第256話 新しい一式
六層の拠点へ戻った戸張を待っていたのは、以前よりも明らかに広がった小人たちの作業場だった。
森砕きを倒して以降、扱える素材の種類も量も増えている。骨を削る者、厚い外皮を切り分ける者、細い帯状に加工した皮を何度も曲げて確かめる者。それぞれ別の作業をしているように見えるが、完成した部品は少しずつ中央の一角へ集められていた。
その中に見覚えのある細長い物を見つけ、戸張は足を止めた。
「……それ、リッチの杖か?」
問いかけても言葉が通じるわけではないが、小人の一人が当然のように杖を持ち上げた。
以前、リッチから回収した杖だった。
手に入れた当初は何らかの効果があると考えて持ち歩いていたものの、戸張が試した範囲では使い方を見つけられず、武器として振るうにも扱いやすい物ではなかった。六層に拠点ができ、持ち込んだ物を小人たちが扱うようになってからは、他の素材や回収品と一緒に置かれていた物だ。
今はその周囲にいくつもの部材が組み合わされている。ただし杖そのものにはほとんど手が加えられておらず、切断された跡も、大きく削られた部分もない。
「壊さず、そのまま使ったのか」
戸張が近づくと、小人は杖の両脇を支える細い骨材と、その外側を繋ぐ皮帯を順番に指した。
どうやら杖そのものを加工したのではなく、周囲に専用の固定具を作ったらしい。
促されるまま装具を受け取り、身体へ合わせてみる。
杖は首の付け根より少し下から腰の上まで、背骨に沿うように背中の中央へ収まった。単純に背負う形ではなく、胸と脇腹、腰へ複数の帯が回り、重量を分散している。
戸張は腕を上げ、肩を大きく回した。続けて上半身を左右へ捻り、前へ深く曲げてみる。
「思ったより動けるな」
これほど長い物を背負えば、肩甲骨や腰の動きを邪魔すると思っていた。
だが固定具は肩の動く部分を避けて作られている。背を曲げれば身体に沿ってわずかに位置がずれ、捻れば固定帯の一部が動きを逃がすため、杖そのものが強く背中へ押しつけられることもない。
戦闘中に抜いて使うことはできそうにないが、最初からそういう使い方を想定していないのだろう。
「よくこんなの考えるな……」
感心していると、別の小人たちが新しい防具を運んできた。
胸と腹を守る装甲、前腕、腰回り、脛を覆う部材。使われている素材は頑丈そうだが、見た目はこれまでの防具よりも軽く、妙に隙間が多い。
一枚の大きな装甲で身体を覆うのではなく、小さく分けた部材を皮や腱で繋いでいる。特に肩関節や脇腹、腰の周辺は意図的に広く空けられていた。
「防具としては、随分すかすかだな」
戸張が胸当てを手に取ると、表面に細かな溝がいくつも刻まれていることに気づいた。
飾りには見えない。
小人に促され、一式を身につけてみた。
身体を捻ると、それぞれの装甲が少しずつ位置を変える。しゃがんでも腹部が押されず、腕を大きく振っても肩周辺に引っかかる物はなかった。
戸張はしばらく動きを確かめたあと、白い群体を動かした。
身体の内側から白い糸が広がり、皮膚の上を覆って白鎧を形成していく。
その途中で、いつもとは違う変化が起きた。
「……ああ、そういうことか」
白い糸が防具の表面に刻まれた細かな溝へ入り込み、そのまま装甲へ絡みついている。
これまでの防具のように上から白鎧を重ねるのではなく、既に存在する装甲を一部として利用し、その間を白い群体が繋いでいた。
硬い素材で守られている部分には、白鎧を厚く作る必要がない。その分の白い群体を、装甲のない肩や脇腹、関節へ回すことができる。
試しに右腕へ群体を集める。
腕の輪郭が膨れ、白い外殻とともに巨大化していった。
肩周辺に硬い装甲がないため、変形を妨げる物はない。胸や脇腹の装甲も、それぞれが独立して動くことで引っ張られずに済んでいる。
「これなら、今までより使いやすいな」
防具だけで全身を守ろうとはしていない。
白鎧があることを前提にして、物理的な装甲と白い群体の役割を分けているらしい。
右腕を元へ戻しながら戸張が背中へ意識を向けると、今度は別の感覚があった。
白鎧が背中の装具まで覆い、その内側に固定されたリッチの杖へ触れている。
魔術を使う時に身体の中で感じるものが、背中の杖まで一本の道で繋がったような奇妙な感覚だった。
「……何だ?」
戸張は少し考えてから、雷の魔術を使ってみることにした。
離れた場所にある木へ向けて意識を集中する。
雷が走った。
いつもの魔術が木へ命中し、表面を弾けさせる。その直後、背後から小さく空気の弾ける音が聞こえ、戸張が振り返ると右肩の後方に淡い光の塊が浮いていた。
「これ……」
拳ほどの大きさの球体で、その内部を細かな雷が何度も走っている。
見覚えがあった。
リッチと戦った時、その周囲に浮かんでいた雷の球だ。あの時は二つあり、リッチ本人が別の魔術を使っている間も消えず、一定の間隔で戸張を狙って雷を放ってきた。
戸張は雷球を浮かべたまま周囲を見回したが、それ以上の変化は起きなかった。
「何か狙う相手がいないと動かないのか?」
試しに近くで待機していた狼型の一体へ意識を向ける。
当然、雷球は動かなかった。
次に周囲へ意識を広げ、白い群体を通じて森の中を探る。少し離れたところに、拠点の方へ近づいてきている小型の獣型がいた。
こちらの群れに属している個体ではない。
戸張がそれを敵として意識した瞬間、右肩の後ろに浮かんでいた雷球が動いた。
「お?」
球体の向きがわずかに変わり、直後に細い雷が森の中へ走った。
遠くで獣の鳴き声が上がる。
数秒後、もう一度雷が放たれた。
戸張自身は何もしていない。
白い群体を通じて確認すると、最初の一撃を受けた獣型へ雷球が続けて攻撃している。
「敵だと思った相手を勝手に狙うのか」
戸張が意識の中でその個体を攻撃対象から外すと、次の雷は放たれなかった。雷球そのものは右肩の後方に残ったままだが、新たに攻撃する相手がいなくなったことで静かに浮かんでいる。
しばらくして別の方向から近づいてきたモンスターを敵として認識すると、今度はそちらへ向きを変え、一定の間隔を置いて雷を放ち始めた。
どうやら戸張が敵と認識した相手を捉え、その後は自動的に攻撃してくれるらしい。
戸張はもう一つ雷球を作ろうと意識を向けた。
何も起きない。
魔術を流してみても、既に浮かんでいる雷球の内部で雷が少し強く瞬いただけだった。
「一個だけか」
リッチは二つ使っていた。
自分が使えるのは一つ。
完全に同じ物ではないらしい。
それでも戦闘中に自分で狙いを定め続ける必要もなく、敵として捉えている相手を勝手に攻撃してくれるなら十分すぎるほど役に立つ。
戸張はしばらく雷球を浮かべたまま歩き回り、敵として認識する相手を変えた時の反応や、どの程度離れても攻撃するのかを確かめてみた。
魔術を繰り返している割には、思っていたほど消耗を感じない。
だが魔術そのものを使えるようになってから、身体の状態や寄生体の変化によって感覚が変わることはこれまでにもあった。戸張は特に気にすることなく、単純に杖との相性が良いのだろうと考えた。
意識を切ると、雷球は細かな火花を散らしながら消えた。
「これも狙って作ったのか?」
戸張が小人たちを見ると、何人かが顔を見合わせた。
少なくとも、雷球が出るところまで完全に分かっていたようには見えない。
「……まあ、いいか」
その時、一人の小人が作業場の奥を指した。
戸張が視線を向けると、蜥蜴人がこちらへ歩いてくる。
背中には、見慣れない巨大な刃物が固定されていた。
長い柄に、分厚い片刃。
先端へ向かうほど幅が広がり、普通の剣というより巨大な鉈に近い。刃の芯には森砕きの骨らしき素材が使われ、その周囲に別の硬質素材が組み合わされている。
「……でかいな」
蜥蜴人が背負っているから多少小さく見えるだけで、人間が持てば相当な大きさになる。
大型の生物を相手にすることを前提に作ったのは一目で分かった。
蜥蜴人はそのまま戸張の前まで来ると、背中の固定具へ手をかけた。
戸張は自分の背中にある杖を意識する。
この武器まで自分で背負うのは無理がある。
せっかく背中の動きを邪魔しないように杖を固定したのに、巨大な武器を重ねれば意味がない。
「それは、お前が持っててくれ」
戸張は蜥蜴人を指し、背中の武器を指したあと、必要な時だけ自分へ渡す動きをしてみせる。
蜥蜴人は少し首を傾げたあと、固定具を外して巨大な刃物を持ち上げた。
「そう。使う時だけ渡してくれればいい」
差し出された柄を受け取る。
かなり重い。
普通の状態でも持てないことはないが、この重量を使ってまともに戦うのは難しいだろう。
戸張は白い群体を右腕へ集めた。
腕が巨大化し、それに合わせて白い糸が柄の周囲へ伸びる。握りを覆った群体が巨大な掌に合わせて厚みを増し、持ち手そのものを作り変えるように形を整えた。
改めて持ち上げる。
先ほどとはまるで違った。
大きくなった腕なら重量を支えられる。
重心は先端寄りで、振り回すための武器というより、重さを利用して一撃を叩き込むための造りになっていた。
森砕きや巨大ワームのような相手なら、普通の山刀では刃が届いても致命傷にはなりにくい。
だがこれなら、厚い外皮ごと骨まで断つことを狙える。
「大型用だな」
戸張は数度、周囲に誰もいないことを確認してから軽く振ってみた。
空気を押し退けるような重い音が響く。
常に持ち歩くには明らかに邪魔だが、必要な時だけ使うなら問題ない。
戸張が返すと、蜥蜴人は再び巨大な刃物を背中へ固定した。
これで運用も決まった。
戸張は改めて、自分の装備と蜥蜴人が背負った武器を見渡した。
これまでは、手に入れた物の中から使えそうな装備を選び、その都度身につけてきた。
今回は違う。
最初から自分の能力を前提にして作られている。
背中の杖は身体の動きを妨げず、魔術を補助する。
分割された防具は白鎧の形成や身体の変形を邪魔せず、白い群体だけでは不足する部分を補ってくれる。
巨大な刃物は普段から持ち歩かず、必要な戦いでだけ使う。
「名前、あった方が分かりやすいか」
小人たちが名前をつけているのかは分からない。
少なくとも、戸張には聞き取る手段がなかった。
まず背中に沿って固定されたリッチの杖へ手をやる。
「これは……背骨杖でいいか」
そのままだが、一番分かりやすい。
次に白鎧の下へ収まった一式の防具を見る。
単独で身体を守るためというより、白鎧を補うための装備だった。
「こっちは白鎧補装」
最後に、蜥蜴人の背中にある巨大な片刃を見る。
厚い皮も、その奥の骨もまとめて断つための武器。
「それは断骨刀だな」
背骨杖。
白鎧補装。
断骨刀。
凝った名前ではないが、戸張にとってはそれで十分だった。
白鎧を展開すると、背骨杖と白鎧補装が白い群体の中へ馴染んでいく。
試しに前方の木へ雷の魔術を放つと、直後に右肩の後ろへ雷球が浮かんだ。周囲に敵として認識している相手がいない間は静かに付き従い、戸張が歩き出しても一定の位置を保ったまま離れようとしない。
少し離れたところでは、断骨刀を背負った蜥蜴人が静かに立っていた。
今まで集めてきた素材が、ようやく戸張のための装備として形になった。




