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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第297話 消える穴

 エクアドル最大の港湾都市グアヤキル。その南西部、グアス川へ繋がる入り江と港湾道路に挟まれた倉庫地区へ運ばれる荷物には、伝票がなかった。


 夜間に裏門から入った冷蔵車は、倉庫の中まで下がって停まり、荷台を奥へ向ける。待っていた男たちは無言で黒い袋を降ろし、床に垂れた水をモップで拭いた。


 袋は七つあった。


 運搬役のマルコは、最後の一つを持ち上げた時、中で何かがずれたのを腕に感じた。人を運んでいる実感は、重さよりも、こういう遅れて動く感触に出る。


「奥まで持っていくのか」


「いつもの場所が空いているならな」


 先頭の男は短く答え、倉庫奥の鉄扉を開けた。


 その先にあったのは、警察にも行政にも申告されていないダンジョンだった。


 壁は暗い灰色で、入口からしばらくは舗装路に似た平らな石床が続いている。何度も荷物を運び込んだため、道順を示す黄色い塗料や、台車の車輪が削った跡まで残っていた。


 最初にここを使った者は、敵対組織の男を一人だけ置いて帰った。


 三日後、遺体は消えていた。


 監視映像には、誰かが触れた形跡も、モンスターが近づく姿もなかった。横たわっていた身体は、ダンジョン内で倒したモンスターと同じように、輪郭の端から細かな粒へ崩れ、床へ落ちる前に薄れていった。衣服や靴も遅れて形を失い、最後には金属製の留め具と歯科金属だけが残った。


 組織はそれを危険だとは考えなかった。


 燃やす必要がなく、海へ運ぶ必要もない。酸や大型設備を用意せずとも、入れて待てば消える。捜査機関が入口を知らない限り、遺体が発見される可能性もなかった。


 それから半年ほど、倉庫には定期的に冷蔵車が来ていた。


 抗争相手だけではない。金を持ち逃げした者、余計なことを話した運転手、誘拐後に身代金が支払われなかった人間もいた。処理した人数を正確に把握している者はいない。


 入口を管理する者たちにとっても、変わったことは起きなかった。


 一層で出るモンスターは、銃を撃ち込めば倒せた。弾を数発受けても動き続ける個体はいたが、入口近くで相手をする限り、人数と火力で押し切れる。


 内部へ遺体を置いても、モンスターが寄ってくることはなかった。身体は倒されたモンスターと同じように端から崩れ、時間をかけて消える。その繰り返しを見てきた者にとって、このダンジョンは危険な場所である前に、痕跡を残さない設備だった。


「早いな」


 台車の後ろを歩いていた男が言った。


 最初の袋は、すでに輪郭が崩れ始めていた。


 以前なら、変化が始まるまで一時間以上かかった。今夜は置いてから十分も経っていない。黒い袋の表面が灰色に褪せ、乾いた砂を崩すように細かな粒となって消えていく。その下にあるはずの身体も、袋に遅れて形を失っていた。


「手間が省ける」


 先頭の男は気にせず、次の袋を横へ並べた。


 マルコだけが、崩れていく袋を見ていた。


 モンスターの死体が消えるところは何度も見た。だが、あれは倒した後に起きることだった。置いただけの人間が、しかも以前よりずっと早く同じ消え方をする理由までは、考えたことがない。


「今日はここで終わりにしないか」


「何を怖がってる」


「前と違う」


「早く消える分には困らないだろ」


 その言い方で話は終わった。


 組織の中で遺体の処理を任される者に、仕事の方法を選ぶ権利はない。マルコは口を閉じ、空になった台車を倉庫へ向けた。


 二つ目の袋を取りに行く途中、通路の奥で音がした。


 何かが石を引っかく音だった。


 見張りの二人が銃を構え、ライトを向ける。白っぽい四足の個体が、曲がり角から姿を見せた。犬ほどの大きさで、頭部には目らしい器官がなく、前脚だけが不自然に長い。


「またか」


 見張りの一人が撃った。


 胸へ二発、前脚へ一発。個体は倒れたが、数秒後には上半身を起こした。追加の銃弾を受けてようやく動きを止めると、身体の端から灰のように崩れ始めた。


 珍しいことではない。


 ただ、その後ろから同じ個体が三体出てきた。


 見張りが銃撃を続け、マルコたちは台車を捨てて入口側へ下がる。三体を倒し終える前に、通路の奥で別の足音が重なった。


「倉庫へ戻れ」


 先頭の男が無線へ手を伸ばした。


「入口前に集めろ。弾を持ってこい」


 返事はなかった。


 代わりに、倉庫側から銃声が聞こえた。


 マルコが振り返ると、入口の向こうで人影が倒れた。鉄扉の脇に置かれていた机が横倒しになり、その上を灰色の小型個体が跳び越えていく。


 それがどこから来たのか、一瞬分からなかった。


 ダンジョンの入口から出たモンスターは、彼らの横を通り過ぎたのではない。別の個体が、すでに入口付近まで押し寄せていた。


 倉庫内で銃声が連続する。


 入口へ近づいた男が、胸を押さえて倒れた。彼に飛びついていた個体は、倒れた身体へ口をつけることもなく、動かなくなった男を踏み越え、開いた裏門へ向かった。


「閉めろ!」


 誰に向けた命令か分からなかった。


 裏門の近くにいた男は、外から逃げ込んできた仲間を見て閉める手を止めた。その隙間へ、四足の個体が身体を滑り込ませる。


 門が途中で引っかかり、閉じなくなった。


 次に出てきたのは、腰ほどの高さがある黒い甲殻型だった。六本の脚で床を叩き、駐車中の車両へぶつかる。車体が横へずれ、別の車との間にいた男が挟まれた。


 銃弾は甲殻を欠けさせたが、動きを止めなかった。


 数人が同じ個体へ撃ち続ける間にも、小型の四足型が開いた門から外へ走り出す。倉庫前の道路を横切り、向かいの空き地へ入ると、港湾道路とは反対側に広がる住宅街へ消えた。


 マルコは冷蔵車へ乗り込んだ。


 エンジンをかけた時、荷台にまだ六つの袋が残っていることを思い出した。だが、降ろしに戻る気にはならなかった。


 倉庫から道路へ出ようとして、前方の車が急停止する。


 運転席から逃げ出した男の背中へ、天井近くを這っていた細長い個体が落ちた。男は一度だけ大きく腕を振り、路上へ倒れた。後続車は空いた脇を抜けようと歩道へ乗り上げ、そのままコンクリート塀へ衝突した。


 マルコは車を捨て、助手席側から路地へ走った。倉庫から離れれば助かると思っていた。


 港へ向かう幹線道路は車で詰まり始めている。反対側の住宅街へ入れば、細い路地を抜けて北側の大通りへ出られるはずだった。


 周囲の住民も、夜の銃声には慣れている。警察が来る前に裏道へ抜ければ、いつもの抗争と同じように身を隠せる。そう考えて路地へ入ったところで、民家の門が開き、幼い女の子を抱えた女が顔を出した。


「何があったの?」


「家に入れ!」


 マルコが怒鳴ると、女は反射的に門を閉めようとした。


 その足元を、灰色の個体がすり抜けた。


 女の腕から子どもが落ち、路上へ転がる。門扉が何度も開閉し、内側から女の叫び声と、家具が倒れる音が続いた。


 マルコは拳銃を抜いたが、門の隙間には女の脚と子どもの服が重なっていた。


 撃てなかった。


 隣家の窓が開き、男が外を覗く。路地を走ってきた別の個体が塀へ跳びつき、窓枠まで一息に上がった。


 家の中から数人分の声が上がり、すぐに銃声が混じった。


 どの家にも、逃げる準備などなかった。


 眠っていた者は靴を履かずに外へ出て、銃声を避けようと細い路地へ集まった。車を出そうとした家は門の前で詰まり、後ろから来た車が追突する。何が襲っているのか分からないまま、住民は明るい大通りを目指した。


 その流れへ、小型のモンスターが入り込んだ。


 転んだ者を助けようと足を止めた人間から襲われた。塀を越えられない老人が門前に取り残され、抱き上げようとした家族ごと倒された。


 路地の途中で乗用車が横向きに止まり、避難する人々の進路を塞ぐ。後ろから押された者が車体へ張りつき、子どもが人の脚の間へ沈んだ。


 誰かが発砲した。


 弾はモンスターに当たらず、向かいの家の窓を割った。窓際にいた住民が倒れたことで、さらに銃声が増えた。


 モンスターを撃っている者と、敵対組織の襲撃だと思って撃ち返す者が、同じ通りにいた。


 マルコは壁際へ身体を寄せた。


 足元には、片方だけの子ども用サンダルが落ちていた。薄い青色で、甲の部分に白い花がついている。


 さっき門の前にいた子どもの物かは分からなかった。


 倉庫の方角から聞こえる銃声は減っていた。


 代わりに、住宅街のあちこちで、短い銃声と叫び声が上がるようになっていた。一か所で続かず、少し離れた家、さらに先の路地、その奥の通りへと散っていく。


 入口から出た小型個体が、街へ広がっていた。


 マルコは組織の倉庫に何人分を運んだか知らない。


 自分が運んだ回数なら、おおよそ覚えていた。だが、一台に何人積まれていたか、別の班が何度来ていたか、消えたものがどこへ行ったかは考えたこともなかった。


 遠くからサイレンが近づいてくる。


 路地の先で、人々がそれを聞いて走る方向を変えた。助けが来たと思ったのだろう。その先の交差点には黒い甲殻型が一体伏せていたが、動かない身体を避ければ通れると思った最初の男が、その横へ踏み込んだ。


 甲殻の下から伸びた脚が、男の足首を挟んだ。


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