第261話 手始め
次に八層へ入った時、俺は最初から前回までとは違うつもりで動いていた。
入口を抜けたところで鳥型を上空へ出し、水陸両用のトカゲ型とウナギ型を水中へ向かわせる。狼型や蜥蜴人も少し多めに連れてきたが、今日は遠くまで進むことより、入口から一定の範囲を細かく調べるつもりだった。
「まずは近いところからだな」
前回までに、八層で気をつけるものはいくつか見えてきた。毒を持つ生物がいて、傷口から入ったものが後になって問題を起こすこともある。濁った水の中には目で見えない相手が潜み、電気を使う生物までいた。
その代わり、こちらも少しずつ対応できるようになっている。寄生体は毒や感染への対処を覚え、水中を移動できる個体も手に入った。濁った水の中を探るウナギ型もいるし、俺自身も近くにいる生物なら視界に頼らず多少は感じ取れる。
ここまで揃えば、最初の頃ほど慎重に一列で進む必要もない。
入口から少し離れた浅瀬で、早速ウナギ型が反応した。
水草の根元へ近づくと、前にも見た手のひらほどの甲殻類が泥の上に集まっていた。茶色と緑が混ざったような硬い殻を持ち、形はザリガニに近い。大きな鋏を持っているものもいるが、この階層でこれまで会った生物と比べればかなり小さい。
その代わり数は多く、一つの水草の周りだけでも二十匹以上いた。こちらの気配に気づいた途端、泥を蹴って一斉に散り始める。
「今日は逃がさないぞ」
俺が意識を向けると、白い糸が足元から水中へ広がった。
全部を追う必要はない。浅い泥の上を逃げる個体へ何本かずつ糸を伸ばし、脚や胴へ絡ませて止めていく。狼型たちも逃げ道を塞ぎ、トカゲ型が水草の奥へ回ったことで、思ったより簡単に十数匹をまとめて押さえることができた。
小さい分、寄生にかかる時間も短かった。最初の数匹が動きを止め、その少し後には白く置き換わった部分を殻に残したまま再び脚を動かし始める。起き上がった個体を水草の外へ出すと、残っていた甲殻類がさらに奥へ逃げた。
「追えるか?」
大まかに意識を向けると、白くなった甲殻類たちはばらばらに動き始めた。一匹ずつ細かく命令しなくても、逃げた個体を追うように水草の間へ入り、泥の下へ潜ろうとしたものを鋏で引き出している。
そこへ白い糸を伸ばしてさらに数匹を捕まえていくうちに、最初の群れを片づける頃には二十匹を超えていた。
「……増えるの早いな」
一体一体は弱く、狼型の代わりにはならないし、大型生物と戦わせても簡単に潰されるだろう。ただ、この大きさなら狭い水草の中にも入れるし、泥の隙間も調べられる。何より数を揃えやすい。
試しに半分ほどを周囲へ散らし、水草の根元や倒木の下、浅い泥地へそれぞれ向かわせてみた。しばらくすると、一方向へ出した個体たちが小さな生物の群れを見つけ、別方向へ行ったものは水底に沈んだ骨のようなものへ集まった。
伝わってくる情報は細かくないが、複数が同じ場所へ集まれば、その辺りに調べるものがあることくらいは察せる。
「小さいのも悪くないな」
今まで連れていた個体は、ある程度の大きさと戦闘力を持つものが多かった。それはそれで便利だが、大きい身体では入れない場所もある。八層のように水草や根が複雑に入り組んだ場所では、むしろこういう小さい個体の方が使いやすい場面も多そうだった。
その日の探索では、似た甲殻類の群れをさらに三か所見つけた。
食料になる生物まで片っ端から寄生させれば、この階層で活動する個体が増えた時に困る。ある程度はそのまま残しながら、群れごとに何匹かずつ確保していった。
夕方になる頃には甲殻類だけで六十匹近くになり、自分で数えていたのも途中までだった。三十を超えた辺りから正確な数を覚えている意味が薄くなり、寄生体へ意識を向ければ、どの辺りにどれくらい散っているかは大まかに感じ取れる。
「これ、一匹ずつ数える必要ないな」
近くの泥地では、白い部分を持つ甲殻類が何匹も水草の根元を調べている。少し離れたところでは別の群れが倒木の下へ入り込み、そこにいた小型生物を追い出した。それを見つけたウナギ型が反応し、水陸両用のトカゲ型も様子を見に向かう。
俺が伝えたのは、大まかに周囲を調べろという程度だった。それだけで、それぞれが自分で動き、見つけたものに応じて別の個体まで反応している。六層でも似たような動きは見てきたが、ここでは生物そのものが多いため、数が増えていく速度もかなり違っていた。
浅瀬を少し歩くだけで、小型の魚や虫、甲殻類が次々に見つかる。木の上には鳥や爬虫類らしい姿があり、深い水場にはまだ調べていない大型生物もいる。
入口からそれほど離れていない範囲を調べただけで、今日一日でこれだけ増えた。俺が水面の向こうへ目を向けると、薄い靄の中には同じような湿地がずっと続き、水草の間では絶えず生き物が動いていた。遠くから聞こえる鳴き声も途切れる様子がない。
「これ、どこまで増えるんだろうな」
寄生体から返ってきた感覚には、心配している様子など欠片もなく、むしろまだ増やしたがっているように感じる。
「ほどほどにしろよ」
そう言いながらも、俺自身どこまでをほどほどと呼べばいいのか分からなくなってきていた。
帰る前に、増えた甲殻類の一部は八層へ残すことにした。全部を連れ歩けば移動が遅くなるし、この階層なら食料も多い。入口周辺を調べながら待機するよう大まかに伝え、三十匹ほどを水草の中へ散らす。
残りは少しだけ連れて帰ることにした。使い道を小人に見てもらうためでもあるが、八層以外の場所でどれくらい動けるのかも確認しておきたい。
入口へ戻る途中で後ろを振り返ると、水草の間に小さな白い部分がいくつも見えた。少し前までこの階層にいた普通の生物だったものが、今ではそれぞれ泥の上や水草の間を勝手に動き回っている。
まだ数十匹程度しか増えていない。ただ、生物の気配が途切れない広大な湿地を眺めていると、その程度の数で収まっている期間は、それほど長くなさそうだった。




