第213話 昼の砂漠
巨大な針が三本まで増えたところで、俺はそのうち一本を七層へ持ち込むことにした。
完成した道具を巨大ワーム型との本番まで一度も使わないのは危険だったし、森砕きの骨と猪型の牙を組み合わせた先端が、七層の硬い甲殻へどこまで通用するのかも確認しておきたかった。
針は俺の背丈を優に越え、森砕きの骨を使っているため、持ち運ぶだけでもかなりの重さがある。俺一人なら担げるものの、山刀を使いながら片手で扱える形ではなく、実際に突き込むには複数の個体で支え、後方から大きな力を加える必要があった。
そこで、六層から大型の猪型を一体と蜥蜴人を四体連れていくことにした。
巨大な針は橇へ載せ、後端の穴へ通した帯も絡まないよう束ねて固定する。大型猪型が橇を引き、蜥蜴人たちは左右につきながら、先端が地面へ触れないよう支えていた。
扉を開けると、七層の熱気が押し寄せてきた。
昼の砂漠へ入るのは何度目かになるが、六層の湿気を含んだ空気から急に移ると、喉と鼻の奥が一度に乾き、吸い込む空気そのものが熱を持っているように感じる。
それでも、初めて昼間に入った時ほど、足元のすべてを疑いながら歩く必要はなくなっていた。
入口周辺には、寄生したワーム型と平たい虫型が残っている。砂中を進むワーム型が先に振動を拾い、その反応へ合わせて虫型が潜む位置を変えているため、近くにどの程度の動きがあるかは、姿を見る前からおおよそ分かった。
俺たちが進み始めると、ワーム型は一か所へ固まらず、左右と前方へ広がった。
正確な地形や敵の姿が伝わってくるわけではないが、砂中を移動するものの方向と速さは捉えられる。以前なら、砂が割れてから対応していた相手を、今は接近する前に避けるか、迎え撃つ場所を選べるようになっていた。
大型猪型は、最初こそ砂へ脚を取られていたものの、何度か歩くうちに、脚を高く持ち上げず、地面を押し流すような進み方へ変わった。蜥蜴人たちも前を歩く個体の足跡を踏み、橇の傾きに合わせて位置を変えながら進んでいる。
俺が一つずつ教えたわけではない。
六層の森とは違う足場へ入れば、その場で動き方を探し、他の個体が上手く進めば、それに合わせている。数が増えた後も細かい命令を必要としない理由が、こういうところにも現れていた。
しばらく進んだところで、右前方の砂中に複数の動きが集まった。
俺が進路を変えると、相手も向きを変える。
こちらを避けるのではなく、回り込もうとしているらしい。
「来るな」
山刀を抜き、蜥蜴人たちには針と橇から離れすぎないよう意図を伝える。
ほどなくして砂の表面が崩れ、平たい虫型が数体飛び出した。
入口付近で見たものより一回り大きかったが、待ち伏せされている場所へ踏み込んだ時とは違い、どこから来るかは分かっている。蜥蜴人が腹側へ石刃を入れ、大型猪型が倒れた個体を押さえ、俺は背後へ回ろうとしたものだけを山刀で処理した。
まともにぶつかったのは短い時間だった。
最初の数体が倒れると、残りは砂へ潜って離れていく。追わせても深い場所へ逃げ込まれるだけなので、俺はワーム型を呼び戻し、損傷の少ない個体だけを残した。
腹部や脚の付け根に傷を負った三体へ、白い糸が入り込む。
俺たちはその場で周囲を警戒しながら、動きが止まるまで待った。一分ほどで脚の震えがなくなり、その後しばらくすると、裂けた部分を白い組織で補った個体が一体ずつ起き上がる。
全身の色が変わるわけではない。
元の砂色を残したまま、傷口や動かなくなった関節だけに白い部分が現れているため、遠目には先ほどまで襲ってきた個体とほとんど区別がつかなかった。
新しく加わった三体は、既存のワーム型と平たい虫型に混じり、そのまま砂中へ散っていった。
俺が配置を決めなくても、入口へ戻るもの、前方を探るもの、側面へ回るものに分かれていく。七層へ来るたびに、こちらが先に気づける範囲が少しずつ広がっていた。
その後も何度か小型の群れと接触したが、すべてを戦力へ加えたわけではない。損傷が大きいものや身体が小さすぎるものは素材として橇へ載せ、砂中での索敵や拘束に使えそうな個体だけを残していく。
巨大ワーム型を上回る重さを揃えるとしても、数だけを増やせばいいわけではない。
砂の中を追えるもの、地上へ出た身体へ傷をつけられるもの、攻撃を受け止められるものが必要になる。役割を持たない小型種ばかりを増やしても、巨大な身体の一度の動きで押し潰されるだけだった。
昼を過ぎた頃、前方へ散っていたワーム型の一体が、それまでとは違う重い振動を捉えた。
巨大ワーム型ほどではないものの、平たい虫型の群れよりは明らかに大きく、移動するたびに一定の重さが砂へ伝わっている。
俺は橇を砂丘の陰へ止め、大型猪型と蜥蜴人たちを低い位置で待たせた。
しばらくすると、砂丘の向こうから大型の蠍型が姿を現した。
以前に見た個体より一回り大きく、脚を広げた横幅は大型猪型を上回っていた。背中を覆う甲殻は黒に近い褐色で、左右の鋏も太く、尾の先端には濡れた光を持つ針が曲がっている。
こちらにはまだ気づいていない。
砂の上をゆっくり進みながら、鋏で地面を掘り、潜んでいた小型種を捕らえていた。
俺は蠍型を観察しながら、橇へ載せた巨大な針を見る。
試す相手としては十分だった。
あの背中の甲殻へ傷を作れないなら、巨大ワーム型の外皮へ通る可能性は低い。逆に、継ぎ目を狙って深く刺せるなら、小人たちが作った構造は本番でも使える。
俺は巨大な針を橇から下ろし、蜥蜴人たちに先端を蠍型へ向けて支えさせた。
大型猪型は針の後方へ回る。
やることは単純だった。
俺が蠍型を針の正面へ誘導し、蜥蜴人が先端の向きを保ち、大型猪型が後ろから押し込む。細かな角度まで意図で伝えることはできないが、小人たちが針を作り、運ぶ様子を見ていたため、道具の使い方そのものは理解しているようだった。
俺は一人で砂丘を回り、風上側から蠍型へ近づいた。
臭いに気づいた蠍型は動きを止め、左右の鋏と尾を持ち上げると、そのまま砂を蹴って向かってきた。
俺は針の位置へ合わせて後退し、鋏が届く直前で横へ外れる。
蠍型が勢いを保ったまま前へ出たところへ、大型猪型が針の後端を押した。
最初の衝撃では、先端が甲殻の表面を滑り、支えていた蜥蜴人の身体が横へ振られた。それでも針を手放さず、甲殻の継ぎ目へ先端を戻したところで、大型猪型がもう一度体重をかける。
硬いものが割れる音が響いた。
猪型の牙から作られた先端が甲殻の継ぎ目へ食い込み、森砕きの骨で作った軸が、途中まで蠍型の身体へ沈んでいる。
完全に貫通したわけではないが、体液が流れ出す程度には深い傷が作られていた。
「通ったな」
蠍型が身体を捻ったことで、巨大な針は大きく振り回された。
蜥蜴人たちは手を離し、大型猪型も距離を取る。俺は動きを鈍らせるため、脚と鋏の付け根へ山刀を入れたが、長く正面から戦う必要はなかった。
巨大な針が作った傷口へ、白い糸が入り込んでいる。
蠍型はしばらく鋏と尾を振り回していたものの、動きは次第に弱まり、最後には砂の上へ身体を落とした。
俺は近づかず、周囲に別の振動がないことを確認してから、刺さったままの針を調べた。
骨の軸には細い亀裂が入っていたが、折れてはいない。猪型の牙から作った先端も欠けておらず、甲殻の継ぎ目を狙うなら、もう一度使える状態だった。
巨大ワーム型の外皮が、蠍型より硬い可能性は高い。
それでも、巨大なだけの飾りではなく、深い傷を作れる道具であることは確認できた。
大型の蠍型は、小型の虫型よりも長い時間をかけて起き上がった。
刺された部分の周囲には白い組織が広がり、動かなくなった片側の鋏と尾の根元も補われていたが、完全に元どおりにはなっていない。それでも残った脚で身体を支え、ゆっくりと歩けるところまでは回復している。
大型猪型と並べると、横幅では蠍型の方が大きかった。
一体加わっただけでも、群体全体の重さは目に見えて増えたように感じる。
帰りは、新しく加わった蠍型にも橇を押させた。
巨大な針と回収した素材を載せた橇の前を大型猪型が引き、蠍型が後方から押す。蜥蜴人たちは左右で傾きを直すだけになり、行きよりも安定して砂丘を越えられた。
入口へ戻るまでの間にも、寄生したワーム型と平たい虫型は周囲へ散り、近づく動きを先に捉えている。
以前の七層では、昼間に出るだけでも、足元から何が現れるか分からなかった。
今は砂中の個体が先に敵を見つけ、六層から連れてきた個体が地上で押さえ、傷を作った相手をその場で戦力へ変えられる。
危険がなくなったわけではない。
巨大ワーム型の振動が近づけば、今の数ではまだ逃げるしかないし、七層には見ていない種類も多い。それでも、一方的に襲われる場所だった砂漠へ、こちら側の活動範囲が少しずつ広がっていた。
扉を通って六層へ戻ると、大型の蠍型を見た小人たちが作業場から集まってきた。
甲殻へ残った傷と、そこへ刺した巨大な針を交互に確認し、骨の軸に入った亀裂を見つけると、すぐに表面を削って補強方法を考え始める。
一度使ったことで、どこが弱く、どこまで太くすればよいかが分かったのだろう。
俺は蠍型を拠点の外周へ移動させ、巨大な針を作業場の前へ置いた。
六層の個体を七層へ連れていき、七層で得た個体を六層へ持ち帰る。その往復を重ねるたび、群体の種類と重さが増え、使える道具も少しずつ改良されていく。
巨大ワーム型より重くなるまで、まだどれほど必要なのかは分からない。
それでも、昼の砂漠を動ける範囲が広がり、小人たちが作った巨大な針も、硬い甲殻へ通ることが確認できた。
数を集めるだけだった準備は、少しずつ実際の戦い方へ変わり始めていた。




