した経路、確認した建物は残ります。別の固定線を引けます」


「大型個体を避けてか」


「北側の生活道路から病院東棟へ回る案があります。道幅が狭く、装甲車の運用は制限されますが、現在の個体位置とは距離を取れます」


 周立言は作戦図へ目を落とした。


 第一段階で引いた青線の先端には、灰色六腕大型個体を示す赤い印が重なっている。病院へ向かう線は一度途切れたが、その北側へ、新しい経路候補が点線で描かれた。


「成功と発表するのか」


 その問いには、広報担当者が答えた。


「病院から二名を救出した事実は公表できます。高架下の固定陣地を放棄したことも、隠せる規模ではありません」


「それでも切り取れ」


 周立言は画面から目を離さなかった。


「二名を救助した。八百メートルを前進した。死傷者と装備損耗を出した。入口側大型個体の活動範囲を確認し、固定陣地は放棄した。都合の良い部分を強調しろ」


 広報担当者が記録する。


 陳国梁は、灰色六腕大型個体の映像を見ていた。


「止まった場所を、境界と考えていいのか」


「今は観測点です」


 梁雪梅は答えた。


「明日も同じ位置にいるとは限りません」


 大型個体は前進を諦めた様子もなく、六本の腕を道路へ食い込ませていた。


 一方、封鎖線の医療区画では、救助された女性が病院の見取り図へ名前を書き込んでいる。誰がどの階にいたか、最後に見た時の状態、薬と水がどこへ残っていたか。高齢男性は治療を受けながら、まだ意識を取り戻していなかった。


 第一目標で確保した高架下は失われた。


 それでも、病院に残る人間の位置と、入口側大型個体が鈍り始める距離が新たに残った。


 作戦図から青線は消されず、灰色の腕が止まった地点へ赤い印が追加された。梁雪梅は、その北側から病院へ伸びる点線を一本ずつ繋いでいった。

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