第221話 ワームの中身
巨大ワーム型の核は、小人たちが運んできた道具で傷口を広げると、思っていたよりもあっさり取り出せた。
人の胴ほどもある塊で、表面には節のような凹凸が刻まれている。リッチの黒い核と比べれば形も大きさも違うが、白い糸が触れた時に返ってくる反応はよく似ていた。
戸張が手を添えるより早く、寄生体が核の表面へ広がる。
「今回は待たなかったな」
止める暇もなく、白い糸が核を包み込んだ。
硬い表面が少しずつ崩れ、内部に詰まっていたものが白い糸へ吸い込まれていく。巨大な核だったが、吸収にそれほど時間はかからなかった。
最後の欠片が消えた直後、戸張の全身を覆っていた寄生体の感触が変わった。
重くなったわけではない。
むしろ、一本一本の糸が以前よりもしなやかになり、引き伸ばしても簡単には形を崩さなくなっている。白鎧の内側でも、細い糸が互いに絡み合い、押し潰されそうになった箇所を別の方向から支え始めていた。
戸張は右腕から白い糸を伸ばし、近くの岩へ絡ませた。
腕を引くと、糸は張り詰めたまま耐える。以前なら本数を増やさなければ切れていた力を受けても、今は細い束のまま形を保っていた。
「硬くなった、とは違うか」
糸を緩めて腕の周囲へ戻すと、寄生体は今度は複数本を一つの太い束へまとめた。
白い筋が腕の外側へ沿い、肩から拳までをつなぐ。生き物の筋肉に似ているが、身体の内側ではなく、寄生体が外から腕の動きを補助する形だった。
戸張が軽く拳を振るうと、白い束も同時に収縮した。
空気を押す音が、これまでより明らかに重い。
「こういう使い方か」
拳を開くと、白い束はほどけて何本もの糸へ戻った。
今度は腕の先から長く伸ばし、少し離れた岩へ向けて振るう。白い糸は一本の太い触手へまとまり、鞭のようにしなって岩肌を叩いた。
表面が砕け、小さな破片が砂へ散る。
切断力が上がったわけではない。伸ばした白い糸が、衝撃を逃がさずに相手へ伝えられるようになっていた。
さらに、白鎧の内部では糸の束が層を作り、外から受けた力を一点へ集中させない構造を組み始めている。
単純に硬くなる防御ではない。
曲がり、潰れ、引き伸ばされても形を保ち、衝撃を別の場所へ逃がす。巨大ワーム型が、あの巨体で砂の中を進み、岩へ身体をぶつけても動き続けていた性質が、寄生体へ取り込まれたらしい。
戸張は白い触手を短く振り、感触を確かめてから腕へ戻した。
「使い道は多そうだな」
すぐに自在に扱えるほど単純ではない。それでも、防御だけでなく、拘束や打撃、身体動作の補助にも使えることは分かった。
核の吸収を終えた寄生体が落ち着く頃には、巨大ワーム型の解体も本格的に始まっていた。
小人たちは森砕きの骨を加工した刃や、蠍型の脚を利用した道具を持ち込み、巨大ワーム型の外皮を節ごとに切り分けている。蜥蜴人や四本腕の猿型も加わり、開かれた内部から肉や硬い組織を外へ運び出していた。
戸張も作業を手伝おうと近づいたが、腹部に近い箇所を切り開いたところで、小人たちの動きが急に慌ただしくなった。
一人が体液にまみれた細長い金属を抱え、傷口の奥から飛び出してくる。
剣だった。
刃の半分ほどが腐食し、柄に巻かれていた革もほとんど残っていない。それでも、武器だったことだけは分かる。
続いて、別の小人が歪んだ兜を抱えて出てきた。
さらに盾の縁、折れた槍の穂先、金属製の籠手、何かの留め具らしい小さな部品まで次々と運び出される。
「……装備品か?」
戸張は開かれた腹部を覗き込んだ。
内部にはまだ金属の光がいくつも見えている。どれも粘りのある液体に包まれ、肉片や砂がこびりついていた。
巨大ワーム型が飲み込んだものなのだろう。
ただし、七層まで人間が来ていたとは考えにくい。少なくとも、日本側でこれほどの装備を持った集団が到達したという話は聞いていなかった。
剣や盾の形も見慣れたものではない。
日本の探索者が使う市販品や、自衛隊の装備には見えなかった。
戸張は白い糸を伸ばし、傷口の奥から原型を残した胸当てを引きずり出した。
金属部分は無事だが、表面には胃液のような液体が厚くまとわりついている。
「報酬といっても、これは勘弁してくれ……」
白い糸の先で胸当てをぶら下げたまま、戸張は顔をしかめた。
その脇を、小人が一本の剣を頭上へ掲げて走り抜ける。
刃から液体を垂らしながら、周囲の仲間へ見せびらかしていた。別の小人は潰れた盾を抱え、さらにもう一人は片方だけの籠手を腕にはめようとしている。
誰も汚れを気にしていない。
むしろ、加工できる金属がまとまって出てきたことを喜んでいるようだった。
小人の一人が、何に使うのか分からない金属板を胸の前に掲げ、戸張へ見せに来た。
表面には文字のようなものが刻まれているが、戸張には読めない。小人はそれを宝物でも見つけたように何度も指で叩き、そのまま仲間のところへ駆け戻っていった。
戸張は胸当てから滴る液体と、走り回る小人たちを見比べた。
「……ああ。君たちは気にしないよね。うん」
納得するように呟いて、胸当てを砂の上へ置く。
小人たちはすぐに集まり、表面を叩き、曲がりを確かめ、使える箇所を探し始めた。
巨大ワーム型の腹部からは、その後も装備品が出続けた。
原型を残しているものは少ないが、金属だけなら再利用できる。小人たちにとっては、森砕きの骨や牙とは別種の貴重な素材になるのだろう。
一方で、戸張には別の疑問が残った。
この装備を持っていた者たちは、どこから来たのか。
巨大ワーム型が七層の中だけで生きていたとは限らない。砂の下に、戸張がまだ知らない場所へ続く道がある可能性もある。あるいは、もっと別の理由で、ここへ流れ着いたのかもしれない。
戸張は液体まみれの剣を選別する小人たちを眺めながら、出所の分からない装備品を一か所へ集めることにした。今すぐ答えが出るものではない。
それでも、巨大ワーム型の中身は、外皮や肉だけでは終わらなかった。




