第220話 残った身体
巨大ワーム型が動きを止めても、岩場の周囲には戦いの音が残っていた。
崩れた斜面から砂と小石が落ち続け、折れた帯が風に引かれて外皮を擦っている。遠くでは、地表へ引きずり出された巨大な胴体が沈みきらず、節の重さに押された砂丘がゆっくりと形を変えていた。
生き残った鳥型が低い高度を飛び、岩場と巨大ワーム型の周囲を回っている。砂中へ逃れていたワーム型も少しずつ戻り始めたが、猪型や蠍型の多くはその場から動けず、戦場の広い範囲へ倒れていた。
俺は巨大ワーム型の外皮から手を離し、最も近くにいた猪型へ向かった。
身体の半分が砂へ埋まり、片側の牙は根元から折れている。胸部は大きく潰れ、呼吸も鼓動も止まっていた。
肩へ触れると、寄生体が身体の内側を探るように白い糸を伸ばしたものの、生きている時に繋がっていた反応は返ってこなかった。筋肉や骨が残っていても、身体そのものはすでに終わっている。
白い糸は猪型を起こそうとはせず、傷口や口から静かに抜け始めた。
毛皮の下へ広がっていた細い糸が集まり、胸部の白い補修跡も端から崩れていく。身体を支えていた組織は形を失い、何本もの白い糸となって砂の上へ流れ出した。
猪型として使っていた身体から離れた寄生体は、その場で細い塊へまとまり、周囲に残っていた白い糸と繋がっていく。
動かなくなった身体を無理に使い続けるのではなく、中に残っているものだけを回収し、白い群体へ戻しているらしい。
「戻せないなら、それでいい」
猪型の身体から白い糸が抜け切るまで見届けてから、俺は次の個体へ移った。
岩の下敷きになっていた蜥蜴人は、腰から下を潰されていた。上半身にも深い傷があり、こちらもすでに息がない。
岩を退けると、傷口の奥から白い糸が這い出した。
脚や腹部を補っていた白い組織は、元の肉体から少しずつ剥がれ、細い糸へ戻りながら一か所へ集まる。取り込まれていた骨片や甲殻の欠片はその場へ落ち、寄生体だけが白い塊として残った。
巨大ワーム型の胴体に押し潰され、形がほとんど残っていない小型種でも同じだった。岩と砂の間へ薄く広がっていた白い組織が身体の残骸から離れ、近くの糸と繋がりながら少しずつまとまっていく。
宿主の身体を失っても、寄生体まで一緒に失われるとは限らない。
完全に潰され、白い糸そのものが細かく断たれた個体からはほとんど回収できなかったが、ある程度まとまって残っていれば、別の形で再び動かせる。
俺は戦場を歩きながら、まだ生命活動が残っている個体と、死亡して白い群体へ還元する個体を分けていった。
片側の脚を失った蠍型は、腹側を弱く動かしていた。
切断面へ白い糸を集めると、残った脚で身体を支えやすいよう腹部の片側が補強されていく。失った脚を元どおり作るのではなく、傾いた身体を支え、移動できる状態へ整えるだけに留めた。
鋏を根元から砕かれた別の個体も、まだ生きていた。白い組織が傷口を塞ぎ、残った鋏と脚へ負担が偏らないよう肩口まで広がっていく。
鳥型の一体は片翼を失い、砂の上で身体を動かしていた。
傷口へ白い糸を入れると、首を振りながら身を捩った。飛行能力まで取り戻せるかは分からないが、残った翼と脚を使って動けるよう、肩から胴体へ白い組織を広げ、失われた側の重さを補っていく。
傷ついた個体を元の姿へ戻す必要はない。
飛べなくなった鳥型には地上でできる役割があり、脚を失った蠍型も、残った鋏や甲殻を使える。生きている身体が持つ機能を残し、不足した部分だけを白い組織で補えばよかった。
少し離れた場所では、四本腕の猿型が岩へ背中を預け、浅く呼吸していた。
二本の腕は折れ、腹部には巨大な針が折れた際の破片が刺さっている。破片を引き抜くと出血が増えたが、すぐに白い糸が傷口へ集まり、腹部を塞ぎ始めた。
白い組織は折れた腕の根元まで伸び、使えなくなった二本を胴体へ固定する。残った二本の腕と脚で身体を支えられるようになれば、少なくとも自力で移動できる。
修復された個体は、戦う前より白い部分が増えていた。
蠍型の腹側、鳥型の肩、四本腕の猿型の腹部と腕。元の毛や鱗、甲殻は残っているものの、傷ついた場所には白い組織が広がり、戦場で受けた損傷をそのまま形へ残している。
一方、死亡した個体から抜け出した白い糸は、砂の上でいくつもの塊へまとまり始めていた。
細い糸が幾重にも絡み合い、地面を這う小さな群体になる。猪型や蜥蜴人として持っていた身体能力は失われたが、白い糸そのものとして動き、周囲に残る寄生体を集められる。
ある塊は岩の隙間へ入り込み、途切れていた糸を引き出していた。別の塊は砂へ浅く潜り、埋まっていた個体の残骸から白い組織だけを回収している。
形を保てるほど集まったものは、そのまま周囲の回収へ加わっていった。
生き残った大型蠍型は鋏で岩を退け、トカゲ型は砂丘の向こうまで走って倒れた個体を探す。鳥型は上空から動かないものの位置を見つけ、地上の群れをその方向へ導いていた。
発見された個体にまだ息があれば、白い糸が傷口を塞いで身体を補う。すでに死んでいれば、中に残った寄生体が抜け出し、白い群体の一部へ戻っていく。
回収が進むにつれ、岩場の周囲に散らばっていた白い糸は減り、代わりに小さな白い塊がいくつも動き始めた。
戦いに参加した個体数が元へ戻るわけではない。宿主を失ったことで、猪型の突進や蠍型の甲殻、鳥型の飛行能力も失われている。白い糸まで完全に潰されたものや、砂の深い場所へ引きずり込まれたものも回収できなかった。
それでも、死亡した個体の中に残っていた寄生体まで失ったわけではない。
生きた個体は傷を補って再び動き、死亡した個体は白い群体へ戻る。戦力の形は変わっても、回収できた分だけ全体へ残せる。
俺は脚を引きずりながら立ち上がった蠍型と、その足元を這う白い群体を見た。
巨大ワーム型との戦いで失ったものは多いが、すべてがその場で消えたわけではなかった。宿主として使える身体と、身体を失っても動ける白い糸へ分かれ、それぞれ別の役割を持って戦場へ残っている。
最後に、俺は巨大ワーム型の頭部近くへ戻った。
その身体を丸ごと動かすには大きすぎる。
内部へ入った白い糸も、戦闘中に筋肉を傷つけるため広げたもので、長大な身体のすべてを制御できる量には達していない。核を寄生体が吸収すれば、巨大ワーム型の身体をそのまま群体へ加えることもできなくなる。
死体の中に残した糸は、ほかの個体と同じように白い群体へ戻せる。
巨大ワーム型の一部を新しい宿主として動かすより、必要な分を回収した後、外皮や骨、牙に近い部位は小人たちの素材へ回し、肉は寄生された個体の餌として利用した方が無駄がない。
俺が巨大ワーム型の身体へ触れると、寄生体は奥にある核へ再び反応した。
周囲では、白い部分を増やした生存個体が負傷した仲間を探し、死亡した個体から還元された白い群体が、砂や岩の間に残る糸を集めている。
戦闘前に岩場を埋めていた群れとは、数も姿も大きく変わっていた。
それでも、生き残った身体と、身体から解き放たれた白い群体が、巨大ワーム型の周囲へ再び集まりつつある。
俺はその様子を確認してから、核のある位置へ向かって山刀を入れた。




