第230話 あなたは?
「Are you human?」
黒い槍を下げたグラント・ヘイルが、ゆっくりと区切って尋ねてきた。戸張は答えられずに固まった。
人間だと認めれば、次は何者なのかを聞かれる。声を出せば、発音や録音された音声から素性を探られる可能性もある。
かといって、目の前で人間を助けておきながら否定するのは無理がある。黙り続ければ、得体の知れない人型の何かとして警戒されるだけだ。
どう答える。
人間だと認めるだけなら問題ないのか。
いや、そもそも英語で何と言えば――。
「Yes.」
考えがまとまるより先に、口が動いていた。
返事をした後で、戸張は白鎧の内側で目を見開いた。
答えてしまった。
焦った様子が外から見えなかったことだけが救いだった。頭部まで覆う白鎧は表情を隠し、戸張が動かなければ、落ち着いて返答したようにしか見えないはずだ。
グラントたちの姿を順に確認する。
銃を持ち、見覚えのある黒い槍を携え、大口径の狙撃銃まで持ち込んでいる四人組である。
人間なのは分かっている。
それでも戸張は、返事をした勢いのまま聞き返した。
「You?」
一瞬の沈黙が落ちた。
大口径狙撃銃を持っていたコール・マーサーが、堪えきれなかったように吹き出した。
「Sorry.」
口元を押さえながら謝っているが、笑いは完全には収まっていない。
人間かと聞いた相手から、同じ質問を返されるとは思っていなかったらしい。
グラントもわずかに表情を緩めた。
「Fair question. Yes, we are human.」
戸張にも、もっともな質問だと言われたことくらいは理解できた。
最初の返答としては、悪くなかったのかもしれない。
問題は、この先だった。
「Are you alone?」
グラントの次の質問は聞き取れた。
一人なのか。
戸張はすぐには答えなかった。
小人や寄生している生物たちの存在を教えるつもりはない。しかし、単独だと答えれば、先ほど森砕きが戸張の背後を見て逃げたこととの辻褄が合わなくなる可能性がある。
英語で細かな言い回しを選びながら、隠すべき情報まで守るのは難しかった。
戸張は腰の収納からスマートフォンを取り出した。
グラントたちの視線が、白鎧から現れた見慣れた機械へ集まる。
少なくとも、人間の道具を使うことは伝わったらしい。
通信は圏外だったが、翻訳アプリには英語の翻訳データと音声認識用のデータを保存してある。戸張は端末の画面を自分の胸元へ向け、白鎧の右手から人差し指の先だけを薄くして操作した。
翻訳アプリをそのまま見せれば、日本語の入力文や変換元の言語が表示される。
戸張は英訳された文章をコピーし、別のメモ画面へ貼りつけた。余計な表示が残っていないことを確かめてから、文字を拡大して四人へ向ける。
画面に表示した英訳の内容は、次のようなものだった。
『敵意はありません。負傷している人は歩けますか?』
グラントが画面を読み、負傷しているケイレブ・ロークへ視線を向けた。
「Can you walk?」
「Yes. The arm is injured, but I can move.」
ケイレブは噛まれた腕を庇いながらも、自分の足で立っている。
狼型の牙は防具を完全には貫いていないようだが、腕からは血がにじんでいた。
グラントが戸張へ向き直る。
戸張は翻訳アプリの音声入力を英語へ切り替え、スマートフォンのマイクを指した。ここへ向かって話してくれという意図は伝わったらしい。
グラントが端末へ顔を寄せ、短く区切りながら話す。
認識された英文の下へ、日本語訳が表示された。
『彼は歩けます。私たちは扉へ戻る必要があります』
戸張は五層へ戻る扉を見た。
戻る場所は分かっているらしい。
どこから来たのかと聞きたいが、質問の仕方によっては、こちらの入口についても聞き返される。
少し考えてから、必要な部分だけを入力する。
『その扉は、あなたたちが入ったダンジョンにつながっていますか?』
英訳した文章だけを別画面へ移し、グラントへ見せる。
四人は短く顔を見合わせた。
グラントは再びスマートフォンのマイクへ向かって話した。
『はい。私たちは自分たちの側にある五層を通ってきました。入口はアメリカにあります』
やはり、アメリカ側のダンジョンだった。
戸張が使ってきた暗渠の入口とは、場所どころか国まで違う。
それでも彼らは、五層のボスを倒した先から同じ森へ出てきた。
ダンジョンの階層は、入口ごとに完全に分かれているわけではない。少なくとも六層は、アメリカにある別の入口からも到達できる場所だった。
戸張は五層へ戻る扉を見た。
自分が通ってきた扉とは位置が違う。
ハウンド・スリーが使った扉へ入れば、戸張もアメリカ側の五層へ出るのだろうか。
確かめたい気持ちはあったが、今試すわけにはいかない。戻れなくなれば、小人たちのいる拠点へ帰る方法から探すことになる。
それよりも先に、負傷した四人を帰さなければならなかった。
戸張は端末へ次の文章を入力した。
『同じ扉から戻れますか?』
グラントが画面を読んでから、音声入力へ答える。
『はい。扉までたどり着けば戻れます』
扉そのものは使えるらしい。
狼型と森砕きに進路を塞がれていただけで、帰還する方法を失っていたわけではない。
戸張は少し安心した。
同時に、自分の側で起きたことを思い出す。
六層へ入った後、一度戻ることで使えるようになった移動手段がある。
ハウンド側でも同じ仕組みが働くなら、彼らは今後、毎回一層から五層まで進む必要がなくなるかもしれない。
戸張はその可能性を伝えるべきか迷った。
知らないまま使って事故が起きるよりは、先に教えておいた方がよい。少なくとも、自分が利用した範囲では問題は起きていなかった。
端末へ文章を入力する。
『戻った後、そちら側にワープが現れるかもしれません。それを使えば、この階層へ直接来られる可能性があります』
画面を読んだエレナ・ルイスが、初めて明確に驚いた顔を見せた。
戸張がスマートフォンのマイクを向けると、エレナが短く問い返す。
『ワープですか?』
戸張は頷き、続きの文章を表示する。
『私も似たものを使っています。今のところ、使用して問題は起きていません』
エレナは戸張の画面をもう一度読んでから、グラントへ向かって早口の英語で話し始めた。
「If it appears after we return, we may be able to bypass the lower floors.」
「Maybe. He said it may appear, not that it will.」
グラントが慎重に言葉を返している。
戸張は細かな内容までは追わず、自分が教えたことを改めて考えた。
六層へ一度到達し、戻ったことでワープが発生する。
ハウンド側でも同じなら、四人は帰還後、これまでより簡単に六層へ来られるようになる。
しかも、彼らはアメリカ政府の支援を受けている有名な探索者だ。
今日見たものを報告すれば、六層の価値はすぐに理解される。別の入口とつながっている可能性、森砕きのような大型個体、銃器が効きにくい狼型。そして、正体不明の白い人型。
ハウンド自身が来なくても、情報を受け取った誰かが次の到達者を送り込むかもしれない。
戸張はスマートフォンを持ったまま、四人を見た。
助けた以上、無事に帰すことに異論はない。
ただ、何も決めずに帰した場合、これで終わるとは考えられなかった。
むしろ次からは、ワープを使って準備を整えた状態で六層へ入ってくる可能性がある。
自分で教えておいてから気づくのも遅いが、まだ四人はここにいる。
話をつけるなら、帰還する前しかなかった。




