第262話 広がる目
次に八層へ入った時、入口から少し進んだところで早速変化に気づいた。
前回残していった甲殻類が、水草の間から次々に姿を見せる。全部が一か所に集まっていたわけではなく、浅瀬や倒木の下、泥の中へ広く散っていたらしい。俺が入ってきたことを感じ取ったのか、近くにいた個体から順にこちらへ寄ってきた。
「ちゃんと残ってたな」
三十匹ほど置いていったはずだが、大きく減った様子はない。何匹か外殻に新しい傷をつけているものはいたものの、白い糸による補修が進んでおり、動きにも問題はなさそうだった。
少し様子を見ていると、全部が俺の周囲へ集まろうとしているわけではないことにも気づいた。何匹かは途中まで近づいた後、また水草の奥へ戻っていく。
意識を向けてみると、その先にも寄生個体の反応があった。
「結構広がってるな」
前回は入口周辺を調べるよう大まかに伝えて帰っただけだった。
それでも甲殻類たちは、自分たちが通れる範囲を少しずつ動き回っていたらしい。詳しい地形が頭へ入ってくるようなことはないが、どの方向へ進めたのか、どこで何度も足を止めたのかといった程度なら、集まり方からある程度判断できる。
俺は鳥型を上空へ出し、水陸両用のトカゲ型とウナギ型も水中へ放した。
「今日はこいつらが見つけたところを回ってみるか」
最初に向かったのは、入口から東へ少し進んだ浅瀬だった。
十匹近い甲殻類が、水面から半分ほど出た倒木の周囲に集まっている。近づいてみると、倒木の下には泥が深く抉れた場所があり、その奥で小さな影が何度も動いていた。
ウナギ型を近づけると、すぐに反応が返ってくる。
俺が水草をかき分けて覗くと、泥の中から銀色の魚が一斉に飛び出した。
大きさは三十センチほどで、身体の幅は広く、胸鰭が異様に発達している。水中を泳ぐだけでなく、浅い泥の上へ飛び出しても胸鰭を使って跳ねるように移動していた。
「魚もいるとは思ってたけど、随分動けるな」
逃げる速度は速かったが、甲殻類がすでに周囲へ散っていた。
水へ戻ろうとした魚を何匹かが鋏で挟み、進路を変えたところへトカゲ型が回り込む。俺も白い糸を伸ばして数匹を捕らえ、傷をつけすぎないよう押さえながら寄生を始めた。
身体が小さいため、時間はそれほどかからなかった。
白い部分を鱗の間に残した魚が再び動き始め、水へ放すとすぐに群れを作るように泳ぎ始める。試しに少し離れた水草の向こうへ向かわせると、浅い場所では胸鰭を使って泥の上を進み、そのまま別の水場へ移動した。
「水が途切れてても、多少なら越えられるのか」
ウナギ型ほど深い水の索敵に向いている様子はないが、小さくて数を揃えやすい。甲殻類では時間がかかる距離も、水が繋がっていればかなり速く移動できる。
その場で十二匹ほどを確保し、半分を周囲へ散らした。
今まで水底や泥の隙間を調べていた甲殻類に、水中を素早く移動する魚型が加わる。小型ばかりではあるが、調べられる場所は確実に増えた。
次に向かったのは、そこからさらに奥だった。
こちらは甲殻類が一か所へ集まっているというより、ある範囲だけ避けるように散っていた。
「これは逆か」
近づく前に狼型を止め、ウナギ型だけを水へ進ませる。
すぐに強い反応が返ってきた。
水深はそれほどないのに、泥の底に大きなものがいる。俺自身も新しく得た感覚へ意識を向けると、水中の一か所だけ、生物らしい存在がじっと留まっているのを薄く感じ取れた。
こちらが近づいても動かない。
少し離れた場所から鳥型で上を確認し、トカゲ型を横へ回したところで、ようやく泥が動いた。
現れたのは、大型の亀に似た生物だった。
甲羅だけでも一メートル以上あり、泥と水草を背中へ大量に乗せていたため、動かなければ底の一部にしか見えない。頭部には太い嘴があり、首も見た目以上に長かった。
亀型はこちらへ向かってくる様子はなく、泥の中から顔を出したまま警戒している。
「甲殻類が避けてたのはこいつか」
近くの泥には砕かれた殻がいくつも落ちていた。
どうやら甲殻類を餌にしているらしい。
戦えば倒せると思うが、今日は無理に寄生させる必要もなかった。今のところ必要なのは強い個体を片っ端から増やすことより、どこに何がいるのかを把握することだ。
周囲の甲殻類へ、この場所へ近づきすぎないよう大まかに意識を送る。
それだけ伝えて迂回した。
自分で全部見つけようとしていた頃なら、泥に埋まっている亀型へ気づかず接近していたかもしれない。甲殻類が避けていたというだけでも、危険な場所を知る目印にはなる。
「数ってのはこういう面でも暴力だな」
その後も、寄生個体の動きを辿るだけでいくつか新しい場所が見つかった。
小さな虫が大量に集まる腐った倒木、水面近くを泳ぐ魚の群れ、何度も大型生物が通ったらしい泥の深い溝。何も知らずに歩き回るより、明らかに情報が集まる速度が上がっている。
見つけた生物の中から、使いやすそうなものだけを少しずつ増やした。
魚型はさらに二十匹ほど確保し、甲殻類も別の群れから追加した。全部を俺の周囲へ置くのではなく、捕まえた場所ごとに何匹か残して周辺を調べさせる。
昼を過ぎる頃には、入口から見ればかなり離れた場所にも白い個体が点々と散るようになっていた。
俺自身はその全部を見ていない。
それでも、どの方向に寄生個体がいるのかは大まかに感じられる。ある場所へ複数が集まれば何かを見つけた可能性が高く、急に反応が途切れれば危険な相手がいる可能性もある。
細かいことまでは分からなくても、それで十分だった。
「俺が歩かなくても、勝手に見つかっていくな」
六層では鳥型や狼型を使って同じようなことをしていたが、八層では小型生物の数そのものが桁違いに多い。寄生させやすい個体を少しずつ増やして散らすだけで、その先からまた別の生物や場所が見つかっていく。
見つけた先へ俺が向かい、必要ならさらに寄生させる。そうして増えた個体をまた別の方向へ散らせば、そこから新しい生物や場所が見つかり、次に調べられる範囲も広がっていく。
夕方近くになって入口へ戻る頃には、朝に比べて寄生個体の反応がかなり広い範囲から返ってくるようになっていた。正確な数はもう数えていないが、甲殻類と魚型を合わせれば百には届いていると思う。その全部を連れて歩くつもりもなく、この階層で生きられる個体は、この階層へ残した方が使いやすい。
「このまま少しずつ広げればいいか」
入口近くまで戻り、後ろを振り返る。
見た目だけなら、湿地は最初に来た時とほとんど変わっていない。水草が揺れ、泥水の中を魚が動き、木々の間から絶えず生き物の声が聞こえている。
ただ、その中にはもう、俺が直接見たことのない場所を動き回っている白い個体が何十匹もいた。
俺の中の寄生体へ意識を向けると、湿地のあちこちから薄い反応が返ってくる。
「まだ入口周辺なんだよな、これ」
八層へ最初に入った時には、どこまで続いているのかも分からなかった湿地が、少しずつ別の見え方をし始めていた。




