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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第268話 最短距離

 八層へ入って最初にやったのは、戦うことではなかった。


 これまで湿地の各地へ散らしてきた寄生個体を、いつもより広い範囲へ動かしていく。甲殻類や魚型だけでなく、水陸両用のトカゲ型やウナギ型も混ぜ、根が伸びている場所を挟むように何か所かへ集めた。


 全部でどれだけいるのかは、もう正確には数えていない。


 ただ、十分だった。


「一気に行け」


 意識を送る。


 離れた場所にいた寄生個体が、ほぼ同時に根のある側へ動き始めた。


 甲殻類が泥の上を進み、魚型が水路へ入り、水陸両用の個体は根を避けるのをやめてそのまま奥へ向かう。普段なら近づかない場所へ何十、何百という反応が一斉に入ったことで、湿地のあちこちからすぐに変化が返ってきた。


 根が動いている。


 一本や二本ではない。


 かなり離れた場所からも警戒するような反応が次々と返り、俺の周囲にあった黒褐色の根まで泥の下で僅かに動き始めた。


「やっぱり食いつくか」


 俺自身は、根の少ない場所から動かなかった。


 周囲には四羽の大型鳥型がいる。


 前に寄生させた巨大な鳥と同じ種類を、その後さらに増やしておいた。どれも長い脚と大きな翼を持ち、一羽でもかなりの重量を持ち上げられる。


 俺は断骨刀を背負わず、両手で持っていた。


 あれを抱えた俺ごと運ぶとなれば一羽では不安がある。そこで白い糸を身体の周囲から太く伸ばし、簡単な帯のようにまとめて四方向へ分け、それぞれを鳥型の脚へ絡ませていた。


「落とすなよ」


 四羽から、同じように反応が返ってくる。


「いや、本当に頼むからな?」


 少し強めに念を押すと、寄生体から妙に楽しそうな感覚が返ってきた。


「お前じゃない」


 断骨刀を身体へ寄せ、白い糸で柄と腕を軽く固定する。


 完全に縛るつもりはない。空中で外せなくなったら困るため、握力を補助する程度で十分だった。


 周囲の根の動きが、さらに激しくなる。


 陽動へ出した寄生個体の何匹かが捕まったらしく、反応が途切れた。一方で別方向では根が動いたことでさらに周囲の個体が集まり、予定していた以上に広い範囲で騒ぎが大きくなっている。


「今だな」


 四羽の鳥型へ意識を送った。


 一斉に翼が開く。


 最初の羽ばたきで身体が少し持ち上がり、次の瞬間には足元が泥から離れた。


「おお……」


 思っていたより急だった。


 白い糸を介して四方向から吊られた身体が、そのまま上へ引っ張られていく。断骨刀の重さまであるせいで鳥型も楽ではなさそうだが、一羽だけに負担をかけるより遥かに安定していた。


 木々の高さへ近づくにつれて風が強くなり、葉や枝がすぐ下を流れていく。


「うわ、結構高いな」


 自分でやらせておいて、少し後悔した。


 六層でも鳥型は使ってきたが、自分自身がこんな状態で運ばれるのは初めてだ。


 一本の白い糸が切れれば即座に落ちるわけではないし、鳥型も四羽いる。頭では分かっているのに、地面が遠ざかるほど腹の奥が妙に軽くなる。


「これ帰りもやるのか……?」


 寄生体がまた楽しそうに反応した。


「だからお前は飛んでないだろ」


 鳥型はさらに高度を上げた。


 八層を覆う木々の上まで出ると、身体を叩く風が一気に強くなる。


 俺は下を見すぎないようにしながら、遠くで旋回している別の鳥型の位置を確認した。


 あそこが目印だ。


 地上から本体まで根を切りながら進めば、どれだけ時間がかかるか分からない。その間にこちらの存在を察知されれば、奥へ行くほど密集した根を正面から相手にすることになる。


 だったら、その間を全部飛ばせばいい。


「最初からこっちでよかったか?」


 いや、場所が分からなければできなかった。


 何日もかけて甲殻類や魚型を増やし、根の広がりを調べたからこそ、中心の方向が分かった。陽動に使えるだけの数も、その間に揃っている。


 遠回りしたようで、必要な準備だった。


 鳥型が少しずつ方向を変える。


 地上から感じ取れる寄生個体の反応が遠ざかり、代わりに陽動へ向かわせた連中が広い範囲で動き続けているのが分かる。根の方もそちらへ反応しているらしく、何か所かで寄生個体が急激に散らされていた。


「もうちょい頼むぞ」


 鳥型へ伝える。


 本体らしい場所を見つけた鳥が旋回している位置が、少しずつ近づいてきた。


 そこまで来て、俺はようやく下をしっかり見た。


「……でか」


 木々の隙間から見える程度でも分かる。


 湿地の中に、明らかに周囲とは違う巨大な植物がある。


 一本の木と呼ぶには形が崩れすぎていた。幹のような太い部分を中心に、何本もの枝や蔓が絡み合い、その周囲へ別の植物まで巻き込むように広がっている。


 地面近くには巨大な根が幾重にも走っていた。


 俺が上から近づいていることには、まだ反応していないように見える。


「本当に上は手薄なんだな」


 根で何キロも先まで支配できるなら、地上から近づく相手には強い。


 その代わり、空から人間が断骨刀を持って落ちてくることまでは想定していないらしい。


 まあ、普通は想定しない。


「俺でも想定しないわ」


 目標のほぼ上まで来た。


 俺は四羽へ速度を落とすよう伝え、白い糸の固定を一つずつ外していく。


 残った一本だけで身体が揺れた。


 風が強い。


 断骨刀を両手で握る。


「……高いな」


 さっきより、はっきり地面を見てしまった。


 この高さから落ちる。


 自分で考えたことなのに、足元が急に頼りなく感じた。


 最後の白い糸を外す。


 身体が落ちた。


「うおっ――」


 胃が上へ置いていかれるような感覚が一気に来る。


 風が耳元で爆発した。


 鳥型が瞬く間に上へ離れ、木々と巨大植物が急速に近づいてくる。


「ははっ! やっぱこええええ!」


 思わず笑いながら叫んでいた。


 怖い。


 間違いなく怖い。


 なのに、身体の奥から妙な高揚が湧いてくる。


「いやこれ、速すぎるだろ!」


 狙った位置から少し流されている。


 俺は白鎧補装を動かした。


 白い装甲が肩から腕、脇腹へ広がり、普段より薄く大きな面積を覆う。腕を少し開くと風を受ける力が一気に増し、身体の向きが変わった。


「おお、動く!」


 右側の白鎧を広げ、左側を縮める。


 身体がゆっくり回る。


 狙う方向へ向いたところで両側の面積を揃え、今度は脚側まで白い装甲を広げた。落下速度が僅かに鈍り、位置がずれていく。


「便利だなお前!」


 寄生体から興奮した反応が返ってくる。


 目標の真上へ近づく。


 もう細かく位置を変える必要はない。


 白鎧を一気に縮めた。


 風を受ける面積が減る。


 身体が再び加速した。


「うわああっ、やっぱ速えええ!」


 目の前に巨大植物の上部が迫る。


 そこで初めて、下から何本かの蔓が動いた。


 気づかれた。


「遅い!」


 断骨刀を振りかぶる。


 白い糸を腕と背中へ集め、身体を一気に捻った。


 落下の勢いを殺す必要はない。


 むしろ全部、こいつに叩き込めばいい。


 迫ってきた蔓の一本が横から伸びてくる。


 白鎧の片側だけを一瞬広げると身体が僅かにずれ、蔓がすぐ横を通り過ぎた。


「はははっ! 当たるかよ!」


 もう地面までほとんどない。


 巨大な幹が真下にある。


 断骨刀を両手で握り直した。


 身体の中で寄生体が騒いでいる。


 俺も同じだった。


「うおおおおおおおっ!!」


 叫びながら全身を捻る。


 自由落下の速度と、断骨刀の重さと、俺自身の力を一つに乗せた。


「おおおああらああああああ!!」


 断骨刀が、巨大植物の中心へ叩き込まれた。


 轟音とともに表面が裂け、巨大な刃が深く沈む。


 衝撃で周囲の枝葉が一斉に跳ね上がり、足元から湿地全体を揺らすような振動が返ってきた。


 俺は断骨刀の柄を握ったまま、裂けた巨大植物の上へ着地する。


 その瞬間、遠く離れた場所まで広がっていた根が、一斉に動き始めた。


「ははっ……!」


 思った以上に効いた。


 そして、間違いなく怒らせた。


 俺は深く食い込んだ断骨刀を両手で引き抜いた。


「まあだまあだあああああ!!!!」

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