第214話 砂の下の境界
巨大な針の試験を終えてから、俺は七層へ入る回数を増やした。一度の探索で奥まで進もうとはせず、入口を中心に少しずつ活動範囲を広げ、その都度、砂中を動ける個体を残していく。
六層から連れてくるのは猪型や蜥蜴人が中心だったが、七層に残す戦力はワーム型と平たい虫型が多かった。大型の蠍型も入口から大きく離れない場所を歩かせている。
蠍型は砂へ潜れないものの、甲殻が厚く、小型種に襲われても簡単には倒れない。索敵へ出たワーム型や虫型も、地上へ出る際には蠍型の周囲へ集まることが増えていた。
こちらから細かく配置を決めなくても、身体の大きな蠍型の近くなら小型種に囲まれにくく、逃げる際にも盾として使えると判断しているらしい。砂漠で動く時間が増えるにつれ、個体同士の組み合わせも自然に整い始めていた。
七層へ入るたび、最初に確認するのは巨大ワーム型の振動だった。近くにいなければ探索を続け、重い揺れが接近していれば扉まで戻る。まだ正面からぶつかれる数は揃っておらず、巨大な針も試作品が数本あるだけなので、接触する意味はなかった。
それを何度か繰り返すうちに、巨大ワーム型が頻繁に通る方向が少しずつ見えてきた。
オアシスの周囲を気ままに動いているのではなく、入口から遠く離れた岩場と、低い砂丘が連なる区域の間を大きく曲がりながら往復している。毎回同じ線を通るほど正確ではないが、一定の幅から大きく外れることは少なかった。
その帯状の区域へ近づくと、砂中の小さな動きが急に減る。
ワーム型も平たい虫型も、そこから先へ進みたがらなかった。俺が前へ向かう意図を伝えても、少し進んだところで速度を落とし、砂の中を左右へ回り始める。巨大ワーム型の振動を感じない時でも反応は同じだった。
「ここから先が、あいつの通り道か」
砂の表面に明確な境目はなく、風に削られた細かな波模様と低い砂丘が続いている。それでも、寄生した個体の反応と周囲の生き物の少なさを合わせれば、この辺りから危険な区域へ入ることは分かった。
俺は近くの岩へ浅い傷をつけ、入口側から見える面に印を残した。砂へ杭を立てても風や地中の動きで倒れる可能性があるため、動きにくい岩の方が目印として使いやすい。
そこから通り道に沿って移動し、目立つ岩や崩れた柱のような地形にも印を加えていった。正確な範囲を測ることはできないが、小型種が減り始める場所と、寄生した個体が進みたがらなくなる位置を重ねれば、戦場を選ぶ材料にはなる。
巨大ワーム型を追い回して倒すのは難しい。砂中へ潜った相手をこちらから捕まえられない以上、よく通る場所へ先に戦力と道具を置き、地上へ出る瞬間を待つ方がいい。
巨大な針や帯も、相手が現れてから運び込んでいては間に合わない。戦う場所を決めた後、周囲へ分散させ、すぐ動かせる状態にしておく必要があった。
その日も通り道の外縁に沿って進んでいると、前方へ散っていた平たい虫型の一体が急に地表へ出た。背面の甲殻を砂から持ち上げ、こちらではなく横の砂丘へ向きを変える。
同じ方向から、細かな振動がいくつも近づいていた。
俺が足を止めると、砂丘の斜面が崩れ、細長い脚を持つトカゲ型の群れが姿を現した。胴体は犬ほどの大きさだったが、脚が異様に長く、砂の上をほとんど沈まずに走っている。頭部は平たく、口の左右から細い牙が突き出していた。
数は十体ほどだった。
こちらを見つけて襲ってきたというより、巨大ワーム型の通り道から逃げる途中で俺たちとぶつかったように見える。先頭の一体が進路を変え、大型蠍型の横を抜けようとしたところで、蠍型が鋏を広げて身体を傾け、逃げ道を塞いだ。
後続が左右へ散ると、砂中から平たい虫型が現れ、足元を崩されたトカゲ型が何体か転倒した。そこへ蠍型の鋏が振り下ろされ、俺の近くへ飛び込んできた二体も、山刀の柄と浅い斬撃で動きを止めた。
長く戦う必要はなかった。数体が倒されると、残りは群体の隙間を抜けて遠ざかっていく。平たい虫型の一部が短い距離だけ追い、動けなくなった二体を砂の上へ引き戻した。
目元と脚の傷から白い糸が入り込み、倒れたトカゲ型はしばらく身体を震わせた後、やがて完全に動きを止めた。さらに時間が過ぎると、長い脚を折りたたんだ姿勢から、ゆっくりと身体を起こしていく。
一体は潰れた片目の周囲を白い膜で覆われ、もう一体は切られた後脚の付け根に白い筋が伸びていた。元の褐色の鱗はほとんど残っており、全身が別の色へ変わったようには見えない。
新しく加わった二体は脚の動きを確かめた後、逃げた群れを追わず、大型蠍型の後ろへ移動した。細長い脚は砂へ沈みにくく、移動速度も速い。鳥型ほど広い範囲を見渡せなくても、地上を走る伝令や、離れた位置へ動きを伝える役には使えそうだった。
「これも残しておくか」
入口側へ戻る意図を伝えると、二体は少し距離を空けて走り出し、その後をワーム型の一部が砂中から追った。種類が違っても進む方向が同じなら、自然にまとまって動いていく。
俺はトカゲ型の群れが来た方向へ目を向けた。
巨大ワーム型の振動は、まだはっきりとは感じられない。それでも、群れがあれほど慌てて通り道から離れた以上、こちらより先に何かを察知していた可能性が高い。
寄生したワーム型へ意識を向けると、地中の遠い場所から、ゆっくりとした重い揺れが伝わってきた。最初は微かだったが、一定の間隔で繰り返されるうちに、砂の奥を押し広げる動きが少しずつ近づいてくる。
「早いな」
俺は周囲の個体へ入口側へ戻るよう意図を伝えた。
大型蠍型が先に向きを変え、その周囲にいた平たい虫型は砂へ潜る。ワーム型も重い振動から距離を取るように広がり、以前より短い時間で撤退が始まった。
俺は最後尾に残り、振動の方向を確かめながら歩いた。
巨大ワーム型はこちらを追っている様子はなく、帯状の区域に沿って進み、印をつけた岩の向こう側を通過しようとしている。
少し離れた砂丘が持ち上がり、表面が割れて砂が左右へ流れ落ちた。巨大な身体は地上へ出なかったが、砂丘そのものが移動しているような盛り上がりが、岩場へ向かってゆっくりと進んでいく。
その進路は、これまで確認した区域から外れていなかった。
巨大ワーム型が通り過ぎると周囲の砂は大きく崩れ、近くにあった小さな岩がいくつも埋まった。巨大な針や杭を通り道へ無造作に置いていれば、戦う前に砂の下へ沈められていただろう。
道具を設置する場所にも工夫が要る。
通り道の中央へ並べるのではなく、巨大ワーム型が地上へ出やすい岩場や、身体を擦りつける場所の近くへ隠し、接近を確認してから動かせる状態にしておく。杭も砂へ直接打ち込むより、岩の割れ目や硬い地盤へ固定した方がいい。
姿を見なくても、通過した跡だけで準備の問題が増えていく。
それでも、広い砂漠のどこに現れるか分からない相手ではなくなってきた。頻繁に通る区域があり、周囲の生き物は接近を早く察知して逃げる。寄生した個体が増えれば、その反応を利用して相手の位置を先に知ることもできる。
扉へ戻る頃には、重い振動は完全に遠ざかっていた。
新しく加わったトカゲ型二体は入口近くの岩場を走り回った後、それぞれ別の場所で足を止めた。大型蠍型は扉の近くへ戻り、平たい虫型とワーム型も再び砂中へ散っていく。
俺は振り返り、遠くに見える岩場と砂丘の並びを確認した。
戦う場所はまだ決められないが、避けるべき場所は見えてきた。深い砂だけが続く区域では杭も帯も使いにくく、潜られれば追えない。岩場の近くなら巨大な針を置ける場所があり、杭を固定できる可能性もある。
次は、通り道に沿って岩場を調べ、巨大ワーム型が地上へ出やすい場所を探す必要がある。必要な数を揃えるだけでなく、その数を一度にぶつけられる場所まで選ばなければ、相手を上回る重さを集めても活かしきれない。
俺は七層の個体の一部を残し、扉を開いて六層へ戻った。
砂の下にある境界は、目ではほとんど見えない。それでも、その先では小さな生き物が消え、巨大なものだけが繰り返し通っている。
戦う場所へ近づくには、まずその境界の形を知る必要がありそうだった。




