第224話 試験運用
深町浩一が片刃の剣を抜くと、薄暗い通路へ鈍い金属音が響いた。
刀身には腐食を削った跡が残り、形も日本刀とは違う。柄や鍔には複数の素材が使われているが、手袋越しに握っても継ぎ目が動く感触はなかった。
戸張が政府へ持ち込んだ武器のうち、初期検査を通過した四点が、水門ダンジョンの試験運用班へ回されている。
深町が持つ片刃の剣のほか、幅広の斧、長い柄を付け直した槍、片側だけが大きく張り出した槌が選ばれていた。
表面の採取検査、毒性検査、放射線測定、生物由来物質の確認は終わっている。試験材を使った強度や切断能力の確認もすでに済ませていた。
残るのは、モンスターを相手にした実地評価だった。
「届いた翌々日に、もう実戦ですか」
剣を確かめながら深町が言うと、隣で槍を持っていた真壁一等陸曹が答えた。
「翌々日まで待った、と言うべきかもしれん。上は昨日のうちに入れたがっていたらしい」
「随分と急ぎますね」
「中国の件が起きる前なら、検査だけで何週間も掛けていただろうな」
真壁は槍を軽く持ち上げ、柄の中央へ握り直した。
穂先だけでも通常の槍より重い。新しい柄はその重量を受け止められる太さがあり、異常空間で身体能力が向上していなければ、長時間の運用は難しそうだった。
隊列の前方にいた三宅一等陸尉が振り返る。
「国内の異常空間管理に関する案件は、今なら驚くほど早く通る。中国でスタンピードが発生してから、関係省庁も政治家も熱の入り方が変わった」
「今まで反対していた人間まで、ですか」
「少なくとも、公の場で慎重論だけを唱える人間は減った。次は日本かもしれないと言われれば、何もしなかった責任を負いたくないからな」
戸張から持ち込まれた装備を、査定も終わらないうちに自衛隊へ回す。本来なら、所管や保管責任、所有権、使用中に破損した場合の補償まで整理してから実施される試験だった。
今回は、研究目的での一時使用という扱いで特例が認められている。
正式な文書は後から追加される予定だった。
「少し性急になっても、今は止める方が難しい」
三宅は前方へ視線を戻した。
「それだけ、中国の映像が効いている。都市の中をモンスターが走り、装甲車が後退し、入口周辺を軍が封鎖する。情報を消されるほど、見た側は自国で起きた時のことを考える」
中国政府が被害の全容を公表していなくても、大規模な異常が発生した事実までは隠し切れていない。
国内の管理施設では、入口周辺の防壁、避難経路、備蓄、通信手段、内部個体の討伐頻度まで見直しが始まっていた。
その中で持ち込まれた、大量の異常空間由来武器だった。
危険性が確認されていない以上、慎重に扱う必要はある。それでも、既存装備より有効な可能性があるなら、棚へ置いたまま検査結果を待つ余裕はないと判断された。
「接触、前方二」
先頭の隊員が合図を出した。
通路の奥から、蛙型のモンスターが二体跳び出してくる。一層で頻繁に確認されている個体で、銃弾を受けてもすぐには止まらず、接近を許せば体当たりと噛みつきを繰り返す。
三宅が手を上げた。
「深町、前へ。銃器は待機」
「了解」
深町は剣を正面へ構えた。 最初の蛙型が床を蹴る。
飛び込んできた胴へ合わせて横から剣を振ると、刃は厚い皮膚と筋肉をほとんど止まらずに通過した。
蛙型は進行方向を変えられたように横へ落ち、壁際まで転がって動かなくなった。
二体目へ踏み込み、今度は斜め上から振り下ろす。
頭部から背へ刃が入り、床へ叩きつける前に動きが止まった。
深町は周囲を確認してから、刀身に付着した体液を拭った。
「抵抗が軽いですね」
「刃こぼれは」
「見た限りではありません」
これまで使っていた鉈や大型刃物でも、蛙型を一撃で無力化できることはあった。ただし、骨や厚い筋肉へ刃が止まり、二度目の攻撃が必要になる場合も少なくない。
戸張の持ち込んだ剣には、その不確実さがなかった。試験班はそのまま先へ進んだ。
一層では、甲虫型の外殻を斧が一撃で割った。刃は殻の表面で跳ねず、内部まで深く食い込んでいる。
二層では、槍が複数の節を持つモンスターの胴を貫通した。以前なら穂先が外皮を滑り、複数人で動きを止めてから急所を狙っていた相手だった。
三層で現れた人型のモンスターは、槌による一撃で胸部を大きく陥没させ、その場へ倒れた。それぞれ異なる隊員が使用しても、武器の効果は大きく変わらない。
ただし、誰でも扱えるわけではなかった。
異常空間内で身体能力が上がっていても、重さと長さに慣れていない隊員は振り終わりに姿勢を崩す。武器に引かれず、次の動作へ移るには、相応の筋力と訓練が必要だった。
「一般隊員へ渡して、すぐ使える装備ではないな」
三宅の言葉に、真壁が頷いた。
「選抜と訓練は必要です。ただ、使える人間を揃えれば、低層での戦闘時間はかなり短縮できます」
「弾薬の消費も減らせる」
「接近する必要はありますが、止めるまでに何度も殴るよりは安全です」
深町は剣を持ったまま、自分の手を見た。
「武器が使い手を選んでいるというより、作った側が普通の人間を基準にしていない感じがします」
「例の人物が使っている物も、似た経歴だと言っていたそうだ」
「これを普段からですか」
「本人の説明を信じるならな」
深町は剣を鞘へ戻した。一層から三層までの結果だけでも、既存装備との違いは十分に出ている。それでも、今回の試験はそこで終わらなかった。 隊列は四層へ続く扉を通過した。
空気が変わり、足元の石材も硬くなる。通路の幅は広いが、陰になる場所が多く、壁の一部には過去の戦闘で残った傷が刻まれていた。
四層では、モンスターの外皮や骨格が明らかに強くなる。
従来の刃物では致命傷を与えにくく、銃器を使っても動きを止めるまでに時間が掛かる。正式な探索でも、複数人で一体を包囲し、手足や関節へ攻撃を集中させるのが基本だった。
「前方、甲殻型一。右奥にも反応」
偵察役の報告に、三宅が隊列を止めた。
通路の先から現れたのは、人間の胸ほどの高さがある甲殻型だった。
前面を覆う殻は厚く、これまでの調査では、小銃弾を正面から受けても接近を続けた記録がある。側面や脚部を狙い、姿勢を崩してから仕留めるのが定石だった。
「真壁、斧を」
「了解」
真壁が前へ出る。
甲殻型は体を低くして突進を始めた。正面から受けず、横へ避けながら斧を振り下ろす。 幅広の刃が背面の殻へ当たり、硬い音が通路へ響いた。甲殻型の体が床へ沈む。
斧は殻を割り、その下の組織まで深く入っていた。真壁が刃を引き抜く前に、脚の動きが止まる。
隊員たちが動かなくなった個体を確認している間に、右奥から別のモンスターが姿を現した。
石のような皮膚を持つ四足型だった。
三層までの個体とは体格も速度も違う。以前の四層調査では、一体を仕留めるために銃撃と槍による攻撃を重ね、隊列を一度後退させている。
深町が片刃の剣を抜いた。四足型が前脚を振り上げる。深町は横へ踏み込み、伸びてきた脚の付け根へ剣を入れた。
刃は硬い皮膚を越え、太い筋肉まで切り裂いた。四足型は片側へ崩れ、床へ体を打ちつける。
深町は止まらず、露出した首へ二度目の刃を振り下ろした。
それで終わった。銃声は一度もなかった。
以前なら、相手の注意を引きつける役、側面から関節を狙う役、負傷者を引き下げる役まで用意していた。今回は深町一人が二度剣を振っただけで、同じ種類の個体を無力化している。
「……ここまで違うのか」
三宅が呟いた。
真壁は甲殻型から抜いた斧の刃を確認していた。
「欠けも曲がりもありません。継いである黒い部分も動いていない」
「今まで使っていた物が、おもちゃに見えますね」
深町が口にすると、誰も否定しなかった。
自衛隊が用意した刃物や打撃武器も、市販品をそのまま持ち込んでいたわけではない。材質や形状を検討し、異常空間で扱いやすいよう改修を重ねてきた。
それでも、戸張が運んできた武器との差は大きかった。
四層のモンスターへ攻撃が通るだけではない。刃が止まらないため、攻撃した隊員がその場へ取り残されない。少ない動作で相手を止められるため、周囲の警戒へ戻るまでの時間も短い。
武器の性能が上がったことで、隊列全体の危険が減っていた。
さらに奥へ進み、複数の個体を相手にしても結果は変わらなかった。
槍は甲殻の隙間を狙わなくても胴へ刺さり、槌は硬い頭部を一撃で砕いた。片刃の剣は何体斬っても大きな損傷を見せず、斧も補修箇所を含めて形を保っている。
四層調査で慎重に設定されていた撤退地点へ、予定より大幅に早く到達した。
三宅は隊列を停止させ、周囲の安全を確認してから時計を見た。
「予定時間の半分も使っていないな」
「戦闘で止まっていた時間が短すぎます」
真壁が記録端末を確認する。
「一層から四層まで、接触した個体の大半を初撃で無力化。四層でも、二撃を必要としたのは一体だけです」
「装備が変わるだけで、ここまで進行速度が変わるとはな」
深町は刃を拭いながら、四層の先へ続く通路を見た。
「これなら、選抜すれば五層へ行けますね」
三宅と真壁が深町を見る。
「武器が何点必要だ」
「全員に持たせる必要はありません。前衛と、接近された時に処理する要員へ優先すればいい。今までの装備も補助には使えます」
「人員は」
「四層で活動経験がある隊員を中心にして、正式登録者を前衛へ置く。今日の結果を見る限り、五層入口までなら現実的だと思います」
深町は断言した後、わずかに言葉を緩めた。
「もちろん、五層の環境とモンスターが四層の延長なら、という条件は付きますが」
「その条件が一番大きい」
三宅はそう答えたが、否定する口調ではなかった。
これまでも五層進入は検討されている。
しかし、中国で五層攻略部隊が大きな損害を受けたと推定されてから、国内では慎重論が強まっていた。深層で多数の死者を出すこと自体が、スタンピードのトリガーになる可能性まで議論されている。行くなら、損耗を前提とした物量投入はできない。少数の選抜要員で、生還可能性を高めた上で進入する必要がある。
今回の武器は、その条件を変えるかもしれなかった。
「四層の攻略運用を改めて確認した上で、五層調査の具申を出す」
三宅が決めた。
「今日の記録と武器の損耗状況をまとめる。四層内で追加試験を行い、問題がなければ、人員選抜と訓練計画も添える」
「通りますかね」
真壁が尋ねる。
「以前なら時間が掛かっただろうな」
三宅は、先ほどまで戦闘が続いていた通路を見回した。
「だが今は、中国のスタンピードがある。国内の入口を管理し、深層の情報を先に取る必要があるという具申を、上が簡単に止めるとは思えない」
「危険だから進ませない、ではなく、危険だから調べる必要がある」
「そういうことだ。ただし、行けると進むべきは別だ。撤退条件は厳しくする」
深町が頷いた。
「今日の武器を使える人間が、何人いるかも確認します」
「例の人が持ち込んだ残りも、試験に回せるよう依頼しておけ」
三宅の指示を受け、真壁が端末へ記録を加えた。
査定前の装備を急いで実戦へ投入し、その結果を根拠に五層調査を申請する。
数週間前までなら、手順が逆だと止められていた可能性が高い。
中国の都市から流れ出したモンスターの映像は、それほど広い範囲へ影響を与えていた。 試験班は来た道を戻り始めた。
深町は片刃の剣を手にしたまま、四層で倒したモンスターを振り返った。
戸張は、これと似た経歴を持つ武器を実際に使っていると言っていた。
同じ程度の武器を持ち、これより深い場所で戦っているのだとすれば、政府が記録している戸張の活動は、本人が経験してきた戦闘の一部にすぎない。
武器の試験結果は、自衛隊の五層進入を現実的な計画へ近づけた。
同時に、戸張透という探索者への評価も、もう一度作り直す必要があることを示していた。




