第287話 鶏狩り
鳴き声の方向へ進むほど、草原に残された跡が増えていった。
三本指の足跡は一定の間隔で続いているが、歩幅は俺の身長より長い。途中には地面を蹴り砕いたような窪みがあり、その先だけ足跡が途切れていた。浮遊岩へ跳び移ったのだろう。
六人は足跡を追いながら、時折立ち止まって頭上を確認している。俺も浮遊岩の縁や垂れ下がった根へ目を向けた。あの大きさで岩の裏に張りつけるとは思わないが、飛べないから見える場所にいるとも限らない。
先頭を歩いていた男が片手を上げた。
丘の向こう側から、風に乗って羽根が舞い上がる。昨日見つけたものより小さいが、それでも腕ほどの長さがあった。
「この先です」
声を落としたまま、六人が装備を組み替え始めた。
二人が背負っていた長い包みを下ろす。中から出てきたのは、弓と呼ぶには太すぎる金属と骨の塊だった。横へ張り出した弓部分だけで人の肩幅を越えている。銃床に近い部分も、肩へ当てて構えるというより、身体ごと抱え込むための形に見えた。
あれを立ったまま撃つつもりらしい。
別の二人は、背中に固定していた槍を外した。長さは二メートルを少し超える程度で、巨大生物へ使う武器として見れば短く、穂先も俺の戦斧よりずっと小さい。ただ、柄から穂先まで継ぎ目らしいものがなく、先端だけが細く鋭く絞られている。
小人が作った槍だ。
俺へ渡されたものとは用途が違うが、素材の重ね方と、力を逃がすために表面へ刻まれた浅い筋はよく似ていた。
槍を持った二人が、それぞれ大型弩の脇へつく。残った二人は盾と長槍を持ち、左右へ離れた。
「対大型用ですか」
「その想定です」
「固定しないんですね」
「間に合わない可能性がありますので」
答えた隊員は大型弩の後端を腰の横へ当て、片足を大きく後ろへ引いた。普通の身体なら、撃つ前に構えただけで肩か腰を痛めそうだが、強化されているのは俺だけではない。
「戸張さんには、正面をお願いします」
「分かりました。嫌がったところを追えばいいですか」
「こちらが合わせます」
昨日までなら、少し大きく出すぎではと思ったかもしれない。今は、たぶん本当に合わせてくる。
丘を越えた先には、浮遊岩に囲まれた窪地が広がっていた。
中央の草が広く押し潰され、その中に一羽の鳥が伏せている。黒灰色の羽毛は一枚ごとの縁が硬く盛り上がり、遠目には羽根より岩片を重ねたように見えた。太い二本脚は身体の下へ折り込まれ、鳥型の頭部から伸びる嘴も、先端が欠けた岩のように鈍く黒い。
鶏に似ている、という説明そのものは間違っていなかった。
大きさについて黙っていたことを除けば、だが。
伏せているせいで正確には分からないが、立てば体高は七、八メートルほどになるだろう。初めて見た森砕きには届かない。それでも、後から現れた森砕きと比べるなら、脅威としては近いものがありそうだった。
鳥が頭を持ち上げた。
岩の隙間を思わせる細い眼が、丘の上に並んだ俺たちを捉える。嘴が開くと、耳で聞くより先に空気が腹へぶつかった。
六人は動かない。俺も戦斧を肩から下ろした。
「ちょっと変わった鶏ですね」
「その呼び方を続けるんですか」
「分かりやすいので」
岩影鳥が立ち上がると、太い脚が草を押し分け、爪が地面へ深く食い込んだ。岩状の羽毛に覆われた翼を半ばまで開いただけで、窪地へ大きな影が落ちる。
首が沈んだ。
「来ます」
俺が丘を駆け下りるのと、岩影鳥が地面を蹴るのはほとんど同時だった。
巨体が跳ね上がり、開いた翼が風を叩く。飛ぶというより、脚力による跳躍へ滑空を足した動きだ。数十メートルあった距離が一息で消え、正面から嘴が突き込まれる。
横へ外れながら、戦斧の槌頭を首へ叩きつけた。
岩を殴ったような手応えが腕へ返る。骨へ届いた感触はあったが、首を折るには足りない。横へ振れた頭の勢いを引き継ぎ、翼が俺を薙ぎ払おうと迫った。
足元へ風を集めて地面を蹴る。翼の先が防具を掠め、押された身体を立て直したところへ、今度は太い脚が降ってきた。
雷で止めるかと考えた時、槍が俺の頭上を通り過ぎた。
狙いは岩影鳥の右目だった。
鳥は反射的に頭を逸らし、槍は眼球を外れて嘴の付け根へ突き刺さった。巨体から見れば針ほどの大きさしかない。それでも急所の近くへ撃ち込まれれば、無視はできないらしい。踏み下ろされるはずだった脚が止まり、嘴が槍を振り払おうと左右へ動く。
俺はその隙に懐へ入り、戦斧の刃を脚の内側へ叩き込んだ。
岩状の羽毛の下で肉が裂け、岩影鳥の身体が傾く。倒れるまではいかず、逆の脚で地面を蹴って距離を取ると、片翼を大きく開いて浮遊岩へ跳び上がろうとした。
二本目の槍が、踏み切りに使った左脚の後ろ側へ突き刺さる。
跳躍の軸を崩された巨体は浮遊岩へ届かず、その側面へ肩からぶつかった。石片と黒灰色の羽根が降り注ぐ中、一射目を放った隊員は既に大型弩を下ろし、隣の槍持ちが次弾を載せて弦を引き直している。
もう一組も同じだった。
撃った反動で足元の土が抉れているのに、射手は倒れない。後ろへ滑った分だけ足を戻し、次の射線を探していた。装置に身体を使わされている様子はなく、身体強化を前提に、最初から人間が持って撃つために作られている。
岩影鳥が怒鳴るように鳴き、浮遊岩から飛び降りた。
今度の狙いは俺ではなく、大型弩を持つ二人だった。何が自分の動きを邪魔しているのか、もう理解したらしい。
左右へ離れていた二人が、その進路へ割り込む。
盾で受け止められる大きさではない。片方は長槍を鳥の顔へ向け、もう片方は走りながら盾の縁を武器で叩いた。甲高い音に鳥の視線が逸れても、大型弩の射手は逃げず、射線を外すために数歩だけ位置を変える。隣では槍持ちが装填を続けていた。
俺は鳥の横へ回った。
風を使わず追いつけなければ、射手へ届かれる。背中を押すように空気を動かして加速すると、身体の芯へ薄い疲労が広がった。背骨杖を使っていた時より負担が直接分かるが、動きを鈍らせるほどではない。
鳥の前へ出て、振り下ろされた嘴を戦斧の柄で受け流した。衝撃で足が地面へ沈み、痺れた腕へ力を込め直して押し返す。
頭が上がったところへ槌頭を下から叩き込むと、嘴の一部が欠け、大きな破片が回転しながら草原へ突き刺さった。
岩影鳥は首を振って翼を広げた。至近距離で風を受けた身体が数歩押された直後、その背後から三射目が飛び、開いた翼の内側を抜けて付け根へ深く刺さる。
力を失った片翼が落ち、岩影鳥は悲鳴に近い声を上げた。
胴体に比べれば、刺さった槍は小さい。傷口から流れる血も、巨体の表面に細い筋を作る程度だった。だが、滑空に使う翼の根元を狙われては、身体の大きさだけで耐えることはできない。
鳥が槍を抜こうと嘴を向けたところへ、俺は横から踏み込んだ。
戦斧を振り上げると、鳥は傷ついた翼で庇おうとした。さっきまで俺だけを見ていた相手が、飛んでくる槍と目の前の戦斧を同時に警戒している。その迷いで遅れた翼へ刃を入れ、柄を引いて同じ場所へもう一度叩き込むと、骨が砕けて翼が地面へ落ちた。
横から脚が迫る。
避けようとした先には盾持ちが立っていたが、俺の進路を塞いでいるわけではない。岩影鳥がそちらへ踏み込めば、別方向の射手から喉が見える位置を選んでいる。
俺が反対側へ抜けると、鳥の身体が盾持ちを追うように回り、羽毛の薄い喉元が露出した。
四射目が首の付け根へ突き刺さり、岩影鳥の身体が大きく揺れる。
俺は両手で戦斧を握り直し、槍が作った傷へ刃を振り下ろした。一撃目は浅く、刃を引き抜いて同じ場所を狙う。二度目で血が噴き出し、三度目には首の骨へ硬い衝撃が届いた。
暴れた翼と脚が地面を叩き、土と羽根が巻き上がる。俺は傷口へ戦斧を押し込んだまま、その内側へ火を送り込んだ。
急に身体が重くなり、呼吸が一つ深くなる。
大きく燃え上がらせる必要はない。外から守られている部分を傷口の内側だけ焼けばいい。岩影鳥の抵抗が鈍ったところで、首を引き抜こうとする動きに合わせて戦斧を横へ捻る。
骨が割れ、巨大な頭が地面へ落ちた。
嘴は数度開閉し、身体もしばらく脚をばたつかせていたが、やがて翼まで動かなくなった。戦斧を抜いて二歩下がると、先ほどより呼吸が荒くなっているのが分かる。
風を使って距離を詰め、最後に火を通した。雷まで使わずに済んだのは大きい。今すぐ動けなくなるほどではないが、このまま続けて大型と戦うなら、同じ使い方は避けた方がよさそうだった。
六人は勝った空気を出さなかった。
大型弩を構えた二人は次弾を残したまま死体を警戒し、盾と槍を持つ二人は周囲を見ている。槍持ちは射出済みの本数を確認し、刺さった場所を一つずつ指で示した。
俺が近づいても、隊列が解けたのは鳥の死亡を確認してからだった。
「お疲れさまでした」
「戸張さんも」
嘴の付け根へ刺さった槍を見る。
眼そのものには当たっていない。だが、最初の一射がなければ、あの脚を受けるか、雷で止める必要があっただろう。
脚の腱、翼の付け根、首。巨体に対してはどれも小さな傷だが、狙う場所が違えば相手の動きまで変わる。
「これ、俺がいなくても倒すつもりでした?」
隊長らしい男は、岩影鳥と残った槍を見比べてから答えた。
「撤退を優先します。ただ、逃げられない場合に戦う準備はしていました」
「勝てそうですね」
「損耗なしでは難しいでしょうね。少なくとも二十人はいないと厳しいかと」
勝てない相手として見ていたわけではない。
時間をかけ、役割を分け、使える装備を作り、倒せる形へ近づけてきたのだろう。
俺は岩影鳥の死体を見上げた。
初めて森砕きと戦った時は、個体たちを集めても足りないと思った。罠を作り、動きを止め、何度も傷を重ねて、ようやく倒した。
この六人も、考え方は似ている。俺ほど速く動けなくても、俺ほど重い武器を振れなくても、大型が相手なら大型用の手順を持ってくる。
「やっぱり、本職はすごいですね」
「またそれですか」
盾持ちが困ったように言った。
「だって、あれを立って撃つとは思わないでしょう」
「こちらも、あれと正面から殴り合うとは思っていませんでした」
俺は戦斧を肩へ担いだ。




