第226話 包囲
小型ドローンが石柱の間を抜けた直後、床から三本の杭が突き出した。
機体は杭の間を上昇し、天井近くで旋回する。送られてきた映像へ新たな作動位置が加えられ、エレナ・ルイスの端末上にある室内図が更新された。
「北側の三か所目も変わってる。記録していた経路は使えない」
「規則性は?」
グラント・ヘイルが石柱の陰からボス部屋を見渡した。
「配置は読めない。ただ、作動してから杭が出るまでの時間は同じ。ボスが避ける場所も、過去の映像と大きく変わってない」
四人が入ってきた扉は、すでに閉じていた。
壁と一体化した扉には取っ手も隙間も見当たらない。開けようとしても反応せず、破壊できるような構造にも見えなかった。ボスを倒すまで、ここからは出られない。五層最奥の部屋には太い石柱と形の異なる床石が並び、天井近くには巨大な生物が通れる空間がある。壁と柱には、鋭い爪で削られた跡が幾重にも残っていた。
この部屋へ人間が入ったのは、今回が初めてだった。 過去三回の調査では、扉の外から無人機だけを送り込んでいる。
一機目は飛行ドローンだった。
部屋へ入った直後に扉が閉じたが、映像と測定情報の送信は続いた。機体は室内を飛び回り、石柱の配置と天井の空間を撮影した後、暗がりから伸びてきた前脚に叩き落とされた。機体の反応が完全に途絶えてしばらくすると、閉じていた扉が再び開いた。
二機目には、小型の機銃を搭載した。
人間へ携行させるには火力も装弾数も足りないが、遠隔操作で標的へ射撃し、どの部位が反応するかを確認するための試験装備だった。
その機体はボスの正面へ短い連射を浴びせた。
弾丸は黒褐色の殻へ傷らしい傷を残せず、六脚の甲殻型は機銃の音を発したドローンへ向きを変えた。機体が横へ逃げると、ボスも天井と石柱を使って追跡し、最後は飛びかかった勢いのまま機体を踏み潰した。
三機目は地上走行型だった。
床の罠を探り、ボスが自分から踏まない場所を記録するために送り込まれた。機体は複数の杭を作動させた後、天井から落ちてきた甲殻型の前脚で破壊されている。 三回とも無人機は戻らなかった。
代わりに、部屋の構造、罠の作動速度、ボスの移動方法、通常弾が装甲へ通じないことを記録として持ち帰った。今回は、四人全員が閉じ込められている。
調査では終われない。六脚の甲殻型を倒さない限り、帰還経路は開かなかった。
「コール、準備は」
「いつでも撃てる。弾数は十二発だ」
コール・マーサーは石柱の根元で、長大な銃身を持つ大口径狙撃銃を構えていた。
制式採用されている対物銃ではない。既存の機関部を基礎にしながら、異常空間内で身体能力が上昇した使用者を前提として、銃身、銃床、反動吸収機構を作り直したワンオフの試験装備だった。
貫通力を優先した専用弾を使う代わりに、銃本体も弾薬も重い。通常の人間が安定して運用するなら、二脚で固定し、一発ごとに姿勢を作り直さなければならない。
今のコールは立て膝の姿勢で銃床を肩へ押しつけ、標的が現れるのを待っていた。
異常空間内で強化された体でも、反動が消えるわけではない。撃つたびに肩と背中へ大きな衝撃が入る。それでも姿勢を崩さず、短時間で次の照準へ移れることが、この銃を実戦へ持ち込めた理由だった。
「飛行一号を中央へ入れる」
エレナが操作すると、ドローンが高度を下げながら石柱の間を進んだ。
床の罠を避け、部屋の中央で旋回する。
機体の下部には、過去の調査で使ったものより小型の機銃が取り付けられていた。ボスを倒す火力は期待されていない。音と着弾で注意を引き、向きを変えさせるための装備だった。短い連射音が響く。天井の暗がりから、硬い物が擦れる音が返ってきた。
「来るぞ」
ケイレブ・ロークが壁際へ下がる。六脚の甲殻型が天井の通路から姿を現した。
脚の先端を石材へ食い込ませ、上下が逆になったままドローンを追っている。黒い複眼が機体を捉えると、前脚の一本が伸び、石柱の表面を深く削った。
ドローンは直前で横へ逃れ、機銃を数発だけ撃ち返した。弾丸は頭部の殻で潰れたが、甲殻型は機体を追って天井を走る。
「右へ誘導する」
エレナが機体を移動させる。
グラントとケイレブは別々の石柱へ移り、ボスが床へ降りた後の進路を確保した。コールだけは射線の通る場所に残り、銃口をゆっくりと動かしている。ドローンが急降下した。甲殻型は天井から体を離し、六本の脚で床へ着地する。
そこは、過去の映像でもボスが避けなかった床だった。
「撃て」
コールが引き金を絞った。
室内の空気が破裂したような発射音が響き、銃口から噴き出した圧力が周囲の砂埃を吹き飛ばした。
コールの上体が後方へ押されたが、足と腰は動かなかった。肩で反動を受け止め、そのまま照準器の中へ標的を戻す。専用弾は甲殻型の正面装甲へ命中した。
黒褐色の殻から細かな破片が飛び、ボスの頭部がわずかに揺れる。
しかし、弾は貫通していなかった。
「正面中央、損傷確認。深さは不明、ただ見た限りはかすり傷ね」
エレナがドローンの映像を拡大する。
命中箇所には白っぽい傷が残っている。貫通力を優先した大口径弾を受けても、殻の表面を浅く抉っただけだった。
「冗談だろ」
コールは空薬莢を排出し、次弾を装填した。
「効いてはいる。同じ場所へ入れろ」
グラントが甲殻型の左側へ走り、小銃で注意を引いた。
通常弾は殻の上で潰れ、傷らしい傷を残さない。それでも大きな音と衝撃には反応し、甲殻型はグラントへ向きを変えた。最初の傷がコールから見えなくなる。
「二号機、右へ」
エレナが別のドローンを低空で接近させた。二号機にも小型の機銃が搭載されている。甲殻型の頭部側面へ短い連射を加え、すぐに距離を取る。弾丸は複眼の周囲へ当たったが、外殻を破るほどの損傷は与えられない。
甲殻型が前脚を振るう。機体は爪を避けながら頭部の横へ回り込み、複眼の近くで光を点滅させた。甲殻型が機体を追い、胴体の向きを戻す。
「傷、見えた」
コールが再び撃った。
二発目は最初の命中箇所からわずかに外れ、傷の縁を広げた。
甲殻型は大きく体を震わせ、前脚で床を叩く。杭の罠が作動し、突き出した石杭の一本が腹の下をかすめたが、外殻を破るには至らなかった。
「三十センチ右へずれた」
「動いてる大型目標に、同じ穴へ入れろって方が無茶なんだよ」
「それが貴方の仕事よ」
エレナは上空から傷の位置を追跡し、コールの照準器へ補正位置を送った。
甲殻型が突進する。
グラントとケイレブは石柱を挟んで左右へ分かれた。ボスは直前まで標的を決め切れず、柱へ肩をぶつけて動きを鈍らせる。
「今」
三発目が放たれた。弾丸は最初にできた傷の中央へ入った。
甲殻型の体が明確に揺れ、傷の奥から濃い体液がわずかに漏れる。
「通ったか?」
「まだ浅い。殻の下までは届いてない」
「でも、同じ場所なら削れる」
コールは次弾を装填しながら立ち上がった。二脚を使った安定姿勢を捨て、次の射線へ移動する。銃だけでも相当な重量があるが、強化された身体なら抱えたまま走れた。甲殻型は傷を受けた側をコールから隠すように向きを変え、天井へ戻ろうと石柱へ脚を掛けた。
「上げるな!」
グラントが黒い槍を取り出し、後脚の関節へ突き込んだ。
四層の宝箱から回収した異常空間由来の武器でも、甲殻そのものを正面から貫くことはできない。先端は関節の隙間へ入り、後脚一本の動きを一時的に止めた。
甲殻型が暴れ、槍の柄ごとグラントを振り払おうとする。グラントは手を離して横へ転がった。
「傷を正面へ向けさせる!」
ケイレブが反対側から脚部へ射撃を集中させ、エレナは二機のドローンを別方向から接近させた。機銃による連射が左右から交互に加えられる。
外殻へ有効な傷は付かなくても、甲殻型は自分の周囲を飛び回る機体を無視できなかった。 一機が前脚に触れ、外装を散らしながら床へ落ちた。
残った機体が傷のある側へ回り込む。
甲殻型が追ったことで、白く削れた一点が再びコールの射線へ入った。
コールは立ったまま銃を構えた。
銃床を肩へ押し込み、上体だけで反動を受けないよう腰を落とす。照準器の中では、ボスの体が激しく上下していた。
呼吸を止め、傷が石柱の間を通過する瞬間に引き金を絞る。四発目が同じ場所へ命中した。大口径弾は重なった損傷を押し広げ、殻の一部を内側へ割った。
甲殻型が初めて明確な苦鳴を上げる。
「装甲貫通確認!」
傷口から体液が噴き出したが、ボスは倒れなかった。
内部へ届いた穴は、弾丸一発が通る程度しかない。周囲の装甲は依然として厚く、別の場所を撃てば最初から削り直すことになる。
「同じ穴へ続ける」
グラントは黒い槍を回収しながら指示した。
「残り八発」
「十分だ。強化様様だね。俺でさえ伝説のスナイパーになれる」
コールは肩を一度回した。
強化された体でも、四発分の反動は蓄積している。銃床が当たる部分には鈍い痛みがあり、腕にも痺れが残っていた。それでも、まだ撃てる。甲殻型がコールへ突進した。
正面から撃てば、傷は頭部の右側に隠れる。
エレナが残ったドローンを低く飛ばし、ボスの右側を横切らせた。機銃で複眼の周囲を撃ちながら、甲殻型の向きを外へ引く。
ケイレブとグラントも別方向から攻撃し、直進させない。甲殻型が進路を変え、傷口が横を向く。五発目は穴の縁へ当たり、割れた装甲をさらに剥がした。
六発目が内部へ入った。
弾丸は殻の奥にある組織を破壊し、反対側まで抜けることなく体内で止まった。
甲殻型の右前脚が動かなくなる。
「効いてる。もう一発」
コールは空薬莢を排出した。
甲殻型は残った脚で体を支え、石柱の陰へ逃げようとする。
グラントが黒い槍の柄で脚を払い、進路を変えさせた。ケイレブは射撃で複眼を狙い、エレナは上空から傷の位置を追い続ける。
七発目は、開いた穴へ正確に入った。甲殻型の体が大きく沈んだ。
前脚が床を引っかき、石片を飛ばす。起き上がろうと何度も力を入れたが、右側の脚はほとんど動かない。
「熱源が落ちてる。でも、まだ生きてる」
「止め刺しするぞ」
コールは立て膝へ戻り、銃を構え直した。
甲殻型の傷口は体液で濡れ、最初の白い痕より大きく広がっている。
八発目が穴の奥へ入り、内部で硬い物を砕いた。甲殻型の動きが止まった。
四人はすぐには近づかなかった。
銃口と黒い槍を向けたまま距離を取り、エレナが残ったドローンを上空から接近させる。
「脚の動きなし。熱反応は低下中」
「三分待つ」
時間を置いても、甲殻型が再び動くことはなかった。
ケイレブが罠のない経路を通って接近し、開いた傷と複眼の反応を確認する。
「死んでる」
コールは大口径狙撃銃を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。
「専用弾を八発。ワンホール五発で、やっとか。戦車並みの装甲だな。本当に生き物か?」
「一発ずつ別の場所へ撃っていたら、弾を使い切っても倒せなかったでしょうね」
エレナは戦闘記録を保存し、落とされたドローンの位置を確認した。
「飛行機体一機喪失。もう一機も機銃と外装に損傷。事前調査で失った機体と合わせれば、かなり高い一体ね」
「人間が四人とも立ってるなら安いさ」
グラントは甲殻型の傷口を見た。
近代兵器であっても、五層のボスを正面から簡単に撃ち抜くことはできなかった。
無人機を犠牲にして集めた情報があり、ドローンによる測量、罠の確認、死角からの観測、機銃を使った誘導があった。強化された身体でワンオフの大口径銃を運用し、同じ損傷箇所へ射撃を重ねて、ようやく攻撃が通った。
どれか一つが欠けても、四人全員で閉じ込められたボス部屋から、無傷で出ることは難しかった。
甲殻型の動きが止まって間もなく、二方向から石が擦れる音がした。
部屋の奥では壁の一部が左右へ分かれ、その向こうから新たな扉が現れた。
同時に、五層へ戻る側の壁にも継ぎ目が走る。閉ざされていた入口が開き、来た通路が再び見えるようになった。
「奥が六層への入口か」
コールが肩を押さえながら言った。
「可能性は高い。今日は戻る」
グラントは時刻を確認した。
戦闘前には撤退できなかったが、今なら五層側へ戻れる。
損傷した機材を回収し、甲殻型の殻と組織を採取する。大口径狙撃銃にも異常がないか確認し、四人は開き直した入口から来た経路を引き返した。
六層へ進んだのは、戦闘記録と装備の検査を終え、改めて五層へ入った次の活動日だった。
あまりに間を空けると、ボスがいつ復活するかも分からない。
奥の扉を前にしても、ハウンド・スリーの四人はすぐには手を掛けなかった。
グラント・ヘイルが周囲を警戒し、コール・マーサーは扉の左右へ視線を動かしている。エレナ・ルイスは記録端末で現在位置と残り時間を確認し、ケイレブ・ロークは床へ膝をついて、扉の前に残された細かな傷を調べていた。
「踏まれた形跡は?」
グラントが尋ねる。
「俺たちの靴だけだ。壁にも新しい穴はない。少なくとも、前回確認した後で何かが追加されたようには見えない」
「見えないだけ、という可能性は」
「ここでは常にある」
ケイレブは立ち上がり、床から手を離した。
五層へ入ってから、その答えがなくなることはなかった。
通路へ印を残せば、標識を消す個体が現れる。慎重に停止すれば、その行動を待っていたように罠が作動する。引き返そうとした者を狙う仕掛けまで存在し、解除したはずの罠は、時間を置けば元の状態へ戻されていた。
最短距離を進めば安全という階層でもない。
五層は、探索者が何を警戒し、どのように安全を確保しようとするのかを知った上で、その行動を利用してくる。
何度も進入し、同じ場所で違う反応を確かめ、ようやくここまで経路をつないだ。
「残り四十八分」
エレナが告げた。
「扉の先へ入るなら、確認に使えるのは二十分。戻りに余裕を残すなら、それ以上は無理」
「到達確認だけなら十分だ」
グラントが答えた。
中国でスタンピードが発生して以降、彼らの活動条件は以前より厳しくなっている。
一人でも自力歩行が難しくなれば、その時点で全員撤退。救助のために隊列を分けず、追跡してくる個体がいても深追いしない。遺体を内部へ残す可能性が生じた場合には、回収できる段階で活動を中止する。
五層以降で何が起きたのか、中国は公表していない。
それでも、深い階層で短時間に多数の人間が死亡し、その後に入口からモンスターが流出した可能性は、アメリカ側でも重く見られていた。
ハウンド・スリーも、六層到達を急ぐために条件を緩めることはしなかった。
以前より一度の進入距離を短くし、同じ経路を何度も確認している。時間は掛かったが、四人とも欠けずに奥の扉へ到達した。
「開けるぞ」
グラントが扉の取っ手へ手を掛けた。 ほかの三人は距離を取り、壁や床に変化がないか注視する。 取っ手を下げても、矢も刃も飛び出さなかった。
扉は重い音を立てながら、ゆっくりと奥へ開いていく。
向こう側から流れ込んできた空気には、湿った土と植物の匂いが混じっていた。
「森か」
コールが呟いた。扉の先には、五層の石造通路とはまったく異なる景色が広がっていた。
太い木々が密集し、頭上は何層にも重なった枝葉で覆われている。扉から差し込む光だけでは森の奥まで見通せず、木々の間には白い霧のような湿気が残っていた。
天井は見えない。人工的な照明も、壁もなかった。遠くから差し込む光が枝葉の隙間を通り、地面へ細い筋を作っている。
「外ではないよな」
コールが上を見ながら言った。
「扉を通った時点で位置情報は消えたまま。外部通信もつながらない」
エレナが端末を確認した。
「気圧と酸素濃度は活動可能範囲。危険物質の反応も、今のところはない」
「六層到達を確認」
グラントは記録用カメラへ向けて告げた。
「時刻、十四時三十二分。ハウンド・スリー、四名。負傷者なし。これより入口周辺のみを確認する」
四人は扉から離れすぎないよう、森へ足を踏み入れた。
地面には落ち葉と柔らかい腐葉土が積もり、五層までの石床とは足元の感触が大きく違う。枝や蔓が視界を遮り、数メートル先でも伏せた生物を見落とす可能性があった。ケイレブが先頭へ出て、棒の先で落ち葉の下を確かめる。
「罠らしい物は見えない。ただ、自然の地面だから、埋められていたら五層より分かりにくい」
「誰かが作った罠を前提にする必要はない。穴も毒虫も、ここでは同じだ」
グラントは扉の位置を何度も振り返りながら進んだ。
入口から十メートルも離れないうちに、頭上で大きな羽音がした。
四人が同時に武器を上げる。枝葉の向こうを、黒い影が横切った。
姿を確認できたのは一瞬だったが、翼を広げた幅は人間の身長を大きく超えている。
「鳥か?」
「鳥に見えた」
エレナがカメラの映像を戻した。
画面には、枝葉の隙間を通過する翼の一部しか映っていない。
「確認は戻ってから。止まらないで」
四人は周囲を警戒しながら、さらに数メートル進んだ。右手の高い場所では、木と木の間に太い糸が張られていた。
最初は蔓に見えたが、同じ太さの線が何本も規則的に交差している。糸の一本は、コールの指より太い。
「蜘蛛の巣だと思うか?」
コールが小声で聞く。
「そうじゃないことを願う理由はあるけど、ほかの候補がない」
エレナが答えた。
「巣の下へは行かない」
グラントは進路を左へ変えた。 六層へ入ってから、まだ一体とも戦っていない。
それでも、この階層の生物が五層までの個体より小さいと考える材料はなかった。
鳥の影も、頭上の巣も、人間が森を支配している場所ではないと示している。
エレナが残り時間を確認した。
「引き返すなら、そろそろ」
「戻る。今回の目的は到達確認までだ」
グラントの判断に反対する者はいなかった。四人は来た方向へ向きを変えた。
直後、ケイレブが片手を上げる。
「待て」
三人は足を止めず、互いの背中を守れる距離まで寄った。
「何がある」
「静かすぎる」
ケイレブは小銃を構え、木々の間へ視線を動かしている。
少し前まで聞こえていた鳥の声が消えていた。葉の擦れる音は残っているが、その中に動物の気配がない。
「ドローンを上げる」
エレナが残っていた飛行機体を頭上へ送った。
枝葉が幾重にも重なっているため、高度を上げても地上全体は見渡せない。機体を四人の周囲へ低く旋回させ、赤外線映像を端末へ送らせる。
「右側、熱源一。距離十三メートル」
木の幹に隠れていた反応が、ドローンの移動に合わせて少し下がった。
「左後方にも一。正面奥に二つ……」
エレナの声が止まった。
「どうした」
「扉の前にいる」
端末に表示された二つの熱源は、四人が通ってきた扉の左右に分かれていた。
こちらが進んできた時には存在しなかった反応だった。
「全部で?」
「五頭。今のところは」
「囲まれてるな」
コールは大口径狙撃銃ではなく、小銃を構えた。
右側の茂みから一頭が姿を現した。
灰色がかった毛に覆われた狼型だった。四肢は太く、頭の位置は人間の胸元に近い。口を開いて威嚇することもなく、黄色い目で四人を見ている。
左後方からも別の個体が現れた。
どちらもすぐには襲ってこない。こちらの武器と動きを観察しながら、互いに距離を保っていた。
「扉側を映して」
エレナがドローンを旋回させる。
画面の中に、さらに二頭の狼型が映った。
一頭は扉の正面に立ち、もう一頭は少し離れた木の陰にいる。正面の個体はほかより一回り大きく、扉へ近づく経路の中央を塞いでいた。
「俺たちが戻る方向を読んで、先に回ったのか?」
コールが尋ねた。
「最初から扉を見張っていた可能性もある」
ケイレブは左側の狼型から視線を外さなかった。
「どちらにしても、偶然そこにいる配置じゃない」
五頭しかいない。
数だけなら、対処できない相手とは限らなかった。
しかし、狼型は四人の周囲へ均等に広がってはいない。二頭が帰還路を押さえ、残る三頭が左右と後方から退路を狭めている。
倒しやすい一頭へ集中すれば、別の方向が開く。扉へ走れば、背後から三頭が追いつく。
群れは四人をその場で仕留めようとしているのではなく、戦う以外の選択肢を消そうとしていた。
「隊形を維持したまま扉へ寄る」
グラントが黒い槍を前へ出した。
「エレナはドローンで後方を確認。コールは右、ケイレブは左を見る。向こうが動くまで撃つな」
四人は互いの間隔を狭め、扉へ向かってゆっくり下がった。 狼型も動いた。
左右にいた個体は一定の距離を保ち、後方の一頭だけが中央へ寄る。扉の前にいる二頭は動かず、四人が近づくのを待っていた。
「距離十八メートル」
エレナが告げた。
「扉前の二頭に変化なし。後ろが詰めてきてる」
グラントたちは歩みを止めない。 扉まで十五メートル。
正面にいる大きな狼型が、ゆっくりと頭を下げた。前脚を開き、いつでも飛び出せる姿勢を取る。
その隣にいた個体も木の陰から出て、扉の前へ並んだ。
「警告射撃は?」
コールが聞く。
「撃てば始まる。まだだ」
「近づいても始まりそうだぞ」
「分かってる」
残り十メートルまで進んだところで、扉前の二頭が同時に踏み出した。
前へ襲いかかってくる動きではない。 四人の進路を塞ぐように横へ並び、牙を見せた。左右と後方にいた三頭も距離を縮める。
エレナの端末上で、五つの熱源が狭まっていった。
「このまま下がれば、正面の二頭と接触する」
「横へ抜ければ?」
「左右も合わせて動いてる。扉から離されるだけ」
グラントは足を止めた。 狼型も止まった。
最も近い個体まで七メートルほどしかない。飛びかかれば、数歩で届く距離だった。
「完全に帰り道を押さえられたな」
ケイレブが言った。コールが小銃の安全装置を外す。
「五層のボスを倒した後で、狼五頭にそこまで警戒する必要あるか」
「ただの狼ならな」
グラントは扉の前に立つ二頭を見た。
大口径狙撃銃には四発が残っている。小銃の弾薬もあり、上空には機銃を搭載したドローンが一機残っていた。
戦う手段はある。
問題は、一頭目へ攻撃を始めた後、五頭すべてを止めるまで扉へ背を向けられないことだった。
狼型は襲いかからず、四人が次にどう動くかを待っている。
自分たちが森を調べていた間、群れもまた四人の動きと帰還先を調べていた。
グラントは黒い槍を握り直した。
「配置を決める。正面の二頭を退かさない限り、俺たちは帰れない」
五層へ戻る扉は、すでに狼型の群れの内側にあった。




