第246話 銃を抜かずに
ハウンドが新たに任された異常空間へ入るのは、今回が二度目だった。
前回は一層の構造を確認しながら進み、ボスを倒して宝箱の中身を回収したところで撤退している。体力には余裕が残っていたが、未知の二層へ勢いだけで踏み込む理由はなく、持ち帰った記録を整理したうえで、改めて攻略へ入ることにしていた。
今回の目的は二層以降の確認だったが、折角一層から進み直すのであれば、低層を訓練に使うことも決めている。
グラントは黒い槍を持ち、コールは大楯と片手斧を装備していた。ケイレブは取り回しの良い短槍を選び、エレナの手には短い手斧が握られている。銃器も全員が携帯していたが、すぐに抜ける位置へ残したまま、今のところ使う予定はなかった。
「本当に全員これで行くの?」
入口を抜けたところで、エレナが手斧を軽く持ち上げた。
「危険だと思ったら撃つ。銃を使わないことが目的じゃない」
グラントはそう答え、前回の記録と周囲の構造を照合した。
「今日は、お前が前に出る時間を増やす。近接での判断と動きに慣れるためだ」
「分かってる」
「安心しろ。俺が立派な戦士に育ててやる」
コールが大楯を掲げると、エレナは冷めた目を向けた。
「余計なことを喋る癖まで移されそう」
「戦場では意思疎通が重要なんだ」
「必要な情報に限定しろ」
ケイレブに釘を刺されても、コールは気にした様子もなく笑っていた。
ハウンドは銃を捨てて戦うつもりではない。離れた位置から安全に倒せる相手へ、わざわざ接近する必要はなく、深層では一度の判断ミスがそのまま死に繋がる。
ただ、四人の間には近接戦闘の経験に差があった。エレナも必要な訓練は受けており、実戦で武器を振るったこともあるが、隊列ではグラントやコールより後ろにいることが多い。最初に敵を受け止め、接近された状態で複数を処理した経験は、ほかの三人より少なかった。
比較的危険の小さい低層であれば、その差を埋める訓練ができる。探索を続ける中で上昇した身体能力を、どこまで近接戦闘へ反映できるか確かめる目的もあった。
先頭にはコールが立ち、その斜め後ろへエレナが入った。グラントとケイレブが左右と後方を補い、前回確認した経路を進んでいく。
最初の敵と接触したのは、入口からしばらく進んだ先だった。
前回は同じ距離を進むまでに、既に複数の群れと遭遇している。今回は曲がり角から小型の獣が二体現れただけで、通路の奥から続いてくる個体もいなかった。
コールが一体目を大楯で受け止め、横から入ったエレナが手斧を振り下ろす。刃は肩口から深く入り、獣の身体を床へ叩きつけた。
もう一体は足元を回り込もうとしたが、グラントの黒い槍に頭部を貫かれ、そのまま動かなくなる。
十秒もかからずに戦闘は終わった。
「悪くない」
グラントはエレナの動きを確認してから、通路の奥へ視線を戻した。
「もう少し来ると思ってたけどな」
コールの言葉に、ケイレブが前回の記録を確認する。
「前回は、この区画までに三度接触している。数も今より多かった」
その後も、一層で遭遇した敵は少なかった。
前回通った分岐や広間を進んでも、現れたのは小規模な群れだけだった。痕跡そのものが消えたわけではないが、新しい足跡や体液の跡は明らかに減っており、通路へ入り込んでいる個体も少ない。
前回の攻略で倒した数が、そのまま維持されているように見えた。
「倒した分が、すぐには戻ってないのか」
コールが周囲を見回しながら言った。
「少なくとも、この経路ではそう見える」
グラントは断定を避けたが、前回と今回の差は無視できるものではなかった。
これまで攻略してきた異常空間でも、同じ経路を繰り返し通るうちに敵との接触は減っていた。ただ、当時は深層へ進むことを優先していたため、それを攻略の結果として受け止めるだけで、変化そのものを詳しく比較してはいなかった。
前回倒した一層ボスの部屋にも、新たな敵は現れていなかった。宝箱は消えたままで、奥には二層へ続く通路だけが残されている。
四人は短い休憩を取ったあと、そのまま階段を下りた。
二層へ入った直後から、一層との違いは明らかだった。
広くなった通路の床には、複数の足跡が重なっている。壁際には体毛や鱗のようなものが落ち、奥からは何種類もの鳴き声が聞こえてきた。
最初の広間には、十体近い獣型が集まっていた。
「上とはずいぶん違うな」
コールが大楯の位置を直す。
一層では敵を探す時間の方が長かったが、二層ではこちらが動かなくても複数の個体が近づいてくる。前回ハウンドが通過した区域と、まだ誰も攻略していない区域の間に、はっきりした密度差があった。
「通過済みの一層では少なく、未到達だった二層では多い」
ケイレブが敵の数と配置を記録する。
「偶然にしては分かりやすいな」
「間引きの話が正しいなら、単に目の前の数を減らすだけじゃないのかもしれない」
エレナの言葉に、グラントも二層の奥を見た。
内部を継続して攻略し、一定数のモンスターを倒すことで、その周辺へ新たな個体が入り込む頻度まで変化している可能性がある。単に群れを一つ倒した結果が残っているだけなのか、ダンジョンそのものが内部の密度へ何らかの反応を示しているのかは、まだ分からない。
それでも、間引きがダンジョンへ与える影響を検証する材料にはなる。
「次に来た時も比較が必要だ」
グラントの言葉で話を切り上げ、四人は広間へ入った。
コールが正面を止め、エレナがその脇で一体ずつ削る。ケイレブが横へ抜けようとする敵を押し戻し、グラントの黒い槍が後方から届く範囲を次々と貫いた。
エレナは最初こそ力を入れすぎていたが、戦闘を重ねるうちに振りが小さくなっていった。相手を一撃で倒せる力がある以上、全身を使って手斧を叩きつける必要はない。次の動作へ移れる余力を残した方が、複数を相手にする時には都合が良かった。
コールの盾へぶつかった一体の側頭部を打ち、動きが止まったところで次へ向きを変える。開いた場所へケイレブの短槍が入り、仕留めきれなかった個体をグラントが処理した。
エレナが前へ入っても、四人の隊列が崩れることはなかった。
「前より良くなった」
戦闘を終えたあと、ケイレブが短く告げる。
「見てたなら、もっと早く言って」
「生きていたから問題ないと思った」
「そういうところよ」
コールが何か言おうと口を開いたが、エレナに先回りして睨まれ、大楯を持ち直すだけに留めた。
二層では広間を抜けた後も、何度かまとまった数の敵と接触した。個々の強さは低く、今の四人にとって脅威になる相手ではない。しかし、一層との密度差は進むほど明確になり、未到達区域に相当数が残っていることが確認できた。
二層のボス部屋へ着いた時点でも、四人の消耗は小さかった。
扉の向こうにいたのは、二メートルを超える大柄な人型だった。
前へ突き出した口元には太い牙が生え、上半身を覆う硬い皮膚の上から、骨を組み合わせたような防具を身につけている。両手に握られていたのは、先端だけが異様に重い石製の棍棒だった。
扉が閉まると同時に、人型が床を蹴った。
「正面、受ける!」
コールが大楯を構える。
石の棍棒が盾へ叩きつけられ、部屋に大きな音が響いた。以前のコールなら、その一撃だけで数歩は押し戻されていたはずだったが、今は片足がわずかに後ろへ滑っただけだった。
「重いな。愛情表現としては強めだ」
「余裕があるなら、そのまま押さえてろ」
グラントの指示を受け、コールが棍棒を盾で外側へ押し返す。
エレナが盾の横から飛び出した。
手斧が人型の脇腹へ入ったが、厚い皮膚を裂いたところで止まる。相手が腕を振り戻すより早く離れ、代わってグラントの槍が膝裏へ突き込まれた。
人型の片脚が沈む。
ケイレブの短槍が反対側の足首を打ち、コールが盾ごと体当たりした。巨体が傾いたところへ、エレナがもう一度踏み込む。
今度は大きく振らない。
人型の顎下へ狙いを定め、短い動きで手斧を叩き込む。刃が食い込んだ直後、グラントの黒い槍が喉を貫いた。
巨体が床へ倒れ、しばらく痙攣したあと動かなくなる。
「私が最後じゃないの?」
「確実に止めた」
グラントの返答に、エレナは倒れた人型を見下ろした。
「次は任せて」
「機会なら、この先いくらでもある」
ボスの死体が消えたあと、部屋の奥に宝箱が現れた。
中に収められていたのは、金属製のメイスだった。
柄は片手でも扱える長さで、先端には六枚の厚い突起が放射状に並んでいる。飾り気はほとんどなく、黒ずんだ銀色の表面には細かな線だけが刻まれていた。
グラントが持ち上げて確かめたあと、エレナへ差し出す。
「使ってみろ。手斧より合うかもしれない」
エレナはメイスを受け取り、何度か軽く振った。
見た目ほど重くはない。重量は先端に集まっているはずなのに、振り始めも止める時も妙に扱いやすく、握った手の中で余計なぶれが生じなかった。
「……これ、かなり良い」
「俺の盾と交換でもいいぞ」
「なんで私が損するの?」
「交渉決裂だな」
コールはあっさり諦め、二層の奥へ続く通路を見た。
一層と二層の差を考えれば、未到達の三層にも相当数のモンスターが残っている可能性が高い。エレナは新たなメイスの握りを確かめ、四人は短い休憩を挟んだあと、銃を抜かないまま次の階層へ向かった。




