第223話 拾得物
指定された搬入口で戸張が車のトランクを開けると、立ち会っていた職員は中を覗き込んだまま黙った。
荷室には、厚い布で一本ずつ包まれた武器が隙間なく積まれている。細長い包みだけでも十本を超え、その間には斧や槌に近い形のもの、短剣や槍の穂先をまとめた箱も押し込まれていた。
職員は何度か瞬きをしてから、戸張へ顔を向けた。
「あの……戸張さん。銃刀法とか、知ってます?」
「知ってますよ。だから先に連絡したんですけど」
「異常空間由来の装備を複数持ち込む、とは聞いています」
「複数ですよ」
「後部座席まで埋まる数を、普通は複数とは言いません」
戸張が後部座席の扉を開けると、座席を倒した空間にも布を掛けられた長物が並んでいた。天井や窓へ当たらないよう斜めに積まれ、革帯で固定されている。
「搬入日時も場所も指定された通りです。途中で寄り道もしてません」
「そういう問題だけではないんですが……」
戸張はトランクの手前にあった包みを一本持ち上げた。
布の内側には、鞘へ収められた剣が入っている。刀身は研ぎ直され、柄には新しい革が巻かれていた。移動中に抜けないよう、鞘と柄も帯で留められている。
「拾得物として、警察署長に提出しましょうか?」
職員は戸張の顔を見つめた。
「それを全部持って最寄りの警察署へ行くのだけは、絶対にやめてください」
「じゃあ、ここで合ってますね」
「事前調整済みなので、ここで合っています。ただ、数まで聞いておくべきでした」
待機していた職員が台車を寄せ、包みへ識別札を付け始めた。
戸張も作業へ加わり、長物を三本まとめて持ち上げる。
「待ってください。一人で運ばなくていいです」
「重くないですよ」
「重さより、転んだ時の危険を気にしてください」
「分かりました」
戸張は二本を台車へ置き、一番軽そうな一本だけを運んだ。
持ち込んだのは、洗浄と補修を終えた武器だけだった。
体液や汚れは落とされ、腐食のひどい部分は削られている。傷んだ柄や革帯は交換され、鞘のなかった刃物には新しい覆いまで作られていた。
それでも異常空間由来である以上、安全性を戸張が判断することはできない。事前連絡を受けた政府側は、通常の管理窓口とは別の搬入口を指定し、検査と除染の準備を整えていた。
最後の箱を車から降ろした頃、村瀬が搬入口へ入ってきた。
「戸張さん、お待たせしました」
「お疲れさまです」
村瀬は台車の列を眺め、続いて空になったトランクと後部座席を確認した。
「全部ですか?」
「今日持ってきた分は、これで全部です」
「まだあるんですね」
「あります」
村瀬はもう一度、並んだ武器へ目を向けた。
「以前、使っていない装備があれば買い取りたいとはお伝えしましたが、こちらは数本程度を想定していました」
「俺も最初は、そのくらいのつもりでした」
「増えた理由を聞いても?」
「工具を買おうと思って」
「工具ですか」
「手動の物を中心に、適当に見繕うつもりです」
「何に使う工具でしょうか」
「そこは内緒ということで」
村瀬は戸張の顔を見たが、冗談で済ませるつもりがないことは伝わったらしい。
「分かりました。用途については、今は聞きません」
「助かります」
「代わりに、品物については確認させてください」
「答えられる範囲なら」
職員が一つの包みを開いた。
中から現れたのは、片刃の剣だった。
刀身には古い腐食痕が残っているが、刃は整えられ、握った時に重さが前へ偏りすぎないよう調整されている。柄は木と黒い骨のような素材を組み合わせ、細い革紐で巻かれていた。
別の職員が手袋越しに接合部分を調べる。
「かなり手が入っています。欠損した部品を交換しただけではありません」
「重心も調整されていますね。実際に使うことを前提に組み直されています」
村瀬が戸張へ尋ねた。
「これを加工したのは、戸張さんですか?」
「違います」
「誰が加工したのかは?」
「内緒です」
「加工場所についても?」
「話せません」
「分かりました」
村瀬は質問を重ねず、別の武器へ視線を移した。
次に開かれた包みからは、柄の短い斧が出てきた。刃の欠けた部分には黒い素材が継ぎ足され、握りには新しい革が使われている。
「入手場所についても、答えられませんか」
「はい」
「盗品ではありませんね?」
「生きている人から奪った物ではありません。そこは保証します」
「所有者がいないことを確認した?」
「確認できる状態ではありませんでした」
村瀬の視線が鋭くなる。
「どういう状態だったんですか」
「大きいモンスターの中にありました」
周囲の職員の手が止まった。
「中、というのは」
「腹の中です」
「これだけ全部ですか?」
「今日持ってきた分は」
村瀬は台車の列を見回した。
剣、短剣、斧、槌、槍の穂先。形も材質も統一されておらず、同じ場所や時代に作られた物には見えない。
「そのモンスターを倒した場所は?」
「内緒です」
「種類や大きさは?」
「それも内緒です」
「戸張さんが倒したんですか?」
「そこも話しません」
返答は柔らかいが、譲る気はなかった。
村瀬は大きくため息を吐いた。
「以前より、遠慮がなくなって来ましたね」
「曖昧に話すと、余計なことまで伝わりそうなので」
「それは否定できません、上への報告は楽になる...いえ、なんでもありません」
村瀬は端末へ記録を入力した。
「入手経路や加工方法を今後も確認する可能性はあります。ただ、今日は受領と安全検査を優先します。買い取り価格は、材質、性能、保存状態、研究上の価値を調べてから提示します」
「お願いします」
「工具代として十分な金額になるかは、まだ分かりませんよ」
「足りなかったら、自分で出します」
「…冗談ですから海外に売るとかやめてくださいね」
戸張は少し考えた。
「俺が欲しいというより、あった方が役に立ちそうなので」
「誰の役に立つのかは?」
「何に使うかは内緒ということで」
「先ほども聞きましたね」
「答えも同じです」
肩を竦める戸張に村瀬はそれ以上聞かなかった。
検査担当者たちは、包みを一つずつ開き、写真を撮り、外形と重量を記録していく。異なる素材を組み合わせた武器も多く、どこまでが元の部品で、どこからが後の補修なのか判断できない物もあった。
戸張には加工できない精度で、現代の量産品とも異なる。政府が把握していない場所で修復され、戸張がまとめて運び込んできた。
先日、アメリカ側が示した情報を知る村瀬にとって、無視できる材料ではなかった。
公表記録を超える経験を持つ探索者が、日本国内にいる。
それが戸張だと断定する証拠はない。
しかし、未確認の場所から大量の異常空間由来武器を持ち帰り、その入手経路も加工方法も明かさない人物を、候補から外す理由もなかった。
職員が、最後に残った大きな包みを開いた。
中から出てきたのは、戸張の腕ほどの幅がある斧だった。欠けていた刃先には黒い素材が継ぎ足され、柄には厚い革が巻かれている。
「これも、実際に使える状態ですね」
「強度は保証できますよ」
「試したんですか?」
「似たような経歴の物を実際に使用してますからね」
「使えるか分からない武器を、何十点も車に積む訳もありませんか」
「一応、買い取った後の検査はお願いしたんですけど」
最初に銃刀法を口にした職員が、離れた場所から会話を聞いていた。
「戸張さん。次からは、品数も先に教えてください」
「分かりました」
「種類もです」
「分かる範囲でなら」
「あと、警察署長への提出はしないでください」
「ここで受け取ってもらえるなら、しませんよ」
職員は戸張の表情を確かめた後、本当に警察署へ持っていく可能性を捨て切れなかったのか、念を押すようにもう一度言った。
「絶対にですよ」
工具を買うために不要な武器を運んだだけだったが、車一台分の提出品は、買い取り査定だけで終わりそうになかった。




