第284話 攻略RTA
水門ダンジョンの入口前で、俺は見覚えのある装備を着けた六人と向かい合った。
以前、国側へ渡した素材を使い、本人たちに合わせて調整された装備だ。一部は、そのまま小人製の物を使用してもいる。
六人のうち先頭にいた男が、軽く頭を下げた。
「お待ちしていました」
「どうも」
名前も所属も聞いていない。たぶん、向こうも俺に名乗る必要はないと判断している。
警備担当者から簡単な確認を受けたあと、入口の奥へ進む。通路の先には、以前見たものと同じ淡い青色の円が床へ刻まれていた。
早速目的地へ向かうべく、光る円へ足を乗せたのだが……何も起きなかった。
青い光はしっかり床にある。消えてはいない。ただ、足元から浮かび上がる感覚も、身体が引かれる感覚もなかった。
一度降りてから中央を確かめ、もう一度乗ってみたが、結果は変わらない。
後ろで誰かが小さく息を吸った。
「戸張さん」
国側の職員が、困ったように声をかけてくる。
「使用できないようです」
「見れば分かります」
「これまで、別のダンジョンでは使えていたんですよね?」
「使えてました」
六人の間に、わずかな空気の変化があった。言葉にはしないが、たぶん同じことを考えている。
本当に六層まで行ったことがあるのか、と。
疑われるのは仕方ない。俺自身、何で使えないのか分からなかった。
今までの検証では、五層へ到達していない寄生ゴブリンもワープできた。俺と一緒に攻略したかどうかは関係なく、一度も五層まで来ていない個体でも問題なく移動している。
攻略歴や倒したボスの数、個体ごとの到達記録が条件ではない?
そこまで考え、自分と寄生ゴブリンに共通するものを探してみると、一つだけ思い当たった。
寄生体か。
原因は、俺たちではなく寄生体の方なのかもしれない。
ただ、今ここで確かめる方法はない。暗渠側では俺も寄生ゴブリンも既に使えているし、水門側で別の寄生個体を五層から戻して試すには、結局そこまで行く必要がある。
こいつが原因っぽい。
今のところは、その程度の仮説に留めるしかなかった。
「原因は分かりますか?」
「分かりません」
正直に答えると、職員はさらに困った顔をした。
「では、どうされますか?」
俺は肩を回し、首を左右へ倒した。車に乗っていただけなので、身体が固まっているわけではない。
「じゃあ、準備運動がてら攻略してきます」
「……一層からですか?」
「そうなりますね」
六人のうち一人が、わずかに顔を動かした。制止するべきか、確認するべきか迷ったらしい。
「あちらでお待たせするのも申し訳ないので、ここでゆっくりお待ち下さい」
「戸張さん、待ってください。攻略経路と――いや、歩くのはっや」
こんな所で待つわけにはいかない。まだ見ぬ景色が俺を待っているのだ。あえて聞こえぬふりをして入口へ向かう。
一層の湿った空気は、以前と変わっていなかった。
壁沿いに設置された照明と、要所ごとの監視カメラ。国側の管理が進み、初めて来た頃よりずっと歩きやすくなっている。
能力を隠す必要があるな。白い糸を広げるところを撮られるのは避けたい。身体能力については既にある程度知られているので問題ないが、寄生体そのものまで見せるつもりはない。
最初の分岐を曲がり、監視カメラの向きを確認する。通路の端に置かれた機材箱の影へ足を寄せると、壁際の隙間から動いた白いものが、細い糸を数本だけ靴の側面へ触れさせた。
警戒と安堵が混じった感覚が返り、その揺れが近くにいる群体へ伝わっていく。水門に残ったものと、まともに繋がるのは久しぶりだった。
白い糸を服の内側へ入れ、体内の寄生体と重ねる。散らばっていた反応が寄生体を通じて一つにつながり、一層の通路沿いから二層の乾いた区画、その奥の水場へ続いているのが分かった。さらに先にも反応は点々と残り、最も遠いものは四層の半ば付近にいる。
景色が見えるわけではなく、正確な数や位置まで分かるわけでもない。それでも、群体が留まっている範囲と反応が途切れる場所を重ねれば、浅い層で突然囲まれる可能性はかなり低いと判断できた。
白い糸を服の下へ戻し、カメラの死角から出る。
今更、一層の敵は恐るるに足らない。
少し進んだところで、通路の先に半透明の塊が這い出してきた。
水門へ初めて入った頃なら、動きや身体の硬さを確かめながら近づいた相手だ。今では足を止める理由もなく、進路を塞ぐ小型スライムを山刀の腹で横へ弾き飛ばす。
壁へぶつかった半透明の身体が潰れ、床へ広がった。
別の一体が足元へ寄ってきたが、踏み込む位置をわずかに変えて避け、そのまま走り抜ける。追いつける速度でもないので、倒す必要すらなかった。
監視カメラに映る範囲では、白い糸も魔術も使わない。今の俺なら、それだけでも浅い階層を進むには困らない。
一層ボス部屋まで、ほとんど止まらずに着いた。
扉の向こうでは、床の広い範囲を覆う大型スライムが身体を膨らませていた。水分を多く含んだ半透明の巨体が波打ち、こちらへ押し寄せてくる。
以前なら、包まれない位置を探しながら、どこまで攻撃が通るか試しただろう。
今回は正面から踏み込み、振り下ろした山刀で巨体を床ごと断ち切った。切断された身体が左右へ崩れたため、動いている方へもう一度刃を通すと、波打っていた表面が急速に力を失っていく。
床へ広がった粘液が動かなくなり、その奥に二層へ続く道が開いた。
走りながら時間を確認すると、正確な記録を取るつもりはなかったのに、ここまで思ったより早い。
二層へ下りると、湿った一層とは空気が変わった。
乾いた石と古い殻のような匂い。壁には細い亀裂や浅い穴が残り、奥から、かさかさと細かな脚音が重なって聞こえてくる。
さすがに覚えている。
昔はこの音を聞いて引き返した。
今では群体の反応が先に動く。正面の穴から何かが出るより早く、壁際に潜んでいた白いものがわずかに警戒を返した。
直後、透明な羽を震わせた蚊型が通路へ飛び出してくる。
頭を下げるだけで口器が頭上を抜けた。すれ違いざまに山刀を振り、胴を切る。羽音を失った身体が背後の床へ落ちたが、確認するために足を止めるほどでもない。
その先では、赤黒い脚を密集させたムカデ型が壁を這っていた。
進路を塞いではいない。
無数の脚が石を叩く横を走り抜けると、頭部だけがこちらを追った。昔なら牙の先が濡れているだけで毒を考え、距離を取って石を探していた相手だ。
今も噛まれたいとは思わないが、わざわざ倒す理由もなかった。
細い横穴からゲジゲジ型が飛び出した時だけ、進路が重なった。
長い脚を広げて床を流れるように寄ってくる身体へ、山刀の腹を斜めに当てる。勢いのまま壁際へ飛ばすと、何本かの脚をばたつかせながら起き上がろうとしていた。
その頃には俺の方がもう次の角を曲がっている。
一匹ずつ石を投げていた時と比べると、同じ場所とは思えんな。
奥へ進むにつれて、乾いた脚音が減っていった。
代わりに床の窪みへ水が溜まり始め、壁の色も濃くなる。細い流れが通路脇を走り、やがて靴底が浅く水を跳ねるようになった。
二層の奥側だ。
前方で水面が大きく盛り上がり、カエル型が横から飛びかかってきた。
身体を沈めて下を抜ける。巨体が俺の後ろへ着地したところで、後脚へ山刀を振るうと、そのまま浅瀬へ転がった。
振り返りざまに首元へ刃を入れ、動きが止まったのを見て先へ進む。
さらに奥の水路では、山椒魚型らしい長い影が動いていた。三メートル近い身体が通路の向こうへ消えていく。
こちらへ寄ってくる反応もない。
追いかける方が遅くなる。
最短経路を選んで水場を抜ける途中、水門事案で見たイモリ型が壁際から跳んできた。
進行方向を変えるほどではなかった。すれ違いざまに山刀で胴を払い、勢いを失った身体が水の上を滑っていく。
以前、巨大カマドウマ型が確認された奥の区画にも大きな反応はなかった。国側の間引きが続いているのか、今日はそのまま階段まで通れるらしい。
三層へ入る頃には、ようやく身体が温まり始めていた。
ここから先は、俺自身が細部まで覚えている場所でもない。国側が進んだ経路と、白い群体が残している反応を重ねながら走る。
最初の分岐では、正面側に固まっていた反応が一斉に動いた。
そのまま行けばぶつかる。
手前の横道へ入り、少し遠回りして元の経路へ合流する。背後から追ってくる気配はあったが、速度を上げるとすぐに離れた。
別の通路では、頭上にいた群体から警戒が返った。
何かが落ちてくるより先に身体を横へずらす。
背後で重い音がした。
振り返れば相手の姿くらい確認できたかもしれないが、今日は生態調査へ来たわけじゃない。そのまま置いていく。
敵を見つけるたびに倒していたら、いつまで経っても六層へ着かない。
四層へ入ると、最深部にいる群体から返ってくる感覚がさらに近くなった。
通路脇に散っていた白いものも、壁や床の隙間を使いながら俺の移動へ合わせ始める。
角を一つ曲がる前に、前方の反応が左右へ割れた。
嫌な避け方だ。
俺も手前の脇道へ入る。
少し進んだところで、元の通路から硬いものがぶつかるような音が続けて響いた。何がいたのかは見ていないが、群体が揃って避けた相手へ正面から付き合う必要もない。
別の区画では、倒された敵の跡から小さな群体が姿を見せた。
俺の進行方向を外さない程度の距離でついてくるものもいる。カメラに映れば面倒なので、姿を隠したまま進路だけ合わせるよう意図を送った。
白いものはそれぞれ別の隙間へ潜ったが、寄生体を通じた反応は離れない。
やがて、五層へ続く階段が見えてきた。
ここまでボスに足止めされることもなかった。国側の間引きが効いているならありがたい。
ここから先は、少し事情が違う。
敵の強さなら問題ないが、罠は別だ。踏んだ瞬間に床が抜けるものや、一定時間後に壁が動くもの、通った者を分断する仕掛けまで、身体が強くなったからといって消えてはくれない。
階段の前で足を止め、呼吸を整えながら先を見た。
身体能力だけでどこまでゴリ押し出来るかだな。




