第238話 探索者を束ねるもの
異常空間を世界規模で管理する枠組みについて、日米間で検討が始まってからしばらく経った。
まだ正式な国際機関が設立されたわけではなく、参加国すら固まっていない。それでも、中国で発生した大規模なスタンピードを境に、各国が個別に情報を抱えたまま対応することへの危機感は急速に強まっていた。
どの情報を共有するのか。
深層への進入をどこまで認めるのか。
スタンピードの兆候が確認された場合、誰が、どの段階で、どこまで公表するのか。
決めなければならないことは多かったが、その中で日本側が早い段階から問題として挙げていたものがある。
「探索者の数が増えた場合、現行の個人登録を中心とした管理体制だけでは限界があります」
内閣府で開かれていた会議で、担当者が資料を切り替えた。
画面には、国内の登録探索者数の推移と、今後の制度拡充を前提とした予測値が並んでいる。
探索者登録年齢を十八歳まで引き下げる案が進めば、その数はさらに増える可能性が高い。
「現在でも、管理窓口が個々の探索者から活動報告や回収品の申告を受け、必要に応じて確認を行っています。今後、登録者が数倍、数十倍になった場合、同じ方法をそのまま拡大するのは現実的ではありません」
「人を増やせば済む話ではない、と」
「窓口の人数だけではありません。探索者同士のパーティー編成、新人への教育、装備の共有、現場で得たノウハウの蓄積。すでに行政が直接関与していない部分で、探索者自身による組織化が始まっています」
次の資料には、日本国内で確認されている探索者団体の一覧が表示された。
名称も規模もばらばらだった。
十人にも満たない地域単位の集まりもあれば、特定のダンジョンを中心に活動する攻略グループもある。装備や回収品について情報交換することだけを目的とした団体や、複数のパーティーを束ねて新人の受け入れまで行っている組織も存在していた。
法的には、その大半がただの任意団体だった。
「ここまで増えていたのか」
「確認できているものだけです。実際には、仲間内だけで運営している小規模な集まりがさらにあります」
担当者は一覧の一部を拡大した。
「一方で、継続的な運営体制を持ち、複数のパーティーが所属し、新規参加者の受け入れ、活動記録、装備や回収品に関する情報整理まで行っている団体となると、一気に数が減ります」
該当する団体には印が付けられていた。
全国でも、両手で数えられる程度しかない。
「この規模になると、すでに単なる仲良しグループではありません。実態としては探索者を束ねる中間組織です」
「それを制度の中に入れるという事か」
「まさにその案です」
資料の表題が切り替わった。
――登録探索者団体制度。
まだ仮称だった。
「国が探索者全員を直接束ねるのではなく、一定の要件を満たした団体を正式に登録する。所属探索者に関する一部の手続き、活動調整、教育、共同設備の運用などを団体単位で行えるようにします」
もちろん、国の仕事を民間へ丸投げするという話ではない。
探索者資格そのものはこれまで通り国が管理し、危険情報や事故情報についても広く公開する。
「安全に関する情報を登録団体だけへ優先提供する案は採用しません」
別の担当者が確認するように言った。
「当然です。探索者の協力を求めている状況で、所属先によって生存に関わる情報へ差をつける理由がありません」
モンスターの危険性。
ダンジョン内で発生した事故。
未確定を含む生態情報。
回収品について判明した性質。
スタンピードにつながる可能性のある異常。
そうした情報は、公開可能な範囲で探索者全体へ共有する。
登録団体へ与えるのは、情報そのものではなく、組織として活動するための仕組みだった。
「団体単位での行政手続き。政府、自治体、研究機関などからの調査や回収依頼への応募資格。訓練施設や共同保管設備の整備支援。一定の基準を満たした教育や講習については、実施記録を公的な活動実績として認めることも検討します」
「回収品の共同搬入は?」
「認める方向です。現在は個人やパーティー単位で持ち込まれるケースが多いですが、登録団体が内部で管理したうえでまとめて搬入できるようにする。その方が管理側にも利点があります」
探索者側にもメリットはある。
一人では受けられない規模の依頼を、組織として受けることができる。
高額な装備や訓練設備を共同で持つこともできる。
経験者が新人を教育し、その活動が単なる善意ではなく、組織として正式に評価される。
そして行政側は、増え続ける探索者を一人ずつ相手にするのではなく、一定の責任能力を持った団体を窓口として扱える。
「国際的な枠組みとの整合はどうします」
「将来的には、各国の認定団体について最低限の共通基準を設ける案があります。ただ、そこが決まるのを待つ必要はありません。国内制度として先に始め、後から接続できる形にしておくべきでしょう」
それには異論がなかった。
異常空間の拡大は、国際協議の終了を待ってくれない。
国内ではすでに、制度より先に探索者たちが集まり始めている。
ならば、それを無視して新しい仕組みを上から作るより、存在しているものを制度へ取り込んだ方が早かった。
「既存団体からの移行は認めますか」
「むしろ、それが中心になるでしょう」
新しく国が組織を作るわけではない。
一定の人数、責任者、活動記録、会計や所属者管理、安全教育などの基準を満たした団体が申請し、審査を経て登録される。
条件を満たすなら、現在使っている団体名をそのまま使うこともできる。
「名称については?」
「公序良俗その他の一般的な制限を除けば、原則として団体側の自由です」
その返答に、会議室の何人かがわずかに顔を上げた。
「自由にするんですか」
「正式な法人名や登録名として扱えるものであれば、国が統一名称を付ける必要はないでしょう。地域名を使いたい団体もあれば、独自の名称を持ちたい団体もある」
「なるほど」
そこは大した論点にはならなかった。
少なくとも、その場では。
制度案はその後も調整を重ね、既存団体からの移行期間や登録要件、監督方法について修正が加えられた。
そして数日後。
政府は、異常空間政策に関する新たな方針を公表した。
『政府は、探索者による自主的な活動組織の増加を踏まえ、一定の基準を満たす団体を公的に登録する「登録探索者団体制度」の創設に向けた準備を開始します』
発表では、制度の目的として探索活動の安全性向上、教育体制の整備、行政との連携強化が掲げられた。
既存の互助組織や攻略団体も申請可能。
認定された団体は、組織単位での行政手続きや公的依頼への参加、共同施設整備への支援などを受けられる。
詳細な登録基準については、近く公開される予定だという。
ニュースサイトが速報を出し、動画配信者が解説を始め、探索者向けの掲示板には次々と新しいスレッドが立った。
その中で、政府発表には書かれていない言葉が、誰からともなく使われ始めていた。
探索者ギルド。
ただの通称に過ぎなかったその言葉は、発表から数時間もしないうちに、正式名称よりも速く広がっていった。




