第212話 小人の準備
六層から七層へ続く道を広げた翌日、俺が拠点へ着くと、作業場の前に森砕きの骨が何本も並べられていた。
どれもそのままでは長すぎるため、すでに使いやすい長さへ切り分けられている。片側だけを細く削ったものや、側面へ溝を掘ったものがあり、以前から作っていた柱や柵の部材とは形が違っていた。
近くでは、小人たちが二枚の爪を組み合わせた鋏を使い、森砕きの外皮を細長く切っている。現代製の鋏を見本にして作った道具は、持ち込んだものより重く、開閉するたびに骨の軸が鳴っていたが、硬い外皮へ刃が入るため、作業そのものは止まらなかった。
切り分けられた外皮は何枚か重ねられ、その内側へ太い腱が何本も通されている。
「何を作ってるんだ?」
俺の声に気づいた小人の一人が、作業場の奥へ走っていった。
しばらくして、何人もの小人が一つの道具を抱えて戻ってくる。
最初は槍だと思った。
森砕きの骨を芯にして削り出したもので、長さは俺の背丈を優に越えている。先端には猪型の牙を加工した刃が取りつけられ、そこから後ろへ向かって細長い骨の軸が続いていた。
ただ、普通の槍とは形が違う。
柄に当たる部分の末端へ、俺の拳より大きな穴が開けられていた。
「……針か?」
小人は強く頷いた。
以前に持ち込んだ金属製の針を持ってくると、巨大な道具の後端にある穴と交互に指差す。先端で素材へ穴を開け、後ろの穴へ糸を通す。その構造を、そのまま巨大化したらしい。
「いや、いくらなんでもでかすぎるだろ」
形だけなら、槍として使った方が自然だった。
それでも小人たちにとっては、これも針なのだろう。
一人が森砕きの外皮と腱を組み合わせた太い帯を持ち上げ、巨大な針の穴へ通した。帯は俺の腕より幅があり、何枚もの外皮を重ねた内側へ腱が編み込まれている。
小人は針を前へ突き出す動きをした後、帯の両端を掴んで左右へ広げた。
巨大な相手へ針を刺し、その身体へ帯を通す。
ようやく用途が分かった。
「縫い止めるつもりか」
巨大ワーム型について、小人たちへ詳しく説明したことはなかった。七層の砂の下に大きなものがいることと、いずれ戦うつもりであることは身振りで伝えていたが、姿を見たのは俺だけであり、全長も正確には分かっていない。
それでも、俺が六層と七層の個体を増やし、道を広げ始めたことで、大きな戦いの準備だとは理解していたようだった。
俺は地面の平らな場所を選び、山刀の鞘で大きな円を描いた。
その横へ森砕きの大きさを示す小さな線を加え、さらに長く太い線を砂地へ伸ばす。正確な形ではないが、森砕きよりはるかに大きく、地中を移動する相手だということくらいは伝わるはずだった。
小人たちは線の周囲へ集まり、俺が描いた形を黙って見ていた。
俺は巨大ワーム型を示す線を手で覆い、そのまま砂の中へ潜らせる動きをした後、少し離れた場所から地上へ出す。次に、地表へ出た短い部分へ山刀を振り下ろす動きを繰り返した。
「ずっと上にいるわけじゃない。出てきた時に、止めたい」
言葉が通じたわけではないが、地中へ潜る相手だという部分は伝わったらしい。
一人の小人が巨大な針を、地面へ描いたワーム型の横へ置いた。別の小人は外皮の帯を針穴へ通し、帯の両端をさらに二本の太い骨へ結びつける。
骨の先端は尖らせてあり、地面へ打ち込むための杭として作られていた。
針を身体へ刺して帯を通し、その帯を複数の杭へ固定する。相手そのものを完全に縫い止めるのは無理でも、潜る動きを少し鈍らせるくらいなら可能性はあった。
俺は帯を持ち上げ、両手で引いてみた。
簡単には裂けない。
外皮だけでは硬すぎて曲がらず、腱だけでは切れやすい。その二つを組み合わせたことで、引かれても伸びながら耐えるようになっている。
巨大ワーム型の力を受け止められるとは思えないが、一本で止める必要はなかった。針を何本も刺し、複数方向から帯を伸ばせば、地上へ出ている時間を少しは延ばせるかもしれない。
それに、針の役目は拘束だけではない。
先端が外皮を貫けば、そこには深い傷が残る。
巨大ワーム型そのものを丸ごと寄生させることはできなくても、傷口さえ作れれば白い糸や小型の個体を内部へ入り込ませられる。外から斬るより深い場所まで届けば、筋肉や器官を傷つけ、動きを鈍らせる役にも立つ。
「これなら、使えるかもしれないな」
俺が頷くと、小人たちは針と帯を作業場の脇へ運び始めた。
すでに一本だけで終わらせるつもりはないらしく、先端を削る前の骨材と、牙から切り出した刃が何組も並べられている。大型猪型が運搬へ使われるようになったことで、重い素材を作業場まで運ぶ時間が減り、小人たちは加工へ回せる時間を増やしていた。
森砕きの骨を削る場所では、四本腕の猿型が使われている。
二本の腕で骨材を押さえ、残りの二本で小人が使う道具を支えていた。細かな加工まではできないものの、素材が動かないよう固定するだけでも、小人が何人も押さえていた頃より作業は進んでいる。
別の場所では、狼型が森から運んできた細い枝を一か所へ集め、蜘蛛型の糸で束ねていた。
小人たちは束にした枝へ油に似たものを染み込ませ、魚型の鱗を薄く削った粉を振りかけている。
「火も使うのか?」
俺が炎を示すように指を動かすと、小人の一人が頷いた。
巨大ワーム型に火が通用するかは分からない。外皮が厚ければ、表面を焼くだけで終わる可能性もある。それでも夜間に戦うなら、地表へ出た位置を示す目印になるし、刺した針や帯の場所を見失わずに済む。
七層の昼は暑く、夜は冷える。巨大ワーム型がどの時間帯に活動しやすいのかを調べたうえで戦う必要があるが、小人たちは用途を一つに絞らず、使えそうなものを先に揃えているようだった。
俺が考えていたのは、戦力を増やして、相手より重い群れを作ることだった。
小人たちは、その群れが相手へ食らいつくための道具まで作り始めている。
猪型が巨大な針を押し込み、蜥蜴人が先端を傷口へ導き、四本腕の猿型が帯を扱う。ワーム型や虫型が砂の下から相手の動きを追い、鳥型が位置を見つけ、蜘蛛型の糸が帯や杭を補助する。
どれか一つだけで巨大ワーム型を止められるわけではない。
針が折れることも、帯が切れることもあるだろう。それでも外皮へ一本でも深く刺されば、次の攻撃が通る場所を作れる。
作業場の奥には、俺の体格に合わせた新しい帯も置かれていた。
森砕きの外皮を何層か重ね、腰から胸へ回せるよう長く作られている。外側には骨製の留め具がいくつもつけられ、巨大な針へ通した帯や補助の綱を固定できるようになっていた。
「俺にも引けってことか」
小人は巨大な針を指差した後、俺の腰の帯へ綱をつなぐ動きをした。
巨大ワーム型が地中へ戻ろうとする時、その力を正面から受ければ、今の俺でも簡単に引きずられるだろう。ただ、途中で切り離せる留め具があるなら、短時間だけ動きを妨げることはできるかもしれない。
俺は帯を腰へ回し、留め具の位置を確かめた。
厚みがあるため少し動きにくいが、身体へ食い込む部分は柔らかい毛皮で覆われている。小人たちは実際に俺が動く姿を見ながら、山刀の鞘や装備とぶつからない位置を選んでいた。
何度か腰を捻り、山刀を抜く動きを試す。
鞘には当たらない。
留め具へ綱を引っかけ、強く引くと、外側の骨片だけが外れた。身体ごと持っていかれる前に切り離せるよう、最初から壊れる場所を作ってあるらしい。
「よく考えてるな」
小人たちは俺の言葉を理解していないはずだが、帯を外さずに動いているのを見て、使えるものだと判断したようだった。
そのまま作業場へ戻り、同じ形の留め具を作り始める。
今の拠点には、森砕きの素材が大量に残っている。七層からも甲殻や骨、牙を持ち帰っており、寄生された個体が増えるほど運搬や採取に使える力も増えていた。
現代の道具を使ったことで加工方法が増え、増えた戦力が素材を運び、その素材から次の戦いに使う道具が作られる。
俺が一人で準備していた頃とは、進み方が違う。
小人たちが作った巨大な針は、まだ試作品だった。
実際に巨大ワーム型の外皮へ刺さるかどうかも分からない。刺さったとしても、相手が身を捩れば簡単に折れる可能性があるし、帯が身体を抜ける前に引きちぎられるかもしれない。
それでも、必要になってから作り始めるよりはいい。
使えなければ先端を変え、折れれば太くし、帯が切れれば重ねる。試すための時間はまだ残っている。
俺は完成した巨大な針を持ち上げた。
森砕きの骨を芯にしているだけあって重く、片手で扱うには長すぎる。槍のように振るうものではなく、複数で支えながら相手へ突き込む道具なのだろう。
後端の大きな穴へ通された帯が、地面を引きずっている。
現実から持ち込んだのは、指先で摘めるほどの小さな針だった。
それを見た小人たちが、森砕きの骨と牙を使い、巨大ワーム型の身体へ通す針を作った。
「発想が極端なんだよな」
俺が針を元の場所へ戻すと、小人たちはすぐに先端の角度を確かめ始めた。
作業場の外では、大型猪型が空になった橇を引いて戻ってきている。その背後には狼型と蜥蜴人がつき、頭上を鳥型が通り過ぎた。森の外周では蜘蛛型が新しい網を張っている。
運ぶものも、使うものも揃い始めていた。
後は、六層と七層で必要な個体を増やしながら、巨大ワーム型の動きを調べ続ければいい。
俺は腰へ巻いた帯をもう一度締め直し、作業場の横へ並び始めた巨大な針を見た。
戦うのはまだ先だ。
それでも、あれを実際に巨大ワーム型へ突き刺す時が来るのだと思うと、準備が一段階進んだことだけは実感できた。




