第288話 持ち帰るまでが討伐
岩影鳥の身体から完全に力が抜けたのを確認してから、六人はようやく大型弩を下ろした。
俺も戦斧を肩から外し、地面へ刃を寝かせる。戦っている間は大きさを意識する暇がなかったが、倒れた岩影鳥は窪地のかなりの範囲を塞いでいた。折れた片翼だけでも、小型車を数台並べたほどの幅がある。
これを鶏と呼び続けるのは、そろそろ無理があるかもしれない。
首の傷口へ近づくと、寄生体が胸の奥でわずかに動いた。どこにあるかは、探すまでもなく分かる。
「少し中を見てもいいですか」
隊長が死体から周囲へ一度視線を回した。
「何を探します」
「核です。これだけ貰えれば、他はいりません」
答えた途端、六人の空気がわずかに止まった。
誰かが警戒して武器へ手を掛けたわけではない。ただ、隊長だけでなく、大型弩を包み直していた隊員までこちらを見た。
あ。
これ、知らないやつか。
部隊なら当然把握していると思って、普通に聞いてしまった。知らないなら、解体に紛れてこっそり抜いた方が話は早かったかもしれない。
今さら「何でもありません」で済ませる方がまずい。
俺は顔に出さないようにしながら、首の傷へ山刀を入れた。
「取り出す前から記録を」
隊長の声で、カメラを持った隊員が動く。
「了解。傷口と手元を入れます」
やはり反応が早い。
俺は戦斧で開いた傷を山刀で広げ、焼けた肉と砕けた骨の間へ腕を入れた。岩影鳥の首は太く、外から見た以上に奥行きがある。指先へ硬いものが触れるまで探り、周囲の筋を切り離して引き出した。
掌より少し大きな、黒灰色の塊だった。
丸く整っているわけではない。岩の欠片に似た歪な形で、表面には細い筋が何本も走っている。血に濡れているのに、光をほとんど返さなかった。
「これです」
当たり前の物を見せる顔で差し出す。
六人の視線が集まった。
「……それが核ですか」
「はい」
隊長の聞き方で、知らなかったことがほぼ確定した。
変に説明を足せば、余計なところまで掘られる。俺は核を手に持ったまま、相手の次の言葉を待った。
「魔石とは違うのですか」
「俺は別で呼んでますね」
「違いは?」
「そこまでは調べてません」
嘘ではない。
核と魔石を、違うものとして呼んでいる。ネットで見た「核」という単語も、魔石という呼び方が定着する前の混同だったのかもしれない。寄生体が欲しがるものを核、外へ持ち出されて売買されているものを魔石と、いつの間にか分けていたが、何が違うのかと聞かれれば説明できなかった。見た目か、取り出される場所か、それとも寄生体が反応するかどうかなのか。考えてみれば、一度も比べたことがない。
隊長は核を見たあと、記録担当へ目を向けた。
「位置と形状を残せ」
「一度、元の位置へ寄せてもらえますか。傷口と一緒に撮ります」
「ここでいいですか」
「もう少し右です。はい、そこで。次に尺度を置きますので動かさないでください」
山刀を横へ並べ、大きさの分かる角度から数枚撮る。続けて動画を回しながら核の周囲を一周し、取り出した位置と深さを俺に確認した。
「表面も撮ります。裏返してください」
「これが表か分かりませんけど」
「区別できれば呼び方は何でも構いません。今の面を甲、反対を乙にします」
妙に事務的だった。
「触れても?」
「大丈夫ですよ」
今度は迷わず答える。
自分は素手で持っているし、これまで核そのものに触れて何か起きたこともない。少なくとも、触っただけで危険な物ではない。
記録担当は手袋越しに表面へ触れ、硬さを確かめる程度に指を押し当てた。削ったり傷つけたりはせず、すぐに手を離す。
「少なくとも、班で回収した魔石には似ていません。形状、色、表面構造、全部違います」
「断定はするな」
「記録上は『既知資料との現場比較で一致せず』にします」
「それでいい」
そのやり取りを聞きながら、俺は核を拾い上げた。
やはり、余計な話を持ち込むのはやめておこう。
村瀬へ聞けば、詳しく調べる話になる。どこで同じ物を見たのか、以前にも回収したことがあるのか、何に使うのか。答えたところで終わる質問でもなさそうだった。
今回の記録が上へ回ることまでは止められない。それは仕方がないとして、自分から面倒事を増やす必要はない。
「戸張さんの回収品として記録します。異論は?」
隊長の確認に、六人から返事が重なる。
「なし」
「ありません」
「問題なし」
記録担当だけはカメラを下ろさずに言った。
「回収袋へ入れるところまで撮ります」
「厳重ですね」
「後から別の物と入れ替わったと言われる方が面倒です」
それはよく分かる。
「では、討伐貢献分として戸張さんの回収を認めます」
「ありがとうございます」
核を袋へ入れると、寄生体から伝わる欲求が少し強くなった。
今ここで吸収させる気はない。六人の前で何が起きるか分からないものを体内へ取り込むほど、俺も不用心ではなかった。
残る問題は、岩影鳥そのものだった。
羽毛、嘴、爪、骨、腱。どれも素材として価値がありそうに見える。肉も持ち帰れば、研究対象にはなるだろう。
ただし、小人はいない。
暗渠なら、俺が拠点へ運び込むだけで解体が始まる。どの部位を残し、どこを道具へ回し、何を保存するかは小人たちが勝手に決めてくれる。
今回は、そうはいかなかった。
持ち帰っても俺には加工できない。家へ置ける大きさでもなく、管理側へ渡すなら、最初から部隊へ任せた方が早い。
「他の素材はどうしますか」
記録担当が聞くと、盾持ちが先に岩影鳥を見上げた。
「全部と言われると、帰りが遠足では済まなくなりますね」
「俺はいらないです。今ここで荷物を増やしたくないので」
「爪も?」
「加工できる人もいませんし、持って帰っても困ります」
隊長は短く頷いた。
「素材は我々が回収する。評価後、戸張さんの取り分を別途精算します」
「それでお願いします」
即答すると、盾持ちがこちらを見る。
「迷いませんね」
「持たなくていいなら、その方が助かります」
「正直で何よりです」
金額より、運ばなくて済むことの方がありがたい。支払いが後日になるなら、重い爪や羽根を抱えて五層まで戻る必要もない。
話がまとまり、部隊は解体の準備へ入った。
「周囲警戒、二名。弩は収納。刃物を出せ」
隊長の指示に六人が動く。
「撮影、どこまで要ります」
「最初の切断位置と各部位。途中経過は必要な箇所だけでいい」
「重量は現場推定ですか」
「運べる単位に分けてから測れ」
「了解」
大型弩を包み直す者、刃物を確認する者、周囲の警戒へ戻る者。それぞれが動き始めたところで、隊長が岩影鳥の脚元へ立った。
太腿だけで、人間の胴回りを何倍にもした太さがある。爪は一本ずつでも長槍に近く、翼は広げ切れば一度に運べる大きさではなかった。
俺も横へ並び、改めて死体を見上げる。
「さて、問題は……」
「どうやって運ぶかですね」
盾持ちが爪を靴先で軽く叩いた。
「運搬具に合わせて獲物が縮んでくれる予定はありませんか」
「ありませんね」
「残念です」
隊長は冗談へ加わらず、岩影鳥の頭から脚までを見渡した。
「一度で運ぶのは不可能だ。重要部位を優先し、残りは往復する」
六人は対大型用の装備を持ち込んでいる。解体用の刃物、固定用の縄、簡易な担架もある。だが、七、八メートルある鳥を一度で持ち帰る道具までは用意していない。
倒すための準備は足りていた。
運ぶ準備が足りない。
「核は戸張さんが携行。第一便は頭部、爪、翼の付け根、脚の腱。肉と内臓は試料を優先する」
「羽毛は?」
「状態の良いものを束で。全量回収は諦める」
「嘴は丸ごと外しますか」
解体用の刃物を持った隊員が、嘴の付け根を指で示した。
「切れるか?」
「切ります。時間はかかります」
「なら任せる」
当然の判断だった。
解体は首から始まった。俺が戦斧で大きな骨を割り、部隊が刃物で肉と腱を分ける。黒灰色の羽毛は見た目どおり硬く、普通の刃では滑るが、小人製の槍先や装備に使われている刃なら通った。
「三センチ下です。そこなら骨の継ぎ目に入ります」
解体を担当する隊員の指示に従って戦斧を振り下ろすと、刃が先ほどより深く入った。
「よく分かりますね」
「先ほど三回殴った場所を見れば、大体は」
戦闘中の俺まで観察対象だったらしい。
嘴を外すだけでも、かなりの時間がかかった。翼は付け根から切り離したあと、さらに三つへ分割する。脚も爪、腱、骨へ分けなければ、人が担げる重さにならない。
「羽毛、そちらへ重ねないでください。血液試料と混ざります」
「細かいな」
「混ぜた人の名前も記録しますよ」
「分けます」
記録担当の一言で、羽毛を運んでいた盾持ちが素直に向きを変えた。
俺も途中から戦斧を解体道具として使い続けた。鶏を捌くと言った手前、解体へ参加しないわけにもいかない。
最初の荷は、嘴の一部、爪二本、翼の付け根、羽毛の束、肉と内臓の試料になった。それだけで、六人の携行余力はほとんど埋まる。
俺も脚の骨を一本担ぐことになった。
「核だけでいいって言いましたよね」
盾持ちが縄の締まりを確かめながら答える。
「回収を手伝わないとは聞いていません」
「そうですね」
「討伐貢献分の精算には、運搬協力費も入れてもらいましょう」
記録担当がすぐに顔を上げた。
「入れません。今の発言も記録外です」
「冗談ですよ」
「後から言うのはずるいですね」
言い返せないのか、盾持ちはそのまま荷を担いだ。
五層側へ運び、保管場所へ置いてから六層へ引き返す。次は残った翼と脚、さらに骨と皮。最後に研究用の肉と、状態の良い羽毛を可能な限りまとめた。
岩影鳥を倒すより、往復の方が長かった。
窪地へ三度目に戻った頃には、戦闘で感じた疲労より、骨を担いで歩いた肩の重さの方が気になっていた。六人も黙々と作業しているが、最初のような張り詰めた空気はない。
「次回、運搬用の橇を申請します」
槍持ちの一人が、切り分けた翼を縄でまとめながら言った。
「地形を選ぶ」
「担ぐよりはましです」
「浮遊岩の間を通せる幅で設計案を出せ」
「帰還後にまとめます」
隊長の返答は、次回も大型を倒す前提だった。
最後の荷を縛り終え、俺は小さくなった岩影鳥の残骸を見る。
「簡単に捌けると思ったんですけどね」
「捌くところまでは終わっています」
記録担当が残骸を撮りながら答えた。
「持ち帰るまでが長いんですよ」
盾持ちが縄を肩へ掛ける。
「次回は運搬班も必要ですね」
「二十人必要って、戦う人数だけじゃなかったんじゃないですか」
隊長は一拍置き、荷の数を見た。
「否定はしません」
俺は脚の骨を担ぎ直した。
七人なら、岩影鳥を倒すのは簡単だった。
その後については、話が別だった。




