第228話 伝え方
小人たちは、戸張が広げた道具を取り囲み、順番を待つこともなく手を伸ばしていた。
「それ、刃の方を触るなよ。見た目より切れるから」
声を掛けても、意味がどこまで伝わっているかは分からない。
それでも、戸張が指先を切る仕草を見せると、金属用の鋸を持ち上げていた小人は刃から手を離した。代わりに柄を握り、歯の向きを確かめるように何度も傾けている。
今回持ち込んだのは、電気を必要としない手工具が中心だった。
手回しドリル、金属用の鋸、形の異なる鑢、ペンチ、ニッパー、小型の万力、巻尺、簡単な滑車と金具。それに交換用の鋸刃や砥石も多めに用意している。
電動工具も考えたが、充電できなくなれば使えない。故障しても戸張には内部構造まで説明できず、現実へ持ち帰って修理する必要が出てくる。
その点、手工具なら構造が見える。
小人たちなら、使い方さえ理解すれば、似た物を自分たちで作る可能性もあった。
「これは、挟んで固定する道具だ」
戸張は小型の万力を作業台の端へ取りつけた。
木片を口金の間へ入れ、ハンドルを回して締める。手を離しても木片が動かないことを見せてから、両手で鋸を扱う仕草をした。
周囲から、小さな声が一斉に上がる。
すぐに一人が木片を揺らし、別の一人がハンドルを逆へ回し始めた。緩める方向まで確かめると、今度は細い骨を挟み、どの程度の力で固定できるか試している。
「締めすぎたら割れるぞ」
戸張が止めるより先に、乾いた音が鳴った。
細い骨が中央から折れ、万力を回していた小人が動きを止める。
周囲にいた者たちは割れた骨とハンドルを見比べ、互いに短い声を交わした。その反応を見る限り、失敗したこと自体は理解しているらしい。
「まあ、それも使い方を覚えるうちか」
次に、手回しドリルを取り上げる。
先端を木片へ当て、片手で上部を押さえながら、もう片方の手で取っ手を回した。
刃先が木へ入り、細かな屑を出しながら穴が深くなっていく。
小人たちは万力の時よりも近くへ集まり、動く歯車と回転する軸を覗き込んだ。
一人が戸張の手元へ顔を寄せすぎたため、戸張は回転を止め、その額を指で軽く押し戻した。
「目に屑が入るぞ。近すぎる」
押された小人は不満そうに戸張を見上げたが、次に同じ位置へ戻ろうとはしなかった。
穴を開け終えると、手回しドリルはすぐに奪われた。
二人が本体を支え、一人が取っ手を回す。押さえる力が足りず刃先が木の表面を滑ったが、戸張が上から体重を掛ける仕草を見せると、次は三人がかりで木片へ押しつけた。再び取っ手が回る。
先ほどとは違い、刃先は木へ食い込んだ。
小人たちは穴が開いた瞬間に騒ぎ、別の木材や骨を持ってこようと散っていく。
「まず一本ずつ試せ。全部穴だらけにするなよ」
自分でも無理だと分かる注意を口にしたところで、遠くから乾いた音が届いた。
戸張の視線が森の奥へ向く。
小人たちは道具へ夢中で、ほとんど反応していない。
聞き間違いかと思っていると、少し間を置いて、同じ音が続けて響いた。
短く途切れる連続音だった。
「銃声……か?」
六層で聞くには不自然な音だった。戸張は立ち上がり、耳を澄ませる。
距離はかなりある。木々に反響しているため、正確な方向までは分からない。それでも、一定の間隔で何度も鳴り、時折まとまって連続する音は、獣の鳴き声や木が折れる音とは違っていた。
さらに低く重い発射音が森を揺らした。
小銃とは明らかに違う。
音が届くまでの距離を考えても、かなり大きな銃を使っている。
「人間か?」
銃を扱う人型のモンスターが絶対にいないとは言えない。
三層には武器を使う乾いた人型がいた。四層の人形や術士も、道具を扱う知能を持っていた。
ただ、複数種類の銃声が一定の間隔で響き、連射と単発を使い分けているように聞こえる。
人間である可能性は高かった。戸張は周囲の小人へ向き直った。
「ここから出るな」
銃声が聞こえた方向を指し、両腕で大きく交差を作る。さらに拠点の内側を指してから、地面へ座るよう手を動かした。
小人たちは戸張と森の奥を交互に見た。
道具を持ったままついてこようとする一人の前へ手を出し、首を横に振る。
「駄目だ。人間だったら、見つかる方がまずい」
言葉の意味は伝わらなくても、連れていくつもりがないことは分かったらしい。
小人は足を止めた。
戸張は寄生している鳥型や狼型にも、銃声の方向へ近づかないよう意識を向けた。返ってきたのは言葉や映像ではなく、複数の警戒するような反応だった。
森の生物たちも、遠方の異音には気づいている。
戸張は外套を外し、身体の表面へ白い糸を広げた。
胸、腕、脚へ白い層が重なり、関節の動きを妨げない形で硬さを増していく。最後に頭部まで覆い、顔を隠した。
銃を持った相手へ近づく以上、通常の服装で確認へ行く気にはなれなかった。
正体が人間だった場合も、顔を見られずに済む。
赤錆の山刀を腰へ固定し直し、短刀の位置も確かめる。小人たちは白鎧化していく戸張を見上げていた。
「すぐ戻る。多分」
最後の一言は、自分へ言い聞かせるようなものになった。戸張は拠点を離れ、銃声が聞こえた方向へ走り出した。
森の中を進む間にも、断続的に射撃音が続いた。一度に数発。間を置いて別方向から数発。
先ほどの大きな一発は、すぐには聞こえてこない。
複数人が周囲を警戒しながら撃っているようにも思える。
戸張は速度を上げすぎず、木々の隙間と地面を確認しながら進んだ。
しばらくすると、森の様子にも変化が現れた。
小型の獣が茂みから飛び出し、戸張の姿を見ると進路を大きく変える。頭上では鳥型が枝へぶつかりそうな勢いで飛び去り、木の幹を這っていた虫型も、普段より速く奥へ移動していた。
どれも銃声から逃げているだけには見えない。
戸張の足元へ、低い振動が伝わってきた。最初は遠くで大木が倒れた程度の揺れだった。
数歩進むうちに再び振動が届き、先ほどより長く地面が震える。
「銃を撃ってる連中とは別か」
山刀の柄へ手を置く。森砕きが生きていた頃にも、似たような地響きを感じたことがあった。
ただ、同じ個体とは限らない。
六層には、戸張がまだ確認していない範囲が広く残っている。森砕きと同程度、あるいはそれ以上の大きさを持つ生物がいても不思議ではなかった。
地面には新しい足跡が増えていた。
蹄の跡、鳥の爪、大きさの違う四脚型の足跡。それらが同じ方向へ重なり、落ち葉を踏み荒らしている。
捕食する側とされる側が混じったまま逃げている。中国で起きたスタンピードの映像が頭をよぎった。
「入口へ向かってるわけじゃないよな」
この六層の扉がどこにあるのかは把握している。
逃げる生物の流れは、戸張が普段使う五層側の経路とは少しずれていた。
局地的に何かから離れようとしているだけなのか、それとも森全体に広がる異常の始まりなのか、今の段階では判断できない。
銃声が再び響いた。今度は先ほどより近い。短い連射の後、低く重い一発が続く。戸張は足を止めた。
発射音の方向から、微かに人の声も聞こえた。
言葉までは拾えない。
ただ、獣の鳴き声ではなかった。
「やっぱり人間か」
日本政府の調査隊が、暗渠ダンジョンの入口を発見した可能性が最初に浮かんだ。だが、公式の調査隊が六層まで来たのなら、戸張が知らないまま進められるだろうか。水門の五層調査すら、まだ準備段階だったはずだ。
別の未申告入口を持つ国内の探索者という可能性もある。
それなら、大口径の銃や複数人分の装備をどうやって用意したのかという疑問が残る。
戸張は音の方向へ近づいた。
途中、木の幹に弾丸が食い込んだ跡を見つける。周囲には火薬の臭いが残り、地面には大きな四脚型が滑ったような爪痕もあった。
灰色の毛が枝へ引っかかり、近くの葉には血が付着している。
「狼型と戦ったのか」
血の量は少ない。
六層の狼型は、低い階層のモンスターより明らかに強い。銃を持っているからといって、簡単に倒せる相手ではなかった。
木々の向こうから、また人の声が聞こえた。
今度は一部だけ聞き取れた。英語だった。
戸張はその場で速度を落とした。
「外国人?」
疑問を口にしながらも、ほかの答えは思いつかなかった。日本人の調査隊が戦闘中に英語を使う可能性は低い。海外の探索者が、別の入口から同じ六層へ到達した。
そう考えれば状況には合うが、その意味は大きかった。
ダンジョンの階層が、入口ごとに独立しているとは限らない。
世界のどこかにある別の入口から、同じ場所へ出られる可能性がある。
戸張は木の陰へ身を寄せ、声の主を自分の目で確認できる位置まで進んだ。少し先に、四人の人間がいた。
一人は長い黒い槍を持ち、先頭で周囲を警戒している。別の一人は見慣れないほど大きな狙撃銃を抱え、残る二人も小銃と端末を持っていた。
服装も装備も、日本の自衛隊とは異なる。
四人の近くには、狼型の死体が一頭倒れていた。少し離れた場所にも血痕があり、別の個体を負傷させたらしい。
それでも四人の表情に余裕はない。
森の奥から逃げてくる生物を避けるため、太い木の陰へ移動しながら、互いに英語で指示を出していた。
戸張はさらに近づかず、その場で様子を見た。
人間であることは確定した。問題は、その先だった。
「どうやって話しかけるんだ、これ」
白鎧は頭部まで覆っている。
この姿のまま森から出れば、相手が人間だと判断してくれる保証はない。むしろ、見たことのない人型モンスターとして撃たれる可能性の方が高かった。顔だけ解除すれば、人間だとは伝わりやすい。
しかし、四人の装備には記録用のカメラらしい物が複数取りつけられている。顔を見せれば、その映像が海外政府へ渡ると考えた方がいい。
山刀を持ったまま近づくのも危険だった。
武器を置いて両手を上げれば敵意がないことは示せるが、地響きの原因が迫っている状況で、すぐ手に取れない場所へ山刀を置きたくはない。
英語にも自信がなかった。
簡単な挨拶や、止まれ、逃げろ程度なら言える。相手がどこから来たのか、こちらが何者なのか、なぜこの場所にいるのかまで聞かれれば、説明以前に答えられないことばかりだった。
「助けに来た、で通じるか?」
戸張は小さく呟いた。
相手の人数は四人。
少なくとも一人は腕を負傷しているように見える。全員が戦える状態ではあるが、弾薬をどれほど残しているかは分からない。
地響きはさらに近づいていた。
戸張の背後を、小型の獣が数匹まとめて走り抜ける。
四人もその動きへ銃口を向けたが、逃げるだけだと判断して射撃はしなかった。
判断力は残っている。
無差別に撃つ集団ではなさそうだった。
それでも、白鎧姿の戸張が突然現れた場合に、同じ判断をしてもらえるとは限らない。
戸張は白い頭部装甲へ手を触れた。
顔を出すか。
遠くから声だけ掛けるか。
相手に見える位置へ山刀を置き、両手を上げて近づくか。
考えている間にも、森の奥で大きな木が倒れた。四人が一斉にそちらを振り向く。
英語の指示が飛び交い、黒い槍を持つ男が仲間を別の木陰へ移動させ始めた。
これ以上、様子を見る時間はなさそうだった。
「最初の一言で撃たれなきゃ、どうにかなるか」
戸張は山刀の柄から手を離し、相手に見える位置まで出るための経路を確かめた。
何と声を掛けるべきか決められないまま、地面はもう一度大きく揺れた。




