第260話 痺れる水
八層へ入って三度目の探索では、前回仲間にした二体を最初から先へ出していた。
水陸両用のトカゲ型が深い水場を進み、その少し後ろを細長いウナギ型が泳いでいる。俺たちは浅瀬や水面から出た根の上を選びながら、その二体から伝わってくる反応に合わせて進路を変えていた。
前回までとは、歩く速度がまるで違う。水草の向こうに深い場所があっても、俺たち全員で近づいて確かめる必要がない。トカゲ型を先に入らせ、ウナギ型が周辺の生物を探れば、大きな相手が潜んでいる場所もある程度避けられる。
「やっぱり、現地のやつを使うのが一番早いな」
七層でも同じだった。砂の下はワーム型に任せた方がいいし、空は鳥型に任せた方がいい。俺自身が全部できるようになる必要はなく、その場所に向いた連中を増やせば探索できる範囲は自然に広がっていく。
八層では、その水中部分が埋まり始めていた。
前回見つけた小型の甲殻類も何度か見かけた。水草の根元や浅い泥地に集団でいることが多く、近づくと一斉に散っていく。寄生体は見つけるたびに興味を示していたが、今日はまず水中の探索範囲を広げることを優先している。
ウナギ型と同じ種類が何体か見つかれば、別方向へ散らせる。そう考えていたところで、先行していたウナギ型から強い警戒が返ってきた。
「止まったな」
二十メートルほど先に、水草に囲まれた広い水場がある。こちらから見える範囲では、濁った水面に風で細かな波が立ち、その間から太い根が何本か突き出しているだけだった。
先行していたウナギ型は水中で身体を止め、一定の場所から動こうとしない。トカゲ型も少し遅れて反応したため、俺は狼型と蜥蜴人を浅瀬側へ寄せ、そのまま様子を見ることにした。
「いるなら、出てくるか」
しばらく待っていると、水の中を黒い影が横切った。前回仲間にしたウナギ型より明らかに大きく、水面へ一瞬だけ出た背中は人の胴体ほどの太さがある。全長までは見えなかったが、少なくとも三メートル以上はありそうだった。
先行していたウナギ型が進路を変えようとした直後、水中に白い光が走った。大きな音こそしなかったが、水面が細かく震え、その中心にいたウナギ型の身体が硬直して泳ぐ力を失う。少し離れていたトカゲ型まで動きが鈍り、俺の脚にも泥水を通して弱い痺れが走ってきた。
「電気か」
俺が使う雷の魔術とは、規模も使い方もまるで違う。目に見える雷を飛ばしている様子はなく、水中へ一気に強い電気を流したというより、周囲へ広がる程度の放電らしい。
それでも、水の中では十分に厄介だった。
黒い影が動けなくなったウナギ型へ近づいていくのを見て、俺は白い糸を伸ばした。濁った水中では狙った場所が見えないため、感覚を頼りに浮かんでいる仲間の身体へ糸を絡ませて引き寄せる。
直後に水面が再び震え、白い糸を通じて腕まで鋭い痺れが走った。思わず力が緩みかけ、俺はすぐに糸を切り離す。
「っ……糸にも流れるのか」
完全に動けなくなるほどではないが、直接繋がっているものを伝ってくるなら何度も受けるのは面倒だった。蜥蜴人に骨盾を構えさせながら浅瀬まで下がり、水陸両用のトカゲ型には動けなくなったウナギ型を岸側へ押すよう意識を送る。
相手は自分の縄張りから追い出すことを優先しているのか、深追いせずに水草の奥をゆっくり回っていた。
「同じような見た目でも、やることは全然違うな」
仲間にしたウナギ型は周囲の生物を探す能力に優れていたが、今いる相手は明らかに戦うための性質を持っている。
痺れていたウナギ型も少しずつ身体を動かし始めていた。寄生体が内部を調整しているらしく、このまま麻痺が残る心配はなさそうだった。
俺は水面の影を見ながら、トカゲ型だけを再び水場へ出した。
水中へ入って正面から捕まえる必要はない。少し進ませたところで、わざと大きく尾を動かして水面を揺らさせると、黒い影はすぐに水草の奥から向きを変えた。
距離が縮まる前にトカゲ型を岸へ戻す。相手もそのまま追いかけてきたが、深い場所では速かった動きが、水深が浅くなるにつれて少しずつ重くなっていく。それでも太い身体を左右へくねらせながら、逃げるトカゲ型の位置を一度も見失わずについてきた。
水深が膝ほどになったところで、ようやく全身が見えた。
前回のウナギ型より頭が大きく、身体の左右には細い筋のような器官が並んでいる。黒灰色の皮膚はぬめりを帯び、身体を曲げるたびに筋の一部が薄く白く光った。
目はかなり小さい。濁った水の中でまともに見えているようには思えないのに、トカゲ型の動きには正確についてきている。
「そこならいい」
左右へ散らしていた狼型が同時に飛び込み、一体が頭の後ろへ噛みつき、もう一体が尾側を押さえる。相手が身体を大きく捻ると再び白い光が走り、狼型の身体が一瞬強張った。
そこへ二体の蜥蜴人が加わった。一体が骨盾で頭を泥へ押しつけ、もう一体が断骨刀の背を胴へ叩き込む。殺さない程度に動きを鈍らせたところで、俺も白い糸を身体の数か所へ絡ませ、そのまま傷口から内部へ送り込んだ。
もう一度放電を受けて腕に痺れが走ったものの、深い水場で受けた時ほど強くない。水深が浅いことで、電気の広がり方も変わっているのかもしれなかった。
「悪いけど、お前は残さない」
水中を探る役目なら、すでに別のウナギ型がいる。同じような体格の個体をもう一体増やすより、この放電や、視界の利かない水中で正確に相手を追えていた性質を取り込ませた方が使い道は多そうだった。
白い糸が身体の奥へ広がるにつれて抵抗は弱まり、完全に動かなくなった後も吸収は続いた。
寄生体が特に集まったのは、身体の左右に並んでいた細い器官と、その周辺だった。筋肉とは少し違う組織が何列も重なっており、白い糸が入り込むたびに微かな刺激が俺の身体にも返ってくる。
「これで電気を出してたのか」
寄生体が調べているのは、それだけではなかった。頭部から身体の側面にも長く留まり、細かな器官へ入り込んでいる。目から得られるものにはほとんど興味を示しておらず、濁った水中で相手の位置を捉えていた仕組みは別のところにあるらしい。
吸収が終わり、戻ってきた白い糸を腕へ集めて意識を向けると、皮膚の下に細かな痺れが生まれた。その感覚を指先へ集中させてみると、ぱち、と小さな音がして、白い糸との間にごく小さな火花が散る。
「……弱いな」
雷の魔術とは比べるようなものでもなく、攻撃に使っても少し驚かせる程度にしかならなさそうだった。
ただ、変わったのは放電だけではない。
何気なく目を閉じて意識を周囲へ向けると、水中にいる生物の存在が薄い違和感として残っていた。寄生個体との繋がりから来る感覚とは少し違い、水の中で生き物が動くたび、その場所に小さな変化が生まれるように感じる。
形まで見えるほど鮮明ではなく、じっとしている相手はさらに曖昧になる。それでも近くに生き物がいることと、大まかな方向くらいなら視覚を使わなくても拾えた。
目を開いて、水中にいるウナギ型を見る。
「お前、これで見てたのか」
正確には見るというより、感じているらしい。
電気そのものを拾っているのか、生物が動くことで生じる別の刺激まで捉えているのかは、俺にも区別がつかなかった。試しに岸へ上がって同じ感覚を探ってみると急に曖昧になり、水の中にいる時ほど周囲を捉えることはできない。
「水の中の方が使いやすいのか」
距離もそれほど長くなく、鳥型の視力やワーム型の振動感知の代わりになるほど便利なものではない。ただ、濁った水の中で近くにいる相手を見失いにくくなるだけでも、この階層では十分役に立つ。
電気への感覚も以前より細かく区別できるようになっていた。試しに水へ指先を入れて弱い電気を流すと、近くにいたウナギ型がすぐこちらへ頭を向ける。少し場所を変えてもう一度試しても正確に反応したため、同じ感覚を持つ個体同士なら、水中で簡単な合図として使える可能性もありそうだった。
「分かるのか?」
もう一度だけ弱い刺激を流すと、ウナギ型はやはりこちらへ反応した。
攻撃に使えるほど強くはなくても、水中にいる寄生個体への合図や、同じように電気を使う生物への警戒には使えるかもしれない。俺の中の寄生体も、新しく覚えた感覚を確かめるように細かな刺激を返してくる。
「遊ぶなよ」
探索を再開すると、先行したウナギ型が早速別の生物へ反応した。向かった先にいたのは前回も見つけた小型の甲殻類だったが、今回は一か所だけではない。
水草の根元や倒れた木の周囲、浅い泥地にも群れが点在している。注意して探してみれば、かなり広い範囲に生息しているらしい。
俺が足を止めると、寄生体の反応がまた少し強くなった。
「分かったよ」
八層へ来て三度目の探索で、毒や感染への対処を覚え、水中を進む個体と、その中を探る個体も手に入った。今度は電気を使う生物への耐性と弱い放電に加え、濁った水の中でも近くの生物を感じ取る手段まで増えている。
最初に入った時と比べれば、湿地そのものへの対処法はかなり揃ってきた。
水草の間を逃げていく甲殻類を眺めながら、そろそろ探索だけで終わらせなくてもよさそうだと考える。
「次から、増やすか」
俺の中の白い糸から返ってきた感覚だけは、今日一番はっきりしていた。




