第219話 ワーム戦 中から
残っている三本の巨大な針は、岩場の左右と後方へ分けて置かれていた。
巨大ワーム型はその中心から離れようとしている。頭部を広い砂地へ向け、地中に残した長い身体を引き寄せながら、傷ついた節を無理に動かしていた。
このまま岩場を離れられれば、固定に使っている杭も、針を押し込むために待機させている猪型も使いにくくなる。巨大な身体が深い砂へ戻れば、ここまで作った傷も時間をかけて塞がれる可能性があった。
俺は岩場側に残っている群体へ、頭部の進路を塞ぐよう意図を伝えた。
大型猪型が一斉に動き、巨大ワーム型の進もうとする側へ回り込む。蠍型も残った鋏を節の溝へかけ、身体を砂へ沈めながら後方へ引いた。
力だけで押し戻せる相手ではなかったが、動きを鈍らせることはできる。
巨大ワーム型の前方がわずかに逸れたところへ、砂中の平たい虫型が集まり、頭部の下から地面を崩した。沈み込んだ口の周囲へ砂が流れ込み、進もうとするたびに足元が崩れる。
その間に、蜥蜴人と四本腕の猿型が次の針を運んだ。
今までと同じ節の境目を狙っても、傷の周囲は激しく動き続けている。先端を合わせたところで身体を振られれば、打ち込む前に折られる可能性が高い。
狙うなら、すでに動きの乱れている部分だった。
内部へ白い糸を入れた節の一つが、周囲と遅れて縮んでいる。外から見ても分かるほど、身体の片側だけが不自然に膨らみ、その下で筋肉が引きつっていた。
「あそこだ」
俺は山刀で狙う位置を示した。
蜥蜴人たちが先端を合わせ、四本腕の猿型が軸の上下を支える。後方へ回った二体の猪型が、針の根元へ肩を押しつけた。
巨大ワーム型の身体がこちらへ曲がる。
その動きに合わせて猪型が踏み込み、針を前へ押し出した。
先端は外皮の表面へ一度弾かれたが、傷んだ節がうまく捻れず、前のように完全には避けられない。猪型がさらに体重をかけると、牙から削り出した刃が節の溝へ入り、外皮を押し割りながら深く沈んだ。
巨大ワーム型の動きが止まる。
ほんの一瞬だったが、今までのように身体全体を跳ね上げる反応はなかった。
針が入った節だけが強く縮み、その前後が遅れて動く。内部へ入り込んだ白い糸によって、力を伝える筋肉の一部が切られているらしい。
猪型たちはすぐに離れた。
針の後端から伸びた帯が張り、岩へ差し込んだ杭へ力がかかる。杭の一つはすぐに抜けたが、残る二本が外皮を岩場側へ引き、傷んだ節の動きをさらに制限した。
巨大ワーム型は地中の身体を引いた。
遠くの砂丘が大きく崩れ、岩場から離れかけていた頭部が再び前へ進む。しかし、針を打ち込まれた節が追いつかず、長い身体の途中で大きな弛みができた。
そこへ群体が集まる。
狼型が外皮の浅い傷へ噛みつき、蜥蜴人は石刃で裂け目を広げた。猪型は同じ場所へ肩からぶつかり、蠍型が外皮の端を鋏で挟んで引き剥がす。
一体ごとの攻撃では、巨大な身体へほとんど影響を与えられない。
同じ傷へ何度も力を重ねることで、針の周囲にできた裂け目が少しずつ広がり、内側の肉が露出していく。
俺もその場所へ走り、山刀を両手で握った。
裂け目へ刃を入れ、外皮の下へ沿わせるように振り抜く。硬い表面を正面から断つよりは通るものの、厚い組織を切り広げるたび、腕から肩まで強い衝撃が返ってきた。
何度目かの斬撃で、外皮の一部が大きく剥がれた。
その下から現れた筋肉は、すでに正常な動きを失っていた。白い糸が血管のように広がり、収縮する組織の間へ入り込んでいる。
巨大ワーム型全体を支配するには足りない。
それでも、この節を動かせなくする程度には広がっていた。
俺は傷口へ手を当て、寄生体をさらに送り込んだ。
白い糸が腕から伸び、切り開いた組織の奥へ潜る。内部に入っていた小型個体の糸と触れたことで、途切れていた感覚が一つに繋がった。
巨大ワーム型の内側にあるものが、断片的に伝わってくる。
太い筋肉が前後の節を引き寄せ、身体の奥では体液が激しく流れていた。傷口の近くを通る組織はすでに裂かれていたが、さらに内側には、動きを支える太い束が何本も残っている。
俺は寄生体へ、そこを壊す意図を押し込んだ。
白い糸が筋肉の隙間へ広がり、細く枝分かれしながら食い込んでいく。引き裂く力は小さくても、同じ場所へ何本も入り、動くたびに内部を削れば、傷は外から見える以上に深くなる。
巨大ワーム型の節が再び縮んだ。
今度は動ききらなかった。
身体の片側だけが沈み、反対側が持ち上がったまま止まる。前へ進もうとした頭部も引かれ、岩場の斜面へ大きくぶつかった。
衝撃で岩が崩れ、周囲の個体が何体も巻き込まれる。
俺も足元を取られ、傷口から離された。岩の破片が胸当てへ当たり、身体ごと砂へ転がる。
起き上がると、巨大ワーム型は頭部を大きく振り、岩場から離れようとしていた。
針を打ち込んだ節は動いていない。
そこを中心に身体が折れ曲がり、地中に残った後方だけが無理に引かれている。長い胴体が砂の下から持ち上がり、これまで見えていなかった部分が次々と地表へ現れた。
巨大ワーム型自身の力が、動かなくなった節を支点にして、身体を地上へ引きずり出している。
岩場の周囲を埋めていた群体が、その露出した部分へ向かった。
砂中に待機していたワーム型が下から身体へ巻きつき、平たい虫型は節の溝へ潜り込む。猪型と蠍型は、地表へ出た胴体が再び沈まないよう左右から押さえた。
巨大ワーム型の身体が長く露出するほど、こちらが攻撃できる場所も増えていく。
同時に、暴れる範囲も広がった。
尾に近い部分が砂を薙ぎ、猪型と蜥蜴人をまとめて弾き飛ばす。地面へ叩きつけられた胴体の下では、何十体もの小型個体が押し潰された。
それでも、岩場の周囲にはまだ後続がいた。
最初に集めた群体の総量が、ここでようやく意味を持つ。倒された個体の隙間へ別の個体が入り、傷口へ届くまで攻撃を繰り返している。
俺は残る二本の巨大な針のうち、岩場の左側に置いたものへ向かった。
今までの針は、外皮へ傷を作り、身体へ帯を残すために使った。次に狙う場所は、すでに地上へ引き出された胴体の下側だった。
巨大ワーム型が身体を捻るたび、一部だけ腹側に近い面が見える。
背面より色が薄く、岩へ擦られていないため表面も滑らかだった。硬さは分からないが、節の溝が深く、先端を合わせやすい。
蜥蜴人と四本腕の猿型が針を運び、猪型が後方へ並ぶ。
俺は巨大ワーム型の動きを見ながら、打ち込む位置へ走った。
胴体が持ち上がった瞬間、その下へ入り、山刀で節の溝へ傷をつける。一度で外皮を割れなくても、巨大な針の先端が滑らないだけの窪みがあればいい。
身体が落ちてくる前に離れ、針を支える個体へ合図を送った。
猪型が踏み込み、巨大な針が傷へ突き立つ。
腹側の外皮は背面より薄かった。
先端が深く入り、森砕きの骨で作られた軸が見えなくなるほど身体へ沈んでいく。巨大ワーム型が反り返ると、後端の穴へ通した帯が引かれ、針の根元が外皮を内側から大きく裂いた。
その傷へ、待っていた小型個体が殺到する。
今度は外から入るだけではない。
すでに内部へ広がっている白い糸が、新しく開いた傷へ向かって内側から伸びてきた。外と中の糸が繋がった瞬間、巨大ワーム型の節全体が強く痙攣する。
俺にも、繋がった先の感覚が伝わった。
新しい傷の奥には、今までより太い筋肉と、その間を通る大きな流れがある。体液だけではなく、身体全体を動かすために必要な何かが、節を越えて前後へ送られていた。
そこを切れば、頭部と後方の身体を分けられる。
俺は最後の針を見た。
岩場の後方に残していた一本は、ほかより太く、先端も短い。小人たちが巨大ワーム型の外皮を試した後、折れにくさを優先して作ったものだった。
それを使う場所は決まった。
巨大ワーム型の頭部に近い節で、すでに二本の針と白い糸によって動きが乱れている部分。そこへ最後の針を深く打ち込み、内部の太い束まで届かせる。
俺は周囲の群体へ意図を送った。
頭部を岩場側へ押しつけ、傷んだ節を伸ばす。
大型猪型が残った数を集め、巨大ワーム型の頭部側へ突進する。蠍型は反対側から外皮へ鋏をかけ、トカゲ型と狼型が動ける個体の間を縫って傷口へ集まった。
巨大ワーム型は口を開き、正面から来た猪型を何体か飲み込んだ。
それでも後続は止まらず、頭部の側面へ体当たりを重ねる。岩場との間へ挟まれた頭部が横を向き、傷んだ節が強く引き伸ばされた。
最後の巨大な針が運ばれる。
蜥蜴人と四本腕の猿型が軸を支え、大型猪型三体が後ろへ並んだ。
俺は針の先端へ手を添え、白い糸を巻きつけた。
外皮を貫いた後、針そのものを通して寄生体を深く送り込む。これまで傷口から少しずつ広げていた糸を、内部の太い束へ直接届かせるためだった。
巨大ワーム型の身体が動き、猪型たちの足元が崩れる。
俺は先端を節の溝へ押し込み、狙いが逸れないよう全身で支えた。
「押せ」
猪型が一斉に踏み込んだ。
衝撃が針を通して腕へ伝わり、外皮の割れる音が腹の底まで響く。先端は途中で止まりかけたが、猪型がさらに身体を押しつけ、四本腕の猿型が軸を立て直したことで、針は深く沈んでいった。
白い糸が骨の軸を伝い、巨大ワーム型の内部へ流れ込む。
先端が太い筋肉の束へ届いた感覚があった。
俺はそこへ寄生体を集中させ、広げるのではなく、一点を食い破るよう意図を送った。
巨大ワーム型の身体が大きく跳ねた。
針を押していた猪型と猿型が弾き飛ばされ、俺も軸から手を離して砂へ転がる。巨大な頭部が持ち上がり、岩場の上へ影を落とした。
次の攻撃が来ると思い、山刀を構える。
しかし、頭部はそれ以上上がらなかった。
傷んだ節の内側から、低く何かが裂ける感触が伝わる。
巨大ワーム型の前方が力を失い、岩場へ崩れ落ちた。
地面が大きく揺れ、砂と岩片が周囲へ広がる。後方の身体はしばらく動き続けていたが、頭部側へ力が伝わらず、節ごとにずれた動きを繰り返すだけになっている。
俺は砂の上から立ち上がり、巨大ワーム型の頭部へ向かった。
円形の口は半分開いたまま止まり、内側の歯だけが弱く動いていた。完全に死んではいないが、身体を持ち上げる力は残っていない。
最後まで動いている部分を止める必要がある。
俺は口の側面へ回り、風の刃で裂いた傷へ山刀を差し込んだ。白い糸がすでに内部へ入り、柔らかい組織の奥まで広がっている。
刃を握り直し、深く押し込む。
寄生体が山刀の先から伸び、頭部の内側に残っていた動きへ絡みついた。
巨大ワーム型の歯が一度だけ強く閉じ、その後は動かなかった。
遠くで暴れていた後方の身体も、遅れて砂の上へ沈んでいく。長い胴体が地表へ横たわり、岩場から離れた砂丘まで続いていた。
周囲の群体は、すぐには近づかなかった。
猪型も蠍型も傷つき、砂の上には動かなくなった個体が広く散らばっている。上空を回っていた鳥型だけが高度を下げ、巨大ワーム型の全長を確かめるように遠くまで飛んでいった。
俺は山刀を抜き、黒い体液を払った。
目の前にある頭部から、砂丘の向こうへ続く尾までを一度に見ることはできない。
それでも、地上へ引きずり出された身体が動きを止めていることだけは分かる。
足元の寄生体が、巨大ワーム型の内側にあるものへ強く反応した。
身体の奥に、リッチや森砕きの時のような核が残っている。
俺はまだ熱を持つ外皮へ手を置き、長く息を吐いた。
「やっと倒れたか」
岩場の周囲では、生き残った群体が少しずつ動き始めていた。




