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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第277話 七人

 家へ戻る前に、俺は村瀬さんへ連絡を入れた。


 昼間に渡された名刺を撮影し、会社名と男の名前が読める状態で送る。続けて、相手が俺の供給している装備や素材について知っていたことや、正式な窓口を通さず取引を持ちかけてきたことも書いた。


『情報、漏れてたみたいなんですが……』


 送信したあと、少し考えてからもう一文を付け足す。


『まあ、関わる人が増えれば仕方ない部分もあると思いますけど、家族のことまで調べているようなので、そちらはお願いしますね。ただ、まだ家族へは極力話しかけない方向でお願いします』


 家族には、俺が会社を辞めて探索者になったことまでは話している。


 それでも、俺が実際にどの程度まで潜っているのか、国へ何を渡しているのか、海外から接触を受けるような立場になっていることまでは知らせていない。


 父や母を余計に不安にさせる必要はなかった。


 既読はすぐについたが、文章での返答は来なかった。代わりに、数十秒もしないうちに着信が入る。


「はい」


『戸張さん、今どちらですか』


 村瀬さんの声は、普段より明らかに硬かった。


「まだ外です。用事が残ってるので、帰るのは少し遅くなると思います」


『相手と別れてから、追跡されている様子はありませんか』


「今のところはないですね」


『接触場所を教えてください』


「駅前で声をかけられて、近くのホテルへ案内されました。所属も用途もはっきり言わないまま、国へ出している装備や素材を一部回してほしいと言われました」


『相手は、日本政府へ提供していることまで知っていたんですね』


「かなり具体的でした。どこまで知ってるのか分からなかったので、俺からは何も認めてませんけど」


『正しい対応です』


 電話の向こうで、複数の人間が動き始める気配がした。村瀬さんだけで話を聞いているわけではないらしく、遠くで短い指示や端末を操作する音が聞こえる。


『ご家族には、現時点でこちらから接触しません。戸張さんの意向どおり、普段の生活を乱さない形で警戒を強化します』


「お願いします」


『ご実家の周辺についても、通常の巡回や別件の警戒に見える形で人員を配置します。ご家族が異変に気づくような対応は避けます』


「それなら助かります」


『それと、今回の情報がどこから漏れたのか、必ず確認します』


 村瀬さんの声は静かだったが、単に再発防止を約束しているだけには聞こえなかった。


『戸張さんに関する情報は、通常の登録者より共有範囲を狭くしています。それでも、供給している物品やご家族に関する情報まで外国勢力へ渡ったのであれば、単なる事務上の不備では済ませません』


「そこまで怒らなくても」


『怒るべき事案です』


 即答だった。


『こちらが管理すると言いながら、協力者とそのご家族を危険へ晒したことになります。それだけではありません』


 村瀬さんは一度言葉を区切った。


『戸張さんとの協力関係は、現在の異常空間対策において極めて重要です。提供いただいている素材や装備、その評価に協力していただいていることも含め、簡単に代替できるものではありません』


 戸張個人の安全だけの問題ではないらしい。


『情報管理の不備によって戸張さんからの信頼を失えば、今後の協力そのものが止まる可能性があります。物資の供給が止まれば、研究、装備開発、現場配備のすべてに影響が出ます』


「別に、今回のことで急に止めるつもりはないですけど」


『戸張さんがそう判断してくださることを前提に、管理を疎かにするわけにはいきません』


 言い方は丁寧だったが、その奥にある危機感は強かった。


 国側から見れば、俺に関する情報を漏らした人間は、個人情報を外へ流しただけではない。今後得られるはずだった装備や素材、そこから作られる対異常空間戦力まで危険に晒したことになる。


『今回の閲覧記録、複製、持ち出し、外部通信について、関係部署をまたいで確認します』


「かなり広く調べるんですね」


『必要であれば、関係者の職務権限を一時的に停止します。情報へ触れた者の中に、職務上の必要性を説明できない人間がいれば、その時点で別の扱いになります』


 声の調子は変わっていない。それでも、漏らした人間を見つけたら絶対に逃がさないという気迫だけは十分に伝わってきた。


『戸張さん。こちらの管理不備でご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした』


「俺は大丈夫ですよ」


『戸張さんが対応できるかどうかと、こちらの責任は別です』


 何度か聞いた覚えのある返しだった。


『本日は、可能であれば早めに帰宅してください。ただし、ご自宅へまっすぐ戻ることに不安がある場合は、安全な場所をご案内します』


「用事が終わったら普通に帰ります。今のところ、誰かにつけられてる感じもないですし」


『分かりました。周辺警戒はこちらで行います。何か少しでも不審なことがあれば、すぐに連絡してください』


「はい」


 通話を終え、名刺を財布の中へしまった。


 情報が漏れていたこと自体は問題だが、今は家族の方が重要だった。


 俺一人なら、何か来てもどうにかなる。父や母に同じ対応を求めるわけにはいかない。


 国側が目立たない形で警戒してくれるなら、ひとまず任せるしかなかった。


          ◆


 予定より少し遅くなった。


 店を出た頃には日が完全に沈み、住宅街へ続く道は街灯だけに照らされていた。大通りから外れると人通りも少なく、時折、自転車や車が通り過ぎる程度だった。


 家までは、もう十分もかからない。


 昼間にあんな接触を受けたばかりなので、いつもより周囲へ意識を向けていた。それでも、今日のうちに何かしてくるとは思っていなかった。


 交渉役が報告を上げ、向こうで方針を決め、それから次の行動へ移るなら、少なくとも何日かはかかるはずだ。


 背後から車の音が近づいてきた。


 白いハイエースが速度を落とし、俺のすぐ近くで止まる。


 前後に別の車両はなく、道路脇には閉まった店と住宅が並んでいる。街灯はあるが、少し先は植え込みの影に沈んでいた。


 後部のスライドドアが勢いよく開いた。


 一人目が降り、続いて二人、三人と出てくる。運転席と助手席から降りた男も合わせると、全部で七人いた。


 何人かは鉄パイプや伸縮式の警棒を持っている。手ぶらに見える男も、上着の内側へ何かを隠していた。


 七人も同じ車に乗っていたなら、さぞ窮屈だっただろう。


 それにしても早い。


 昼に断った、その日の夜である。


「……そりゃ、住所も割れてるか」


 家族のことまで調べていると言ったのだから、俺の住所を知らないはずがない。


 男たちが俺を囲むように広がった。


「あぁ〜、そう」


 昼の男が、なぜ最後にあんなことを言ったのか理解できた。


「君たちの考えは、よく分かった」


 一番前にいた男が、鉄パイプを肩へ乗せた。


「大人しく来てもらえれば、痛い思いはしなくて済む」


「どこへ?」


「話をするだけだ」


「昼にも聞きましたよ、その話」


 男の表情が変わった。


 やはり、さっきの交渉と関係があるらしい。


「なら、余計な説明はいらないな」


「正式な窓口からなら考えるって伝えたはずですけど」


「お前は自分の立場を分かっていない」


 男が一歩前へ出る。


「少し珍しい物を持っているからといって、何でも自分の都合で決められると思うな」


 認識は昼の交渉役と変わらなかった。


 俺を多少深い層まで潜れる探索者だと思っている。強いという情報があったとしても、七人で囲み、武器を持てばどうにかできる程度だと判断したのだろう。


 わざわざ訂正する必要はない。


「一応聞きますけど、帰る気はあります?」


「まだ状況が分からないのか」


「分かってますよ」


 鉄パイプを持った男の肩が動いた。


 振りかぶる前兆だった。


 俺は距離を詰める。


 男が腕を上げ切るより早く手首を掴んで外へ捻ると、鉄パイプが地面へ落ちた。そのまま肘を押して体勢を崩し、足を払って横向きに倒す。


 同時に、服の内側から小さな群体を落とした。


 白い糸は地面へ触れると、小さな虫の形へまとまった。街灯の光を受ければ白さは目立つはずだが、男たちの注意は俺へ集中しており、足元を這う小さなものまで見ている者はいない。


 白い虫型は転倒した男の首元へ潜り込み、頬についた擦り傷を探し当てた。


「なっ――」


 隣の男が警棒を伸ばす。


 振り下ろされた腕を避け、胸元へ掌を当てた。押しただけのつもりだったが、男は数歩分後ろへ飛び、ハイエースの側面へ背中をぶつける。


 鈍い音がした。


 少し力を入れすぎた。


 男が前へ崩れたところへ、別の白い虫型が車体の下から這い寄る。男の唇の端には、車体へ顔をぶつけた際に切れた小さな傷ができていた。


「囲め!」


 誰かが叫ぶ。


 三人が同時に動いた。


 一人は正面から掴みかかり、もう一人は左から鉄パイプを振る。背後へ回ろうとした男は、上着から小型のスタンガンを取り出していた。


 俺は戦いながら、さらにいくつかの群体を地面へ散らした。


 白い虫型の群体はハイエースや人影の下を這って広がり、倒れた男たちの靴やズボンの裾へ取りついていく。戦っている人間が足元の小さな虫を気にしていられるはずもなく、誰もその存在には気づかなかった。


 正面の男の腕を掴み、身体の向きを変える。


 振られた鉄パイプが、その男の背中すれすれを通った。勢いのまま前へ出た相手の腹へ膝を入れ、呼吸が止まったところで地面へ伏せさせる。


 男の顔が路面へ近づいた瞬間、待っていた白い虫型が鼻孔へ入った。


 背後から放電音が聞こえた。


 振り返らずに一歩ずれる。


 スタンガンを持った手が脇を通過したので、手首を押さえ、そのまま背中側へ回した。肩が壊れないところで止め、足を払って座らせる。


 男が痛みに口を開いたところへ、襟元まで上がっていた群体が入り込んだ。


「動かない方がいいですよ」


 言った直後、横から鉄パイプが来た。


 腕で受ける。


 硬い音がして、鉄パイプの方が僅かに曲がった。


 殴った男が固まる。


「今ので分かりました?」


 曲がった鉄パイプを掴み、軽く引く。


 手を離さなかった男ごとこちらへ引き寄せられた。顎へ拳を当てる直前で止め、代わりに肩を押すと、その場で尻餅をついた。


 尻をついた男の靴には、すでに白い虫型が取りついていた。ズボンの内側を上がり、転倒時に擦った肘の傷へ入り込む。


 残っている二人のうち、一人は車へ戻ろうとし、もう一人は腰の後ろから折り畳み式のナイフを出していた。


 先にナイフを持った男との距離を詰める。


 踏み込んできた手首を掴み、指へ力を加えた。刃物が落ちたところで胸元を押し、地面へ倒す。


 男の頬が路面へ擦れた。


 車の下を通ってきた白い虫型が、その傷へ入り込む。


 車へ逃げようとした男は、運転席の扉へ手をかけていた。


 追いついて襟を掴み、そのまま後ろへ引く。男は足を滑らせ、道路へ転がった。


 俺は男を倒しながら、最後の白い虫型を上着の襟元へ落とした。群体は布地の内側へ潜り、転倒時に地面へぶつけた耳元の傷から侵入する。


 始まってから一分も経っていない。


 七人全員が道路か歩道へ倒れていた。意識を失っている者はいないが、立ち上がれる状態でもない。


 寄生が始まったばかりなので、すぐに身体を奪えるわけではない。


 ただ、侵入は終わっている。


 あと少し待てば、抵抗できなくなる。


 離れた場所で、車のドアが開く音がした。


 昼の連絡を受けて配置されていた警察が、こちらへ走ってくる。少し離れた交差点でも別の車両が動き、ハイエースの逃げ道を塞いでいた。


 対応は早かったが、男たちが襲いかかるまでの時間が短すぎた。


 倒れていた男の一人が、こちらに見られていないと思ったのか、ゆっくりとポケットへ手を伸ばす。


 スマホを操作しようとしているらしい。証拠を消すのか、誰かへ連絡するつもりかもしれない。


 立ち上がろうとした男の身体が途中で止まった。


 続いて、別の男の腕からも力が抜ける。


 侵入した群体が、内部で動きを揃え始めていた。


「逃げない。抵抗しない。そのまま待っててください」


 男たちは返事をしなかった。


 それでも、ポケットへ伸びていた手は動かず、起き上がろうとする者もいない。


 警察官が到着し、俺と倒れている男たちの間へ入った。


「戸張さん、怪我は?」


「ありません」


「相手は七名で間違いありませんか」


「はい。鉄パイプと警棒、スタンガン、ナイフがありました」


 警察官が周囲へ指示を飛ばす。別の警察官たちが男たちへ近づき、一人ずつ手を後ろへ回して拘束し始めた。


 全員が不自然なほど大人しかったが、警察側にとっては抵抗されない方が都合がいい。


「昼に接触してきた男と関係があると思います」


 俺が言うと、警察官の顔が一段険しくなった。


「何か言われましたか」


「昼の話を知っていました。俺の立場を分かっていないとか、話をするために来いとか」


「分かりました。詳しい話は場所を移して伺います」


 倒れていた男の一人が、こちらを睨んでいた。


 七人で囲めばどうにかなると思っていたのに、どうにもならなかったことが、まだ理解できていないようだった。


 警察車両へ乗せられる直前、男が口を開く。


「こんなことをして、ただで済むと思うなよ」


 近くの警察官が止めようとしたが、俺は先に答えた。


「それ、俺が言う側じゃないですか?」


 男が黙った。


 全員が車両へ収容されたあと、俺は体内に入れた群体へ意識を向ける。


 拘束後に警察へ抵抗せず、逃走しないよう動きを抑えさせる。事情聴取が始まったら不思議な程口が軽くなるだろう。


 証拠として必要なのは、襲撃者本人と武器、車、端末、それに指示を受けた記録だ。


 生きたまま警察へ渡す方が、情報源としても使える。


 最後の警察車両が出発する前に、村瀬さんから着信が入った。


『戸張さん、ご無事ですか』


「はい。七人来ましたけど、全員警察に任せました」


『七人……』


「ハイエース、かなり狭かったと思いますよ」


 電話の向こうで、誰かが深く息を吐いた。呆れたのか、安心したのかは分からない。


『こちらでも状況を確認しています。襲撃に使用された車両、所持品、通信端末はすべて押収します。昼間に接触した人物との関係も含め、徹底的に調べます』


「お願いします」


『それから、ご家族への直接連絡は行っていません。周辺警戒だけを継続しています』


「ありがとうございます」


『戸張さんが襲撃された事実についても、現時点ではご家族へ知らせません。ただし、ご実家側に危険が迫った場合は、安全確保を優先します』


「ええ、よろしくお願いします」


『情報漏洩については、関係部署すべてへ緊急の保全命令が出ました。閲覧履歴、持ち出し記録、外部通信を確認しています』


「昼に連絡したばかりなのに、ずいぶん早いですね」


『その日のうちに襲撃が発生しましたから』


 村瀬さんの声には、昼間よりも強いものが混じっていた。


『今回の件は、戸張さん個人への危害だけでは済みません。外国勢力が内部情報を利用し、協力者を秘密取引へ誘導したうえ、拒否した当日に襲撃を行ったことになります』


 俺が国へ渡してきた素材や装備は、すでにいくつもの部署へ分配され、研究や評価に使われている。


 今後も供給が続くことを前提に、計画を立てているところもあるだろう。


『このままでは、戸張さんとの協力関係そのものを損なうところでした。供給いただいている物資だけでなく、今後の検証や活動協力まで失われる可能性があった』


「そこは、今すぐやめるとかは考えてませんよ」


『ありがとうございます。ただ、それで管理責任が軽くなるわけではありません』


 昼間と同じだった。


『漏らした人間が内部にいるなら、戸張さんの個人情報を外へ渡しただけではない。日本の異常空間対策へ直接損害を与えたことになります』


 声は落ち着いている。


 しかし、次の言葉には、隠し切れないほど強い意志があった。


『見つけます。情報へ不正に触れた者も、外へ渡した者も、途中で関与した者も含めて、必ず辿ります』


 処分するとは言わなかった。


 それでも、関わった人間を一人も逃がすつもりがないことは伝わった。


「お願いします」


『戸張さんは、このあと事情聴取へご協力いただけますか』


「家の近くですけど、このまま行った方がいいです?」


『ご自宅には戻らず、現場の担当者に従ってください。家の周辺にも別の人員を配置します』


「分かりました」


 通話を終え、暗い住宅街へ目を向けた。家までは歩けば数分の距離しかない。昼に交渉を断ったばかりなのに、その日の夜には七人が送り込まれてきた。


 あの交渉役が最初から襲撃まで予定していたのか、それとも断られたあとで急に動いたのかは分からない。どちらにしても、正式な話なら一部の装備を渡すことも考えた相手が、自分たちからその可能性を潰したことに変わりはなかった。七人で結果が変わらなかった以上、次に人数を増やしても同じだろう。


 ただ、次も俺を狙うとは限らない。家族へ何も知らせないまま守るという方針を続けるなら、国側には今まで以上に本気で動いてもらう必要があった。

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